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第二十一話 アーサー王の饗宴

 今、英雄譚の記されている年代記は告げている。

 この厳かな饗宴の朝が、いつ、どのように始まったのかを。

 カーリアン市に設えられたアーサー王の宮廷。そこと聖アーロン教会を結ぶ道は、すべて見物人や整列した騎士たちで囲まれ、ごった返していた。

 道端に見物するための場所を見いだせなかったものたちは、家々の屋根へとよじ登り、この祝宴の始まりを見逃すまいとしていた。

 大勢の人々が見守る中、美しい装いの一段がアーサー王の宮廷へと向かっていく。大司教に司教、修道院長たちが、アーサー王を教会へ導くために迎えに出向いたのだ。

 ほどなく、宮廷の扉が大きく開け放たれ、中からアーサー王の姿が現れた。人々の中から自然に歓声が沸き上がる。

 アーサー王はそこで、ゆっくりと二人の聖職者の前で跪いた。

 あたかも、この場ではブリテンを統べる王者ではなく、ひとりの敬虔なキリスト教徒であると言わんばかりに。

 聖デュブリシウスは聖サンプソンから布に包まれた何かを受け取り、うやうやしく取り出し、目の前にあるアーサー王の頭に載せた。黄金に輝く王冠だった。

 目にした人々の間から、再び歓声が上がる。

 喜びの声の中、アーサー王は身体を伸ばし、すっくと立ち上がった。

 呼応するように、今度は二人の大司教がアーサー王の前で跪き、そして二人同時にアーサー王に手を差し出した。

 アーサー王はそれぞれの手を聖デュブリシウスと聖サンプソンに預ける。

 そのまま両手を引かれ、聖アーロン教会への道をゆっくりと歩き始めた。迎えにきた聖職者の行列も、しずしずとその後ろを付いて歩き、人々が固唾を呑んで見つめる中、美しい行列は教会へと入っていった。

 教会の中には王座が設えられていた。

 アーサー王は、王座の前で左右を大司教に挟まれたまま立っている。

 二人の大司教の口からは、朗々とした声でアーサー王の権利について述べられていた。

 いわく、キリストの名において、敬虔な神の子アーサーをブリテンの王者と定めると。続けて、ブリテンと並んでアーサーが治めるべき国の名が、次々に並べられていく。スコットランドやアイルランドはもちろん、北の島々やゲルマンに近い半島の諸国。そしてフランス全土に渡る広大な領地。

 そのすべての土地がアーサー王のものであることを神の名のもとに承認され、それが済んで初めてアーサーは目の前の王座に座った。

 この儀式をもって、アーサー王は名実ともにこれらの国々の王者となったのである。

 その時、教会の大扉がゆっくりと開き、屋外の陽光に照らされ、四つの影が浮かび上がった。

 彼らもまた、太陽の光で眩しく輝く装飾品を身にまとい、そしてその胸にはそれぞれ一振りずつの剣を抱いていた。

 アーサーの臣下となった国々の王を代表するものたちである。

 四人は一列に並んで、王座に座ったアーサー王と彼を囲む大司教たちのもとへと歩み寄っていく。

 ついに、最初の一人がアーサー王の眼前にまでやってきて、その場で跪き、頭を垂れた。そして、そのままの姿勢で、抱いていた剣をうやうやしく差し出し、アーサー王の手の届くところへと捧げた。

 剣は柄頭から柄のすべて、そして鞘までも、つまり刀身以外のすべての部位を黄金でこしらえられ、その隅々まで金細工で装飾されていて、まさしく王者に捧げるのにふさわしい宝剣といえよう。

 これを捧げた騎士は、スコットランドの王子だった。かつてはサクソン人に与したスコットランド人ではあるが、ロモンド湖の戦いで罪を許され、以来ずっと、アーサーの忠実な臣下として仕えてきたのだ。

 この黄金の剣を捧げる作法は、アーサー王が正式に王位についたことを認めるための儀式だった。

 アーサー王は素晴らしい宝剣をスコットランドの王子の手から受け取ると、王子は一礼をして後ろへと下がっていく。

 次に現れたのは、南ウェールズに王として君臨するステイターである。スコットランドの王子が運んできたものにまったく引けをとらない素晴らしい黄金の剣を抱き、まったく同じ作法でアーサー王に差し出した。

