第二十話 凱旋/集う騎士たち
その年の四月のことである。
雪が溶け始め、冬が終わりを告げたころ、ブリテン島のとある海の見える丘で、誰かが何かに気づき、遥か海の彼方を指さした。
その言葉は街に届くころにはちょっとした騒ぎとなり、その報せが他の街へ、そして他の地方へと伝わっていくに従い、大騒ぎへと膨れ上がり、ついにはブリテン島のすべてを巻き込むお祭り騒ぎにまで発展した。
海の彼方に見えたのは、アーサー王の旗印を高々と掲げた数えきれないほどのガレー船だったのだ。
アーサーがフランス征伐のために旅立ってから、実に十年以上もの月日が流れていた。
父親を戦いに見送った幼子は元気な少年となっており、少年だったものは逞しい青年へと変貌を遂げていた。
ブリテン島の住民のおよそすべてが待ち望んでいた、アーサー王の凱旋である。
幼子を抱えて家を守っていた妻たちは、武勲を挙げて帰ってきた夫を抱きしめ、かつて血気盛んな息子を見送った母親たちは、頬を涙で濡らしながら、立派になって帰ってきた我が子をキスで出迎えた。
幼いころに出て行ったきりで顔もろくに知らない父親に、息子や娘たちは戸惑いながらもその頬の髭に触れてそれが自分の父親のものであることを確かめていた。
再会の喜びは家族だけに留まらない。
従兄弟同士、そして留守の間の守りを頼んでいた隣人や友人たちとも固く抱きしめ合い、再会を喜んだ。
妹や姉は、若き戦士たちがフランスで戦っている間に増えた子どもたちを見せようと、その子供を自慢気に掲げてみせた。
若き恋人たちは長い間キスを続けていて、さしもの淑女でさえも、この日ばかりは簡単に恋人の唇を解放しようとはせず、むしろ、よりいっそう強く抱きしめるのだった。
ここで見られた喜びのすべては、アーサー王本人ですらも驚くほどであった。
――貴方の目にも浮かんで見えることだろう。
見渡せば、そこらの道端で、交差点の真ん中で、大通りで、脇に逸れた横道でも、友人たちが輪になって喜びをわかち合っている様子を――
彼らの喜びはいつしか興味へと移り、フランスにおける彼らの戦いぶりがあちらこちらで語られ始める。
フランスの土地が、どんな戦いを経て、どんな勝利をもってアーサーのものとなったか。フランスに渡った探求者たちに、いかなる冒険が待ち受けていたのか。その結果、どれほどの宝物を得るにいたったのか。そして何よりも、どうしてこんなに長きにわたってブリテン島を留守にしていたのか。
そんな問いに対し、凱旋者たちは身振り手振りで自分の戦いを、そしてアーサー王の戦いを再現して見せるのだった。
そうして、彼らは彼らの経験してきたフランス征伐の冒険譚を語った。いったいどれほど苦しい戦いがフランスで待ち受けていたのか。そして、どれほどの危険の前に、勇気を持って身を晒したのかを。
アーサー王はここまでの戦いに忠実に付き従ってきた臣下の者たちに対し、大切に報いることも忘れをしなかった。貴族達と相談して、誰にどのような褒美を取らせるか、そしてその受勲の場をどういったものにするかを決めていったのだ。
再会の喜びの大騒ぎが収まったとき、それぞれの街に布告の板が立てられた。
いわく、フランス全土の王ともなったアーサー王が、改めて王冠を戴くとのことである。ついては、夏の五旬節の祭りに合わせてグラモーガン地方のカーリアン市に来るようにということだった。
カーリアン市を戴冠の場に望んだのは、他でもないアーサー王である。
それも当然だった。カーリアン市は他のどの街と比べても裕福で、そして誰もが驚くほどに美しく快適で、ここに住みたいと思わぬものはいないというほどの街だったからだ。
その証拠に、当時の巡礼者は口々に言葉を残している。カーリアン市に佇む邸宅は、ローマ帝国の宮殿よりもはるかに魅力的である、と。
――カーリアン市について、少々語ろう。
この街はブリテン島の西側からセヴァーン川を遡り、支流であるアスク川を南下した先に建造されていた。
そのため、街の片隅には美しい川が流れ込んでいて、それ以外は深い森に包まれていた。
森の中を他所の国から旅してきたものは、美しい水流のすぐ近くに憩いの場を見つけることが出来たであろう。
アスク川には魚が多く、そして森で狩りをする猟師たちは、鹿の肉に困ることはなかった。
更に、美しい水は街の外れにも広く流れて行き渡り、その辺りは肥沃な牧草地となった。結果、納屋も農場も種籾や収穫物でいっぱいだった。
街の壁の内側には、遥か後の世まで賞賛された二つの厳かな教会があった。
ひとつはかの有名な殉教者、聖ジュリアスの名で呼ばれ、そして数多くの聖なる尼僧が仕える女子修道会を抱えていた。
