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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
レンヴァル村の戦い
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レンヴァルの風 〜守る刃、斬る刃〜

 レンヴァル村は、まるで地獄の業火に呑み込まれたかのようだった。

 ユトムンダスの侵攻を遥かに超える惨劇が、村を焼き尽くしていく。


 炎が家々を貪り、血が大地を赤黒く濡らす。

 女たちは鎖に繋がれ恐怖に顔を歪め、男たちは老若問わず無慈悲な刃に倒れていた。


 スリヴァルディの軍勢は逃げ惑う村人たちを獣のように追い詰め、燃え崩れる家屋の残骸が絶望の叫びと共鳴している。

 村人たちは穏やかだった故郷が蹂躙される光景に、ただ震え祈ることしかできなかった。


「ロキの野郎がぁ! このオレが、フェルグス如きの人間の配下だぁ? ふざけた話だなぁ!」


 スリヴァルディの声は、怒りと侮蔑に震えている。


 ロキによって、スリヴァルディはフェルグスの配下になるよう命令が下された。


 そのフェルグスから下された命は、ロキ軍後衛の守備……そして、捕虜の護衛。

 最も攻撃される可能性の少ない、最も些末な配置。


 ロキから……いや、フェルグスからも重宝されていないのは明白だった。

 スリヴァルディからすれば、屈辱でしかない。


 誰でもできる任務に就かされる命に、プライドは引き裂かれていく。

 神族とヨトゥンの混血であるロキへの忠誠心など、とうに消え失せていた。


 人間の指示に従わなくてはいけない、屈辱。

 低レベルな任務への苛立ちが、スリヴァルディの心を焦がしていく。


「この村には、フェルグスの母親が暮らしている筈だなぁ! 母親を餌に、フェルグスの野郎に引導をくれてやるんだぁ! そして、カラドボルグをクロウ・クルワッハへの手土産にするんだぁ!」


 スリヴァルディの目は、狡猾に輝いた。

 ロキの軍を離れ、クロウ・クルワッハの軍勢に鞍替えする。


 そのための手柄と、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす絶好の舞台……それが、このレンヴァル村だ。

 ヨトゥン領とはいえ、人間しか住まぬ辺境。


 ロキの統治下にあるこの村は、スリヴァルディにとって完璧な獲物だった。


「男は、皆殺しだぁ! 女は捕らえて、オレの前に引き立てるんだぁ! フェルグスの母親の可能性が、あるからなぁ!」


 燃え盛る村、響き合う悲鳴。

 スリヴァルディは薄く笑い、破壊の光景に酔いしれる。

 村人たちの絶望が、その心を暗い喜びで満たしていた。


 捕らえられた女たちは鎖に繋がれ、すすり泣きながら互いに身を寄せ合う。

 子供を失った母親は地面に崩れ落ち、声を殺して嗚咽する。

 生き残った若者は恐怖と怒りで拳を握りしめたが、ヨトゥン兵の刃を前に無力だった。


「母親を捕らえる前に、フェルグスが来ると厄介だがなぁ……異変に気付いたとこで、ここまでは距離があるからなぁ! 急ぐ必要も、ないなぁ! ゆっくりと、楽しませてもらうぜぇぁ!」


