ベルヘイム遠征軍2
夜営地は、ベルヘイム王国の南端。
通常の行軍キャンプとは異なり、機動性を最優先した小型テントが主である。
そんな夜営地に着くと、目視で数えても数十個しかないテントに航太は疑問を抱く。
(攻めるにしても守るにしても、兵の数が少なすぎないか? 敵の領地に入ってるみたいな事を言ってたけど、どこに攻め込むつもりなんだ?)
航太は心許ない戦力であろう夜営地の内部を見ながら、歩を進める。
周囲には簡易的な柵と警戒塔が設けられ、松明の炎が夜の闇を切り裂く。
遠くから聞こえるのは、馬のいななきと兵士たちの低いつぶやき。
空気には、鉄と汗の何ともいえない匂いが混じる。
「こちらです」
ネイアは航太達を招き入れる様に、軍の大将に通じる者としてテントの入口を開く。
そこは他のテントとは一線を画すほどの大きさで、両脇には雄大な旗が掲げられている。
旗には、ベルヘイム王家の紋章……漆黒の犬と、双剣が描かれていた。
雄大な旗は、風に揺れるたび布地が微かな音を立てる。
「うー、緊張するなぁ! 熊をも素手で倒すような人だったら、どーしよう!」
絵美が、演技めいた泣き顔を見せる。
その軽口は、緊張を和らげるための無意識の習慣になっているようだ。
「もし悪い奴なら、ガーゴがぶっ飛ばしてやりましゅよ~」
(おいおい、マジか? この距離で、大声で訳の分かんねぇ事を言うんじゃねぇ! 今のは、完全に中まで響いてんぞ? なんで、アヒルの化け物まで連れてきてんだよ!
航太はキッと絵美を睨むが、彼女は首を傾げ惚けて見せる。
「夜分に、失礼いたします」
後ろで騒いでる航太達を無視して、智美と一真が丁寧にお辞儀をしながら先にテントに入った。
次いでガーゴを抱えた絵美、そして航太が続く。
松明の光が照らす内部は、暑苦しいほどの熱気に包まれていた。
テント内は毛皮の敷物と簡易地図台で構成され、中央に据えられた鉄製の暖炉が赤々と燃える。
壁にはヨトゥン軍の斥候報告書が、釘で留められていた。
汗っかきの一真は何度も額を拭うが、航太はその暑さも感じないほど目の前の男に圧倒される。
先のヨトゥン兵との戦いで、ある程度の自信もついた。
その力も示したと思っていたのに……その圧倒的な存在感に、身がすくむ。
座っているためその全貌は分からないが、190センチはあろうかという長身。
筋肉はまるで、神話の巨人を思わせる程だ。
髪は肩にかかる長さで、やや波打っている。
ネイアが事前に経緯を説明していたが、航太と智美が補足の説明も含めて詳細を話す。
大柄な指揮官であり騎士であるアルパスター・ディノと名乗った男は、立て掛けてある航太たちの武器を一瞥する。
アルパスターの視線は鋭く、神器の微かな脈動……
所有者が定まった証の淡い光を、即座に捉えていた。
「成る程な、確かに全て神器だ。これを操り力を示したと言うのならば、全員騎士として認めるしかなかろう」
アルパスターはそう言うと、突然航太達に向かって頭を下げた。
「君たち、我々と共に戦ってはくれないか?」
絵美は突然の迫力に、みじろいで少し後ろに下がる。
そんな中、航太は自分達の神剣に目を向けた。
立て掛けてある剣は、他の武器と大差ないようにも見える。
(どうして見ただけで、神器と分かる? 長い間、オレ達の世界にあった物だ。実際に、見た事も無いはずだが?)