 続くのは、北ウェールズの王カデュアルだった。彼もまた同じ作法で黄金の剣をアーサー王に捧げ、そして最後の一人がアーサーの前に跪いた。

 他でもない、長きに渡ってアーサー王に仕え、かのゲルマン王チェルドリックを打倒したコーンウォール伯、カドールである。

 彼が黄金の剣を君主に差し出したことで、つまり、ブリテン島を構成するすべての土地が団結したことを示していた。

 文字通り、彼らはアーサー王の忠実な臣下として仕えるという目的のために団結し、そのひとつの目的のために固く手を取り合っていた。

 かつて僭王ボルティゲルンがコンスタンティン王を謀殺してから、何十年も経っていた。今こそ、アーサー王のもとでブリテン島はひとつになり、あるべき姿を取り戻したのだ。その事実を伝えるためにこそ、彼ら四人は集っていた。

 そうした作法を終えたのち、四人の王たちは聖デュブリシウスの前に揃って平伏した。それを祝福することをもって、聖デュブリシウスは戴冠の儀式を更に続けることを宣言した。


 同じころ、カーリアン市の別の場所では、また別の儀式が行われていた。

 こちらにも、アーサー王に負けるとも劣らぬほどの大勢の見物人が詰めかけている。それもそのはず、こちらの儀式の主役は、華やかな女性たちだったからだ。

 ブリテン王国に君臨するアーサー王、その王妃グウェネヴァー。アーサー王の影に隠れて、彼女の存在が軽んじられるような事のないよう、彼女もまたありとあらゆる作法をもって飾り立てられた。

 そしてグウェネヴァーもまた、彼女の宮廷の前にて教会へと導くためにやってきた聖職者によって、アーサー王と同じ作法で黄金の冠を頭に載せられた。

 グウェネヴァーはもちろんのこと、彼女に近しい親族や友人たちもまた、偉大な貴婦人と称えられる素晴らしい女性ばかりである。

 彼女たちが聖職者に手を引かれて教会へ向かうと、道の周囲には彼女のような素晴らしい女性になりたいと心から願う、美しく気立ての良い少女たちで溢れかえり、その様子もまた見るものの目を楽しませた。

 グウェネヴァーが導かれる先に見えるのは、女子修道会のある聖ジュリアス教会である。王妃立ちの行列が来るのをここで待っていたものたちは、美しい貴婦人が道の向こうに現れたのを見るや、大いに湧き上がった。

 聖ジュリアス教会へ至る道は見物人で溢れかえり、あまりの雑踏が深く、王妃たちがまともに歩いて行けるようには見えない。

 そこに、四人の貴婦人が現れ、グウェネヴァー一行の先導をするように歩き始めた。四人の女性の腕にはそれぞれ白い鳩が止まっており、その美しさや華やかさは道を塞いでいた人々を動かしていく。

 この四人の貴婦人が雑踏を動かすほど美しいのも当然である。彼女たちは、先ほどアーサー王の元にやってきて黄金の剣を捧げた騎士たちの妻だったのだ。

 こうしてグウェネヴァーたちが再び聖ジュリアス教会への道を歩み出すと、さっきよりも多くの可憐な少女たちが集まってきて王妃について歩き始める。

 今や、ここに集まっている女性は、ブリテン王国において最も気高く美しいものとなっていた。

 きわだって可憐な少女は、絹の衣服の上に豪奢なマントを羽織り、その美しさを引き立てている。

 すべての男たちの視線は、王妃に、そして彼女の周囲に集った乙女たちに釘付けであった。彼女たちの美しさたるや、世界のどこを探してもこれ以上に甘美な女性はいないと思えるほどであったのだ。

 教会への道をゆく女性たちは、彼女たちの持つ最も柔らかな衣類に身を包んでおり、頭にはヘニン帽[1]をかぶっている。いずれも、この祭りのためにしつらえた、最も上等な衣類であった。

