恐怖の紅い騎士2
掴んでいたガーゴを転がっている死体に向けて放り投げた紅の騎士は、冷酷な表情を浮かべた。
その表情だけで、紅の騎士は敵軍だけでなく無抵抗の民間人をも容赦なく攻撃するのではないか……航太は直感的に、そう感じた。
「これ、やったの……お前か?」
航太は震える息と共に、声を絞り出す。
ガーゴの横には林の道で最初に見つけた、血塗れで無残に切り刻まれた人間の死体が横たわっている。
残忍な殺し方……この男の手によるものではないか?
「そうだ……無様に逃げ回って、イライラしたんでな。そこらの家の中も、似た様な人間だらけだ。先程も、赤ん坊と女を斬り刻んでたところでな。だが途中で、そこのアヒルに邪魔されたんだ。まぁまぁ苛つかせてもらったお礼に、ソイツの主に挨拶してやろうと来た訳だ」
その声は冷たく、残忍さに満ちている。
しかし冷たい言葉の中にも、怒りが満ちているのを感じた。
今にも、血塗られた紅い剣で襲いかかってきそうな迫力もある。
「赤ん坊も? そんな……そんな、幼い命も奪うの? 戦争に……戦いに関係ないじゃない!」
智美の叫びが、絶望の夜空に突き刺さった。
恐怖を超越した何かが、智美を奮い立たせている。
「関係ないだと? その幼い命が成長したら、大人になる。復讐に囚われるか、絶望で心を壊すか……どちらかになる。ならば、殺してやる方が親切というモノだろ?」
深紅の鎧に覆われた男が、死神のように近づいてきた。
深紅の男の目は、生きる希望を完全に失っているように見える。
「智美、離れろ! お前……何者だ?」
航太の声は、恐怖でひび割れていた。
エアの剣を抜く手は、命の危機を感じて震えている。
智美は草薙剣と天叢雲剣を握りしめ、絵美は天沼矛を構えるが、それぞれの表情に恐怖が浮かぶ。
神器から溢れる力の影響を受けても、震えが止まらない。
それでも……今は、戦う以外の道がない。
逃してくれる可能性は、万に一つも感じれなかった。
深紅の男は邪悪な笑みを浮かべ、血のような赤い剣を構え直す。
その剣に刻まれた蛇の紋様は、死そのものを象徴しているように見える。
「我がヘルギに、更なる血の祝福を! 貴様らの血を、一滴残らず吸い上げてやろう!」
その言葉は、死の決定を告げるようだった。
「うぇぇぇ! きっも~い。私が、一番嫌いなタイプだわ!」
戯ける様に喋る絵美の声は、その内容とは裏腹に恐怖に引きつっている。
「航太しゃん! こんなヤツ秒殺するでしゅよ~。そして……ここ、怖いでしゅ~」
ガーゴの声も、恐怖で裏返っていた。
紅の騎士に対する恐怖か、死体の横にいる恐怖なのかは分からないが……
「どうせ、逃しちゃくれねぇんだろ? なら、やるしかねぇ! いくぜ!」
航太は震える身体と、恐怖に染まる心に打ち勝つために叫ぶ。
その叫びに反応したエアの剣が瑠璃色に輝き、振られた剣の軌道をなぞる様に鎌鼬が発生する。
木々を斬り倒し、紅の騎士に襲いかかった。
しかし紅の騎士は突風の如く襲いかかる鎌鼬をあざ笑うかのように躱わし、瞬時に航太との距離を詰める。
加速する勢いそのままに紅の剣ヘルギが閃き、航太はエアの剣で必死にその斬撃を防ぐ。
「ぐわぁぁ!」
剣と剣がぶつかり合う激しい音、その衝撃が航太の両手を駆け巡る。
一瞬で痺れた両腕は、直ぐに痛みへと変わっていく。
辛うじてエアの剣を落とさなかった航太は、後方に跳んで紅の騎士と距離をとる。
(一撃で……これかよ!)
