13.新しいお見合い案件
「本当に、ありがとう。ミア嬢、レイン殿」
フィリアス伯爵との約束の日、サムフォード男爵家に顔を出したのは、ミカルノだった。
「いえ。私たちも、お二人が無事婚約出来て、嬉しいと思っていますよ」
レインが頷く。
「……そうだね。こんなに理想の相手と巡り合うことが出来るとは……」
うっとりとした表情のミカルノに、ミアは、そういえば、と思い出す。
「あの、ミカルノ様。性癖の件は、アイル様はご存じなのですか?」
「いや」
ミカルノが首を横にふる。やっぱり、とミアとレインは顔を見合わせた。
あの場ではすんなりと成婚することになったわけだが、実際結婚となると、ミカルノの性癖はかなりの障壁になると思うわけだ。結婚した、だがすぐ離婚する、ということにもなれば、ミアの行う結婚相談所そのものにも問題があると思われて仕方のないことだ。
「どうされるおつもりですか?」
ミアは顔を曇らせたが、ミカルノは正反対にニッコリと笑った。
「ご忠告に従って、少しずつソフトに私の性癖については伝えればいいかと」
「……ミカルノ様、それ、できるんですの?」
少なくとも、二人のデートを見守ったミアからすれば、ミカルノの発言は、全く信憑性がなかった。
「結婚には努力が必要だとも、友人からも言われたからね。そんな努力など、大したことはないよ。それよりもアイルを失う方が、怖いからね」
アイルを呼び捨てにしている様子から、ミカルノとアイルの関係は良好に進んでいるんだろう。
それに、ミカルノのきっぱりとした声から考えるに、ミカルノはアイルを失わないための努力をすると決めたらしい。
「そうですか」
ミアとレインはホッと息をついた。
ミカルノの性癖についてだけが、どうしても気になっていた。
「それにね、レイン殿、ミア嬢」
それに続く言葉が想像できずに、ミアとレインは首を傾げた。
「何でしょうか?」
レインが先を促す。
「物言いはきついけれど、アイルはとても純粋だ。むしろ、あのとげとげしい言葉で、自分の身を守り続けていたとも言える。おかげで、変な知識を持っていない」
「はぁ」
ミアもレインも、力強いミカルノの言葉に、相槌を打つくらいしかできなかった。
流石恋は盲目だと、二人の頭に浮かぶ。少なくとも、ミカルノが言うようなことを、ミアもレインも考えたことはなかった。
「だからね」
二人の顔をゆっくりと見たミカルノが、微笑む。
ミアとレインは、次の言葉を促すために頷いた。
「これが普通の夫婦生活だと、教えればいいと思うんだ」
ミカルノの言葉に、ミアとレインが固まる。
「いい考えだと思わないかい?」
ミアが先に我に返る。
「えーっと、ミカルノ様。無理があるのでは? ……殿方は知らないかもしれませんが、女性たちが集まると、そういった話もいたしますわ」
事実だ。男性たちがいないところでの女性たちの会話はあけすけなのだ。だが、ミアの言葉をミカルノは首を振って否定した。
「アイルは、そういったことには、ひどく疎いようだし、誰かにそのことを話すことを恥ずかしいことだと思っている。だから、きっと私がそれが普通だと言えば、普通だと思ってくれるだろう」
ミカルノが自分の発言に深く頷く。だが、ミアは、いえ、と遮った。
「ミカルノ様。アイル様がおっしゃらないとしても、他の女性たちの話を聞いたら、ミカルノ様の行っていることが、普通じゃないと分かるんじゃないでしょうか」
ん、とミカルノが止まる。
「……そうか。アイルが話さなくても、聞く機会はあるのか……。いや、大丈夫だ」
「……どう、大丈夫なんでしょうか」
レインがおそるおそる尋ねる。
「秘め事を話すときには、嘘がある、と言っておけばいい」
自信満々に告げたミカルノに、ミアとレインは、曖昧に頷いておいた。はっきり言ってしまえば、確かに秘め事で、それをミアとレインがどうこう言える立場でもないのだ。ただ、ミカルノの趣味が少々特殊だったし、それをわかった上での人選だったため、つい口を出してしまっただけだ。
「……あまりアイル様を虐めないでくださいね」
ミアに言えるのは、それだけだ。ミカルノが深く頷く。
「勿論だよ。それに、虐めてもらうのは、私の方だからね」
ミアとレインは、それとこれは意味が違う、と思ったが、口にはしなかった。
「とにかく、二人には感謝しているよ。何か困ったことがあれば、是非相談してくれ。力になろう」
その言葉を残し意気揚々と帰って行くミカルノを見送る。
「二人は、このままうまくいくだろうか」
ミカルノの背中を見つめるレインの言葉に、ミアは頷きも首をふりもしなかった。
「それは、二人次第じゃないかしら」
「……そうだな。とりあえず、幸せになって欲しいね」
「そうね」
ミアとレインは大きく頷いた。
「で、次の依頼人は、マーガレット嬢だったかな?」
レインがミアを見る。
「そう。マーガレット様」
「……ミカルノ殿とアイル嬢はたまたま上手くいったけれど、次は……誰と見合いをさせるつもりだ?」
「クエッテ・バイエル様はどうかな、と思っているんだけれど」
ミアの言葉にレインが首をかしげる。