 色とりどりの長衣に豪奢なマント。光り輝く宝石に指輪。これほどの財宝を一度に見たことのあるものは、誰一人としていなかった。

 柔らかな毛皮。リス革や芦毛の毛皮で作られた衣装。これほど鮮やかな衣類を見たことのあるものは、誰一人としていなかった。

 華やかにして可憐。厳かにして高貴。これほど素晴らしい女性たちの行列を見たことのあるものは、誰一人としていなかった。

 溜め息とともに見物人が見とれる中、彼女たちは艶やかな足取りで、しかし儀式に遅れぬよう、可能な限り急いで聖ジュリアス教会に向かうのであった。


 そして今、二つの教会で時をまったく同じくして、ミサが始められた。

 オルガンの荘厳な調べが教会の隅から隅まで響き渡り、聖歌隊の歌い手たちは声を合わせて歌い始める。

 神のために歌を捧げる彼らの声は、あるときは大きく膨れ上がり聞き入るものを圧倒し、しかしあるときは虫の声かと思うほどに小さくなり、誰もが息を潜めて聞き入った。歌声は教会の天井にまで響き、反響する。その反響がまた調和をなして響き渡り、あるいは沈黙の中で静かな神への祈りの声を木霊させていた。

 これほど素晴らしいミサが二つの教会で同時に行われているとあっては、じっとしていられないのは見物するために集まった騎士たちである。

 聖アーロン教会で見物していた騎士たちは、ほどなく聖ジュリアス教会へと向かい、その道中でまた別の騎士たちとすれ違った。

 騎士たちは聖ジュリアス教会に着いた。すれ違った一団は聖アーロン教会に着いていることだろう。そしてまた、しばらくしたらそれぞれの騎士の集団は、二つの教会を結ぶ路上ですれ違うことだろう。

 こうして彼らは二つの教会で歌っている聖歌隊の歌を聴き比べ、聖アーロン教会では国王やその親しい臣下の騎士たちの威厳に心を打たれ、聖ジュリアス教会では可愛らしく着飾った女性たちの姿で目を楽しませるのだった。

 騎士たちは何度も何度も二つの教会を往復した。しかし、道行く人にどちらの教会で行われているミサがより素晴らしいかと聞かれても、それにはっきりと答えられるものは、誰一人としていなかった。

 二つの教会のどちらのミサも素晴らしく、その甘美な旋律は騎士や見物人の心を捉えて離さず、一瞬たりとも退屈を感じさせるようなことはなかった。


 ――この素晴らしい宴は丸一日続いたが、私が思うに騎士たちは飽きることも満足することもなかったのではないだろうか。

 なぜなら、ミサの素晴らしさに飽きることなどありえず、そして、これほど素晴らしいミサが終わることを望むものなど、一人もいなかったからだ――


 ミサが定められたとおりに終わり、最後の言葉が歌い上げられたとき、聖アーロン教会の扉が大きく開かれた。王妃グウェネヴァーが聖ジュリアス教会から夫アーサー王の待つ教会へとやってきたのだ。

 王妃がアーサー王の横に並ぶと、アーサー王はここまで頭に乗せてきた黄金の王冠を、自らの手で下ろした。

 そしてアーサー王の目の前の祭壇には、今まで戴いていたものよりも一回り小ぶりな、しかし、よりいっそう美しい冠が二つ並べられている。

 アーサー王はそのうちのひとつを手に取り、自らの頭に戴いた。

 続いて、王妃グウェネヴァーのほうを向くと、王妃はアーサー王の前で深くひざまずく。その頭から大きな冠をアーサー王の手で外し、そして入れ替わりに一回り小さな冠を乗せてやった。

 この儀式を持って、アーサー王は名実ともに神の名のもとにブリテン、フランス、そして北の国々のすべてを統べる王として認められ、そしてグウェネヴァーもまた、正式にアーサー王の王妃として認められたのである。

 厳粛な儀式が終わると、教会の中で粗相や咳払いなどをしてしまわぬよう気を張っていた騎士たちは緊張を緩め、互いに今の儀式の素晴らしさについて語り始める。

 そんな中、アーサー王もまた、儀式のための重く堅苦しいローブを脱ぎと、衣服のあちこちに取り付けられた権威を示す飾りを外し、簡素な衣服のみの身軽な姿となった。

 そして、アーサー王は聖アーロン教会を後にして、彼の宮殿へと戻っていく。そろそろ食事の準備が整っているのである。

 王妃もまた聖アーロン教会を後にして、先ほど大きな冠を戴いた自らの邸宅へと、大勢の貴婦人たちを引き連れて戻ってきた。そして、こちらもまた素晴らしい食事を前に、喜びの時間を始めようとしていた。

 このように、宴において男性と女性が別々の食卓につくのは、ひとえに彼らブリテン人が守っていた習慣によるものである。彼らの創始者がトロイから持ち込んだ習慣によれば、饗宴が催された際には、男性は男性のみと食事をする決まりになっており、その食卓に女性を連れてくることは許されなかった。

