96.シルフィーのシナリオ
「クォーレ公爵、それにサムフォード男爵、この度は、祝いの席を結果的に壊してしまい申し訳なかったね」
王立騎士団によって、カルタット公爵派の人間たちが連れ出される作業の中、フィリップがクォーレ公爵とレインに向かって頭を下げる。
「いえ、殿下が謝ることではありません。この場を悪用したのは、カルタット公爵……いや、カルタット派の人間ですから」
クォーレ公爵の言葉に、フィリップが首を振る。
「いや。私の弟が関係していたのだ。私と無関係と言うわけではあるまい」
「ですが、あれも……全てカルタット公爵に諮られたもの。……ルイ殿下は、そこで踊らされただけではないでしょうか」
レインが眉を下げると、フィリップが哀しそうに笑う。
「王族が、貴族に踊らされることこそ、あってはならないことだよ。……ところで、キャロライン嬢」
ふ、とフィリップがキャロラインに視線を向ける。
「父上の件、助かった。本当にありがたいと思っているよ。それで父上は、どこに避難させられたのかな?」
フィリップの言葉に頷いたキャロラインは、首を傾げる。
「私が知る陛下のいらっしゃる場所は、一つしかありませんので」
「……えーっと、どこかな?」
フィリップが困惑した表情になる。
「今頃、陛下は玉座に座っておられるはずです」
ああ、と納得したフィリップが、ふ、と表情を緩める。
「父上も、唐突に玉座に座らされて、何が起こったのか、さっぱり分からなかっただろうね」
クスクスと笑うフィリップに、不思議そうなキャロラインがレインに視線を向ける。
「陛下が玉座に座っていると、何か面白いことがあるのか?」
レインは困ったように笑う。
笑いを納めたフィリップが、大広間の中に視線を走らせる。後処理に追われていた王立騎士団たちは、既に会場の外に出ていた。
フィリップがパンパン、と手を叩く。
「皆の者、悪者退治は終わりだ。サムフォード男爵とキャロライン嬢の婚約を祝おうではないか」
戸惑う様子の会場内の人たちの間を、爽やかな風が通り抜ける。
人々がハッとした次の瞬間、ワルツの曲が流れ始め、フロアでレインとキャロライン、そして、フィリップとミイファの二組が踊り出すと、人々はその二組に視線を奪われた。
先ほどまでの殺伐とした空気は、薄れていた。
先ほどまでレインたちの少し後ろに立っていたミアとジョシアは、再び壁の花になるべく壁際に歩き出す。
「ミア様」
シルフィーに声を掛けられたミアが足を止める。
「……これは、シナリオ通りかしら?」
ミアが困ったように問いかけると、シルフィーが苦笑して首を振る。
「今度、答え合わせに参りますわ」
シルフィーの答えに、ミアとジョシアは顔を見合わせた。
*
「カルロ、ベルと番う気はないか? 上手くいけば、子供が生まれるだろう? その子供を私の狼にしたらいいと思うんだ」
サムフォード家の応接間で、いつものようにキャロラインがカルロを撫でまわしている。その姿を、ミアとレインが呆れた表情で見ている。そして、ジョシアが天井を見上げていた。いつもと違うところがあるとすれば、レイラたちの狼であるベルと番わないかとカルロを説得していることと、シルフィーが困った顔でキャロラインを見ていることだ。
「キャロライン様、私の話を聞いてくださる?」
キャロラインは顔を上げることなく、無言でカルロを撫でまわしている。
「本当に悪かったと思っているわ。でも、言い訳させてもらうと、カルタット公爵たちがあんなことをあの場で起こすなんて、全く想像していなかったのよ」
何度目かになるシルフィーの謝罪に、ミアもレインも苦笑する。レインはもう謝る必要はないと告げているが、キャロラインが一向に聞く耳を持たないでいるせいで、シルフィーの謝罪は続いていた。一応、3人がキャロラインを促しては見たが、反応は変わらないままだ。
「でも、シルフィー様。あの盟約のことは、既にご存じだったんでしょう?」
ミアが問いかけると、シルフィーが不思議そうに首を傾げる。
「あの盟約を私が知っていたと……どうして思うのかしら?」
シルフィーは真っすぐにミアを見る。レインも不思議そうにミアを見ている。
「だって、シルフィー様、我が家の偽書類を頼んだ時に、他に頼みたかったものがあったっておっしゃっていたでしょう? それは、あの盟約の書類の事だったんじゃないのかって」
ミアの指摘に、シルフィーが頬を緩める。
「そうですわ」
頷くシルフィーに、レインが困惑した表情になる。
「シルフィー様、一体、あの婚約パーティーの出来事は、どこからどこまでが、シルフィー様のシナリオだったんですか?」
「私のシナリオは、カルタット公爵たちの盟約について明らかにすることと彼らの断罪、そして、フィリップ殿下とミイファ様の結婚について、異論が出ないような形に決定的なものにしたかった、それだけよ」
シルフィーがにこやかに告げる。だが、ミアもレインも、更に困惑した表情になる。