航太の心に、再び恐慌が広がった。
「あんた……本当に、ヨトゥンの兵なのか? 見たところ、人間のように見えるが……」
人間なら、交渉の余地もあるかもしれない……航太の問いに、紅の騎士は冷笑する。
「ほう、オレの事を知らんか……なら、教えといてやろう。我が名は、ガイエン・ドーマ。ヨトゥン軍最強の将、クロウ・クルワッハ様の先鋒の将だ!」
その声は、地獄から響いてるかの様だった。
いや……本当に響いていたのかもしれない。
ガイエンの声に反応する様に、燃えていた家の1つが爆音を上げて崩れていく。
その衝撃音に振り返りもせずに、ガイエンはヘルギを逆手に構え直す。
爆発の余韻が森を震わせる中、航太は息を呑んだ。
エアの剣が、まるで主の恐怖に応えるように刃を震わせる。
「智美、絵美! 立て! まだ終わってねぇ!」
激しい爆音に、思わず膝をついていた智美と絵美。
智美は、歯を食いしばって立ち上がった。
草薙剣と天叢雲剣が、智美の怒りに呼応して再び浅縹の光を灯す。
絵美は天沼矛を地面に突き立て、身体を支えながら吐き捨てる。
「はぁ、はぁ……冗談じゃないわよ、こんなの……」
ガーゴが死体の陰から這い出し、羽をばたつかせながら叫ぶ。
「航太しゃん! 後ろで、何か爆発したでしゅ! 味方でしゅかね?」
森の奥から、轟音が続く。
集落の家から、紅い火柱が次々と立ち昇っていく。
「んな訳、ねぇだろ! くそっ、どんどんヤバイ状況になっていきやがる!」
空気が裂け、血の臭いを孕んだ風が航太たちを襲う。
「さて、終わりだ。小僧ども……」
次の瞬間、ガイエンが動く。
地面を蹴り、残像すら残さぬ速さで航太に迫る。
ヘルギが高速で、横薙ぎに航太の身体を捉えた。
航太は咄嗟にエアの剣を構え、刃を合わせる。
ガギィィィン!
火花が散り、衝撃が腕を貫く。
骨が軋み、肘から先が痺れる。
だが航太は歯を食いしばり、剣を離さない。
エアの剣から迸る風が、ガイエンの髪を逆立てる。
風の膜を剣の間に張り衝撃を吸収、逆に押し返していた。
「ほう?」
ガイエンが、目を見開く。
その隙に、智美が動いた。
草薙剣を振り上げ、天叢雲剣を逆手に……2振りの剣が交差する軌跡を描き、碧水の奔流をガイエンに叩きつける。
「ちぃ……神剣の力、使えはするのか!」
水流が、ガイエンの右肩を削る。
深紅の鎧に亀裂が走り、ガイエンは笑う。
「水の力か……悪くねぇ。だが、まだ力不足だ」
紅光が、爆ぜる……
次の瞬間、ヘルギの剣先が智美の喉元を掠めた。
一筋の血が、宙を舞う。
「智美!」
航太が叫び、ガイエンと智美の間にエアの剣を振り下ろす。
鎌鼬が、ガイエンを強襲する。
だがガイエンは軽々と身を翻し、風を切り裂く。
そのまま無駄のない動作で航太の懐に潜り込み、肘鉄を腹に叩き込む。
「ぐはっ!」
息が……詰まる。
視界が揺れ、膝が崩れた。
だが、航太は倒れなかった。
エアの剣を地面に突き立て、身体を支える。
ガイエンが、追撃のヘルギを振り上げる。
ガァキキキィィン!
