不屈の記憶 〜ソフィーアの声〜
私が使っていたバスタード・ソードを構えたユトムンダス相手に、デュランダルの一撃を振り下ろす。
ガキキキキィィィィィン!
先程とは、逆に……私が振り下ろしたデュランダルを、ユトムンダスがバスタード・ソードで受け止める。
金属同士が激しくぶつかり合い、火花が夜気の中に散った。
腕に伝わる衝撃が、骨の芯まで響く。
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
デュランダルを地面に当てた反動を利用して、鋭く振り上げた。
反動を利用して、私はユトムンダスに連続攻撃を仕掛ける。
刀身が弧を描き、風を切り裂く。
だが、左腕に捕われたテューネに攻撃を当てるわけにはいかない。
どうしても、ユトムンダスの右側に斬撃が集中してしまう。
その斬撃は、尽くユトムンダスに読まれていた。
なんとか腕から逃れようと暴れるテューネの小さな身体も、太いヨトゥンの腕にはびくともしない。
細い指が巨人の肌に食い込み、涙を溜めた瞳が私を見ている。
(なんとか、テューネを奴の腕から解放しなければ! このままじゃ、攻撃が当たらない。そもそもユトムンダスの腕に力が入ったら、潰されてしまう可能性もある)
ユトムンダスも、片腕での攻撃だった。
その剣撃の軌道は、私にも読みやすい。
だが私は必死に戦っている状態で、ユトムンダスは遊んでいるかのように余裕を残している。
力の差は、誰の目にも明らかだった。
その状況を肌で感じた私は、デュランダルにさらに力を込める。
刀身が、微かに輝きを増す。
村の外周では、ベルヘイム騎士たちが十体程度のヨトゥン兵と激しく戦っている。
金属の打ち合う音や怒号は、耳障りなぐらい聞こえてきた。
しかし、一人としてレンヴァル村の中に突破してくる者はいない。
ベルヘイム正規騎士は、誰一人としてレンヴァル村に入って来れていなかった。
ソフィーアが参戦してから、ガヌロンの声が大きく聞こえるようになっている。
焦っているのか、慌てているのか……だが、今の私に構っている余裕はない。
ベルヘイム正規騎士を頼るのは、止める……そう、心に誓ったのだから。
村の外の状況を一瞬だけ見たソフィーアも、私に向かって小さく首を横に振った。
そしてソフィーアは、急に持っていたレイピアをユトムンダスの目の前に投げつける。
「おっと、何のつもりだ? やけくそか?」
目の前に飛んできたレイピアを、ユトムンダスはゆっくりと弾き飛ばした。
その右腕に、ソフィーアが身を投げ出すように飛び付いた。
「ランカスト!」
ユトムンダスの力なら、ソフィーアの細い身体など簡単に振り払える。
しかし、そうはならなかった。
レイピアの動きに合わせて、私の動きを隠すように飛び込むソフィーアの身体。
瞳を動かす動作、レイピアを弾く軌道も視野に入れた動作。
それらの計算された反応が、ユトムンダスの動作を思い通りに誘導していく。
その動き方で、ユトムンダスの視界から私の姿を完全に隠していた。
しかし、そんなことはユトムンダスにとって意味はない。
何をされても、問題なかった。
慢心が、表情に現れている。
だからこそ、ソフィーアは仕掛けたのだ。
自らの左肩をランカストに見せる程度の隙を、ユトムンダスは無意識に作っている。
ソフィーアは自らの身体の全てで、ランカストの動きを隠していた。
自ら地面を蹴って、ユトムンダスの動きをさらに誘導する。
(ソフィー、分かった! テューネは、この一撃で必ず救う! そこからは、全力で反撃開始だ!)
ソフィーアの自己犠牲の動きに、私は強く唇を噛んだ。
この一撃は、外せない。
何が起きても、必ずテューネを救う!
私が持っているのは、普通の剣ではない。
神剣デュランダルの一撃ならば、その左肩を貫通するに充分な威力があるはずだ。
(デュランダル! 頼む!)
私は、信じて……渾身の力を込めて、突き刺した!
「ぐわあああぁぁぁ!」
デュランダルの刀身は、ユトムンダスの左肩を貫いていく。
思いもよらない激痛に、ユトムンダスはテューネとソフィーアを同じ方向に投げ飛ばしていた。
私の瞳には、テューネしか入っていない。
テューネを、助ける……それが身を投げ出したソフィーアの願いだと、分かっている。
貫いた反動でユトムンダスがよろめいた隙に、私はテューネに駆け寄っていた。
私がテューネの前に立った時、隣でソフィーアが立ち上がる姿が視界に入る。
「ソフィー、よくやった! テューネは、無事だ!」
「私達の家族を、簡単に渡せるもんですか! ランカスト、絶対に守りきるよ!」
投げ飛ばされた二人は、軽傷で済んだようだ。
テューネは安心から、涙を流している。
安堵した私とは逆に、ユトムンダスは怒りを表に出していた。
本来、傷を負うような戦いではない。
それが、未熟な人間たちに傷を負わされたのだ。
その怒りは、ソフィーアへと向けられている。
「小娘が……やってくれたな! 遊んでやってれば、いい気になりやがって! まずは、貴様から殺してやる!」
ユトムンダスの長い腕が、バスタード・ソードを伴ってソフィーアを狙って伸びてくる。
剣先はソフィーアの頭を、捉えようとしていた。
遠くで、ガヌロンの叫びが響く。
「騎士見習い! ソフィーを、助けろ!」
ユトムンダスの斬撃は、ガヌロンの目にはゆっくりと見えていたのだろう。
自分の娘が、ヨトゥンの強者に狙われている……ガヌロンの膝は、絶望と共に地に落ちた。
だがガヌロンの声が届く前に、私は既に動き出している。
言われるまでもない……デュランダルを強く握り、ユトムンダスの剣を止めようと動き出した。
その瞬間、私は違和感を感じる。
狙いが……違う?
