45.マーガレットの新しい見合い相手
「キャルお姉さま、お呼びですか?」
ミアが応接間に入ると、ソファーに座るキャロラインが、何かの紙を持ち、ひらりと揺らした。
「ジョシアからの手紙だ。読むか?」
キャロラインに向かいながら表情を少し緩めたミアは、次の瞬間、困ったように眉を寄せた。
「キャルお姉さま宛の手紙を、私が読んでもいいんでしょうか?」
「私には、特に事務的な連絡しかないからな」
「えーっと、でしたら、私が読まなくとも……」
キャロラインの横に立ったミアが、肩をすくめる。
「まあ、読んでみろ」
ぐいっと手紙を押し付けられて、ミアは慌てて受け取る。
「ほら」
結局、視線を向けたキャロラインの促しに、ミアは手紙に視線を落とす。
字を追っていたミアが、最後の一行に目を見開いて、そして顔を上げた。
「キャルお姉さま? ……これ、私が読まなくても……」
カルロを撫でまわしていたキャロラインが、ミアを見上げる。その顔は、ニヤリと笑っている。読まなくても、と言ったミアだったが、その表情は柔らかかった。
「ミアのことを気遣っている内容だから、直接読んだ方が良いだろう?」
ミアは眉を下げると、キャロラインに手紙を渡す。
「私の事だけではなくて、お兄様のことも気遣っておられますわ」
「まあ、そう言うことにしておこうか」
ウンウン、と頷くキャロラインに、ミアは小さくため息をつく。
「でも、何事もなく、旅が進んでいるようで、良かったですわ。……これから先も何もないといいんですけれど……」
ジョシアとヒースは、一旦クォーレ公爵家へ戻った後、闇に紛れるようにして、屋敷を離れた。目立つ行動が出来ないために、徒歩での移動になっていて、手紙はあと2日ほどでシュゼットが居るはずの町にたどり着くだろう、という内容だった。そして、手紙の最後に、ミアとレインの状況を案じる言葉が並べられていた。
「祈るしかないだろうな。グルグガン商会への見張りは厳しくなったのだろう? ならば、少しは大人しくなるだろう」
「ええ。クエッテ様の話では、そうなると……」
ミアは小さく頷く。
「そう言えば、クエッテは、マーガレット嬢の話を聞いて、納得したのか?」
「マーガレット様の、と言うよりは、私の話を聞いて、ご納得いただけましたわ」
「そうか」
キャロラインは肩をすくめると、大きく息を吐いた。
「結婚など、形ばかりのものだろうに。どうしてマーガレット嬢がこだわるのかわからんな」
ミアは一瞬止まって、瞬きを何度かすると、キャロラインをまじまじと見た。
「キャルお姉さま?」
「ん? 何だ?」
顔を上げたキャロラインは、平然としている。ミアは戸惑った表情のまま、口を開いた。
「今、結婚は形ばかりのものだと、おっしゃいましたか?」
「ああ。何かおかしいか?」
真っすぐキャロラインに見つめられて、ミアが視線を揺らす。
「えーっと……一応、結婚には色々と意味があるんだと思いますわ」
「意味? ああ、家同士の繋がりだとか、利害だとかの意味だろう?」
キャロラインの言葉には迷いはない。
「ええ……そういう意味もありますけれど……」
「他にどんな意味が?」
キャロラインにじっと見られて、ミアは気まずくなって目を伏せる。
「子孫を残すことも……求められたりしているのではないでしょうか」
ふん、とキャロラインが鼻をならす。
「それも、形ばかりの中に入っている」
「え」
その答えが予想外で、ミアが瞬きを繰り返す。
「何だ?」
怪訝そうなキャロラインに、ミアが首を振った。
「いえ……キャルお姉さまは、結構考え方がシビアなような気がしてます」
「そうか? 普通だろう? 貴族の結婚など、そんなものだ」
キャロラインは肩をすくめる。ミアは首を傾げる。
「でも……私にジョシアさんを勧めるのはどうしてでしょう?」
「何か問題があったか? あの男とは結婚したくなかったのだろう?」
眉を上げるキャロラインは、真顔だ。
「ええ。それは間違いないんですけれど……。ジョシアさんは、そもそも貴族ではありませんし……キャルお姉さまの基準で巻き込むのはどうでしょう?」
ミアは戸惑いつつ告げた。
「ジョシアは嫌なら嫌だと言う人間だ。それは、私が良く知っている。嫌だと言い出さないんだから、そのままでいいだろう?」
ミアは、当初の頃のことを思い出して、首を傾げる。
「そう……でしたか? あまり覚えていないんですけれど……」
ジョシアがあっさりと協力してくれたことは思い出せたが、キャロラインに抗議しているような様子は確かに思い出せはしなかった。
「ミアは嫌なのか?」
「嫌なわけではなくて!」
「ならば、いいだろう?」
不思議そうなキャロラインに、ミアはため息をつく。
「それこそ、形ばかり、と言われたのはキャルお姉さまだったような気がします」
「だから、形ばかり、だろう?」
どうやらミアが受け取った意味と、キャロラインが発した意味が別だったのだと、ミアは力なく首を横にふる。
「形ばかり、は、あまりいい意味では使われないものだと思います」