 下卑た笑みを浮かべる、スリヴァルディ。

 だがその瞬間、戦場に異変が走る。


 最初の異変は、音だった。

 炎の爆ぜる音や悲鳴、ヨトゥン兵と村人の戦闘の音……それらすべてが、一瞬だけ遠のく。


 一陣の風が、丘の向こうから降りてきたからだ。

 それは、ただの風ではない。

 冷たく鋭く、そして異様に澄んでいる。


 炎を煽るどころか火の粉を、一息に吸い込んでいく。

 赤黒く揺れていた炎が、次々と鎮火していた。


 燃え盛っていた家屋の残骸が、黒い煙を残したまま静まり返る。

 熱気に歪んでいた空気が、徐々に澄み渡っていく。


 村人たちは、息を呑んだ。

 突然訪れた静寂が、かえって恐ろしい。


 さっきまで耳を劈いていた絶望の叫びが消えた空白に、誰もが立ち尽くしていた。


「誰か……助けに来てくれたのか? あの時の、ランカストの様に……」


 老いた村人が、震える声で呟く。


「何事だぁ? まさか、フェルグスの野郎が追いついたのかぁ? さすがに、早過ぎるぜぇあ!」


 スリヴァルディの笑みが、凍りつく。

 ヨトゥン兵たちが混乱に陥る中、スリヴァルディが状況を問おうとした……その刹那。


 鋭い風の刃……鎌鼬が、轟音と共に飛来した。


 空気を裂く音は、雷鳴に近い。

 護衛のヨトゥン兵もろとも、スリヴァルディの首が一瞬で宙を舞う。

 血の飛沫が弧を描き、首のない胴体がゆっくりと膝をついた。


 しかし九つの首を持つと言われるヨトゥンの、スリヴァルディ。

 すぐに首を再生させ、鎌鼬の飛来した方向を睨みつける。


 丘の上に、フードを深く被った一人の男が立っているのが見えた。


 その手に握るは、エアの剣。

 風がその男を中心に静かに渦を巻き、戦場全体を支配していく。


 沈黙したまま立つその姿は、まさに風を従えるMyth Knightそのものであった。


 村人たちの間に、ざわめきが広がる。


「風の……騎士?」


「最近ベルヘイム遠征軍に加わったっていう、風のMyth Knightじゃない?」


「ベルヘイム遠征軍が、我々を救いに来てくれたの? ランカスト様が酒場にいらしたし、間違いないわ!」


 希望と疑念が入り混じった声が、怯える群衆から漏れ出す。


「風のMyth Knightだぁ? あの時の、大した力の無い雑魚がぁ! 小賢しい真似しやがぁるなぁ!」


 スリヴァルディは嘲笑すると、部下に命じて人質の村人……鎖で繋がれた女性たちを立ち上がらせる。


 女性の村人は、恐怖で震えながら丘の男を見つめた。

 その瞳に、微かな希望と大きな絶望を宿す。


 助かるかもしれない、僅かな希望。

 スリヴァルディもろとも、死ぬかもしれない大きな絶望。


「人間の村人を、犠牲にできるかぁ? これで、風の刃で攻撃できまいなぁ! さぁどうする、風のMyth Knightぁ!」


 勝利の笑みを浮かべたスリヴァルディだったが、次の瞬間……その目は、驚愕に見開かれた。


 新たな鎌鼬が、疾風の如き速さで村人の女性たちへ迫る。

 空気が裂ける音が、戦場を切り裂く。


 村人の女性たちは息を呑み、悲鳴を上げる。  

 しかし繋がれた鎖が、逃げる事を許さない。


「きゃあああ!」


「やめてぇ!」


「私達を殺すの? お願い、助けて!」


 女性たちの絶望が、レンヴァル村を染めていく。

 だが鎌鼬が通過した瞬間、奇跡が起きた。


「何……だぁ?」


 再び、スリヴァルディの首が吹っ飛ぶ。


「やりやがったなぁ! 多くの村人を殺し、オレの首を狙ったなぁ! 不死身のオレを倒す為に村人を犠牲にした貴様は、アホだなぁ!」


 胴体から斬り離された頭が、ケタケタ笑いながら消滅する。

 首が再生したスリヴァルディが目にした光景は、思っていたモノとは違っていた。


 村人の女性たちは、全員無傷で立っている。  

 鎖はまだ繋がったままなのに、彼女たちの肌には傷一つない。


 一方……彼女たちのすぐ傍に立っていたヨトゥン兵たちは、ことごとく斬り裂かれている。

 血飛沫を上げて、地に倒れていた。


 まるで、風が「守るべきもの」と「斬るべきもの」を厳密に見分けたかのように。


「生きてる!」


「私たち、無事だわ!」


「暖かい風……希望の風だわ!」


 村人の女性たちは互いに抱き合い、涙ながらに喜びを分かち合う。

 子供を抱く母親は、震える手で我が子を撫でる。


「神様……風の神様! ありがとうございます!」


 歓喜が、渦巻いていた。

 その喜びも束の間、スリヴァルディの怒声が響く。


「魔術隊、前へ出るんだぁ! 魔法防壁で、鎌鼬を防ぐんだぁ!」


(風のMyth Knightの力、こんな強くは無かった筈だろぉがぁ! この短期間で、ここまでの力をつけたってのかぁ!)