 したがって、婦人や娘たちは、別の場所で食事の宴を催すこととなっていたのだ。

 また同時に、女性の食卓が並べられた広間には、男性の姿はなかった。ただ、国王の食卓にも引けをとらないほどの豪華な饗宴を維持するために、作法を身につけている従者のみがその場にいた。

 さて、アーサー王が高座にある自身の椅子に座ると、それに続いて、集まった君主や王子たちが椅子に座った。その椅子の場所はすべて、王国の慣例によって定められている彼らの序列と階級にしたがって割り振られていた。

 食事が始まると、美しい朱色に染められた絹のダルマティカ[2]に身を包んだ騎士がアーサー王のもとへと食べ物の皿を運んできた。

 アンジェ伯にして国王の執事長、ケイ卿である。執事長である彼には、イタチの毛皮で見事に着飾った一千人を越える召使いが付き従い、次々に食料庫から皿を運んでは食卓の周りを忙しく走り回り、肉の盛られた大きな皿を騎士たちの前に運んでいた。

 そんな中でケイ卿は、アーサー王の皿を運ぶという責任と名誉に満ちた役目を召使いに任せることはせず、必ず自らの手で運んでいたのである。

 一千人の召使いが忙しく皿を運ぶ中で、更に一千人の小姓が忙しく動きまわっていた。彼らもまた、イタチの毛皮に身を包んでいる。

 これらの美しい小姓たちは、金の巨大な杯から、小さな、しかし美しい金のカップやゴブレットにワインをなみなみと注ぎ、騎士たちの喉を潤していた。

 彼らを厳しく見つめているのは、ネウストリア〔ノルマンディー〕伯にしてアーサー王の酌取り、ベディヴェア卿である。

 アーサー王の飲む金のカップを運ぶ役目を帯びているベディヴェア卿は、彼の従者たちが客人たちのワインを切らしていないかどうか目を光らせ、そんな彼を従者たちはマスターと呼んでいた。


 ――麗しきグウェネヴァー王妃が、いかに数多くの従者を従えていたのか、私には貴方に伝えることが出来ない。

 それほどまでに数多くの従者が、王妃とその親愛なる友人たちに対し、最大級の敬意を持って給仕していたのだ。

 女性たちの前の食卓には、豪華に盛り付けられた肉類と、様々な珍しい様式のワイン、そしてスパイスの効いた飲み物[3]がずらりと並べられていたという。

 加えて、彼女たちが手を伸ばす皿や器は、その一つ一つがとても貴重なもので、きわめて美しい輝きを放っていたのだ――


 ――同じように、アーサー王の宴に並んだ富と輝きを貴方の目の前に見せるすべを、私は持っていない。

 あるいは、並んだ騎士たちがあまりにも見事だったためか。

 あるいは、騎士道精神に溢れた態度がそうさせたのか。

 あるいは、あまりにも多くの富と名誉がそこにあったからか。

 あるいは、誇りのためか。

 あるいは、礼儀正しさのためか。

 いずれの理由にせよ、アーサー王の時代、イングランドの地には他の王国のすべての花が咲き誇っていた。

 そう、私たちが知っている、海を超えた先のすべての国々の花が――


 ――この王国においては、すべての人々が……それこそスモックをはいているような、最も貧しい小作農までもが、海の向こうの宮殿にいる帯を締めた騎士よりも、礼儀正しく勇敢な紳士であった。

 そして、男たちがそうであるように、イングランドの女たちもまた素晴らしい貴婦人だった。

 馬具に衣服、それに羽飾り。それらを一つの色で揃えた騎士は、等しく海外でも賞賛を報じられ、しかしそれ以外のものは、話題にすら登らなかった。

 戦いの場において、サーコート[4]と鎧の色は、彼の宮廷の広間いるときに彼が羽織っているガウンと同じ色だった。

 おそらく、彼の妻や娘たちが、主人のために同じ色で揃えて仕立てたのであろう。

 この王国においては、どれほど高貴な生まれの裕福な騎士であろうとも、彼が自身の騎士道精神とその価値を証明してみせるまでは、決して美しい女性を伴侶として求めることはなかった。たとえそれが一生涯に渡ろうとも。

