44.マーガレットの決心
「それの何が悪いんだ?」
黒いフードを被ったキャロラインが、カルロを撫でる手を止めることなく告げた。ミアは困ったように微笑む。だが、口を開かずマーガレットを見た。
「責任を感じて欲しいわけではないわ!」
マーガレットが唇を噛む。
「何だ? 自分より下に見ている庶民に責任を取られるのは嫌なのか?」
畳みかけるキャロラインに、マーガレットが膝の上のドレスを握りしめる。
「そんなこと、言っていないわ! それに……下に見ているわけじゃないわ」
「ならば、何の問題がある?」
肩をすくめるキャロラインに、マーガレットが口を開く。
「責任を感じて欲しいと思っているわけではないと言っているでしょう?」
「だが、責任を感じただけでクエッテはマーガレット嬢と結婚したいと言い出したわけではなかろう? クエッテにはクエッテにとってのメリットがある。だったよな、ミア?」
キャロラインに話を振られたミアは、眉を下げて頷く。
「ええ、まあ……昇進のためには、結婚は必須なようですから」
キャロラインが大きく頷く。
「マーガレット嬢にとってもメリットがあって、クエッテにもメリットがある。それだけじゃダメなら、嫌だと言えばいいだろう? なぜ迷う必要がある?」
「義務感みたいなものだけで結婚をするなんて……」
マーガレットが目を伏せる。ふ、とキャロラインが鼻で笑う。
「貴族など、そんなことは普通だろう? それとも何か? マーガレット嬢は、情熱的に迫られないと結婚をしたくないのか? ならば、モートン子爵でいいではないか」
勢いよく顔を上げたマーガレットが首を振る。
「モートン子爵だけは絶対イヤよ! 嫌悪感を感じる相手と結婚するなんて、絶対イヤ!」
「その可能性を消滅させるために、すぐに相手が居た方が良いのだろう? なぜクエッテではダメなんだ?」
呆れた声を出したキャロラインは、それだけ言うと首を振って、カルロをもしゃもしゃと撫でまわした。
どうやらもう、キャロラインは興味が失せたらしい。ミアはキャロラインを見て困ったように眉を下げると、マーガレットを見る。マーガレットはまた俯いていた。
「迷われているってことは、クエッテ様に嫌悪感がある訳ではないんでしょう?」
ミアの問いかけに、うつむいたままのマーガレットは小さく頷いた。
「えーっと……物事をストレートに告げる方ですから……それが嫌なのかしら?」
「確かに正直すぎるけれど、嘘がなくて逆にいいわ」
マーガレットは首を横にふる。ミアは他にありそうな理由を考える。
「尊敬できない、とか?」
マーガレットが顔を上げた。
「そんなことはないわ。クエッテ様は、他人にも厳しいけれど、自分にも厳しい方で……筋が通っているもの」
ミアはホッと息をつく。
「マーガレット様。尊敬できる相手ならば、結婚相手として十分だと思いますわ?」
え、とマーガレットが力なくミアを見る。
「……尊敬できるのは……大切なことのように思うけれど……」
マーガレットは不安そうに瞳を揺らす。
「マーガレット様。迷っているということは、クエッテ様との結婚を考えている、ということで間違いないんですよね?」
ミアが柔らかい声で問いかける。マーガレットは目を伏せた。
「わからないの」
「わからないんですの? でも、迷っているということは、結婚するかどうか、お断りするかどうかで迷っているってこと、ですよね?」
ミアが困ったように首を傾げる。ゆるゆるとマーガレットが首を横にふる。
「……今の状況を打開するためには、クエッテ様と結婚することが、一番手っ取り早いんだと分かってはいるわ。でも……そのために結婚するって……なんだかおかしいと思うの」
マーガレットがじっとミアを見た。
ミアは少し眉を寄せると、口を開いた。
「おかしい、ですか?」
「ええ。……結婚って、そういうものかしら? それに……確かにモートン子爵のことは怖いわ。ただ、それだけのためにクエッテ様と結婚するのは……やっぱり違うと思うのよ」
「違う……ですか?」
ミアは困ったように瞬きを繰り返す。
だが、マーガレットは確信したように大きく頷く。
「そうよ。やっぱりおかしいわ! お父様もお母様も、みんな口をそろえて、クエッテ様との結婚をすすめて来るけれど、どうしておかしいって思わないのかしら?」
「えーっと……それは、クエッテ様にも、マーガレット様にも、どちらにも利がある結婚だと、皆さまが思っているから、では、ありませんか?」
そもそもミアが二人を引き合わせた理由は違っていたが、今となっては、お互いに利のある結婚相手になっているはずだ。
「それって、利があれば、誰でもいいってことなんでしょう?」
「まあ、利があるということと、相性というものもありますから……」
ミアは『相性』という言葉を強調した。だが、マーガレットは肩をすくめる。
「さっき、ミア様は言ったでしょう? クエッテ様を尊敬できるかって。……私は尊敬できると思っているわ。だけど、クエッテ様はどうかしら? ……私には、人に誇れるようなものはないわ」
マーガレットは自嘲気味にそう告げると、窓の外を見つめる。
「クエッテ様は、確かに人に厳しいし、言い方は厳しいけれど、きっと交流しているうちに、尊敬できる人間だと、相手も理解すると思うの。……だから、私がその相手である必要はないと思うのよ」