「そうか。私はどうでもいいがな」
キャロラインは肩をすくめると、カルロを嬉しそうに撫でる。
「キャルお姉さまは、結婚に対して夢などを持ってはいらっしゃらないのかしら?」
「夢? 結婚に夢など持ってどうする?」
キャロラインは顔も上げず、カルロを撫でまわしている。
「でも……もし結婚するのであれば、私は両親のように仲睦まじく生きていきたいと思いますわ」
「仲が悪いより、いい方がいいだろうな」
「そうですよね!」
パッとミアが表情を明るくする。
「だが、それはオマケみたいなものだ。夢見るようなことじゃない。そもそも、一生仲睦まじくいられるかどうかなど、わからないだろう?」
ちらりとミアを見上げたキャロラインに、ミアは眉を寄せる。
「ですから、夢見るのです。……多くの女性は、多分そうなんだと思いますよ? マーガレット様も、そうなんだと思いますし」
「それで、夢と違うからと言って、離縁できるわけでもないだろう?」
「そう……かもしれませんけど……」
ミアは小さく息を吐くと、口を閉じた。
「そう言えば、マーガレット嬢の新しい見合いは組めたのか?」
あっさりと話題を変えたキャロラインにミアは肩をすくめると、頷いた。
「ええ。先方からも了解を頂きました」
「そうか。本当に、あの条件を満たしているのか?」
ニヤリと笑いながらミアを見るキャロラインは、どう見ても面白がっている。
「ええ。マーガレット様が良ければいいとおっしゃっていただけていますし、マーガレット様が触れられるのを恐れなくても大丈夫な方だと思いますわ」
きっぱりと告げるミアに、キャロラインの方が眉を寄せた。
「あの条件を、本当に満たしたのか?」
「ええ。間違いなく」
「まあ、一つ目はクリアできそうだが……二つ目は難しいと思うんだが。そもそも、判定するのはマーガレット嬢本人だろう?」
キャロラインの疑問に、ミアはニッコリと笑う。
「そうかもしれませんね」
ミアの表情に、キャロラインが目をすがめる。
「何を考えてるんだ?」
「そうですね……言うなれば、結婚に夢を見るのは、そんなに悪いことではないと思っている、というところでしょうか?」
キャロラインがため息をついて首を横にふった。
「結婚に夢など見ない方が、結婚はできると思うが」
「……夢を少しくらい見ても、いいと思いますわ」
「いや。実際、結婚は一瞬の事じゃない。ずっと続いていくのに、夢など見ていたら、そこから現実が乖離していったとき、どうするんだ?」
「確かに、そうかもしれませんが……マーガレット様には……気付いて欲しいのです」
「何を、だ?」
ミアの言葉に、キャロラインが首を傾げる。
「マーガレット様の譲れない条件が何か、を」
「マーガレット嬢の言ったことが全てではないのか?」
ミアが首を横にふった。
「私は、違うと思っているんです」
ニコリと笑うミアに、キャロラインは口を開かず、ただ頷いた。
「明日、マーガレット様の新しいお見合いをします」
「そうか。……ミアが何を言いたいのか、見せてもらう」
「ええ。是非。では、私は戻りますわ」
頭を下げるミアに、キャロラインも頷いた。
*
「ヴィンセント様……?」
応接間に入って来た男性を見たマーガレットが、絶句する。どうやら噂を知ってはいるらしいと、ミアは思う。
「ええ。マーガレット嬢。ヴィンセント・ワイエスと申します」
マーガレットの視線が礼を取るヴィンセントを越して、ミアに届く。その視線は、強く何かを言いたそうにしている。ミアはその視線に、ニコリと笑って見せる。
「それでは、お見合いを始めましょう?」
ミアの言葉に、ヴィンセントが優雅に笑う。
「ええ。折角のチャンスですから、しっかり生かしたいですからね」
ヴィンセントの視線を受けて、マーガレットが戸惑いながら俯く。たぶん、予想した反応と違う反応だったせいだろう。
キャロラインは視線こそ向けないものの、二人の会話に耳をそばだてている様子は見て取れた。レインは、マーガレットの反応が理解できていない様子で、少々戸惑った表情をしている。
そもそも、ミアは今回のマーガレットの相手について、レインに前情報を全く与えていなかった。
マーガレットの向かいに座ったヴィンセントに、マーガレットがじっと視線を向ける。
「あの……私の出した条件は、理解されていますでしょうか?」
ヴィンセントが柔らかにほほ笑む。
「ええ、勿論」
マーガレットが戸惑ったようにミアを見る。ミアも微笑む。
「マーガレット様が良ければいいとおっしゃっていただけていますし、マーガレット様が触れられるのを恐れなくても大丈夫な方だと思いますわ」
「そう……なの」
戸惑った表情は変わらないまま、マーガレットの視線がヴィンセントに注がれる。ヴィンセントが頷いた。
「ええ。マーガレット嬢の条件がその二つであるのならば、私の他にはないと思っています」
「そう……なのですか……」
どうやらヴィンセントに気おされているようなマーガレットに、レインが目を丸くする。