 誰もが認める高貴な生まれの騎士は、戦いの雑踏の中から真っ先に抜きん出て、己が価値を知らしめるのであった。

 そして、女性もまた、そういった騎士を心から愛した。彼女たちの心もまた、騎士の勇敢さに引けを取らないほどに高潔だったからだ――


 心ゆくまで豪華な饗宴を堪能したアーサー王は、椅子から立ち上がり、騎士たちを引き連れて宮廷の外へと歩いて行った。

 アーサー王の戴冠式に世界中から集った騎士たちだが、これだけの騎士が集まると、己の勇敢さを示すための競い合いがはじまるのだ。

 アーサー王は、カーリアンの街の外で繰り広げられている騎士たちの勇姿を見るために、今や戦場となっている草原へと繰り出していった。

 一緒にやってき騎士たちもまた、居ても立ってもいられなくなり、自らの喜びを見出すために戦場の真ん中へと駆け込んでいくのであった。

 目に映るありとあらゆる場所で、君主や騎士たちは喜びとともに競い合っている。

 アーサー王のすぐ近くで、どこかの騎士が名乗りを上げ、槍を構えて馬を駆っていた。向かう先には、また別の騎士が馬を駆っており、激しい音を立てて槍と盾とを衝突させていた。

 別の場所では白兵戦に自信を持っているものたちが、剣やあるいは投石機から放たれる石によって己の持つ技の限りを尽くして競い合い、どちらがより屈強な騎士であるかを見極めんとしていた。

 また別の場所には、的に向かって弓を射る卓越した射手や、あるいは自慢の投槍を思い切り投げつける槍兵もいる。

 そこにいるすべてのものたちが、自身の最も得意とする競技で仲間と競い合い、技を尽くしていた。

 そんな中から、歓声とともにアーサー王の前へと連れてこられる若者が何人かいた。彼らは、それぞれが得意とする競技において、誰もが認める価値を証明してみせたのだ。

 アーサー王は、そういった若者には褒美を惜しまなかった。己の価値を証明して見せた若者が、必ず喜びと満足に包まれてこの場を去っていけるように、素晴らしい富と贈り物を彼らに与えたのである。

 宮廷の貴婦人たちは、街の壁の上にずらりと並び、素晴らしい騎士たちが武勲を競いあうさまを、うっとりと眺めている。

 特に見込んだ騎士がいた際には、熱意のこもった視線を浴びせた。彼が、彼女の好意を射止めるべく全力を尽くして戦えるように。

 宮廷には、アーサー王の饗宴を盛り上げるために数多くの軽業師に竪琴弾き、そして名のある作曲家たちが集まっている。

 歌を聞いたものは陽気になり、覚えたばかりの歌を自ら歌ったり、あるいは吟遊詩人の歌う最も新しい曲のリフレインに酔いしれ、心を慰めた。

 ヴィオル奏者が立ち、バラッドの歌い手が自分の歌うパートのために整列していた。

 いたるところで、ヴィオルにハープ、そしてフルートの旋律が響きわたっていた。

 ありとあらゆる場所から、竪琴と太鼓、そして羊飼いの笛にバグパイプ、プサルタリー[5]にシンバル、モノコード[6]など、まるで博覧会のように様々な楽器の演奏が繰り広げられていた。

 それらの音色に合わせ、軽業師は艶やかな絨毯の上で宙返りをして見せ、物真似師や踊り子もそれぞれの技を披露していた。

 また、アーサー王の客人のうち、知識を求める幾人かは、語り部が語るブリテンに伝わる古い物語や伝説に熱心に聞き入っていた。

 更にアーサー王は草原を進んでいく。

 馬や剣の熱気は遠くなり、しかし、ここにもまた異様な熱気の盛り上がりがあった。

 ここにはいくつものテーブルが並べられ、大声でそこらの騎士に声をかけている男がいる。その手にはサイコロが握られている。彼らは騎士たちに運試しを呼びかけていたのだ。

 こういった競技では、必ず勝者だけでなく、無残な敗者が生まれてしまうものだ。にも関わらず、この場で熱中しているものたちは少なくはなかった。

 多くの男たちは、チェスやドラフツ[7]で知略を競い合っている。


 ――貴方の目にも浮かんで見えることだろう。二人一組になってテーブルで向き合い、そのうちの片方ががっくりとうなだれている様子を。

 競技者の一人は、もう一方にさんざんに負かされてしまい、哀れにも負け分は彼の所持金を越えてしまったのだ。

 仕方なく負け分は借金として、必ず返済するという宣誓をさせられている。だが、彼はすでに沢山の借金を重ねてしまっていて、十一枚のコインを借りるために、十二枚の返済を約束させられていた。