もうひとつは、聖ジュリアスの盟友でもある聖アーロンに捧げられた教会であり、カーリアンの司教はこの教会に椅子を持っていた。
またこの教会は、数多くの裕福な牧師と、清く正しい生活を送る聖堂参事会員によって維持されていた。
なによりも、この教会で勉強する教会書記たちは、そのすべてが天文学の学生であり、彼ら自身にとってはもちろん、すべての人にとっても重要な星の動きについて、勤勉に学んでいた。
彼らは頻繁に、この先もたらされるであろう未来と、そして国王が取るべきと思われる行為について、アーサー王に予言を聞かせ、非常に重用されたのである。
天文学と神への愛。これらに支えられた街の発展は凄まじく、おそらく地球上には、ここ以上に快適な場所は存在しないであろうと思われた。
厳かな宮殿。美しい森と牧草地。心地よさと満足。ここまでに貴方が聞いた快適さ。
アーサー王がこのカーリアン市に宮廷を持ちたいと望むのが当然であることが、分かっていただけるだろうか。
そして、アーサー王は彼だけでなく、彼の仲間の貴族達にも、一緒にこの街に住むようにと告げたのだった――
そうして、アーサー王は祝宴の始まりを命じた。
各領地の国王や伯爵に。公爵や子爵に。彼らに仕える貴族や騎士に。それぞれの街の司教や修道院長に。ブリテン全土に祭りの開催を布告したのである。
いや、布告が届いたのはイングランドだけではなかった。
いまやアーサー王はブリテン島のみならず、数多くの国々の王でもあるのだ。
フランス人はもちろん、ブルゴーニュ人、オーベルニュ人、ガスコーニュ人、ノルマン人にポワトゥー人、アンジュー人に、ブラバント人[1]と、彼らと共にいたフランドル人、へーノート人[2]、そしてロレーヌ人も忘れてはならない。
アーサー王は、フランス全土に渡るすべての臣下を彼の饗宴に招いたのである。
もちろん、招いたのはフランスからだけではない。
フリースラント人[3]、チュートン人[4]、デンマーク人、ノルウェー人、スコットランド人、アイルランド人にアイスランド人、ケイスネス[5]およびイェータランドの人々、ゴールウェー[6]、そしてヘブリディーズ諸島[7]の最も遠い島の君主たちまでも。
アーサーは島々や遠く離れた国々の国王たちも、一人残らず召集したのである。
フランスを征服したアーサー王が、フランスを含む征服した各地の王として、改めて戴冠式を行う。その報せを聞いたとき、各国の君主たちは誰一人として迷うことなく、彼らの王の戴冠式を見届けるために、急ぎブリテン島に向かった。
アーサー王の前に一番乗りで馳せ参じたのは、贅を尽くした衣服に身を包んだスコットランド王のアギゼルである。続いて、マーレーに君臨する王ウリアンもまた、礼儀正しい息子のイヴェインとともに謁見を求めた。リヨン王であるロットも、このお祭りの最も快い場面を逃すまいとばかりに、急ぎ駆けつけた。そして、その傍らには彼の息子にして立派な騎士、ノルウェーでの戦いで武勲を挙げたガウェインの姿もあった。
南ウェールズの王ステイターが、北ウェールズからは国王カデュアルが、そして、まさしくアーサーが心から頼りにしている相談役でもあるコーンウォール伯カドールが、更にグロスター伯モリュード、そしてウィンチェスター伯であるゲルドンがやってきた。
アーサー王のもとに集まってくる君主や貴族、騎士や伯爵の姿は留まるところを見せず、いまや行列となって宮廷へと延々と連なっていた。
アナバルトという騎士はソールズベリーから。リマレックはカンタベリーからやってきた。
バルドゥルフ伯爵[8]はシルチェスター[9]から。そしてバイゲニンはレスター[10]から。
宮廷においてもすでに数多くの名誉で知られる貴族、アルガルは自らの領地ギヴィック[11]からやってきた。
領地や王国を代表するこれらのものたちはもちろんだが、他にも、評判においては彼らにまったく劣ることのない立派な貴族達が沢山いた。
彼らの名にも触れておこう。
ポーの息子ドゥナンダー、アボーダーの息子レギアン、コイルの息子セリウス、チェイターの息子チェイテルス、ナグロイルの財産を相続したグリフィン、ネコの息子ロン。
他にも、マーゴイル、クレフォート、リンガー、アンガン、リマーとゴルボニアン、キンリント、ネコ、そしてペレデュア。これらの男たちは、どうやらエラデュールによってアーサーのもとへと連れて来られたらしい。
それだけではない。この王子たちもまた、彼らの王家に連なるような立派な騎士たちをカーリアンへと連れてきており、宮廷で歓待を受けていたのである。
