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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
紅の剣士と恐怖の剣
19/29

救うための戦い2

 一真は決意と共に、神剣グラムを握った。

 その手には、救いたい命への執念が宿っている。

 ガラス製のグラスに剣を振り下ろすと、ガラスが溶け出し灼熱の涙のように赤く輝いた。


 一真はためらうことなく、その燃える液体状になった塊を素手で掴んだ。


 皮膚が焼ける感覚が全身を貫き、心臓が締め付けられるような痛みが一真を襲う。


 それでも一真は手を止めず、ストローの形に丸め始めた……ただ、女性を救いたいという思いだけで……


「ぐぅっ!」


 熱が肉を焦がし、鼻を突く臭いが一真の意識を揺さぶる。

 溶けたガラスが手に食い込み、血と混じり合って赤黒い川が流れ落ちた。

 皮膚が溶ける悍ましい感覚は、まるで自分の命が削がれているかのように思える。


 それでも一真は先端を尖らせ、針へと作り変えていく。

 倒れている女性の命を繋ぐためなら、こんな痛みなど何でもない。

 そう、自分に言い聞かせながら……


「ぬあぁぁぁぁぁ!」


 そんな気持ちを嘲笑うかの様に、火傷した皮膚にガラスの破片が突き刺さり鋭い痛みが魂を引き裂く。

 一真の絶叫は空に届き、雲を震わせるかのようだった。


 一真の声には痛みだけでなく、届くか分からない命への慟哭が込められていた。


「一真様!」


 ネイアの絶叫が、凍てついた部屋を切り裂く。


 ネイアの目に映るのは、血とガラスにまみれた一真の手……

 たまらず冷気の魔法を放つと、凍てつく風が一真の手を包み込んだ。


 その瞬間、一真は力尽くで皮膚ごとガラスを剥ぎ取る。


 血が、床に叩きつけられた。


 まるで一真の心が零れ落ちたかのように、赤い花が咲き乱れる。

 ネイアの胸は締め付けられ、涙が溢れた。


 回復の魔法をかけようと、手を伸ばすネイア。

 だが……一真の火傷し腫れ上がった手が、ネイアの手を掴み静かに押し戻す。


「魔力は、必要な時にとっておいて。こんな傷、彼女の今の状況と比べたら大した事ないから……」


 その言葉は、ネイアの心に突き刺さった。


 一真の声には痛みを押し殺した優しさと、揺るがぬ決意が滲んでいる。


 ネイアの手は震え、瞳を閉じた。

 それでも瞳に溜まった涙が頬を伝い、床に落ちていく。


 この人はなぜ、他人のためにここまで自分を捨てられるのか?

 絶望が全てを飲み込む瞬間でも、なぜ希望を握り潰さないのか?


 ネイアの心は理解を超えた一真への畏敬と、止められない悲しみで溢れていた。


「一真様、なぜそこまで……そして、この道具は何ですか?」


 ネイアの声は涙に震え、喉が詰まる。


 一真が作り上げた奇妙な道具……それは、ネイアにとって未知の形だった。

 使用用途を知っておかなければ、手伝う事も出来ない。


 一真の戦いに、少しでも寄り添いたい。

 その想いが、ネイアの言葉に滲み出ていた。


「これを血管に刺して、血を流し込むんだ! 彼女の命の灯を……取り戻す為に!」


 一真の瞳に、涙はない。

 痛みを超越した決意が宿り、星のように輝いている。


 彼女を救うためなら、自分の全てを捧げてもいい……その覚悟が、一真を突き動かしていた。


 だが……水がない。


 倒れた女性の体温が、少しずつ冷えていく。

 血は止まったが、女性の命は細い糸のように揺れていた。


 床に広がった血は乾き、時間と共に固まっていく。


 まるで、希望が砕け散る音を立てられている様に……

 ゆっくりと、少しずつ……


 一真の胸は締め付けられ、女性の命が遠ざかるたび心が引き裂かれる。


 水と血を、混ぜる。

 魔法で、清める

 体内に、戻す。


 この一連の行為が、倒れている女性を死の淵から引き戻す唯一の方法である。


 固まってしまった血に再び命を吹き込む為には、どうしても水が必要だ。

 その水が……ない。


 絶望が2人を飲み込もうとしたその時、玄関が音を立て開いた。


 助けか?