「どうかしまして?」
二人の表情に、シルフィーは首を傾げる。
「シルフィー様にとってのメリットは、何もなさそうですわ?」
ミアの言葉に、レインも頷く。だが、シルフィーは、ふふ、と微笑む。
「十分にあってよ」
「伺っても?」
困った表情のまま、ミアが問いかける。
「あら、だってフィリップ殿下に恩を売れるのよ? そのタイミングを逃す手はないわ」
思いがけないシルフィーの言葉に、ミアもレインもパチパチと瞬きを繰り返す。
「恩を売る、ですか?」
レインが頬をかく。
「ええ。あのフィリップ殿下に恩を売るチャンスなんて、あまりないもの」
「……えーっと……」
ミアも困った表情で、レインと顔を見合わせる。
「それだけか」
目を細めたキャロラインが、シルフィーを見ていた。
「そうよ」
シルフィーが頷く。
「意味がわからん」
キャロラインが首を横にふる。
「あら。だって、腹黒なフィリップ殿下に恩を売れるチャンスなんて、ほとんどないのよ」
「はら……」
「ぐろ?」
熱弁するシルフィーに、ミアとレインがぽかん、と口を開く。
「そうよ。本当に、フィリップ殿下って、いけ好かないのよ。自分と似ているから腹が立つってこともあるのかもしれないけれど」
「あの……シルフィー様は、フィリップ殿下の元婚約者でしたわよね?」
ミアが首を傾げると、シルフィーは小さくため息を付く。
「私は私で、ずっとスカイを好きでしたでしょう? フィリップ殿下はフィリップ殿下で、ずっとミイファ様のことをお好きでらしたのよ。そう言う一途なところも似ていて嫌になるのよね」
「他に、どこが似てるんだ?」
キャロラインが呆れたように質問する。
「二人とも策を練るのが好きってところかしら」
「……あの、ミイファ様との婚約は、フィリップ殿下の計画だったんでしょうか?」
ミアが首を傾げると、シルフィーは首を横にふる。
「いいえ。あれは、フィリップ殿下と私の二人で練った計画よ」
あっさりと告げるシルフィーに、キャロラインが大きくため息を付く。
「婚約破棄自体が、作られたものか。……そもそも、婚約しなければ良かったんじゃないのか」
「そう言うわけにはいかないことを、キャロライン様自身が良く知っているでしょう?」
シルフィーの問いかけに、キャロラインは視線を落とすと、またカルロを撫で始める。
「既にシルフィー様との婚約破棄も、ミイファ様との婚約も成立していたのに、更に揺るぎなくすることは必要だったんでしょうか?」
ミアの質問に、即座にシルフィーが頷く。
「カルタット公爵のように王家に不満を持つ人間たちもいるのよ。ミイファ様が王妃としてふさわしくないと考える人間がいて、ミイファ様を引きずり落そうと考えるかもしれないわ。それに、貴族に認められない王妃が、庶民だけに認められるとも限らないわ」
「そういうものですか……」
レインがぎこちなく頷く。
「でも、ミイファ様は、庶民からは人気があるではありませんか。……レディー・フィルの小説のおかげ、とも言えますけれど……」
伺うように見るミアに、シルフィーが首を傾げる。
「確かにそうだけれど……貴族の中には、不満を持っている人間もいたわ。私が完璧すぎたから。でも、ミイファ様の良さは、その部分ではないのよ」
「……今回も、ミイファ様の人気を定着させるために、小説を書かれる予定ですか?」
ミアの言葉に、シルフィーが不思議そうな表情になる。レインは首を傾げた。
「「小説?」」
二人の声が重なる。
「……シルフィー様は、小説を書いておられますよね?」
「いいえ」
シルフィーは不思議そうな表情のまま、首を横にふる。
「……そうですよね。言いたくないこともありますわ」
ミアが肩をすくめると、シルフィーが腕を組む。
「どうして、私が小説を書いていると思われるんです?」
「えっと……」
「ファジー殿下の婚約パーティーの後、小説を2つ書いただろう? あれは、あの会場にいた者で、かつ、ルルリアーノ嬢の存在に気付いた人間以外には書けない話だ」
言いよどむミアに、キャロラインが加勢する。
なぜかシルフィーが、ふふ、と微笑む。
「何がおかしい?」
キャロラインが目を細める。
「私、文章が上手ではないのよ」
シルフィーの言葉に、ミアが、え、と声を漏らす。
「ですから、小説は書けないの」
「そうでしたのね。……思い違いだったんですわ。変なことを言ってしまって、ごめんなさい」
ミアが申し訳なさそうに目を伏せると、シルフィーがまた、ふふ、と笑う。
「あながち間違ってはないのよ」
え、とまたミアが声を漏らす。
「シナリオは、私が考えていてよ?」
「じゃあ、レディー・フィルは、どなたですの?」
ミアの質問に、シルフィーが人差し指を立てる。
「ごめんなさい。それは、秘密なの」
「レディー……フィル……。フィル?」
ハッとしたキャロラインがシルフィーを見ると、シルフィーが微笑んだ。




