48.明確な気持ち
「マーガレット嬢は、どんな結婚がしたいんだい?」
ヴィンセントがマーガレットにニコリと問いかける。マーガレットが目を伏せる。
「私は……お互いに何でも言い合える相手がいいわ。……一歩下がって夫に従う……なんて、私にはできそうにないもの」
「なるほどね。今、私とは言い合えていると思うけれど?」
ヴィンセントの言葉に、マーガレットは首を横にふる。
「そもそも、完全なお飾りの妻になりたいとおもっていないもの」
「貴族の妻であれば、お飾りの妻なんていくらでもいると思うけれど?」
ヴィンセントの指摘に、マーガレットは目をすがめる。
「……私は、嫌なの」
「まあ、そう言っても、最初は良くても、最終的にお飾りの妻になってしまうかもしれないわけだし」
ヴィンセントが肩をすくめると、マーガレットがムッとする。
「それは……あるかもしれないけれど……最初からは嫌よ! だって、ヴィンセント様と結婚したら、最初から最後までお飾りの妻にしかなれないじゃないの!」
ヴィンセントが小さくため息をつく。
「申し訳ないが、その点は妥協できなくてね。さっきも言ったが、女性は苦手なんだ」
「……それでいいとおっしゃる女性が、いらっしゃるとお思いですの?」
マーガレットが首を横にふる。
「例えば、結婚を急いでいる人間だとか……色んな理由で逃げ場を探している人間ならば、私のお飾りの妻でもいいと言うんじゃないかと思っていますけどね」
ヴィンセントが首を小さく傾げる。
「そんな人間……」
「ここにもいるでしょう?」
ヴィンセントが片眉を上げた。マーガレットがムッとする。
「だとしてもですわ!」
マーガレットが小さく息を吐くと首を横にふった。
「もしかしたら、その条件は些末なことになるかもしれないでしょう? 他に、条件は?」
「……本当にもう……私だって、子を成したいと思っているのよ? ヴィンセント様には無理な相談でしょう?」
うーん、とヴィンセントが顎に手を当て考え込む。
「何を考えることがあるんですの?」
マーガレットが呆れたようにヴィンセントを見る。ヴィンセントがニコリと笑ってマーガレットを見た。
「子が成せない夫婦もいる。その場合には、養子を貰うこともあるよね?」
マーガレットが目を見開いたあと、目を伏せた。
「それは……確かにそうですが……」
「では、その問題は解決しましたね?」
「……いえ」
目を上げたマーガレットがきっぱりと首を振る。
「私は、私に触れようと思っていない相手とは、結婚するつもりはありません」
「……なるほどね。……それは、また検討しよう」
「……まだ続けるつもりでいらっしゃるの……」
大きくため息をついたマーガレットは、こめかみを揉んだ。
「顔の好みだとか、身分だとか、きっと女性ならこだわる方もいるでしょう? 先ほど、庶民でも下には見なくなったと、マーガレット嬢は言っていたが」
「そうね。顔や身分はどうでもいいわ。私の悪いところを指摘してくれるような相手がいいわ。……きっぱり言ってくれても構わない」
「悪いところ……ですか……」
ヴィンセントが苦笑する。ジロリとマーガレットがヴィンセントを見る。
「何よ」
「いやに具体的だなと思って」
肩をすくめるヴィンセントに、マーガレットが視線を揺らす。じっと二人を見ていたミアが、マーガレットだけに視線を向けた。レインはひたすら黙って二人を見守る。キャロラインはもう我関せずで、カルロを撫でまわしているだけだ。
「誰かを想像しているとか?」
「少なくとも、ヴィンセント様は、私の出した条件を満たさないわ」
ふい、とマーガレットが顔を逸らした。
「触れるのが条件ですからね……私にとっては、なかなか厳しい条件ではありますね」
「それに、最初から愛されることがないと分かっている相手と結婚なんて嫌だわ」
マーガレットの呟きに、ヴィンセントがクスリと笑う。
「例え触れられても、愛されない可能性は十分あると思いますが」
ジロリとマーガレットがヴィンセントを見る。
「ご自分は愛する相手がいるのに、私には孤独を生きるのを望むの?」
ハッとヴィンセントが目を見開く。そして、目を伏せた。
「そう言うつもりはなかったんです。ですが、私との結婚が利となる相手もいるんじゃないでしょうか」
「そもそも、よ。ヴィンセント様の恋人は、本当にヴィンセント様が結婚するのを、受け入れているのかしら?」
「それは……理解してくれていると思うけど」
マーガレットが大げさにため息をついた。
「思う? それは、ヴィンセント様の都合の良い解釈じゃないかしら?」
「いや……今日の見合いも、頑張ってと言われましたし……」
たじろぐヴィンセントに、マーガレットが首をゆっくりふった。
「それは、その恋人の精一杯の言葉だわ。自分たちの付き合いが祝福されないと知っていて、両親に進められて見合いをしなきゃ、結婚しなきゃって言っている相手に、他に、何が言えるって思いますの?」
