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49.サムフォード家内の噂

「今日の組み合わせ、本気で結婚させるつもりで組み合わせたのか?」

 マーガレットが帰った後の応接間で、レインがミアに問いかける。ミアは曖昧に笑って肩をすくめた。

「条件的にはあっていたんだもの」

「条件って……」

 絶句するレインにミアが首をふる。キャロラインは顔も上げずに、ククク、と笑う。控えの間から出て来たクリスは、キャロラインの笑いを困ったように見つめている。


「でも、マーガレット様にもヴィンセント様にも、きちんと自分が何を求めているのか、見つめなおしていただきたかったの」

「……マーガレット嬢だけではなくて、ヴィンセント殿も?」

 ミアが頷く。

「ええ。……ヴィンセント様は、私の友達のお兄様なのよ。友達もヴィンセント様の幸せを願っているから……ちょっとお手伝いがしたくて」

「じゃあ、最初から上手くいかないこと前提で?」

 レインが目を見開く。


 ミアはゆっくりと口を開く。

「8割方は。あとの2割は……もし二人が結婚することになっても、それほどひどい条件にはならないだろうって思ったのもあったんだけど。ヴィンセント様は……きっとマーガレット様を無下には扱わないと思うの。……例え、恋愛対象ではなかったとしても」

「……確かに、悪くはない組み合わせだったようには見えたが……。何しろ、マーガレット嬢が普通に会話をしていたし……」

 レインの言葉に、ミアがクスリと笑う。

「そうね。マーガレット様の条件が、本当にあの二つだったとしたら、悪くはない組み合わせだったと思うわ」


「……マーガレット嬢は、クエッテ殿とのことをまた考えるかな?」

「どうかしらね。……そればっかりは、マーガレット様しかわからないから」

「だが、クエッテ殿には、もうお断りをしているんだろう?」

 レインの問いかけに、ミアがニコリと笑う。

「クエッテ様には、きちんとお話をしてあるの。マーガレット様が、この後どうしたいかはっきりしたら、連絡することになっているわ」

「そうか……二人が上手くいく方が、最適だとは思うが……」

「お兄さまの最適と、マーガレット様の最適が同じとも限らないから」

 ミアは肩をすくめる。


「それはそうと、モートン子爵とダイアン伯爵の繋がりがあったとはな」

 キャロラインが顔を上げた。

「ええ。……モートン子爵……いえ亡くなったモートン子爵はエダモン公爵家の派閥でしたから……その二人に繋がりがあるとは思いもよりませんでしたわ」

 ミアが視線を落とす。

「だが、グルグガン商会をどちらも使っていると言っていなかったか?」

 キャロラインの問いかけに、ミアもレインも頷く。

「そうですね……。あの薬の原料を手に入れられる家と、あの薬を使いたいかもしれない人間が揃うと……何が起こるかわかりませんね……」

 レインが顔をしかめて首を横にふる。


「しかも、グルグガン商会と昔から懇意にしているときた」

 キャロラインが大きく息を吐いた。

「何もマーガレット様の身に起こらなければいいんですけれど……」

 ミアは窓の外を見つめる。

「とりあえず、クエッテ殿には、この話を耳に入れておこう。……無駄にはならないだろう」

 レインの言葉に、ミアもキャロラインも頷く。まだ十分に状況を理解していないクリスは、不思議そうに3人を見つめていた。


 *


「あの……ミア様」

 ミアが応接間から自分の部屋に向かおうとした時、おずおずとミアに話しかけてきたのは、サリーだった。一緒に居たレインは、呼び止められたのがミアだけだったので、そのまま自分の部屋に歩いていく。ミアは足を止めてサリーを見た。

「あら、サリー。何かしら?」

 ミアの問いかけに、サリーが気まずそうに目を伏せる。


「何かあったの? ……何か問題があるなら、教えて頂戴?」

 おずおずと顔を上げたサリーが、意を決したように口を開く。

「あの……お部屋でお話をしてもよろしいでしょうか? ……誰かに聞かれたくはないので……」

「ええ、構わないわ」

 頷くミアに、サリーがホッと息をついた。そして、歩き出すミアの後を、サリーが付いて行く。

 部屋に入って、ミアは再度サリーに問いかける。


「それで、サリー。話って何かしら?」

「とても言い辛いのですが……ケイトさんのことで……」

 サリーの口から出て来た予想外の名前に、ミアは目を見開いた。

「ケイトのこと? 何かしら?」

「ケイトさんが、クリスさんのことを……その……」

 ミアは、以前にローズから聞いた話を思い出して、クスリと笑う。


「ああ。ケイトがクリスさんのことを無下にしてるって話ね?」

 いえ、とサリーが首を激しく振る。

「そんなわけありません! ケイトさんがクリスさんを誘惑するから! だから……このままでは、この家の風紀が乱れます!」

 更に予想外の内容に、ミアはパチクリと瞬きを繰り返す。

「誘惑?」


 ミアの知る限り、ケイトはクリスと結婚するつもりはないようだし、クリスからも、その後に進展したような話を聞いた記憶はない。それに、ケイトとクリスが顔を合わせる場面があっても、ミアが見ている限りには、ケイトは淡々とクリスと関わっているし、クリスもケイトの仕事の邪魔をしようとはしているように見えなかった。

「ええ、ケイトさんのせいで、この家の風紀が乱れていると、他の者も言っています!」

 サリーが言い切る。ミアは予想もしなかった内容に、肩をすくめる。


「他の者って、だれかしら?」

 ミアの問いかけに、サリーがまた首を激しく横にふる。

「そんなこと言えません! だって、誰もが、ミア様のお気に入りであるケイトさんのことを悪く言えないと、ずっと言い出せないでいたんですもの! 私は……私は、今日は意を決して、こうやって来たんです!」