天沼矛が横薙ぎに唸り、航太に襲いかかろうとしたガイエンの紅の剣を弾く。
絵美が跳躍し、回転しながら矛を振り回す。
刃が月光を反射し、弧を描く。
「力はねぇようだが、よく連携してきやがる。くそが、イライラさせてくれるぜ!」
ヘルギが、紅く閃く。
ガイエンの鋭い剣戟に晒された天沼矛から、火花が飛び散る。
絵美の腕が痺れ、矛が弾かれ体勢を崩された。
「まだ……だぁ!」
崩れた体勢から、絵美は魂を込めて天沼矛を振り抜く。
「やあぁぁぁぁ!」
その動きに合わせて、智美も草薙剣を渾身の力を込めて振った。
地面から水が吹き出し、天沼矛の矛先が水の中に消える。
次の瞬間、広範囲の水の刃が発生した。
「なん……だと!」
ガイエンは身を屈めて、水の刃を躱わす。
ガイエンを通り越した水の刃は、集落の火を鎮火していく。
その隙に……
航太は息を整え、エアの剣を構え直す。
智美は傷を押さえ、草薙剣を握りしめる。
絵美は天沼矛を回転させ、構える。
そして、ガーゴが羽を広げ……叫ぶ。
「航太しゃん! 今でしゅ! 隙、ありましゅ!」
ガイエンは鎮火していく集落を一瞥し、ヘルギを握りしめる。
紅光が収束し、刃が震えた。
まるで、血を求めるように。
「ふん、いいだろう。本気で相手をしてやる。覚悟して、かかってくるがいいぜ!」
航太は、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
エアの剣が瑠璃色に輝き、風が咆哮する。
智美の双剣が碧水を纏い、絵美の矛が月光に輝く。
その時、オゼス村の方角から一斉に火の手が上がった。
ガイエンは視線の先で燃え盛る村を一瞥し、残酷な笑みを浮かべる。
人間の心は、とうに失っているのだろう。
人間性を失い、ただの殺戮マシンと化している様に見えた。
「もはや村の人間は皆殺しにしたのに、火も放ったのか。やり過ぎだろ!」
笑いながら冗談を言う様に、燃える上がる村の火を見ている。
その顔には、人類への憎悪しか見えない。
「集落も燃やし、更に村も燃やす……あなた、人の命を何だと思ってるの? 村には小さい子も、戦えない人達だっていたでしょうに! 許せない……許せないわ!」
智美の声は 怒りに震えていた。
草薙剣と天叢雲剣が、智美の怒りに応える。
浅縹の光が闇の中に輝き、2振りの剣から碧水が生み出された。
「かなり上位の、水属性の神剣だな。だが、残念だが水では止められんな。我が、ヘルギの力はな!」
鮮血の様な紅の光を纏ったヘルギを、ガイエンは智美に向ける。
「え……何? いやああぁぁぁ!」
その紅の光を見た途端、智美の動きは恐怖に縛られ止まった。
力強く啖呵を切った人と同じ人ではないと思える程、震えながら地面に崩れ落ちる。
智美の顔は、恐怖に飲み込まれていた。
力に満ちていた水の剣は、その輝きを失っている。
「智美、動きを止めるな! やられるぞ!」
航太の声は、焦りに満ちていた。
鎌鼬を放つが、ガイエンはそれを嘲笑って躱わす。
航太の心は混乱し、接近を許したガイエンの剣が再び振り下ろされる。
エアの剣で辛くも防ぐが、両腕に再び痺れが広がり航太の顔が苦悶に歪む。
それでも……予測出来た。
痺れからの、痛み……一度経験している痛みは、耐えた先に次の動きに繋がる。
距離をとるのではなく、前へ……
エアの剣から放たれた一撃は、ガイエンに掠る事は無かった。
しかし生み出された突風に、ガイエンの体勢が崩れる。
体勢を崩した瞬間を見逃さず、絵美が天沼矛を突き刺す。
ガイエンはそれを戯れるように弾が、絵美は反転し再攻撃を試みる。
日本舞踊と薙刀を学んでいた絵美ならではの踊る様な攻撃だったが、ガイエンは余裕をもって躱わす。
「なかなか良い攻撃だったぞ。だが神器に認められるMythKnightにしては、力不足だ。そこら辺の兵と対して変わらん……雑魚だな」
ガイエンの冷笑が、死の宣告のように耳に響く。
(せっかく、エアの剣の特性が分かってきたのに! 2人も、頑張ってくれているのに! 何か……何か、出来ないのか?)
考える航太だったが心は恐怖に支配されおり、後退するしかない。
智美と絵美もヘルギの光に晒されて、恐怖に圧倒され戦うことができずにいた。
(まさか……あの紅い剣は、神器なのか? MythKnightって、味方だけじゃねーのかよっ!)
航太の鼓動が耳元で打ち鳴らし、死が目の前に迫っていることを教える。
「うわぁぁぁ!」
航太は全てを賭けて、特攻するかの如くガイエンに斬りかかる。
その瞬間……
バシュ!
後方から、爆発音が響いた……