 誓約は交わされ、金は貸し出された。そして競技は数多くの誓約といかさま、数多くの飲酒と喧嘩、数多くの争いと怒号の中で続いていたのである――


 このような場では、敗者は常に不満を抱き、勝負をした相手に対する不満は募り、愚痴となって溢れかえるものだ。

 一人二組でサイコロを振り、博打をしているものたちも例外ではない。

 彼らは順番に、運を呼びこむべく相手よりも高くサイコロを投げていた。


 ――貴方にも聞こえることだろう。サイコロの目の数を数え上げる声が。六、五、三、四、二、そして一。

 所持金を失ったものは、最後の望みを託して自らの衣服を賭けた。中には、上半身を裸にしてサイコロを投げるものまでいる。

 相手が自身のサイコロの目を読み上げたのを見届けた彼は、サイコロを強く握り、公平な審判をしてもらえるよう、神に祈っっていた。

 そして貴方の耳には、沈黙を破り口論が湧き上がったのも聞こえることだろう。

 一人がテーブル越しの相手に向かって叫んでいる――


「お前はイカサマをしただろう! 投げる時に卑怯な振る舞いをしたのを俺は見たぞ! お前はサイコロを強く握らず、そっとボードの上に転がした。その結果、俺のサイコロの目はお前よりも小さくなったんだ! さあ、お前の持っているペニー硬貨を出すんだ! さもないと、お前の望んだ結果をもたらしてやるぞ!」

 サイコロを振るものたちは、始終こうした論争を繰り広げていた。

 アーサー王とともにいた騎士たちは、毛皮の衣服を巻き上げられてしまった男が、素肌のままトボトボとテーブルから去っていくのに居合わせて、互いに困ったような笑みを浮かべ合うのだった。


 戴冠式の饗宴が始まってから幾日が過ぎた、とある水曜日のことである。

 宴は締めくくりを迎えようとしていた。

 アーサー王は、まだ結婚していない青年騎士には、彼の身分を確固たるものにするための領地と、そこから上がってくる小作料を受け取る権利を与え、国王に忠実に仕える騎士として相応しい待遇で報いたのである。

 同じように、アーサー王のために勤勉に働いた聖職者たちを集め、その働きに応じて修道院を任せたり、あるいは司教に任命したりもした。あるいは、彼の相談事に乗ってくれた友人たちには城や街を与え、彼らの領地として認めた。

 身近な仲間たちだけではない。

 これまでアーサー王の戦いのために戦い、今回もまた国王に対する愛情のためにはるばる海を渡ってやってきた遠い国の騎士たちには、彼らが望むであろうきらびやかな武具に見事な軍馬、それらを飾るための黄金の装飾品などを授けた。

 アーサー王は富を惜しむということをしなかった。

 これまでに獲得した財産や財宝は、次々に騎士や貴族たちに分配し、富の独り占めなどは決してしなかったのである。

 文字通り、ありとあらゆる富が配られた。

 見事な毛並みのグレイハウンドにブラシェ犬[8]。

 艶やかな毛皮のガウンと、それを羽織るのに相応しい衣類。

 酒をつぐための大杯とゴブレット。

 美しく輝くセンダル[9]に紋章の入ったシグネット[10]。

 鮮やかな色のブリオーと[11]、その上に羽織るマント。

 磨き上げられた槍に剣、鋭く尖った矢の詰まった矢筒。

 アーサー王によって授けられる武具は、どれもが素晴らしい物だった。

 馬具もバックラーも美しく意匠を施され、武器は巧みな鍛冶屋によって鍛えられたものばかりだった。

 贈り物の中には動物の姿も多い。

 熊や豹などの珍しくも獰猛な動物に、馬も忘れてはならない。乗用馬はもちろんのこと、がっしりとした鞍の取り付けられた軍馬も騎士に引かれて歩いている。

 騎士たちが戦いの際に着こむ兜や鎖帷子は、そのどれもが金銀に輝いていた。

 どの財宝を見ても、アーサー王の持つ最上級のものとしか思えない。事実、アーサー王は自身の贅沢などはまったく考えずに、自分の持っている富の中でも最も素晴らしく、最も貴重なものを臣下の者達に配って回っていたのだ。