――彼らのすべては、アーサー王の円卓に椅子を持っている選び抜かれたものたちだったことは間違いない。
しかし、私には彼らについてこれ以上詳しく語ることは出来ない。
名前の挙がらない他の君主たちは、私が名前を覚えることが出来たものたちよりも、富と人々の崇拝が足りなかったのかも知れない。
だが、それ以上に、数が多かったのだ。美しい姿のアーサー王の仲間たちは続々と現れて、とても数えきれるものではなかったのだ――
君主と騎士の次は、気高い高位聖職者たちがずらりと並んでアーサー王の厳かな饗宴にやってきた。
すなわち、修道院長やアーサーに直々に任命された司教、そのすべてが階級と学位にしたがって整列し、歩いてきた。
先頭にいるのはブリテン王国では知らぬ者のいない三人の大司教である。
一人目はロンドンの司教である。二人目はその兄弟でもあるヨークの司教、聖サンプソン。三人目は、ここカーリアンに司教座を持つ聖デュブリシウスである。
聖デュブリシウスは、とても神聖なる生活を送っていることで知られていた。
彼はカーリアンの大司教だけでなく、ローマ教皇の特使としても勤勉に働いていたのである。
事実、彼の手により数多くの素晴らしい偉業が成し遂げられたのである。
病人は喜びを持って彼のもとに連れて来られた。聖デュブリシウスの愛と祈りによって、しばしば奇跡が起こり、病人は苦しみを癒やされるのであった。
この聖者は、今でこそウェールズ地方のカーリアンの司教だが、もとはロンドンにいた。かつての苦難の日々、僭王ボルティゲルンが神から目を背けたとき、彼らの父たるキリストの教会が放棄されてしまったのだ。それ以来、聖デュブリシウスはカーリアンへ住居を移し、そのまま大司教へと任命されたのだった。
――これらの牧師たちもまた、アーサー王の饗宴のために、甚大な数の仲間たちを引き連れていた。
しかし、お分かりであろうが、彼らの名前を貴方がたに聞かせることは、私には出来ない――
ブリテン島やその周囲に住むアーサー王の臣下の貴族や騎士たち、それに続いてブリテン王国の司教や聖職者たちが集まったころ、宮廷の外はこれまでとはまた比べ物にならないほどの混雑を見せていた。
ブリテン島の外の王国から、続々と国王や王子が詰めかけてきたのだ。その数たるや、もはや名前を覚えるどころではない。
だが、他の誰を忘れたとて、決して忘れられるべきではない名前がいくつか挙げられる。
アイルランド王ヴィラムス、アイスランド王マーヌス、そして不毛の地イェータランドの王ドルダマー。
デンマーク王アシル、ノルウェー王ロット[12]もアーサーの宮廷に馳せ参じ、そして無法地帯であるオークニー諸島を治めるゴンファル伯爵は、まるで海賊船のごとき装いの船に乗り込んでブリテンに渡った。
海峡を挟んだ向こうの土地からは、ブルゴーニュを保持する名誉ある公爵リギアー、フランドル伯ホールデン。十二人の貴族を従え、富と尊厳で彼の国を輝かせるシャルトル伯ゲーリン。
かつてホーエルと剣を交え、その力に心服してアーサーの臣下となったポワティエ伯ギタード。アーサー王直々にアンジェ伯として任命されていた執事長ケイが、ネウストリア――現代[13]ではノルマンディーと呼ばれている地方である――からはアーサー王の酌取りであるベディヴェアが。
ル・マンからはボレル伯爵が、そして、ブルターニュ伯として任命を受けていたホーエルも忘れてはならない。
アーサー王の甥でもあるホーエルはもちろんだが、これらのフランスから来た君主たちは、いずれも貴族として、そしてアーサー王の円卓の騎士として名が知れ渡っていた。
彼らは綺麗な装飾が刻み込まれた鎧と絹の衣服とを身にまとい、やはり潤沢に飾り付けを施された壮健な馬にまたがり、宝石や黄金で作られた装飾品で身を飾って、アーサー王の宮廷へ向かうべく海を渡った。
この日、世界中から国王や王子が姿を消した。スペインからも、ドイツのライン川流域からも、一人残らず王子はいなくなり、アーサー王の厳かな祝宴へ参加するべく急いでいた。ひとえに、かの王から戴冠式に参加するようにと命じられたためである。
彼らのうち、あるものはかの名高きアーサー王の顔を直に見るためにやってきていた。
またあるものは、アーサー王に気に入ってもらい、価値ある贈り物を受け取るためにやってきていた。
さらに、あるものはアーサー王の会議において、アーサー王とともに演説をするためにやってきていた。
あるものはアーサー王の想像を超えるほどの豊富な財宝を賜ることを熱望し、またあるものは、偉大な王がどんなふうに彼らをもてなしているかと言った噂話に聞き入った。