思考が、頭の中を駆けずり回る。
(剣先を止めた瞬間、柄でテューネの頭を叩くつもりか! 傷付けられた腹いせに、テューネに攻撃するつもりだ。私達が絶望する姿を見る為に!)
レイピアを持っていないソフィーアは、丸腰だ。
私がバスタード・ソードを止めなければ、ソフィーアが斬られる。
しかし私がテューネの前を離れ、バスタード・ソードを止めれば……その反動を利用して、テューネの頭を砕く。
どちらにしても、どちらかは……
その瞬間、ソフィーアが頷いたように私には見えた。
(そうよ、ランカスト。私より、テューネを救って! 七国の騎士の血筋を……ノアの力を、守って! 私達の大切な家族、救えるのは、貴方だけなんだから!)
ソフィーアは自分は助からないと悟り、一筋の涙が頬を伝う。
それでも、恐怖を迎え撃つ!
ソフィーアは、バスタード・ソードに向かって一歩を踏み出した。
バスタード・ソードに身体を貫かれながらも、その刀身を握りしめる。
その動きが……バスタード・ソードを握った手が、ユトムンダスの動きを一瞬止めた。
その一瞬が、私の重心をテューネ側に戻す時間に変える。
(ソフィー!)
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
ソフィーアの身体から思い切り引き抜かれたバスタード・ソードの柄が、襲いかかってくる。
ガキキキキィィィィィン!
デュランダルが煌めき、バスタード・ソードを弾き飛ばす。
「馬鹿な……貴様、ソフィーを見殺しにしたな! 貴様の、婚約者だろうが! 子供より、ソフィーを助けろ! 貴様の娘への愛は、その程度なのか!」
頭を抱えるガヌロンの姿が、横目に入った。
その叫び声は、虚しく空に響き渡る。
その程度、だと?
ふざけるな……ふざけるな!
灼熱の如き怒りが、身体の奥底から沸々と湧き上がる。
糸の切れた人形のように、ゆっくりと倒れていくソフィーアの身体。
舞い散る血が、絶望を運んでくる。
倒れたソフィーアの身体に、自分の体重で踏み潰そうとするユトムンダス。
ズキン!
頭の中で、何かが弾けた。
デュランダルが、閃く。
一筋の閃光が、ユトムンダスの右の太腿を斬り裂いていた。
ユトムンダスが足を失ったことも気付かない程の、閃光の一撃。
「馬鹿な……一体、何が?」
ソフィーアの身体を掠めて、ユトムンダスの巨体が倒れた。
「ここからは、ソフィーの身体に指一本触れさせん! 終わりだ、ユトムンダス!」
「人間風情が、片足を斬った程度で勝ったつもりか? ふざけろよ、雑魚が!」
片足で素早く立ち上がったユトムンダスは、拳を振り上げる。
頭蓋を一撃で砕く程の、風圧を纏った一撃。
しかし、その拳は私には当たらない。
時間が歪むような……信じられない程の剣速で、その腕は右肩から斬り離されている。
「馬鹿な!」
ユトムンダスの声が、耳に響く。
馬鹿なことは、ない。
デュランダルを通して、力が湧いてくる。
舞い散るソフィーアの血が、デュランダルに力を与え……その力が、私に流れ込んでくる感覚。
「ソフィーが、共に戦ってくれているんだ! 貴様如きに、負けるわけがない!」
「ふざけるなぁ!」
ユトムンダスの左拳が、私に迫る。
しかし……
「遅い!」
デュランダルが、ユトムンダスの肩から腹までを斬り裂いていく。
同時に、私の身体とデュランダルに鮮血が降り注いだ。
(ありがとう、ランカスト。テューネを、守ってくれて……)
デュランダルを通じて、ソフィーアの声が聞こえた気がした。
動かないソフィーアの身体を見つめ、私はデュランダルを握りしめる。
そして、自分の心に嫌悪感を感じた。
都合の良い思い込みで、自分の行動を正当化しようとしている。
ソフィーアの死をデュランダルの力の源だと、都合よく解釈しようとしている自分が汚らわしいと思った。
そして、ソフィーアの思いを実行しただけだと……
「くそおおおおぉぉぉぉ!」
遠くで、自分の叫び声を聞いている感覚。
そして強烈に叩かれる肩と、耳元で響く声……
ランカストの瞳に、色が戻っていく。
同時に、その心も元の世界に戻っていった……
今話は、ランカスト将軍の過去を描く重要な場面となりました。
酒場で語られる英雄譚の裏側には、選べなかった命と、守るために失ったものがあります。
ソフィーアの選択とランカストがそれに応えた結果が、テューネの未来にどう影響を与えるのか?
戦争の中で人が何を優先し、何を失うのか?
その一端を、不屈の記憶としてランカストの視点から描いてみました。
この記憶が、現在にどのような影響を及ぼすのか……
丁寧に書いていきたいと思います!
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




