第9話
魔族は人の負の感情を餌にする。
つまり人間が魔族を憎むほど、嫌悪するほど、恐れるほど、魔族は強くなり、数を増やしていく。
魔族が人を食べたり、犯したりするのはそれが理由だ。
彼らはそういった加害行為を通して、人間の負の感情を集める。
逆説的に言えば、魔族は人間がいなければ存在できない。
故に魔族は人間を皆殺しにするようなことはしない。
支配……というよりは放し飼いに近い状態で管理し、定期的に街や村を襲撃し、人間を苦しめるのだ。
そんな魔族たちにとって、奴隷商人は重要なパートナーである。
非支配地域から人間を連れてきて、魔族にとっては無用の長物である金銀と交換してくれるからだ。
安定的な人間の“消費”が可能になる。
加えて、人間同士で勝手に憎み合い、争ってくれるので、魔族からすると何もしなくても負の感情を生み出してくれる。
奴隷商人にとっても、魔族は上客だ。
彼らからすれば、人間だろうが魔族だろうが、金払いが良いのが良い客である。
また魔族は人間の数を重視し、一方で奴隷商人は質を重視する。
例えば魔族にとって人間の容姿はどうでもいいが、奴隷商人にとっては重要だ。
よって、数と質をトレードすることで両者共に得することができる。
WINWINの関係である。
そんな人間と魔族が共存共栄するハートフルな都市が、奴隷都市ネクロスである。
「無事に入れたな」
門を過ぎたところで、俺はほっと息をついた。
俺が奴隷商人役、ファルティナが奴隷役で無事にネクロスに入ることができた。
奴隷が一人しかいないのはおかしいのでは……と少し怪しまれたが、サデスから押収した奴隷商人ギルドの会員証を見せたところ、あっさりと信用された。
人間を舐めているのか、基本的に魔族が支配する都市はザル警備である。
「そ、それで……私はいつまで、こ、この格好をしていればいいですか……?」
ファルティナはいつもの司祭服ではなく、麻で出来た丈の短い貫頭衣を身に纏っていた。
両足には鉄製の枷が装着されている。
布の隙間からチラチラと肌が覗き、短い丈を両手で押さえながら恥ずかしそうに白い太腿を擦り合わせていた。
「別にファルティナが奴隷商人役でも良かったんだぞ」
「え、演技に自信がないなら勧めないと言ったのはあなたでしょう?」
キリっとファルティナは俺を睨みつけた。
奴隷と奴隷主人なら、前者の方が演技は簡単だ。
死んだ目で歩いていればいいだけだし。
「これから都市内部の構造を把握したいから、しばらく歩く。悪いが、我慢してもらうぞ」
「そ、そう。じゃあ……」
「おっと?」
ファルティナが俺の腕に自身の腕を組んできた。
柔らかい物が腕に当たるのを感じた。
「ご主人様に媚びを売る奴隷……の演技」
ファルティナは赤い顔で俺にそう言った。
まあ、奴隷にそういうことをさせている主人は珍しくないし、いいか……。
俺の風評が心配だけど。
「それにしても……魔族に占領されているのに、賑わっていますね」
「多少の経済活動は許しているんだろう。まあ、魔族は人間がいないと餓死するからな」
魔族の支配で得している人間は少数だが存在する。
一%未満だろうけど。
しばらく歩いていると、円形の建物から大きな歓声が聞こえた。
殺せだの、犯せだのと、下劣な声も聞こえてくる。
「あれは?」
「闘技場だろう。人間と魔族……場合によっては人間同士を殺し合わせて、負の感情を集めているんだ」
「下劣……」
「まあ、協力している人間たちはきっちり、裁判で裁こう」
「……当然です」
念の為に釘を刺しておくと、ファルティナは心外だと言わんばかりの表情で頷いた。
しばらく歩いていくと、この都市の中心部……奴隷市場にたどり着いた。
商品は人間だけだが、売り手と買い手には人間と魔族の両方がいるようだ。
「……何か、探しているの?」
「あぁ。事前に安全な場所に避難させたいなと思って……」
ふと、青い髪の少女が視界に入った。
薄汚れた貫頭衣を身に纏った奴隷の少女だ。
尖った耳が特徴的だ。
彼女は俺と目が合うと、怯えた様子で後退りした。
「リリ・シーリウス」
名前を呼ぶと、青い髪の少女――リリは目を大きく見開いた。
リリ・シーリウス。
『ウィリディステラ・クエスト』の主人公の仲間の一人であり、ヒロインだ。
初登場時十八歳(現在十三歳)。
元逃亡奴隷であり、幼馴染を助け出したいという主人公に共感し、仲間になる。
プレイヤーからのあだ名は、出涸らしちゃん、出涸らし妹、破壊神である。
「出涸らし」というのは彼女の自称だ。
私なんて、お姉様の出涸らしです……が口癖である。
そんな出涸らしちゃんには悲しき過去があるのだが……まあ、その過去(未来)は俺がこれから変える予定なので、覚えなくてもいい。
