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第8話

・ガバじゃないから。エルミカが腕を落としたのは、聖女に会うためだ。治療を受けたいっていう大義名分があれば聖女に会いやすいと思ったから、敢えて腕を落としたんだ。それにステータスを縛った状態で戦った方が、経験値入るし。十分、レナードとリーゼを守れると思ってたから、あの状態で戦ったんだよ。ガバじゃない。



 俺が書き込んで、数分。

 しばらくすると大量のコメントが付いた。



・エルミカ様、顔真っ赤で草。

・ガバの言い訳するエルミカ様、可愛い。

・ギリギリ、言いそうで言わないラインで草。

・エルミカはそんなこと言わない。

・ガチなのか、ネタなのか判断に迷うな。

・エルミカの夢女子か?

・後で役に立ったからって、お前のガバがなくなったわけじゃないぞ?



 ……キレちまったよ。


 俺は朝まで夢の中でレスバを繰り返した。





 早朝。

 妙な夢を見たせいか、耐え難い眠気を感じていると、ファルティナが俺のところに訪ねて来た。


「久しぶりだ、ファルティナ。活躍は聞いている。都市連合の貴族として感謝する」


 都市連合に派遣されて早々に彼女は重傷を負った冒険者たちの治療を始めてくれた。

 おかげで優秀な冒険者たちの復帰が早まり、前線の押し上げに成功している。


「お礼なんて、不要です」


 ファルティナはプイっと頬を背けた。


「教会の指令で来ただけですから。……一月以上も顔を見せないような方のために頑張ったわけではありませんからね」


 久しぶりに会ったファルティナは拗ねていた。

 どうやら都市連合に着いた後から、放っておいたのが良くなかったらしい。


「申し訳ない。溜まっていた仕事を片付けないといけなくてね。会いに行きたいと思っていたのだが……」

「いえ、別に? 気にしてはいません。私も忙しかったので。えぇ、あなたに会いに行くよりも目の前の仕事の方が優先ですからね」


 ツンっとした顔でファルティナが言った。

 俺の人生経験上、女がこの顔で「気にしてない」という時は滅茶苦茶気にしている時だ。

 フォローしないとな。闇堕ちされたら困る。


「今日は来てくれてありがとう。ファルティナに会えてとても嬉しい」

「べ、別に用事があって来ただけですから! あなたの顔を見たいからではありません。勘違いしないでください」


 そうは言いつつも照れている様子だった。

 おそらくだが、彼女には同年代の友人がいない。

 だから同い年の俺と話ができるのが嬉しいのだと思う。


「あれ? ……ファルティナ」

「え? な、何なんですか? 急に……」


 俺はファルティナの顔を覗き込む。

 すると彼女は少し赤らんだ顔で恥ずかしそうに目を逸らす。


「目にクマがある。……寝不足か?」

「え? あぁ……まあ、そうですね」

「そんなに仕事が忙しいか?」

「いえ、最近……少し寝苦しいというか」

「寝苦しい?」

「……異国の地ですから。少し気候に慣れていないだけです。お気になさらず」


 神聖教国は砂漠地帯にあり、乾燥した気候だ。

 それに比べれば都市連合は暖かく、湿潤な気候である。


「すぐに慣れます」

「それなら良いが……」

「本題に移っても?」

「もちろん」


 俺が頷くと、ファルティナは訪ねて来た理由を口にした。

 

