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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
神話の世界へ
4/4

大学にて

「あち~! なんでこんな暑いんだ! あー、夏だからか……」


 夏の陽炎に溶け込むような声で呟いた男は、鷹津 航太。

 北信大学の3年生にして、夏の熱気に翻弄される1人の青年だ。


 夏休み前の最後のゼミが終わり、航太の足取りは次なる目的地であるサークル活動の教室へ向かう。


「だいたい、なんでサークル室が校舎の別棟になってんだ! 外を歩くから、暑いんだ!」


 航太は独り言を紡ぎながらも目的地に到着し、教室の扉を開ける。

 教室の中からは冷たいクーラーの風と、清涼な香水の匂いが染み出してきた。


「航ちゃん、何独り言をいいながら歩いてんの? 教室の中まで、聞こえてたょ! ぷぷっ!」


 その声の主は、幼馴染みの神藤 絵美。


 絵美の笑い声は、教室に響く夏の陽光のような明るさを持っている。

 

 絵美の向かいには双子の姉、神藤 智美が座っていた。


 絵美はその長い髪を揺らし、アヒルのヌイグルミを胸に抱きながら無邪気に笑っている。


気怠い表情を浮かべる航太と笑う絵美を見ながら、智美は疲れた様子で溜息をつく。


「みーちゃん、航ちゃんがバカなのはいつものことでしょ? それより、夏休みの計画を立てようよ。いつも脱線ばかりして、なかなか決まらないんだから……今日、出発なんだよ?」


 絵美の事をみーちゃんと呼んだ智美は、どちらかと言えば知的で冷静だ。


 その智美が、話を現実的な線に引き戻す。


 少しトゲのある智美の言葉の中には、姉妹間の仲の良さと、航太に対する友情が静かに流れている。


 この夏……彼らは航太の義弟である鷹津 一真と共に、旅に出る予定だ。


 一真は看護学校に通っており、この場にはいない。

 看護学生は夏休み直前まで研修で忙しいらしく、とりあえず3人で旅行の計画を立てる予定であった。


とはいえ、全く決まってはいないのだが……


「智美クン……相変わらず、サラっとキツいこと言うねぇ。まぁ、とりあえず湘南の海で海水浴と焼きそば! で、東京ブラつくとかでよくね?」


 航太は大雑把な旅行計画を口にしながら、パイプ椅子に身を沈める。


「私も、同意なり!」


 絵美が手を挙げながら、声を上げた。

 そして、発言を続ける。


「私、TDRにも行きたーい!」


 更に絵美は立ち上がりアヒルのヌイグルミ『ガーゴ』の手を動かし始め、まるで腹話術のように口を小さく開きながら声を出す。


「ガーゴも、ネズミの楽園でハシャぐんでしゅよ~。海の楽園も、行くでしゅ~」


 絵美はガーゴのモノマネと思われる声を発し、ヌイグルミの手で智美の頬を軽く叩く。


「はぁ……」


 智美は一息つき、相手にしないで話を続ける。


「今回の旅行は、カズちゃんの願いを叶える為のものでもあるんだよ。まずは、湘南の海で試してみないと……遊びの計画は、失敗してから考えようよ」


 その真剣な言葉と表情に、絵美はガーゴを抱きしめながらパイプ椅子に座る。

 航太もまた真剣な表情で、窓の外……強い夏の日差しに、目を向けた。


「まぁ……一真の願いってのが叶って欲しいとは思ってるけど、叶っちまったらどうなるんだ? オレ達?」


 一真の願いとは、北欧神話の世界に触れること……


 鷹津家と神藤家には、同じ言い伝えがある。


 航太達は、お互いの両親から幼少期の頃より神話の世界の話を嫌と言う程聞かされてきた。

 両親の親の……更に親の世代、神話の世界から来た者達によって託された剣がある。

 戦時中だった時代、先祖達を守る為に使われたと言う武器。

 神秘的な2振りの剣、エアの剣とグラム。

 さらに神藤神社に祀られてる神剣にも、同じような言い伝えがあった。


 そんな世界があるなら見てみたいし、先祖達が助けられたのなら間接的に自分達の命も救われた事になる。

 それならば、助けてくれた関係者の人にもお礼も言ってみたいが……


 しかし大学生ともなれば、その神話の話を信じる心は既に揺らいでいた。

 あまりにファンタジー過ぎるし、異世界転移なんてアニメの中だけの話。


 先祖達が助けられたのは事実だとしても、外国の人が漂流でもして日本に流れついたとか……

 そのお礼として、爆弾とかから身を守る術を教わったみたいな話なんじゃないか?

 そう、思う様になっていた。


 それでも一真だけは信じ続け、その世界に行ける方法を試してみたいと訴え続けている。

 その熱意から、航太達もその冒険心に引きずられてはいた。

 なので、まぁ試すだけならと今回の旅行を企画してみた訳である。


「確かに、向こうの世界ってどんなトコかなぁ~? ちょっと、楽しみだったりして!」


 絵美の言葉は、無邪気さと冒険への期待を湛えていた。


「そう言えば、カズちゃんは今日何時に終わるんだっけ? 学校終わったら、すぐに行くんでしょ?」


 智美は大きなバックパックを用意し、その中の荷物の整理と確認をし始める。


「夏休み前は、必ず大掃除するらしいからな……2時ぐらいに迎えに行けば、大丈夫じゃないか? それにしても、看護学校って義務教育時代みたいだよなー」


 航太は、逆に大して多くない荷物を確認しながら答えた。

 しかし、その中には神剣と呼ばれる剣が混じっている。

 それがなければ、神話の世界への扉は開かないらしい。


「とりあえず、車に荷物を乗せちまうか! 荷物バレたら、オレら銃刀法違反で御用だぜ!」


「そだねん! 買い出ししてからカズちゃん迎えに行けば、時間ピッタリじゃない? 向こうで、カップラーメンとか食べれるかなぁ~?」


 絵美は買い物リストを作成しながら、楽しげに鼻歌を歌う。


「ま、東京見物メインの旅になるだろーから、神話の世界用の買い出しはほどほどにな! じゃー、行きますか!」


 結局何の予定も決めず、3人は荷物を抱え教室を後にした。

 外に出ると、夏の熱気が肌にまとうように感じられる。


 航太は一真の願いを叶えることが自身の何かを変える予感に駆られ、複雑な感情を抱いていた。


(考えてても、仕方ねぇな……)


 3人は航太の車に乗り込み、一真の迎えに向かう。


 この時は、神話への扉が本当に開くとは信じていなかった……

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