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90.グルグガン商会の残したもの

 応接間に置いてある机の上でキャロラインが、手紙を流れるような作業で書き進めていく。

「すまない、キャル。私も手伝おうか?」

 応接間に顔を出したレインが、近寄ってきてジョシアが場所を譲る。

「いや。レインには、店の準備があるだろう? 任せてくれればいい」

「……ルイ殿下は、本当に来てくださるでしょうか?」

 テーブルの上にあるシルフィーから渡された一覧を目に入れて、レインがキャロラインを見る。

「王族として、祝いに来ないわけにもいかないんじゃないか」

 淡々とキャロラインが告げる。


「ですが……ルイ殿下は、キャルとの婚約を破棄しているから……」

 言いよどむレインを、キャロラインが見上げる。

 その顔は笑っている。

「忘れたのか? 王家は婚約破棄に対して、私にお金を払っている。つまり、立場はあちらが弱いんだ。ルイ殿下が来ないという選択肢はなかろう」

「……そうでしょうか」

「まあ、ルイ殿下はちょっと常識とは外れたところにいるような人間だから、来ない選択肢はなくはないが……他の王族に連れて来られるんじゃないか」

 キャロラインの淡々とした言葉に、レインがふ、と笑う。


「何だ? 何がおかしい?」

 レインが笑ったまま首を横にふる。

「いえ。キャルに“常識とは外れたところにいる”と言われているルイ殿下とは、どういう方だろうかと……生憎、直接会うような機会はなかったので。せいぜい、まだ幼いルイ殿下を遠目でみたことくらいしかなくて」

「王族であることに胡坐をかいている人間だ。周りの人間がちやほやすることに慣れてしまっていて、ちやほやしない私を面白がって婚約者に決めたが、結局ちやほやされないのが気に入らなくて婚約破棄したようなものだ。王族がどうして成立するのか、考えて動いているようには全然見えなかった」

 キャロラインは肩をすくめて、また手紙を書き始める。


「随分な言われようですが……」

 レインは苦笑する。ジョシアも困ったように眉を下げる。

「いつか、ルイ殿下が不老不死の薬を求めているという話を聞いただろう? それを真顔で言うような方だ。私に求められたのは、そのルイ殿下の隣で、形ばかりの妻を演じることだけ。子供に魔法が使える能力が出れば万々歳、ってところだったんだろうが」

 キャロラインは書いている手紙から目を離すことなく告げる。

「……それではまるで……ルイ殿下には特段王族としての役割がないように聞こえますけれど……」

「実際そうなのだろう。私にはくれぐれも、ルイ殿下が暴走しないように、との役割を求められていたんだ。実際、皇太子はフィリップ殿下だし、国の政にはルイの参加を求められることもなかったしな」

 キャロラインが淡々と告げる事実に、レインが困惑した表情になる。


「それは……私が聞いても良かったんでしょうか」

「……昔の愚痴を言いたくなっただけだ。忘れてくれ」

 ちらりとレインを見上げたキャロラインが肩をすくめる。

「いえ、そう言うことではなくて……ルイ殿下がそのような方であるということは、王族の中の機密事項なのではないのですか? ……わざわざ婚約破棄に、金銭まで与えるわけですし……」

 レインは戸惑いつつ口にする。

「……さあな。少なくとも、我が家では常識だったぞ」

 それでもキャロラインは気に留めた様子はない。あっさりと手紙を書く作業に戻る。

「それは、キャロライン様が婚約者の位置にあったから、ではありませんか?」


「シルフィー様も、知っている」

「……それは、王族と関わっていれば、おのずとわかることなのでは?」

「ならば、大丈夫だろう。関わるだけで人間性が透けて見える相手のことを、機密事項にして何になる?」

 キャロラインは肩をすくめただけで、顔も上げなかった。

「そうですか……でも、それならば、ルイ殿下の婚約者が新たに決まらない理由も何となく理解できますね……」

 うんうん、と頷くレインに、キャロラインは興味もなさげに視線を向けた。


「そう言えば、未だにルイ殿下の婚約者が決まった話は聞かないな。で、理由は?」

「王や他の王族が相手を見極めているからではないでしょうか。今、身分がつり合いが取れる相手で、王家としてもルイ殿下の相手として都合のいい相手は……なかなか見つからないんじゃないでしょうか。婚家にルイ殿下の立場を悪用されても問題になりますしね」