「先日の一件で、私は己の無力さを実感しました。今のままではあなたの隣に立つ“聖女”として相応しくありません」


 自衛できるだけの力が欲しい。

 強くなりたい。

 鍛錬したいので、よい教師を紹介して欲しい……というのがファルティナの要望だった。


「つまり俺のために強くなろうとしてくれているわけか。……ありがとう」

「べ、別にあなたのためではありませんけど!?」


 実のところ、“ファルティナ強化計画”は前々から考えていた。


 ファルティナには俺と一緒に後衛として戦ってほしい。

 しかし現時点でのファルティナでは足手纏いになるだけだ。


 ファルティナはゲームで中ボスを張ってたくらいなので、鍛えれば強くなることは間違いない。

 問題は本人のやる気である。

 どうやってやる気にさせようか悩んでいたが……今のファルティナは気合い十分な様子。

 鉄は熱いうちに打て、だ。


「それなら俺がファルティナを鍛えよう」

「え? 良いのですか? お忙しいのでは……」

「ファルティナよりも優先しないといけない用事なんてないよ」

「ま、また、そんなことを言って……騙されませんからね」


 満更でもなさそうにファルティナはそう言った。

 お世辞には弱いタイプのようだ。


 というわけでファルティナには長期休暇を取ってもらい、俺と一緒に山籠りしてもらうことになった。 

 約一ヶ月の修業、強化合宿だ。

 俺は修業用に購入した山へとファルティナを案内する。


「ここが一ヶ月寝泊まりする山小屋だ」

「なるほど!」


 ファルティナはいつになく上機嫌だった。

 こういうところで寝泊まりするのは初めてらしい。

 存分に楽しんでほしい。楽しいのは今だけだから。


「ふふ……少しワクワクします」


 どうやら友達といっしょに寝泊まりする――“合宿”みたいなイベントは初めてのようで、テンションが上がっているらしい。

 年相応の少女らしい笑顔を見せてくれた。

 ゲームで死んだ目をしていた少女が、楽しそうにしている様を見ると、救済してよかったなという気持ちになる。

 もっとも、これから俺が彼女を絶望に叩き落とすのだが。


「とりあえず、今日はもう遅いし。ここまでの移動で疲れているだろう? 早く寝よう」

「はい」


 ファルティナは元気よく返事をした。





 そして真夜中。


「いやぁああ!! 死にたくない!!!」

「ファルティナ!! 大丈夫か!!」


 ファルティナの叫び声で飛び起きた俺は、彼女の寝室に飛び込んだ。

 魔法の灯りを点けると、ベッドの中でファルティナが苦悶の表情を浮かべている。

 俺はファルティナを軽く揺する。


「ファルティナ、ファルティナ!」

「いや、いや、いやぁ!!!」

「落ち着け」


 泣きながら手足を動かすファルティナを、俺は強く抱きしめた。


「俺がいるから」

「……うん」


 ファルティナは俺の胸の中で、幼子のように泣きじゃくる。

 俺は彼女の背中を優しく擦ってやる。

 段々と彼女の泣き声は小さくなっていき……。


「大丈夫か?」

「……はい」


 俺はファルティナにハンカチを手渡す。 

 ファルティナは目元に浮かんだ涙をハンカチで拭いた。

 そして真っ赤な顔を背けた。


「し、失礼しました……」

「まあ、寝ぼけるくらい、誰にでもある。ところでどんな夢を見ていたんだ」

「……死ぬ夢、です」

「死ぬ夢? ……どんな風に死ぬんだ?」


 夢というのは精神状態が影響することも多い。

 死のシチュエーションによっては、原因が分かるかもしれない。


「……いえ、起きた時には覚えていないのです。ただ、恐怖だけが……」


 そういうファルティナの手は震えていた。

 相当、怖い夢を見たようだ。

 確かに死ぬ夢は縁起も悪いし、良い気分にはならないだろう。


「まあ、死ぬ夢くらいなら俺も見る。あまり気にし過ぎるのもよくない」

「……エルミカも死ぬ夢を見ることがあるのですか?」

「それくらい、誰にでもあるだろう」


 死ぬ夢。追いかけられる夢。落ちる夢。遅刻する夢。宿題をやってない夢。

 この辺りは定番だろう。


「死ぬ夢じゃないが、最近も悪夢を見たしな」


 まるで俺が……。

 いや、思い出すと背中が痒くなる。

 やめよう。


「ふふ……」

「そんなにおかしいか?」

「だって、あんなに強いのに……」

「夢の中だと、思うように体が動かなくて」

「あははっ……」

「おいおい」


 笑い過ぎだろう。

 とはいえ、少しは元気になったようだ。


「ねぇ、エルミカ」

「うん?」

「……添い寝してもらえませんか?」

「仕方がないな」


 その日はファルティナと一緒に寝てあげた。

 





 暗く、深い穴に落ちていく。

 体の力が抜ける感覚。

 不安と恐怖……。


 あぁ、またこの夢か……。

 どうやら私は夢の中で、また死んだらしい。


 今度は夢だと、認識できた。

 だって、私が死ぬはずがないから。

 エルミカが守ってくれるから。

 だから……。


 ――タスケテヤロウカ?