疑問を抱き、その疑問を航太が問いかけようとした……まさに、その時だった。
「ちょっと、待ってください! 確かにさっきはネイアさんたちを助けたけど、私は……私達は、戦いたくはないんです! 武器はお貸ししますから、他の兵隊さんたちで使ってください! 私達が必要な時に返してもらえれば、それでいいですから!」
突然、智美が感情を露わに叫ぶ。
一真の願いを考慮し、この世界に来た。
しかし、それと戦争に参加する事はイコールではない。
そもそも、この世界に戦いに来た訳ではないと智美は思う。
少しの沈黙が流れた後、ネイアが静かに智美に語りかけた。
「智美様……神器は一度持ち主を選ぶと、他の誰にも扱えなくなるのです。私でもアルパスター将軍でも、剣を持つ事すらできないんです……」
「智美殿……貴女の神剣、触らせてもらってもよいか?」
智美が頷いたのを確認したアルパスターは、傍らの草薙剣に近付く。
そして強く力を込め持ち上げようとするが、剣は微動だにしなかった。
智美の身体と同じぐらいあると錯覚してしまう程の腕の太さがあるアルパスターが、額に汗を滲ませるぐらい力を込める……それでも、草薙剣は少しも動かない。
「そんな……なんで? 今までは、お父さんだって普通に持ってたのに? 私には、重さを感じないぐらいなのに……」
智美は、信じられない表情で草薙剣を見つめる。
「ヨトゥン兵との戦いで、神器が君たちを認めたのだろう。神器が軽くなり、恐怖心が消えた瞬間があったはずだ。必死だっただろうから、気付かなかったかもしれんが……」
神器の所有者定着は、共鳴現象によるもの。
所有者の心が剣に触れ、魂がリンクする。
共鳴時は所有者のアドレナリンがピークに達し、超人的な力を引き出す。
アルパスターの言葉に、航太はヨトゥン兵との戦いを思い出す。
(確かに、力を感じる瞬間があった! それに何故か筋肉隆々なヨトゥン兵相手に、恐怖心もなく立ち向かえた……)
智美と絵美も、同様の経験を思い起こしているようだ。
「神器が主を決める前は普通の質量で誰にでも持てるが、主が決まった後は他者には手にできない。主が亡くなれば、元に戻るが……主が最も使いやすい重さになり、他の者は扱う事すら許されない。そして、神器の数は限られている。君たちは、本当に貴重な存在だという事を認識してほしい。無論、君達が成そうとしている事は全力でサポートしよう。食事と寝床も、用意できるしな」
アルパスターは、改めて深々と頭を下げる。
迷う航太たちを見て、一真が初めて口を開いた。
「アルパスター将軍、今の戦いが何故起きているのか……何の為の戦いなのか、説明してもらえませんか? オレ達は、本当に何も知らなくて……」
アルパスターは一真に視線を向けると、深々と一礼する。
「失礼いたしました。自分達の都合ばかりの話をしてしまって、申し訳ありません」
そう言うと、アルパスターは一真と視線が合う様に自らの腰を落とす。
「皆さんは、現在の状況を何も知らないのでしたな?」
アルパスターの問いに、一真が頷く。
「ねーねー……なんかカズちゃんとオジ様って、主従関係みたいだねー」
「絵美、余計な事を言うんじゃねー。現代社会とは違うんだ。下手な事を言うだけで、殺される可能性もあんだぞ……」
耳元で囁いてきた絵美を窘めた航太だったが、確かに違和感を感じた。
しかし一真の願いで旅に出ていると説明している為、彼をリーダーだと勘違いしている可能性も充分に考えられる。
そんな航太の疑問が解決する前に、アルパスターが話し始めた。
「この戦争は、開戦してから約100年程が経つ。突然、ヨトゥン軍が南の辺境の国ムスペルヘイムに進軍してきたことが始まりだ。ヨトゥンの国ヨトゥンヘイムから、人間界への唯一の通路は断崖に囲まれていてな……通路はヘルゲートと呼ばれるの峡谷のみ。ヨトゥン軍は、ムスペルヘイムに大軍を送ることは不可能だった……」
アルパスターは、そこで一度言葉を切る。
「その峡谷を抑えてしまえば、確かに攻め込むのは難しいだろうな。敵の長細い隊列に対して、横に幅広く隊列が組める。敵の横っ腹に、長距離攻撃が突き刺さりまくるだろう。侵入してくる場所だけ蓋をしちまえば、圧倒的に有利の筈だ!」
航太の言葉にアルパスターは驚きながら頷いて、話を続ける。
「さすがは、Myth Knight……航太殿の言う通りだ。しかしロキという者がヨトゥン軍の将軍となり、ムスペルヘイム付近に暮らす一つ目の巨人達がヨトゥン側に付いた。ヨトゥンヘイム側から、小数精鋭の部隊……内から、一つ目の巨人の攻撃を受けた。ムスペルヘイム王国の騎士、ガディア騎士団の強者たちも挟撃によって屈していった。そしてムスペルヘイムは、ミュルクヴィズと呼ばれる暗い森に覆われた。ミュルクヴィズの森は侵入者を幻惑し、そこからヨトゥンの拠点化が進む事になったのだ」