 混乱と恐怖が、スリヴァルディの心を締め付ける。


 だが、スリヴァルディはすぐに次の手を打った。


 五十人近い魔術師たちが一斉に呪文を唱え、前方の空間を歪ませる防壁魔法を展開する。


 空気が震え、魔力が渦を巻いた。

 半透明の壁が次々と立ち上がり、村を囲むように重なっていく。


 放たれた三撃目の鎌鼬は、その強固な防壁に阻まれ跡形もなく消滅する。


 村人たちは再び不安に駆られ、絶望感が周囲を満たしていた。


「防がれ……た」


「もう……終わり?」


 希望の光が、揺らぐ。

 女性たちの中には、崩れ落ちる者もいた。


「ふん、脅かしやがってよぉぁ! フェルグスごときに倒されたような奴が、こんな力を持ってるはずがねぇんだぁ!」


 スリヴァルディは村を魔法防壁で囲ませ、丘の男を睨みつける。


「脅かしやがってよぉぁ! 貴様の相手は、フェルグスの母親を見つけてからだぁ! じっくりと、楽しんでやるからなぁ!」


 手を叩き、殺戮の再開を宣言するスリヴァルディ。


「さぁ男は皆殺し、女は捕らえるんだぁ! フェルグスの母親を、さっさと見つけ出しやがれぁ!」


 村人たちは、絶望に沈む。

 その絶望を消し去る様に、エアの剣が風を纏う。


 静かに、しかし激しい風が生まれた。

 丘の上で、フードの男がゆっくりとエアの剣を構える。


 風がその刃に吸い寄せられ、渦を巻く。

 渦が、轟音を立て始める。


 最初は囁くような風音だったものが、次第に低く唸りを上げていく。

 やがて、戦場全体を震わせるほどの気配に変わっていた。


 フードの男の瞳が、僅かに赤く光る。


 そして、エアの剣が十字を斬った。


 まず横に放たれた鎌鼬が、空間を一直線に裂いていく。

 それを追いかけるように、縦の鎌鼬が放たれた。


 縦の刃は横の刃に追いつき、空間を裂く轟音と共に加速する。


 二つの刃が交差した瞬間、十字の風刃が形成された。


 十字の風刃は、まるで嵐そのものが意志を持って具現化したかのように戦場を切り裂いていく。


 その刃は、五十人以上の魔術師が織りなす魔法防壁を一瞬で粉砕した。


 魔力の奔流を真っ二つに裂き、防壁を支えていた全ての魔術師を瞬時に屠る。


 血と断末魔の叫びが戦場に響き渡り、防壁が消滅した空間に冷たい風だけが残った。


 村人たちは呆然とその光景を見つめ、息を呑む。


「すごい……まるで、風の魔神の力……」


「私たち、助かるの?」


「風のMyth Knight様……レンヴァル村を救う為に遣わされた、天使様!」


 恐怖と希望が交錯する中、老いた村人が膝をつく。


「神よ……風の騎士に、感謝を!」


 天を仰ぎ、祈りを捧げた。


「馬鹿……なぁ! こんな事がぁ!」


 スリヴァルディの声は、初めての本物の恐怖に震える。

 遠距離からの、一方的な攻撃。


 防ぐ手立ても無くなり、スリヴァルディの顔に焦りが浮かぶ。


 丘の上に立つ男……風のMyth Knightの力は、スリヴァルディの想像を遥かに超えていた。


 まるで風そのものが意志を持ち、スリヴァルディの軍勢を嘲笑っているかのようである。


 戦場は一瞬にして静寂に包まれ、ただ風の唸りと村人たちの震える息遣いだけが響き続けた……

レンヴァル村の炎が、静かに消えていく。


守るべきものと斬るべきものを、迷いなく、正確に見分ける風……


それが、凰の目の力

神剣の力を最大まで引き出せる、力……


神話に詳しい読者の方は、ゲッシュという言葉を知っていると思います。


フェルグスのゲッシュは、母親を守ること……


フェルグスは、母親を助けることができるのか?

そして、ロキとクロウ・クルワッハの思惑が、どう交錯していくのか?


次の話では、フェルグスとフードの男が対峙じす。


プロローグから紡がれる物語が、少しずつ動き出します!


凰の目の伝説を、一緒に紡いでいきましょう!


読んで頂き、本当にありがとうございました!


今後も、よろしくお願いします!

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