 あなたの助けはいりません。


 ――ソウカ……。


 その声は少し残念そうだった。


「ファルティナ」

「……うん?」


 目を開けると、そこにはエルミカの顔があった。

 私は起き上がり、目を擦る。

 どうやらもう朝らしい。


「ちゃんと眠れたか?」

「はい。エルミカのおかげです」


 何か、夢を見たような気もする。

 しかし以前のような恐怖はなかった。


 そして安心すると同時に、無性に恥ずかしい気持ちになった。


「ご、ご迷惑をおかけしました。それに……添い寝だなんて。は、はしたない、ですよね」


 そういうことをする人ではないと分かっていたとはいえ、異性と同じ寝具で寝てしまうなんて……。

 司祭として、いやエブラム教徒の女性としてよくない行いだ。

 きっとエルミカも呆れているだろう。

 そう思ったのに……。


「俺は気にしない。安心してくれ」

「……」


 き、気にしない……?

 いや、気にされても困るけど……。


「どうした? ファルティナ」

「……いえ、別に」


 何だろう。モヤモヤする……。 

 そんな気持ちを抱えたまま、朝食を食べ、運動着に着替える。


「じゃあ、早速始めるけど…… “優しめ”と“厳しめ”、どっちがいい?」


 エルミカは開口一番にそう言った。

 そんなこと聞かれるまでもない。


「“厳しめ”でお願いします。……いつまでも守られてばかりは嫌ですから」

「撤回はできないけど、いいか?」

「二言はありません」

「さすがだ。ファルティナならそう言ってくれると思っていた」


 エルミカは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それからエルミカは山中の獣道を指さした。


「まずは走り込みをしてもらおうと思っている。この山の中で」

「なるほど。まずは基礎からと」


 意外と普通だと思っていると……。


「これを背負いながら、だけど」


 エルミカはアイテムボックスを地面に置いた。

 促されるままに私はそれを背負い……。


「うっ……」


 お、重い……。

 背負った瞬間、汗が噴き出る。


「あ、あの……さすがに重すぎるというか。これでは歩くだけでも……」

「安心しろ」


 エルミカは満面の笑みを浮かべた。


「走れるようになるまで走らせるから」


 う、嘘でしょ……?




 このゲームの経験値取得方法は少々、特殊である。


 一般的なゲームだと、敵と戦い、勝利することで経験値が手に入り、レベルアップして強くなる。

 しかしこのゲームでは、勝利しなくとも、戦うだけで経験値が手に入る。

 要するに勝っても負けても、“戦い”という「行為」によって経験値が入るのだ。


 そしてこの取得率は、相手が強ければ強いほど、高くなる。

 故に弱い相手といくら戦い、勝利しても経験値は取得できない。


 強い相手とひたすら戦い、ゾンビアタックを続けるのがこのゲームにおける経験値取得の最適解である。

 もっとも、あまりに実力差があり過ぎると、“戦い”が成立しないので、経験値は入らないのだが。

 ギリギリ勝てないくらいの相手が丁度良いだろう。


 なお、レベルは各能力ごとに存在する。

 神聖魔法はレベル百だけど、筋力はレベル一ということも当然あり得る。

 そしてそれぞれに対応した「行為」をしなければ、経験値は取得できない。


 魔法で敵を倒した場合、筋力は上がらないのだ。


 そして、「行為」は“戦い”でなくともよい。

 というか、能力の種類によっては“戦闘”よりも効率が良い方法が存在する。


 要するにだ。

 筋力を鍛えるには、重い物を持って、倒れるまで走り続ける。

 これが最適解である。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 約二時間。

 山の中を走り回ったファルティナは、仰向けになって倒れ、息を荒げていた。


「も、もう……動けない……」

「そうか。じゃあ、一時間休憩だな」

「い、一時間……!?」

「自己治癒は使えるだろ。一時間もあれば、体力も戻る」


 ゲームと現実は違う。

 が、その辺りの擦り合わせは自分の体で実験済みである。


「あ、そうだ。一時間後には錘、増やすから」

「あ、悪魔……」


 と、言いつつもやめる気はないようだ。

 さすがは聖女。

 根性あるな! 





