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47.堂々巡り

 先に目を逸らしたのは、ヴィンセントの方だった。

「これは、私たちのお見合いだったと思うんだけど?」

 それに対して、マーガレットは大きなため息をついた。

「さっきも言ったけれど、私はあなたとは結婚は考えられないわ」

「条件としては、ピッタリだと思うんだけど?」

 ヴィンセントは、マーガレットに視線を向けると肩をすくめる。マーガレットは目を細めた。

「そんなこと、詭弁だってわかっていて、まだ言うつもりですの?」


「だって!」

 ヴィンセントは声を挙げた後、気まずそうに目を伏せた。

「だって? 何ですの?」

 マーガレットの促しに、ヴィンセントは口を開いた。

「モートン子爵とは結婚したくないんだろう?」

 ヴィンセントの言葉に、マーガレットがミアに視線を向ける。

「そこまで事情を説明しているの?」

 ミアは首を横にふった。

「いいえ。私はその話についてはヴィンセント様にはしておりませんわ」


「ああ。これは、ミア嬢からは聞いた話ではないよ」

 ヴィンセントも首を横にふる。

「だったら、どこで……」

 マーガレットの追及に、ヴィンセントが気まずそうに視線を揺らす。

「仕事中に、ちょっと耳に挟んだんだよ」

「仕事中? ヴィンセント様は、一体どんな部署でお仕事されているの? そんなに噂話ばかりする部署なの?」

 マーガレットの憮然とした表情に、ヴィンセントが慌てたように首を振る。

「そう言うわけではないよ! ただ……うちの部署に顔を出したダイアン伯爵とモートン子爵がコソコソ話しているのが聞こえたんだ」

 ヴィンセントの言葉に、マーガレットの表情が嫌悪感に染まる。


「いや、私も、聞こうと思って、二人の話を聞いたわけじゃないよ! たまたま、たまたまなんだよ!」

 焦るヴィンセントに、マーガレットは小さく首を振った。

「ヴィンセント様のことを批判するつもりはないわ。ただ、私の話をモートン子爵がしていたってことが嫌なのよ」

 マーガレットの返事に、ヴィンセントがホッと息をつく。

「あの、ヴィンセント様は、財務のお仕事をされているんでしたよね?」

 ミアが口を開く。

「ええ。それが?」

 不思議そうにヴィンセントがミアを見る。


「ダイアン伯爵とモートン子爵が、なぜヴィンセント様の働いている部署にいらしたのかしら?」

 ミアの疑問に、ヴィンセントが頷く。

「ああ、それは……モートン子爵の遺産相続にいい方法がないのか、上の人間に相談しにきたらしい」

「そんなこと、財務の部署で相談できるのかい?」

 レインが首を傾げる。ヴィンセントは苦笑する。

「いえ。そんな貴族の遺産相続の約束事に、城の財務を司る人間が関係するわけではありませんから。ただ……どうやら上の人間が、ダイアン伯爵の学友だったとかで、モートン子爵にいいアイデアをくれるかもしれないと、引き合わせたらしい」

「ダイアン伯爵とモートン子爵……」

 ミアが考え込む。キャロラインが少し顔を上げてミアをじっと見る。


「どうかしたかしら?」

 マーガレットが、ミアに視線を向ける。パッと顔を上げたミアは、微笑んだ。

「いえ。そのお二人が仲がいいとは、知りませんでしたから」

 マーガレットが顔をしかめる。

「モートン子爵が誰と仲がいいとか、どうでもいいけれど、最近、カルタット公爵に取り入ろうとしているらしいから、ダイアン伯爵にも取り入ったんじゃないかしら? ……あの人が人望があるとは思えないもの」

「ああ、ダイアン伯爵は、カルタット公爵派でしたね」

 ぽつり、とレインが呟く。


「王太子の婚約者の後ろ盾をカルタット公爵がしているから……取り入ろうとする人間も多いのかもしれないわ……彼女より、シルフィー様の方が、王妃にはふさわしいと思うけれど」

 マーガレットが肩をすくめると、ミアが首を傾げる。

「彼女って……ミイファ様のことですか?」

 以前の王太子の婚約者はシルフィー・エダモン公爵令嬢であり、現在の王太子の婚約者は、ミイファ・ケルク侯爵令嬢だ。

「そう。彼女。私、彼女とシルフィー様と同級生なのよ」

 ああ、とミアが頷いた。そして、また首を傾げた。

「マーガレット様は、どうしてシルフィー様の方が良いと? ……シルフィー様は……王太子殿下に婚約破棄されるほどのことをしたのでしょう?」

 ミアの言葉に、マーガレットが眉を顰める。


「シルフィー様は、確かに、いつでも淡々として、ちょっと変わっているけれど、でも、婚約破棄されるようなことをしていたわけじゃないと思うの。……きっと、彼女がでっち上げたんだと、私は思っているわ」

