月光の対峙 〜光と影が交錯する夜〜
「ロータ様……スリヴァルディに捕らわれたままだと、フェルグス殿も動けなくなるぞ。ラタトクス、いざという時に備えておくんだ。ロータ様の側で待機し、もしもの時はお守りしろ」
ニーズヘッグは、肩に乗っている小さなリスに静かに命じる。
ラタトクスと呼ばれたリスは、少し不満気な表情を浮かべた。
しかし主の言葉の重みを理解すると、すぐにロータの元へと駆け寄っていく。
(あの男の力、確かめる価値はある。フェルグス殿の力を頼らずに、この状況を打破できるのであれば……確かに、バルドル様の転生した人物の可能性は充分にある。危険だが、やる価値はある……)
ニーズヘッグは、大鎌フラーマシュバルトを軽く振る。
漆黒の刃が夜気を切り、微かな風斬り音が響いた。
そしてスリヴァルディを睨みつけながら、低く告げる。
「ロータ様に危害を加えた時、私のフラーマシュバルトが貴様を八裂きにする。そうならぬよう、頼むぞ……風の騎士」
そう呟くと、ニーズヘッグは黒い翼をゆっくりと開く。
そして、その場を離れていった。
翼の影が月光を遮り、一瞬だけ広場に濃い闇が落ちる。
「さぁ、フェルグスさんよぉぁ! 村の中心で、その命を賭けて戦ってくれやぁ!」
スリヴァルディの言葉がフェルグスの頭蓋を冷たく抉る。
勝利を確信した哄笑には傲慢さと残忍さが滲み、フェルグスの内に燃える怒りを爆発の淵へと追いやっていた。
額に浮かぶ汗が鎧の隙間を伝い、地面に滴る。
一滴、また一滴と。
フェルグスの拳は震え、憎悪と無力感が交錯していく。
「この……下衆が!」
スリヴァルディは、不死の怪物だ。
どんな刃でも、どんな魔法でも……その肉体を滅ぼすことは不可能に近い。
だからこそ人質を取る戦術は、あまりにも有効である。
隙を突いて攻撃しても、致命傷の一撃を与えても……死なずに、身体は動く。
その瞬間、人質の命は散ることになる。
人質を助けるチャンスは、無いも等しい。
一瞬の躊躇が、母の命を奪う。
それを知るフェルグスに、抗う術はなかった。
唇を噛み血の味が口内に広がる中、怒りに震える足でレンヴァル村の中心へと踏み出す。
地面を踏むたび鎧が軋み、金属音が静寂を切り裂く。
その音は、まるでフェルグス自身の心の叫びのようだった。
レンヴァル村の中心、命の泉の前。
黄金の鎧に身を包んだ騎士フェルグスが、聖なる輝きを放ちながらフードの男の前に立つ。
月光を浴びた鎧は溶けた金が流れ落ちるように輝き、村の広場を神聖な光で満たしていく。
対するは、黒色のフードを深く被った謎の男。
その姿は、闇に溶ける亡魂のようだった。
風に揺れるフードの端が、まるで幽霊の囁きのように不気味に見える。
光と影が交錯する二人の対峙は、運命の舞台に描かれた一枚の絵画のようだった。
「さぁ、決闘の時間だぁ!」
スリヴァルディは両腕を振り上げ、狂気じみた哄笑と共に叫ぶ。
声は広場に反響し、鎖で繋がれた村人たちの丘にまで響き渡る。
「フェルグスが勝てば、母親を返してやらぁ! 風のMyth Knightが勝てば、村人全員を解放してやるぜぇぁ! さぁ、殺し合えやぁ!」
フェルグスの眼光が、氷の刃のようにスリヴァルディを貫く。
だが、スリヴァルディは動じない。
フェルグスの無力さを熟知し、その視線を嘲笑った。
護衛の兵たちが周囲を取り囲み、冷ややかな視線が二人を見据える。
フェルグスの胸は、怒りと焦燥で煮えたぎっていた。
「決闘……だと?」
フェルグスは低く唸り、声を絞り出す。
その表情を見たフードの男が、静かに口を開いた。
「この条件だと、オレが勝てばフェルグスさんのお母さんも助けられる事になる。それだと、フェルグスさんは手を抜くんじゃないですか?」
黒いフードを深く被った奥の瞳が、怪しげに光る。
「オレが勝ったら、フェルグスさんのお母さん以外の村人を助けるって条件でいい。でも、こちらの提案を聞いてほしい。聞いてもらえないなら、最初の条件通りでいかせて頂きます。ただの出来レースの決闘を見る事になりますけどね……」
「あんだとぉぁ?」
スリヴァルディは鼻で笑い、目を細める。
「揚げ足を、とりやがってよぉぁ! だが、おもしろい奴だなぁ! 提案とやら、言ってみろやぁ!」
勝利の劇に酔いしれ気分が高揚したスリヴァルディは、どんな提案も受け入れる余裕があった。
フードの男の声は静かで、嵐の前の凪のようである。
(少女を眠らせた、あの魔法……応用できるはずだ。村人の目を、完全に封じることができれば……)
「レンヴァルの村人全員を集めて、眠らせてほしいんです。決闘中に、余計な意識を割きたくない。逃げ出そうとする村人がいたら、ヨトゥン兵は攻撃するでしょ?」
「なるほどなぁ! そんなことかぁ! 確かに、村人が変な動きをしたら面倒くせぇなぁ! 奴の言う通りにしてやれやぁ!」
スリヴァルディは哄笑し、魔術兵に命じた。
「村人どもを集め、眠らせてやれやぁ! てめぇが、魔術兵を殺しまくってくれたからなぁ……少し、時間がかかるぜぇぁ」
それでも魔術兵たちは即座に動き、村人たちを丘の上に集め、魔法で深い眠りに沈める。
丘の上では村人たちが静かに横たわり、風だけがその間を縫うように流れていく。
眠りの中でさえ、彼らの表情には恐怖の名残が張り付いていた。
(くそっ! この男は、母の命を意図的に危険に晒しているのか?)
フェルグスはフードの男を睨みつけながらも、胸の内に渦巻く疑問を抑えきれないでいる。
(風のMyth Knight……数日前、ゼークと一緒にいたあの男と戦ったはずだ。落ち着きのない、軽薄な印象だったが……あの程度の力しか持たん男が、私と決闘して勝てるとでも思っているのか? あの戦いでは、手加減しているようには見えなかったが……)
フェルグスは、記憶を掘り起こす。
男の顔や背丈は曖昧だが、エアの剣……風を纏ったその刃だけは、鮮烈に脳裏に刻まれている。
剣の柄に刻まれた風の紋様、刃が空気を切り裂くたびに発する微かな唸り。
それらは、フェルグスの記憶に焼き付いていた。
だが、強さの記憶は薄い。
この男の自信は、一体どこから来るのか?
「村人どもは、眠らせたぞぁ! さぁ、殺し合いを始めるんだぁ!」
スリヴァルディの声が再び轟き、決闘の火蓋を切って落とされた。
読んで頂き、ありがとうございます!
今回は、レンヴァル村での対峙を描きました。
人質という絶対的な力の前で、黄金の鎧も、聖なる輝きも、無力になってしまう……
それでもなお立ち止まることのできない騎士と、静かに状況を動かそうとする風の騎士
光と影が交錯するこの一瞬が、これから何を生むのか?
フェルグスとフードの男の一騎打ち
そして、その裏で動くニーズヘッグ達の勢力……
レンヴァル村の戦いも、いよいよ佳境!
今後とも、よろしくお願いします!