 一真の目に希望の光が宿り、心が跳ね上がる。

 一真は、勢いよく振り返った。


「あ~、人が倒れてた民家だったでしゅ~。血で、汚れてしまったでしゅ~。やっちまったでしゅよ~」


 ガーゴの間の抜けた声が、一真の希望を木っ端微塵に砕いた。

 肩が落ち、心が奈落へと沈む。


 女性を救えないかもしれない……その恐怖が、一真の全身を凍り付かせた。


(どうする? このままじゃ、彼女が……)


 ポツリ……ポツリ……

 ザアアアァァァ……


 突然、空が裂けたかのような豪雨が大地を叩く。

 雨音が轟き、雨粒が希望の鼓動となって一真の心に響いた。


 一真は、自らの手を見つめる。

 腫れ上がり血が滲むその手は、まるで自らの壊れた心を映し出していた。


 火傷した手で、水を運ぶのは困難だろう。

 しかしネイアには、別の役目を果たしてほしい。


 自分が行くしかない……歯を食いしばったその瞬間、閃光のような名案が一真の魂を貫いた。


「ガーゴ! 水を運んできてくれ!」


 一真の声は豪雨を凌駕する程の希望の叫びとなって、ガーゴの耳に届く。


 女性を救いたいという想いが、一真の全てを突き動かす。


「無茶でしゅ~! ガーゴは、ヌイグルミなんでしゅからね~! ふにゃふにゃんなんでしゅよ〜」


「都合のいい時だけ、ヌイグルミかよ! だけどヌイグルミだからこそ、できるんだ! その身体に、大量の雨水を吸って来てくれ!」


 一真の叫びに、ガーゴの体が震え上がる。

 だが……その瞳に宿る必死の願いが、ガーゴの小さな心を揺さぶった。


「一真、恐いでしゅ~! 行くでしゅ~! 水を吸うと、重くなって嫌なんでしゅよね~!」


 泣き言を漏らしながら、ガーゴは雨の降る外へと飛び出していく。

 その背中に、一真は全てを託した。


「ネイアさん、床の血に水を含ませて、液体に戻せますか?」


 一真の声は、希望を込めた懇願に聞こえる。

 その心は、女性を救う為だけに燃えているのだろう。


「大丈夫です。そんな魔法がなかったとしても、やってみせます。一真様が、道を示してくださっている。私は、どこまでもついていくだけです……」


 ネイアの声は震え、涙が溢れる。


 ネイアの胸には、一真への信頼が漲っていた。


 そして一真の痛みを少しでも癒したいという、切なる願いが渦巻いている。


「ありがとう! けど、無理な時は無理って言って下さいね!」


 一真はポケットからビニール袋を取り出すと、穴を開けてガラス製のストローを通す。   


 ネイアに魔法でビニールに封を頼み、ガーゴの帰りを待った。


 一真の心は、希望と不安の間で揺れている。


 ガラガラッ!