 ミアが目を見開く。

「どうして、そんなこと……」

「彼女は……シルフィー様が断罪されていた時、笑っていたのよ……きっと、彼女が笑っていたことを気付いた人は他にもいたと思うわ」

 マーガレットが目を伏せる。

「なるほどな。女は怖い」

 ヴィンセントは自分の体を抱きしめるとぶるりと震わせる。


「何てこと! ……でも、どうしてその時、マーガレット様は、シルフィー様を助けなかったんです?」

 ミアの問いかけに、マーガレットが自嘲した笑いを漏らす。

「王太子殿下の絶大な信頼を勝ち得ている彼女の悪事を、単なる男爵令嬢が指摘したとして、誰が信じてくれるかしら? それに、シルフィー様がしていないという証拠も揃っているわけではないもの……。言うだけ無駄。いえ……言えるわけないわ。王太子殿下から疎まれる人間など、妻にしたいとは思わないでしょう? ……結局、意味はなかったんだけれど」

「……確かに、その場で発言したところで、不敬罪に問われるだけかもしれないな……」

 レインが頷く。

「それはそれで楽しそうだがな」

 ニヤリとキャロラインが笑う。


「そんなことできるわけないでしょう?! ……全く……。あら、どうしてそんな話になったのかしら?」

 キャロラインのまぜっかえしに、ふと我に返ったマーガレットが首を傾げる。ヴィンセントが苦笑する。

「モートン子爵の話から、王太子殿下の婚約の話になって、だったと思うけどね?」

「どちらにしろ、モートン子爵の話は聞きたくもないけれど」

 マーガレットはそう言ったあと、イヤイヤと顔をしかめて首を振る。

「でも、間違いなくモートン子爵のターゲットに、マーガレット嬢はなっているんだよ? どうするつもりなんだい?」

 ヴィンセントがマーガレットに問いかける。ムッとしたマーガレットは、少し考えたあと口を開いた。


「とりあえず、見合いを3回しなきゃいけないみたいですから、明日、明後日と、お付き合いくださる?」

「明日も、明後日も……かい? 今日は休みが取れたけれど、明日、明後日は仕事が……」

「仕事帰りの時間で構わないわ。1回の見合いが20分で終わっても、文句はないでしょう? 早くこのお見合いを終わらせて、次のお見合いを……組んでもらわないとならないから」

 ジロリ、とマーガレットがミアを見る。ミアが苦笑する。

「却下したいところですが……マーガレット様はお急ぎですから……」

 ミアの言葉に、マーガレットが大きなため息をつく。

「でしたら、最初から終わりにすればいいじゃないの」


「いいえ。では、明日は20分だったとしても、お二人のお見合いをいたしましょう? 場所はどこにされますか? あまり遅いのであれば……マーガレット様はご自宅の方がよろしいんじゃないかしら?」

 ミアの提案に、マーガレットがゆっくりと頷く。

「……私は構わないけれど……ヴィンセント様は?」

「正直、断られてしまうことを前提に進めたくはないけどね。ノーム男爵夫妻から、固めるのも手かもしれないね」

 肩をすくめるヴィンセントを、マーガレットがじっと見る。

「本気でおっしゃってるの?」

「……私は結婚するために、お見合いをしているんだけどね?」

 ヴィンセントはそう言って、腕を組んだ。


「マーガレット嬢は、同性を好きな私に、嫌悪感があるようにも見えないけどね?」

 マーガレットは首を傾げたあと、口を開く。

「そう言われれば……そうね。……それよりも、愛人宣言の方がよほど嫌悪感があるわね」

「もっと差別的な目で見られるかもしれないと思っていたんだけどね」

 自嘲するヴィンセントに、マーガレットは、ああ、と声を漏らす。

「……抵抗は薄いのかもしれないわ」

「どうしてですの?」

 ミアの問いかけに、マーガレットが少し視線を逸らす。

「男性同士の恋愛をつづった読み物が、学院の中で出回っていたのよ。……あなたも読んだことなくて?」


 再び視線を向けられたミアが、首を傾げる。

「いいえ。……学院でそんなものを読んだことも……噂を聞いたこともありませんわ」

「うそ!」

 目を丸くするマーガレットに、ミアは困ったように首を振る。

「本当ですわ。……その本って……一体どなたが書かれたものなんですか? 学院生ですの?」

 ミアの言葉に、マーガレットが得意げにニコリと笑う。

「いいえ。学院生ではなくて……レディー・フィルが書いた小説だったのよ!」

「ええ?! レディー・フィルが、そんな小説を?!」

 驚くミアに、マーガレットが大きく頷く。

「きっと、レディー・フィルは学院の卒業生で、それでそんな本が学院の中で回されているんだと……私は思っていたんだけど……」


「へぇ、レディー・フィルね」

 ヴィンセントが頷く。

「ミア、レディー・フィルって、誰?」

 レインの質問に、ミアが口を開ける。

「レディー・フィルは今を時めく小説家ですわ! ……女性向けの小説が多いから、お兄様は目にしたことは無いかもしれませんが」

「ああ……そうなんだね」

 レインがミアのテンションに困ったように微笑む。


「それで、レディー・フィルが書いた小説を読んでいたから、私に嫌悪感がないってわけかい?」

 ヴィンセントの言葉に、マーガレットが困ったように首をひねる。

「そう、なのかしら。……でも、噂でヴィンセント様はそうなんじゃないかって聞いていたし、そう言う意味では、衝撃は軽減されていたかもしれないわ」

 ヴィンセントがうんうん、と頷く。

「やっぱり、マーガレット嬢は、条件にピッタリな気がするんだけどね」

「お断りだわ!」

 即座に拒否するマーガレットに、ヴィンセントも首を振った。

「堂々巡り?」

 レインの溜め息に、ミアがクスリと笑った。

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