 アーサー王の近くに居を構え、ひとたび戦いとなれば真っ先に駆けつける親しい臣下のものがこうした待遇を受けるのは当然のことである。

 しかし、アーサー王の贈り物はそれにとどまらなかった。

 武勲を立てることが難しい辺境に住む騎士たち。一番槍など望むべくもない彼らには、アーサー王の財宝を受け取るのに相応しいといえるほどの騎士はいなかった。にも関わらず、アーサー王は彼らが彼らの治める土地に帰った時に、大いに自慢できるような素晴らしい宝物を持ち帰らせたのである。

 こうして、アーサー王は臣下である国王や王子、騎士に貴族、そして外国から来た君主たちにも等しく富を分配し、この宴の締めくくりとしたのであった。


[1]ヘニン(hennin)……中世における女性用のとんがり帽子です。


[2]ダルマティカ(dalmatic)……袖がゆったりと広がったチュニックです。

 少し脇道に逸れますが、歴史やファンタジーなどでは定番のチュニックについて、少々説明をします。

 千村典夫氏の「西洋服装造形史」によれば、少なくとも古代ギリシャにまで遡る衣類で、ロインクロス(腰布)系とローブ(ポンチョ)系に分派しており、我々が中世史においてしばしば耳にする「チュニック」は、ローブ系の発展型と思われます。

 構造を簡単に説明すると、「真ん中に首穴を開けた長方形の一枚布を半分に折って、袖穴を残して左右を縫い合わせた衣服」で、この構造を基本とする衣類はすべて「チュニック」に分類して良いようです。

 現代におけるノースリーブのTシャツ(ただし首から肩にかけての縫目がない)を想像すると比較的近いでしょうか。

 こう書くと、まるで新聞紙かポリ袋で作ったようなみすぼらしい衣服が頭に浮かんでしまいますが、実際にはこれを基本として袖を取り付けられ、様々な意匠が凝らされ、単純な構造からは想像もつかない美しい衣類が作られたのです。

 ダルマティカもそういったチュニックを代表する一つと言えましょう。


[3]「スパイスの効いた飲み物」とありますが、実際にはどのようなものだったのでしょうか。

 繻鳳花氏の「中世西欧料理指南 序の段」を見ると、「ヒポクラテスの袖」と呼ばれていたスパイス飲料のレシピが紹介されていますので、ここで軽く触れてみましょう。

 沸騰させた辛口の赤ワインにジンジャーパウダー、シナモンスティック、カルダモン粒、それに砂糖を入れて味と香りをつけ、飲む直前にレモンを少々加えるそうです。

 ブリュ物語に登場する「スパイスの効いた飲み物」のみならず、食卓に漂っていた香りまでが漂ってくるようですね。


※ちなみに氏の「中世西欧料理指南」は、現代人にも手に入れやすい材料で、かつ現代人の口に合うようにアレンジを加えているため、すべてが完全再現というわけではないそうです。

 なお、「ヒポクラテスの袖」に関しては、実際には相当な量のスパイスを入れて煮込んでいたとのことです。


[4]サーコート(surcoat)……鎧や鎖帷子の上に羽織る上着です。日本でいうところの「陣羽織」に相当します。


[5]プサルタリー(psaltery)……ハープの原型とされる二十四本の弦を持つ三角形の弦楽器です。


[6]モノコード(monochord)……一本の弦による弦楽器です。弦を押さえるつまみをずらすことで音程を調整するそうです。


[7]ドラフツ(draughts)……現代ではチェッカーと呼ばれているボードゲームです。斜め一歩のみ移動な駒を複数用いて、相手の駒を奪い合います。


[8]ブラシェ犬(brachet)……どんな見かけかはわからないのですが、白い毛並みを持ち、嗅覚に優れた小さな狩猟用の雌犬だそうです。

 雌犬に限定されている点から鑑みるに、「グレイハウンド」のように犬種を示す単語ではないように思えます。

 あるいは、特定の条件を揃えた犬をこのように呼んでいたのかも知れませんね。


[9]センダル(sendal)……柔らかな薄絹の羽織物です。


[10]シグネット(signet)……紋章の付いた指輪です。手紙などに蝋で封印をするときに押し付けるもので、いわゆる判子に近いものです。


[11]ブリオー(bliaut)……先に言及したダルマティカに比較的近い、袖口が大きく広がったワンピース型のチュニックです。

 ちなみに、現代における「ブラウス(blouse)」の語源でもあるそうです。


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