「クエッテ・バイエル……様?」
少なくとも、レインが知っている貴族の中に、バイエルという名の貴族はいない。
「お兄さまは知らないと思うわ。王家の騎士団の若きエースと呼ばれる方よ」
レインがパチパチと瞬きをする。
「……確か、マーガレット嬢は、庶民を馬鹿にするんじゃなかったかな?」
レインがマーガレットがお見合いしたいと言って来たとミアから聞いたとき、そう説明されたはずだった。
「ええ。そうよ」
ミアは表情を変えず頷いた。
「なのに、よりにもよって、庶民と見合いを組むのかい?」
「……あえて、の選択よ」
「あえて……?」
レインが首をかしげる。
「お兄さまだって、貴族だから優れている、とは思っていないでしょう?」
コクリとレインは頷く。
サムフォード家がまだ商会をやっていたころ、庶民との文書でのやり取りをやっていたのは、レインだった。だから、とても優秀な庶民がいることを身をもって知っている。それに、サムフォード家で雇っている使用人たちも、気立てがよく頭がいい者は多い。だから、庶民だからと見下すつもりなど、なかった。
「だが、マーガレット嬢は……」
「だから、あえてのクエッテ様なの。クエッテ様は、自分にも厳しいけれど、人にも厳しい方よ。マーガレット様が根拠もなく庶民を馬鹿にする態度を見せれば、それを厳しく指導してくれると思うの」
「……庶民だって時点で、マーガレット嬢は見合いを受けないんじゃないのか?」
「それは大丈夫よ。私が用意した相手がだれであっても、3回は会ってもらう約束になっているわ。この間の夜会の時に、約束してもらったの」
「……そうか……。でも、クエッテ殿が、我慢ならないんじゃないか? と言うか、騎士団の若きエースと呼ばれるのであれば、いちいち見合いなど組まなくてもいいんじゃないか?」
レインの疑問は、当然の疑問だった。ミアは頷く。
「そうね。さっきも言った通り、クエッテ様は自分にも他人にも厳しい方よ。それと……見た目が怖いらしくて……それでもいいと付き合った方も……厳しさに耐えられなくって長続きしない……という話なの」
「……だとしても……別に無理して結婚しなくてもいいんじゃないか? それこそ、クエッテ殿から断られる可能性も……」
「それが、王家の騎士団は結婚していないと一人前として認められないんですって。だから、役職に就くためには結婚の必要があるのよ。……これは騎士団の副長からお母様に直々に話があったらしいわ」
これは、母親の残したメモにあった情報だった。
「……なるほど、騎士団としても、クエッテ殿を役職につかせたいわけだ。……でも、この見合い自体が、上手くいかない可能性が高いだろう?」
「これは、クエッテ様にとっても、修行よ。あえて庶民を馬鹿にしている相手に、どれだけ上手いこと取りなせるか。クエッテ様だって変わってもらわなきゃ、結婚相手は探せないわ」
ミアの言葉に、レインは頷いた。
「つまり、この見合いは、最初から成婚を目指してないんだな?」
「その通りよ、お兄様。二人ともショック療法を受けてもらって、それから、価値観を変えてもらわなきゃ。そうしなきゃ、きっと二人はいつまでたっても結婚が難しいままよ。もしかしたら、受け入れてくださる方はいるかもしれない。だけど、私の持っている情報では、Win-Winの関係になりそうな二人にピッタリのお相手は、いないのよ。二人には変わってもらわないと」
「最悪、顧客を失うかもしれないけど?」
レインの予想は、ミアも想像したことだ。
「そうかもしれないわ。でも、それで二人がちょっとでも変わってくれたら、それでいいわ」
レインが苦笑する。
「それじゃ、商売にならないだろう?」
「そうね。……でも、折角私たちに結婚の相談をしてくれるんだから、いい方向に持っていきたいって気持ちがあるのよ……たとえ、1回目のお見合いが失敗に終わったとしてもね」
「……そうか。二人が相手を知った時に、どんな反応がくるのか、怖いばかりだけどな」
「レインが怖いと思うものが見れるのか。是非、見たいものだな」
先ほどまでそこに居なかったはずのキャロラインの声がして、二人はぎょっとする。
「キャロライン様。見世物ではないんですよ?」
キャロラインを注意するレインは、もうキャロラインにおびえる様子は見えなくなった。
「まあ、いいだろう。私はどうせ、あそこにいるだけだ。気にするな」
「……キャロライン様。この間の見合いは、つまらなかったんではなかったんですか?」
ミアはキャロラインの言葉を思い出して告げた。
「誰と誰がくっつこうと、どうでもいい。だが、人間の本性を垣間見れるではないか」
キャロラインがニヤリと笑う。少なくとも、見た目はかなげな美女の姿には似つかわしくない笑みだ。
「……キャロライン様。お見合いは見世物ではないんです」
ミアも、キャロラインを注意するしかなかった。
「私はただいるだけだ。邪魔にはならんだろう。カルロがいるのと同じだ。空気と思え」
どう考えても、空気とは言えない異様な存在感を放ちそうだと、ミアとレインは思った。