「ムスペルヘイムがヨトゥンと戦っている間に、この世界の全ての国が結束したの。それを7国同盟と呼んで、各国から最強の騎士が集められた。ヨトゥンに対抗できる神器を探し、ヨトゥンに立ち向かう為に……」
ネイアの言葉に、希望の色を感じない。
失敗した訳じゃなくても、成功とは言い難い……そんな状況なのだろう。
「この世界は、国が7個しかなかったんですね? 神器でなければ、ヨトゥンは倒せないんですか?」
確認する様に、一真が問う。
「いや……普通の武器でも、倒せるには倒せる。しかしヨトゥンの力は強大で、ヨトゥン兵の兵卒クラスでも優秀な騎士3人がかりで何とか倒せるぐらいだ。指揮官クラスになると、神器と同等の特殊能力を使う者も出くるから、神器が無いと厳しいのは間違いない」
アルパスターは過去の苦しい戦いを思い出し、首を振りながら声を絞り出す。
「この部隊の目的を、聞いていましたよね? この部隊は、ベルヘイムの姫……ヴァナディース様を救うために、行軍しているわ」
ネイアは、何故か声を抑えて言う。
「姫を救うためにだけに、こんな大規模な部隊を?」
航太は、率直な疑問をアルパスターに投げかけた。
ネイアもアルパスターも、その話題には触れてほしくない雰囲気である。
姫を救う部隊という事で、納得してくれ……そんな感情が見て取れた。
自分1人なら、それで納得したかもしれない。
だが戦争に関わるなら、智美や絵美……一真の命が危険に晒される可能性もある。
航太は、出来るだけ詳細な情報を求めた。
「そうだ。ヴァナディース姫は、ベルヘイム国に不可欠な存在だ。故に、国王は遊撃軍として精鋭部隊を編成した。それが、この部隊だ」
アルパスターは、慎重な言葉を選びながら答える。
(やっぱり、遠回しに話すのは駄目か……直接聞くしかないな……)
航太は決意し、アルパスターの目を真っ直ぐに見た。
「遊撃部隊だと言うなら、数が多すぎませんか? 確かにヨトゥン兵を倒すには数が必要と思いますが、この数では行軍速度が遅くなるのは間違いない。姫が殺されてしまったら、救出軍の意味がなくなりますよね? 考えられるとしたら、姫が殺される可能性が少ないとか……おそらく、何かの交換条件があるんじゃないですか?」
「それは……」
ネイアが言いかけたのを、アルパスターが目で制する。
「私も、気になります。ヴァナディース姫が殺されないという確証があるから、行軍速度をギリギリにして救出の可能性を高める人員配置にしてるんじゃないですか?」
智美も、自身が感じた疑問を口にした。
航太も智美も、幼少期から神話の話を繰り返し聞いている。
歴史に興味を持った2人は子供の頃にアーサー王の伝説や三国志などの漫画を読んで、その戦いにワクワクしたりもしていた。
大人になり、そんな本も読まなくなってしまったが……
それでも、今の現状に疑問を持つ程度の知識は頭にあった。
航太は軍事シミュレーションゲーム好きで、智美は歴史小説派。
「知識がないとか、言ってなかったか? まぁいい、分かった。可能な限り、話そう……」
アルパスターは観念して、小声で外に聞こえないように語り始める。
「確かに……ヨトゥン側からヴァナディース姫と交換で、要求されているものがある」
アルパスターは、真剣な表情で話始めた。
絵美とガーゴまでもが、真剣な顔で話を聞いている。
「交換条件とされているのは、ミステルテインと呼ばれる神剣だ。ミステルテインは太古の昔、母神フリッグが直接ベルヘイムに託した神剣。そう簡単に、ヨトゥンに渡せるものではない」
「ミステルテインと姫を交換する条件として、ミステルテインがヨトゥン側に渡るまで姫を殺さない交渉がされているの」
アルパスターの話を引き継いで、ネイアが説明を続けた。
(つまり、姫の価値がミステルテインって神剣と同等……あるいは、それ以上にあるということか)
航太が考えをまとめようとしたその時、突然1人の兵士がテントに飛び込んでくる。
「報告します! クロウ・クルワッハの部隊が、ベルヘイム南端のオゼス村に進行しました!」
「なんだと! アデリア将軍の部隊は?」
アルパスターが、声を荒らげた。
「アデリア・ホーネ将軍は、ベルヘイム南東の国境でロキ軍と交戦中であります!」
「間に合わないか……ゼークの隊を、オゼス村に急行させろ! 生き残った者を、1人でも多く助けるんだ!」
アルパスターは怒鳴る様に指示を出すと、航太達を見る。
「聞いての通りだ。お前たちも、一緒に行ってくれ。実際の戦場を見てから……さっきの答えは、それからでいい」
その重い雰囲気と言葉に、航太たちはただ頷くことしかできない。
外では急ぎの馬の蹄音が響き、夜営地が一瞬で戦闘態勢へ移行する。
運命の夜が、始まろうとしていた……