 それから一週間後。


「おめでとう、ファルティナ。一先ず、基礎能力の向上は終わりだ」

「やったぁ……」


 ファルティナはへなへなと地面に座り込んだ。

 目がちょっと潤んでいる。

 基礎鍛錬が終わったことがよっぽど嬉しいらしい。


「ここまで一か月は掛かると思っていたんだが」


 まさか、四分の一で終わってしまうとは。 

 後衛キャラというのは、大抵、筋力は伸びにくいのだが……。


 しかし考えてみれば、ゲームでは重そうなメイスを振り回して、主人公たちを殴り飛ばしていた。

 筋力が伸びやすいタイプなのかもしれない。

 

「じゃあ、次は格闘訓練をするか」

「え?」


 何だ、その顔は。

 基礎訓練の次は戦闘訓練。当然だろ。


「じゃあ、遠慮なく打ち込んでくれ。もちろん、俺も打ち返す。あぁ、大丈夫。死なないように手加減はする」

「し、死なないように……?」

「あぁ、あと顔面は容赦なく殴るから。覚悟しておいてくれ」


 ファルティナは自己治癒が扱える。

 つまり歯が折れても、骨が折れても、問題ないということだ。


 ゲームと同様に怪我をすればするほど耐久が上がることは確認済みである。


「え、えっと……」

「“優しめ”にする?」

「“厳しめ”でお願いします」


 そう言ってくれると思っていた!


 というわけで俺はファルティナと三日三晩、格闘した。

 最初は俺にボコボコにされるだけだったが、三日目には俺に反撃できるようになった。


「とりあえず、素手の戦闘はここまででいいか」

「そ、そうですか」


 ファルティナは露骨に安心した様子を見せた。

 安心するのはまだ早いでしょ。


「次は武器を使った戦闘訓練だな」

「……!」

「武器の希望はあるか? 特にないならメイスが良いかなと思っているけど」


 原作ではファルティナの武器はメイスだった。

 どれだけ防御を上げても、当たり所次第では即死する凶悪な破壊力だったことを覚えている。


「じゃあ、それでいいです……」


 というわけでファルティナにメイスを持たせた。

 特に防御……攻撃の受け方、流し方は重点的に教え込む。


「とりあえず、ここまで戦えれば十分だろう。……俺とばかりやって、変な癖がつくと良くない」

「つ、つまり……これで終わり? 全部終わり?」

「あぁ、終わりだ」

「やった……!!」


 ファルティナの目には涙が浮かんでいた。

 ここまで弱音を吐かず、よくやった。

 俺はファルティナの頭を撫でる。


「せっかくだし、実戦に入ろうか」

「実戦ですか。つまり魔族との戦いですね?」

「あぁ……そろそろ倒さないといけない相手がいてな」

「相手に不足はありません」


 ファルティナは両手を握りしめ、力強く頷いた。

 やる気十分のようだ。

 むしろ、力を試したいという意気込みも感じる。

 これだけ士気があれば、問題ないだろう。


「それで敵の名前は?」

「ネクロス」

「……え」


 ファルティナは目を大きく見開いた。

 そんなに意外な名前か?


「怖気づいたか?」

「いえ、そういうわけではないですか……想像の百倍くらい大物だったというか……」


 ファルティナは戸惑った様子で俺に尋ねた。


「ね、ネクロスって……あの『腐敗のネクロス』ですか?」

「そうだよ」


 腐敗のネクロス。

 不老不死の怪物。


 五百年を生きる、人の道を外れた魔導師。

 そして……。


「ネクロスって、魔王軍のNO.2ですよね!?」


 ゲーム終盤の大ボスである。


「あの、怖気づいたとか、そういうわけではないですが……もう少し段階を刻みませんか?」

「段階は刻んでるぞ。もう七魔将は三体も倒したし……」

「それはあなたの話ですよね?」

「俺たちの話だ」


 仕方がないだろ。

 他の中ボス連中、逃げるか隠れるかして、すぐに戦える状態じゃないんだよ。


 今、居場所が分かって、すぐに倒せるのはネクロスくらいしかいない。

 それにそろそろ時期的に倒さないといけない相手だし……。


「それにネクロスは不老不死だと聞きました。どうやって……」

「弱点は分かっている」


 ネクロスの討伐には本来、リーゼの力が必要だが……。

 そこは替えが効く。

 俺のチャートは完璧だ。


 完封できるはず。


「安心しろ。俺たちなら倒せる」


 ガバらなければな!


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