「マーガレット様……でも、クエッテ様は、マーガレット様との結婚を望まれております」
ミアの言葉に、ふ、とマーガレットが息を漏らし、ミアを見た。
「だから、それはクエッテ様の責任感のなせる業、なの。クエッテ様には、他に相応しいお相手が居るはずだわ」
「同じ庶民のな」
口を挟んだキャロラインに、ミアが反応するよりも前に、マーガレットが口を開く。
「クエッテ様が庶民だからとか、そういうことで、結婚したくないと言っているわけではないと、さっきから言っているわ!」
マーガレットの強い言葉に、キャロラインがニヤリと笑う。
「なるほどな。嘘ではないらしい」
マーガレットはふん、をキャロラインから顔を逸らす。
ミアは天井に視線を向けると、小さく息を吐いた。そして、マーガレットに視線を向けた。
「マーガレット様は、クエッテ様にふさわしい相手を探してほしいと思っていらっしゃるんですね?」
マーガレットがコクリと頷く。
「では、マーガレット様にも、どなたかと新しくお見合いをする、と言うことでしょうか?」
今度は、マーガレットは目を伏せて、微かに頷いた。
「……私で良いとおっしゃる方と」
ミアはもう一度そっとため息をつく。
「クエッテ様も、当てはまると思うのですが」
ミアはうつむいたままのマーガレットとは目が合わなかった。顔を上げていたキャロラインは肩をすくめて、カルロを抱き寄せる。どうやら口を出すのはもうお終いらしい。
「何度も言わせないで頂戴」
首を振るマーガレットはにべもない。
ミアは渋々頷いた。
「では、新しい見合いの相手が決まったら、お知らせいたします」
「ありがとう」
目を伏せたままのマーガレットの表情は見えなかった。次の瞬間、あ、とマーガレットが声を漏らす。
「もう一つ。条件があったわ」
顔を上げたマーガレットの表情は淡々としたものだった。
「条件、ですか? 何でしょう?」
「触れられても、大丈夫な方がいいわ」
マーガレットの希望に、一瞬考え込んだミアは、次の瞬間、大きく頷いた。
「わかりました。……ご希望に沿う方をお探しします」
ミアの返事にマーガレットは苦笑する。
「簡単に言うのね。実際に会ってみなければ、わからないことじゃないかしら?」
だが、ミアはニッコリと笑った。
「ですが、それがマーガレット様のご希望ですので。それに沿う方を探し出すのも、私の仕事ですわ」
マーガレットが肩をすくめる。
「では、期待して待っているわ。……いつまでも、クエッテ様を煩わせるわけにはいかないもの」
小さく呟かれた言葉は、ミアの耳にも届いた。だが、ミアはそれについては何も言わなかった。
マーガレットが息を吐く。そして、しっかりとミアを見た。
「話は、これで終わりよ」
ミアは頷くと立ち上がった。
「わかりましたわ。それでは、クエッテ様を呼んでまいりますので」
「ええ。お願い。……その話をクエッテ様にするタイミングは、また後日にして頂戴。帰り道で説得をまたされても困るもの」
マーガレットは窓の外に視線を向けた。そしてもう一度「困るもの」と呟いた。
「それについても、わかりましたわ。それでは、少々お待ちくださいね」
窓の外に顔を向けたままコクリと頷いたマーガレットは、どこか達観しているような顔をしていた。
*
マーガレットとクエッテを見送ったミアとレインが応接間に戻ると、キャロラインが顔を上げた。
「ミア、あんなことを言っていたが、当てはあるのか?」
「あんなこと?」
マーガレットの話の内容をまだ知らないレインが、怪訝そうにミアを見た。
「お兄様。マーガレット様は、新しくお見合いをご希望よ」
ミアはあっさりと告げる。レインが目を見開いた。
「え? どう見ても……このまま婚約をしそうな雰囲気じゃなかったか?」
ミアは肩をすくめて、首を振った。
「私にもそう見えたけれど……マーガレット様が頑なにそうおっしゃるので」
「……でも、クエッテ殿は……」
「まだ教えていません。でも、伝えないわけにはいかないでしょうね」
「え……それは……」
眉を寄せるレインに、ミアが頷く。
「お兄さまが言いたいことは分かるわ。でも、マーガレット様のご希望だもの。私は仕事としてお見合いをしていますから。私の感情をマーガレット様に押し付けるわけにはいかないわ」
「だが……」
「お兄さま。私、言ったわ。どちらにとっても、win-winの関係になるお見合いを組むつもりだって。その言葉に嘘はないわ。それに……」
「それに?」
レインが首を傾げる。
「マーガレット様の希望に合う相手に、心当たりがあるの。勿論、相手の方がOKしてくれないとお見合いは組めないんですけど」
レインが大きく息を吐いた。
「クエッテ殿は……すんなり了承するだろうか」
「勿論、クエッテ様のご希望も出来るだけ聞くつもりでいるわ」
レインが首を小さくふる。
「いや……クエッテ殿は……」
「ええ、その話は、直接クエッテ様からうかがうわ」
ニコリと笑うミアに、レインが口を閉じた。
「で、その心当たりとやらは、誰なんだ?」
キャロラインの質問に、ミアは笑ったまま首を振った。
「お見合いの日に教えますわ」
「ミア……一体誰を呼ぶつもりなんだ?」
レインは困ったようにため息をついた。