これらの君主たちは、まさしくアーサー王に対する愛によって縛り付けられ、引きつけられたと言っても過言ではあるまい。
彼らの宗主国であるブリテンからの布告を受け、およそ衝動的に駆けつけてきたのだ。
アーサー王の権力と繁栄が、世界中で噂されている通りのものか、あるいは噂を超えているかを目に焼き付け、その証人となるために。
騎士に貴族。司教に修道院長。君主に王子。誇り高き仲間たちがアーサー王の祝宴のためにひと処に集まったのを見たとき、カーリアン市のすべてのものは感動に打ち震えた。
国王の従者たちは、偉大な賓客が集合するのに相応しく、怠ることなく準備するように告げた。
兵士たちは、この美しい集団が逗留すべき宿を探し、前に後ろにと飛び回った。
宿でない家々も今日ばかりはと綺麗に掃除され、絨毯代わりのアシが広げられ、そしてアラス〔壁掛けの意〕[14]が吊るされ、飾り立てられた。
騎士や貴族たちは逗留するであろう広間や部屋には、彼らが必要とするであろうものが与えられ、馬を留め、食料をしまいこんでおくための厩舎が据え付けられた。
宿を見つけることが出来なかったものたちも数多くいたが、彼らもその階級に応じて適切に割り振られた宿へと案内されていった。
今や、カーリアンの街は大騒ぎと騒音のただ中にあった。
――貴方にも見えよう。ありとあらゆる場所で、騎士の従者たちが馬や軍馬を手綱で挽いて歩いている様子が。馬丁が馬の鞍を付けては外し、馬具を引き締め、金具が輝き光を放つように磨き上げている様子が。
貴方にも見えよう。馬を牧草地に連れて行き、櫛でたてがみを美しく整え、蹄をはかせて鞍帯を解き、洗っては水を飲ませ、馬が寝るための藁や草を、そして飼い葉桶に入れるためのカラス麦を収穫するのに忙しく、厩舎の掃除などする余裕は欠片もない馬丁たちの姿が。
貴方にも見えよう。厩舎や牧草地だけでなく、宿の中庭や部屋の中でも給仕や侍従たちがさまざまな作法で仕事をしている様子が。すべての人々が、忙しく走り回っている様子が。
より身分の高い君主の小姓たちは、彼らの主人の衣類やマントにブラシを掛けて、綺麗にたたんでいる。所持品のひとつひとつを、衣類についている装飾品のひとつひとつを入念に確かめている。
貴方にも見えよう。彼らが急いで広間を駆け抜けて、毛皮とリス革、それに芦毛の毛皮などの衣類を運んでいる姿が。
アーサー王の饗宴が開かれるカーリアン市が、もはや街というよりも博覧会のような様相を見せていく様子が――
[1]ブラバント(Brabant)……現在のベルギーとオランダにまたがる地方です。
[2]へーノート(Hainault)……おそらく現在のベルギーのエノー州のことと思われます。
[3]フリースラント人(Frisian)……オランダからデンマーク半島西側にかけての海岸地域の住民です。
[4]チュートン人(Teuton)……デンマーク半島周辺に住んでいた民族です。
[5]ケイスネス(Cathness)……おそらくCaithnessのことと思われます。スコットランドの北東端地域です。
[6]ゴールウェー(Galway)……アイルランド西部中央の地域です。
[7]ヘブリディーズ諸島(Hebrides)……スコットランド西部の諸島です。
[8]バルドゥルフ(Baldulph)……十五話にて、同名のサクソン人が登場していますが、おそらく(というか間違いなく)別人でしょう(笑)
[9]シルチェスター(Silchester)……ロンドン西にある街だそうです。
[10]レスター(Leicester)……現在のバーミンガムよりやや東にある街です。
[11]ギヴィック(Guivic)……詳細不明です。どこをどう探しても手がかりも見つかりません。フランス語からの翻訳版(原野昇訳)では「ガルヴィック」と訳されていますが、いったいどこなのでしょう。
[12]ノルウェー王ロット……ロットはすでにリヨン王として登場済みであるにも関わらず、再登場しています。ノルウェーが彼のものになったエピソードもすでに書かれているので、このロットがリヨン王と同一人物であることは間違いありません。
あるいは、当時の騎士のしきたりとしては、「リヨン王としての挨拶」と「ノルウェー王としての挨拶」は、まったく別に行うものだったのかも知れませんね。
[13]もちろん、十二世紀時点での「現在」です。
[14]アラス(Arras)……北フランスのアラス織りが美しかったため、壁掛けそのものをアラスと呼ぶようになったそうです。