なお、こう見えてプレイアブルキャラでは最強になる(もっとも、そこまで育てるやつは廃人か、出涸らし好きのどちらかだが)。
苦労には見合わない。
「彼女、いくら?」
どのみちこの都市は落とすし、奴隷は全員解放予定なので、別に購入する意味はまったくないのだが……。
できれば早めに安全な場所に逃がしておきたい。
出涸らしちゃん、ポンコツだからな。戦闘中に流れ弾でうっかり死なれたら困る。
それに原作キャラだから。贔屓したくなる。
「悪いが、先約が付いていてな」
俺が尋ねると、奴隷商人の男はそう答えた。
え? 出涸らしちゃん、買われるの? それは困るんだが……。
「この金額でどうだ?」
俺はアイテムボックスから金貨の詰まった袋を奴隷商人に渡した。
どのみち、奴隷商人は全員逮捕する。
つまりいくら金を払っても最終的には俺の手元に戻る。
「むむ……」
奴隷商人の表情が変わる。
どうやら金額次第では、先約をひっくり返すつもりでいるらしい。
さすが、魔族相手に人身売買するだけある。
倫理観も危機感もオワっているようだ。
「……そこの女もつけてくれたら、売ってやる」
「え?」
ファルティナが口から間抜けな声を出した。
怪しまれるだろ……。
仕方がない、フォローするか。
「こいつは俺の女、非売品だ」
「ひゃう!」
俺はファルティナの肩を掴み、抱き寄せた。
できるだけ悪そうな顔をしてみる。
「お、女って……」
ファルティナは恥ずかしそうに顔を両手で覆う。
そんなファルティナの様子を見て、奴隷商人は呆れ声を上げた。
「若いのに誑し込むのが上手いな」
「どうも。それで、そこの子も買いたいんだが。これでどうだ?」
さらに金貨の袋を積む。
すると奴隷商人の表情が変わった。
「……ひひ、内緒ですぜ?」
奴隷商人は笑みを浮かべながら鍵を取り出した。
リリは恐怖で表情を歪め、「助けて、お姉様……」と泣きそうな声を上げる。
しかし商人はそんなリリを無視して牢屋を開けようとして……しかしここで動きが止まった。
「その子は私が予約済みよ」
リリと同じ容姿、似たような格好、特徴的な尖った耳。
リリとは異なる、桃色の髪に赤い瞳。意思の強そうな声。
両手両足、そして首に付けられた枷にはおそらく、彼女の魔力を抑え込むために特殊な呪いが付与されているのだろう。
しかしそれでもなお、高い魔力と生命力は隠せていない。
アルヴ族の天才少女。
「ララ・シーリウス」
リリの双子の姉だ。
ちなみにプレイヤーからの愛称は、お姉様、上澄みちゃん、悪霊、ゾンビ、ファブリーズだ。
彼女の名を呼ぶと、ララは不愉快そうに眉を潜めた。
「なぜ私の名を?」
「闘技場での活躍、見させてもらった。……今は何連勝だっけ? 十? 十一?」
「十二連勝。……そこまで知っていて、リリを買おうとしたのね」
十三連勝すれば、お前と妹を解放してやろう。
と、そんな約束をララはこの街の領主――魔王軍の幹部と結んでいる。
……結構ギリギリだった。間に合ってよかった。
「できれば君も買いたいんだけどな」
「ふん!」
ララは不愉快そうに眉を潜めた。
「私の所有権はネクロスにあるわ。ネクロスと交渉することね」
「そうだな。では、今度、彼と交渉することにしよう」
拳でな。
「あ、そう。なら、急ぐことね。私の次の試合は明後日だから」
どうやらララはあの腐った死体が約束を守ると思っているらしい。
こんな純粋で素直で妹想いの子が、ゾンビにされるなんて……。
ララ・シーリウス。
彼女は原作開始時には死亡しているキャラクターだ。
ララはネクロスから「十三連勝すれば、お前と妹を解放してやろう」と約束し、闘技場で十三連勝するが……案の定、約束を反故にされる。
しかしララは自ら犠牲となり、リリを逃がすことに成功する。
その後、息絶える。
……が、その後に体をゾンビに改造され、終盤の敵として立ちはだかる。
リリがゾンビになったララに打ち勝つことで、姉を超え、そして姉の魂を救済するシーンは作中きっての名シーンである。
なお、このララゾンビ、ハチャメチャに強い。
終盤のリリと互角以上の強さを誇る。
生きてたらもっと強くなっただろう。
どうしてこんな逸材を、奴隷にして魔族に売り渡すんだよ……。
もっとも、その運命は俺が変えるんだけどな。
情報収集のおかげで、ララの十三回目の試合は明後日であることが分かった。
多くの人間や魔族が、鑑賞のために闘技場に集まるだろう。
ララが勝利し、裏切られ、リ〇チされそうになった瞬間に俺が乱入。
ララを救出する。
注目を集めている間に、ファルティナにはリリや他の奴隷たちを解放してもらう。
奴隷たちの安全を確保してから、この街のボスと対戦。
完璧なチャートだ。
ガハハ、勝ったな!
さて、今日は明日に備えて早く風呂入って寝るか!