 裏口が開き、ずぶ濡れのガーゴが嵐を引き連れるように戻ってきた。


「もー、ビチャビチャで重いでしゅ~! もー嫌でしゅ~!」


 ガーゴの愚痴に、一真は笑みを浮かべる。


「サンキュー、ガーゴ! けど、もーもー言ってると、アヒルじゃなくて牛になっちゃうよ」


 冗談で緊張を切り裂きながら、一真は自らの震える心を抑え込む。

 これからが、真の戦いだ。


 真剣な表情に戻った一真はネイアに視線を向ける。


 ネイアは、涙を堪えながらも力強く頷いた。


 魔法が迸り、ガーゴの体から水が絞り出される。

 水が床の乾いた血と混ざり合い、赤黒い液体が再び命を宿していく。


 血液はビニールへと流れ込み、別の魔法で一瞬にして消毒される。


 ネイアの瞳にも、女性を救いたいという祈りが宿っていた。

 最初に感じていた疑問や諦めは、もはや頭の片隅にも残っていない。


「一真様、もう大丈夫です!」


 ネイアの額から汗が滝のように流れ、膝が崩れ落ちる。


 ネイアの精神力は、一真に全てを託した瞬間に限界を超えていた。


「ありがとう! ネイアさんは、休んでて! 繋げてくれた希望を、絶対に無駄にはしない!」


 一真は女性の上腕を全力で握り、駆血をしようとした。

 だが火傷した手が悲鳴を上げ、力が入らない。

 心が……折れそうになる。


「くっ……」


 痛みよりも、女性を救えない苛立ちが一真を苛んだ。

 血流の少ない血管に、無謀にも針を刺すしかないのか?

 お手製の針は太く、少しのミスも許されない。

 血管から外れた場所に、貴重な血を流す訳にはいかなかった。


 女性も救えず、ネイアの決意にも応えられないのか……いや、それだけは絶対に許されない。


 手の痛みなんて、大した事ない筈だ!


 一真は、再び駆血を決意した……その時、手が優しい緑の輝きに包まれた。


「ネイアさん……無茶だ!」


 ネイアの魔力は……精神力は、枯渇しているはず。

 そんな状態で魔法を使うのは、命を削るようなものだろう。

 先程の魔法ですら、魔力を絞り出して使っていたのは見ていれば分かる。

 魔法の知識が無くても、理解できた。


 それでも、ネイアは……額から汗を溢れさせながら、消耗した状態で魔法を使う。


 短時間で回復するような状態でないのは、明らかだった。



 最後の力を振り絞る為の力……それは、白いヌイグルミから与えられていた。


 一真の心は、震える。

 力ないネイアの瞳には、それでも決意の力が宿っている様に見えた。


「一真様、これが最後です。私と……ガーゴちゃんの全てを、預けます。後は、頼みました……」


 最後の力を振り絞る為の力……それは、白いヌイグルミから与えられていた。


 ガーゴの全身からネイアの身体に、金色の光が繋がっている。

 そしてネイアの手から、一真の手に緑の光が繋がっていた。

 その光は、2人の魂から一真に注がれる最後の贈り物……


「もー、ガーゴはフラフラでしゅよ~。航太達といた方が、楽だったでしゅ~」


 ガーゴの小さな声に、一真の瞳に熱い涙が溢れる。


 一真は涙を振り払い、2人の想いを胸に刻んだ。


「ありがとう、ネイアさん……ガーゴ! 必ず助ける!」


 一真の集中力は、極限を超える。


 微かに浮かぶ血管を捉え、看護学校から持ち出したアルコール綿で拭く。

 弾力の無い血管に針を刺すなど、通常では不可能だろう。

 しかし一真には、確信があった。


 全てが、見える……位置も、深さも。


 それは、ネイアの思いが一真に与えた奇跡だったのかもしれない。

 一真は一息つき、ガラスの針を一気に突き刺した。


 血液は……逆流してこない。


 それでも一真は、迷わずにゆっくりとビニール袋を掲げた。


 血が、少しずつ女性の体内へと流れ始める。

 刺した部位は腫れず、女性の脈が僅かに力強さを増していった。


 蒼白だった顔が、血色を取り戻していく。


「やった!」


 ネイアの涙声が、響く。

 たった1人の命を救っただけだ……それなのに、心が熱くなる。

 命の尊さを、胸一杯に感じた。


 ネイアの瞳には喜びと、安堵と……一真への深い愛情が宿る。


 ビニールの血が尽きると一真は針を引き抜き、アルコール綿で傷口を押さえた。


「ふう……」


 長い長い溜息とともに、一真の緊張が解ける。

 女性の瞼が僅かに震え、そして目が開いた。


「大丈夫ですか?名前は……分かりますか?」


 一真の声は、命を呼び戻す祈りのよう。

 女性が生きてくれた事に、ただ感謝した。


「名前……私の名前は、ティア・ノースラン……」


 その言葉を残し、ティアは深い眠りに落ちる。

 一真の胸に安堵の涙が溢れ、床に落ちた……

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