 下唇を噛むサリーの表情は真剣だった。ミアは頷く。


「そうなの……言いにくいことを言ってくれて、ありがとう、サリー」

 ミアの言葉に、サリーがホッと息をつく。

「じゃあ、ケイトさんは……」

「ケイトのことは、他の使用人たちにも話を聞いてみるわ」

 ミアの返事に目を見開いたサリーは、首を振る。

「そんなの! ケイトさんを悪く言う人なんて、居るわけがないわ! だって……ミア様のお気に入りだもの……」

 べそべそと泣き始めたサリーに、ミアは困ったように首を傾げる。


「この家の使用人は、私が気に入っている相手だからって、私に嘘を告げるような人間はいないと思っているわ。そもそも……私、そんなにケイトを特別扱いしていたかしら?」

 気まずそうに目を伏せたサリーが、ゆっくりと口を開く。

「申し訳ございません……でも、ケイトさんは明らかに特別扱いされているから……」

「それは……妊娠しているから……なんだけれど、他の使用人の目には、そんな風に見えてしまうのね」

「それはそうだと思います」

「でも、もしあなたが妊娠したとしても、ケイトと同じような扱いにする予定よ?」


 え、とサリーが眉を寄せる。

「……妊娠しても、働き続けるんですか?」

「ええ。……働く気があるのであれば、だけれど」

 首を傾げるミアに、サリーは顔をしかめて首を振る。

「そんなの……普通じゃないわ」

 ミアはニコリと笑う。

「サリーの普通はそうかもしれないわね。でも、我が家ではそうなのよ。そうすることになったの。だから、知っておいて?」


「……はい」

 納得はし切れていない様子で、サリーが頷く。

「ケイトの件は、私が預かるわ」

「でも、早く処分していただかないと、使用人の士気にかかわります!」

 言い募るサリーを、ミアはじっと見た。

「処分するかどうかについても、まだサリーの話しか聞いていないから決められないわ」

「でも!」


「この話は、もうおしまい。勇気を出して教えてくれて、ありがとう」

 ニコリと笑うミアに、サリーは何かを言いたげに頭を下げた。

「失礼しました」

 サリーが部屋から出ていくと、ミアは小さく息を吐いた。

「どういうことかしら?」

 少なくとも、ミアの目に見えている景色と、サリーの目に見えている景色は、全然違うもののようだった。


 *


「失礼します」

 ローズがお茶を持って部屋に入ってくる。手紙を書いていたミアは、顔を上げると、お茶を出して出て行こうとするローズを呼び止めた。

「ねえ、ローズ。聞きたいことがあるんだけど?」

 ローズが不思議そうに首を傾げる。

「何でしょうか、ミア様」

「ケイトがクリスさんを誘惑しているって、本当?」


 ローズは一瞬止まった後、プッと吹き出す。

「申し訳ございません、ミア様。今、何とおっしゃいましたか?」

 ミアが眉を下げる。

「ケイトがクリスさんを誘惑しているのが本当かどうか尋ねたわ?」

「クリスさんがケイトさんを誘惑しようと健闘している、の間違いではなくてですか?」

 ミアはローズの言葉を咀嚼して、頷いた。

「そうよね。……ケイトがクリスさんを誘惑するって……あり得ない気がしているんだけど」


「そもそも、ケイトさん、クリスさんが声を掛けても、杓子定規な反応しかしてません。あれで誘惑ができるなら、すごいと思います」

「……よね」

 ミアもケイトがクリスと会話する時の表情を思い出す。他の人間に対しては柔らかい表情を見せるが、クリスに対しては少々度が過ぎるほど、事務的な反応しかしていない。

「クリスさんは、隙あらばと思っているかもしれませんけど、ケイトさんには、隙がありませんからね」

 ローズが肩をすくめる。

「……そうね。私にもそう見えるわ」

 ミアが首を横にふった。


「えーっと、誰から、ケイトさんがクリスさんを誘惑しているって言われたんですか?」

 ローズが首を傾げる。

「そう言う噂があるみたいだから」

 ミアの返事に、ローズが大きくため息をついた。

「サリーさんたちね……」

 ぼそりと呟いた声は、ミアの耳にも聞こえた。


「サリー? どうして?」

 気まずそうなローズが、ミアを困ったように見る。

「ええっと……サリーさんは、クリスさんのことが気に入ったようです。これで、お答えになるでしょうか?」

「そう。……それも、噂になっているの?」

 ミアの問いかけに、ローズが視線を揺らす。

「もし、ケイトさんがクリスさんを誘惑していると噂を流している人がいるとしたら、私は他に思いつかないです」

「そう。ありがとう」


 ニコリとわらうミアに、ローズが心配そうな視線をミアに向ける。

「サリーさんたち、ケイトさんへの当たりが辛くって、ケイトさん居心地が悪くなってるんじゃないかって、心配なんですけど……ケイトさんは、大丈夫だって言うから……」

「そう……ありがとう、教えてくれて」

 ミアの言葉に、ローズがホッと息を漏らす。でも、次の瞬間、慌てたように口を開く。


「でも、ケイトさん……ミア様たちには言わないようにって……サリーさんも悪気がある訳じゃないだろうからって……あの……だから、私が言ったことは……ケイトさんには内緒にしてもらえますか?」

 ミアはふ、と微笑む。

「わかったわ」

 ミアの返事に、ローズは頭を下げると、失礼します、と部屋を出て行った。

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