「ああ、なるほどな。……それが私には当てはまったという事実が、癪に障るがな」

 ちょっとムッとした表情になったキャロラインに、レインは困ったように笑う。

「本来は、王子妃として選ばれたことは、栄誉に感じるものなんでしょうけど……」

「私には何もいいことはなかったぞ。……一つだけあったか」

 そう言って、キャロラインはちらりとレインを見た。


「何ですか?」

 レインが首を傾げる。

「婚約破棄をされたおかげで、ミアから手紙が来たからな」

 ニヤリと笑うキャロラインに、レインはパチパチと瞬きをして、ふ、と笑う。

「それは……良かったことに数えていいんでしょうか」

「ああ。当然だ。ジョシアだってそうだろう?」

 きっぱりと告げたキャロラインは、ジョシアにも視線を走らせる。ジョシアが困ったように笑うと、キャロラインはまた手紙に視線を向けた。

 レインは口元を緩ませて、キャロラインをじっと見つめる。


 トントン。

 急ぐ調子で、扉がノックされ、開いた扉から現れたのは、ミアだった。

「キャルお姉さま!」

 走り込んできたミアの手には、オレンジの宝石のついたペンダントがあった。でもなぜか宝石をぶらぶらと揺らしながら持っていた。

「どうした、ミア?」

 レインとキャロラインがミアを見る。

「この石、きっと魔力を吸い取っているだけじゃないんだわ!」

 ミアの表情は険しい。

「どういうことだ?」

 キャロラインが立ち上がる。


「さっき、私の部屋にケイトが来たんです。その時にアルフレッドがこの石を触ってしまって……急に熱が」

 アルフレッドはケイトの生んだ子供で、ケイトと共にサムフォード家の屋敷に住んでいる。レインがハッとする。

「アルフレッドは魔力はなかったはずでは?!」

「ええ。多分、アルフレッドには魔力はないはずよ。でも、この石に触れた途端に、急に赤い顔になってぐずり出してしまって……」

「この石に触った途端?」

 キャロラインが眉を寄せる。


「それで、アルフレッドは大丈夫なのか?」

 レインの質問に、ミアがぎこちなく頷く。

「とりあえず、お医者様を呼んだところよ。熱が出て苦しそうにしている以外には……変わりはないんだけど……レイラを見付けた時みたいな感じだったわ」

 レイン、キャロライン、ジョシアの視線が、ミアの手に持つ石に向かう。ジョシアがふいに動き出し、ミアの手にある宝石を受け取ろうとする。

「ジョシアさんも、直接触らないほうがいいわ」

 ミアの言葉に頷いたジョシアは、鎖の部分を掴むと、テーブルの上に置く。


「私も、まだ体調が戻ってこないのは、あのケガが影響しているんだと思っていたんだけど……、この石に触れていたのが悪かったのかもしれないと思って」

 ミアの零した言葉に、3人が目を見開く。

「ミア、もう体調は大丈夫だと言っていただろう?」

 キャロラインの責めるような口調に、ミアがバツが悪そうに目を伏せる。あの事件から、今日で1週間経っている。


「だって……動けないほどではなかったし……しばらくは仕方がないと思っていたのよ」

「ミア、無理はしないように、と言っただろう?」

 レインも怒った表情でミアを見る。

「ごめんなさい。あまり、心配を掛けたくなくて……」

「ミア様。他のものには無理をしないように言っているのに、ご自分が無理をしていては、本末転倒です」

 ジョシアの叱る声に、ミアがおずおずと頷く。

「ごめんなさい。……迷惑をかけてしまったから、何か役に立ちたくて」


 レインがミアに近づくと、明らかにミアが体を固くする。レインは距離を取ったまま、ミアを心配した顔をして首を振った。

「ミア。私たちだって、あんなことが起こるなんて、誰も予想していなかったんだ。捕まったことを迷惑をかけたと思わなくていいんだよ」

「ミア。元気になってほしいと思っているのは、私たちだけじゃないんだ。無理をするな」

 レインとキャロラインの言葉に、ミアが目を伏せてコクリと頷く。

「わかったわ。これから気をつけます」


「ミア様の体調も心配ですが、アルフレッドは大丈夫でしょうか。クリスに知らせた方が……」

 ジョシアが3人を見る。ジョシアもクリスの子供であるアルフレッドのことは気にかけていて、何かと様子を見て、クリスに伝えたりしているらしい。

「レイラは翌日には熱が下がっていましたが……」

 レインの言葉にミアが頷く。

「明日には熱が下がるといいんだけど……」

「この石の影響、なのか……。ウェイもフィッツも熱を出すようなことは無かったみたいが……、あの男に逆らえずにいたのも、魔力だけじゃなくて、生命力のようなものが吸い取られるからなのかもしれないな……アルフレッドはレイラよりも小さいからな。あの石の影響を受けやすいのかもしれん」


「……そう言えば、お友達に聞いてみたんですけれど」

 ミアが思い出したようにキャロラインを見る。

「この石を身に着けていた令嬢は、やはりグルグガン商会と取引のある家の者の名前しか上がりませんでしたわ」

「ミイファ嬢もグルグガン商会から手に入れたという話だからな。一体、どんな目的で、この石を……」

 キャロラインが宝石をじっと見たまま目を細める。

「もう一つ耳に挟みましたの。この石を身に着けている令嬢たちは、気持ちが落ち込むことが多くて、ヴァージニティー辺境伯領の薬茶を飲んでいたらしいの。今は、あの薬茶が手に入らなくて、困っている令嬢たちがいるようなの」

 ミアの言葉に、レインもキャロラインも、ジョシアもため息を付く。


「体調を崩す宝石を買わせておいて、依存性のあるお茶を買わせるとは……あくどいな」

 キャロラインが髪をわしゃわしゃと掻きむしる。

「ヴァージニティー辺境伯領からは……宝石が取れましたから……宝石も、ヴァージニティー辺境伯領のものなのかもしれませんね」

 レインの言葉に、ミアは唇を噛む。

「酷いわ」

「……とにかく、グルグガン商会はもうありませんから……これ以上その宝石が広まることはないでしょう。でも、もう広まってしまっているその宝石をどうにかした方がいいですね」

 ジョシアが窓の外を見る。3人も大きく頷いた。

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