レインがまた話の流れが変わったことに、ミアの顔をちらりと見る。ミアはじっと二人の様子を見ていて、口を出す様子もない。レインは小さくため息をついて、お茶に手を伸ばした。
「いや……仕方がないよ、と言ってくれたから……」
「もしかしたら、ヴィンセント様が結婚したら、自ら身を引くつもりでいるかもしれませんわ?」
マーガレットの言葉に、ヴィンセントが目を見開く。
「それは……」
「あら。ないって言い切れて? だって、例え形ばかりでも、ヴィンセント様が妻を迎え入れるわけですもの。それを本当は嫌だと思っていてもおかしくはないですし、割り切れる人ばかりじゃないでしょう? それに、もしかしたら、ヴィンセント様とのお付き合いを、辞めたいと思っていたかもしれませんし」
「それはあり得ないよ!」
きっぱりと告げたヴィンセントに、マーガレットが首を横にふる。
「それを言えるのは、ヴィンセント様の恋人だけよ」
がたり、とヴィンセントが席を立つ。
「申し訳ない、今日は失礼する」
「ヴィンセント様。明日、仕事が終わり次第、我が家に来てくださいね」
ヴィンセントの背中に声を掛けたマーガレットに、ヴィンセントは青ざめた顔を向けて頷くと、すぐに歩き出す。ミアは慌ててヴィンセントを追いかけた。
パタン、と閉じたドアに、残されたマーガレットが大きく息を吐いた。
「何だ。何が何でも破談にしたかったのか」
顔を上げたキャロラインを、マーガレットがジロリと見る。
「今の話を聞いていて、どうしてヴィンセント様と結婚したいと思えると思って?」
「条件があえば、構わないだろう?」
マーガレットが目を見開く。
「あなたは、今の条件でも、私の立場ならばヴィンセント様と結婚を考えられるの?」
「私がマーガレット嬢の立場なら、既に相手を決めていると思うがな」
肩をすくめるキャロラインに、マーガレットが目を逸らす。
「……とにもかくにも、ヴィンセント様との結婚は考えられないわ」
レインはマーガレットに掛ける言葉が見つからず、困ったように微笑んだ。
「マーガレット様、よろしかったんですか?」
応接間に戻って来たミアが、マーガレットに問いかける。
マーガレットは目を半目にして、ソファーに座るミアを見る。
「私が出した条件を理解していて、どうしてヴィンセント様なの?」
「マーガレット様がおっしゃった言葉通りの条件でしたわ」
ニコリ、とミアが笑うのを見て、マーガレットはため息をついた。
「形ばかりの結婚をしたいと思っているわけではないのよ」
「そうですか」
コクリと頷くミアに、マーガレットが首を横にふる。
「明日、明後日は、ヴィンセント様と会いますわ。でも、すぐに次のお見合いの相手を紹介してください」
「……必要とあらば」
頷くミアに、マーガレットがもう一度ため息をついた。
「このお見合いの時間は、無駄な時間じゃない」
「そうでしょうか?」
ミアが首を傾げる。
「無駄でしょう? ……どちらの希望にも合わないんだもの。それに……ヴィンセント様は、結婚をするよりも、恋人を大切にした方が良いと思うのよ」
マーガレットは窓の外を見た。
「人生に、無駄な時間などないと、私は思っていますわ」
ミアが微笑む。
「……そんなこと、あるかしら?」
「少なくとも、マーガレット様の結婚相手への条件は、明確になったように思いますし」
マーガレットの視線が揺れる。
「……モートン子爵は、絶対にないわ」
「ないだろうな」
キャロラインが肩をすくめる。
「マーガレット嬢、くれぐれもお気を付けください。モートン子爵が何をするのか、本当にわかりませんから」
レインが真剣な顔でマーガレットに告げる。マーガレットはレインを見ると、静かに頷いた。
「ええ。気を付けますわ。……モートン子爵がカルタット公爵に取り入ろうとしているのが厄介だけれど……」
「マーガレット様、絶対に一人にならないようにしてくださいね?」
念を押すミアに、マーガレットが眉を寄せる。
「私を心配してくれるのなら、他の相手を選んでくれれば良かったんじゃないかしら」
ミアは困ったように首をかしげる。
「マーガレット様の出した条件に当てはまる方が、私が持っている情報では、二人しかいなかったので」
ミアの言葉に、マーガレットが目を見開く。
「二人? 二人いるのなら、どうしてヴィンセント様ではない方の方を紹介してくれなかったの?」
ミアは肩をすくめる。
「既に、もう一人の方は、紹介済みですから」
ミアの返事に、マーガレットは、気まずそうに目を伏せた。だが、次の瞬間、顔を上げて口を開いた。
「二つの条件に当てはまるかは、わからないわ。実際、クエッテ様には触れられたことはないもの……」
だが、ミアは首をふった。
「触れられたことがないとしても、マーガレット様は、触れられても大丈夫だと思っていたんではないですか? マーガレット様がクエッテ様を拒否した理由には、そのことは入っておりませんでしたから」
揶揄するようでもなく、淡々と告げるミアに、マーガレットの視線が揺れた。




