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14.成功する気のしない見合い

 サムフォード家の応接間にある小さなソファーセットは、今日ばかりは、本当に小さく見えた。

 体の大きいクエッテが、落ち着かない様子でソファーに座っているからだ。

 クエッテの隣にはレインが座り、クエッテの向かいにはミアが座っている。


「……そちらは?」

 クエッテがいかつい目で、斜め前に座る黒いフードを目深にかぶるキャロラインを見る。

「私は占い師さ。結婚の相談に乗っている」

 キャロラインがカルロを撫でながらノリノリで告げた。ミアもレインも否定はしなかった。


「……そうか」

 案外あっさりと受け入れたクエッテに、ミアとレインはホッとした。

「それで、見合いの前に注意事項がある、とは何だ?」

「クエッテ様の見合いを、良きものにするためのアドバイスですわ」

 ミアが大きく頷いた。クエッテはぎこちなく頷き返す。

「例えば?」


 クエッテの問いかけに、ミアは口を開いた。

「例えば、そうですね。まず、怒らないことでしょうか」

 クエッテの鋭い眼光がミアに向かう。

 ミアはビクッとはしたが、背筋を伸ばしてごまかした。

「怒る? 私は怒りやすい質ではないと自負しているが」

 だが、その冷たい表情は、ミアとレインには怒っているようにしか見えなかった。


「今の表情も、そうなのですか?」

「……そうだが」

 うーん、とミアはレインと顔を見合わせた。やはり、怒っているようにしか見えない。

「……失礼ですが、笑うことはありますか?」

 ミアが尋ねる。レインはハラハラする。

「本当に失礼だな。私だって笑うことはある」


「そうですか。では、笑って下さい」

 ミアは真顔で言った。

「……おかしくもないのに、笑えるか」

 クエッテが首を振った。

「クエッテ様。笑ってください」

 真面目な顔で繰り返すミアに、クエッテがため息をついた。


「これでいいか」

 口元を左右目いっぱいに引いた顔は、確かに口角だけで言えば、笑っているように見えなくもなかった。だが、その目は笑っておらず、口元の形も少々いびつだった。

「それでは、ダメです」

 ミアがきっぱりと告げた。

「これ以上は笑えん」


 同じようにきっぱりと告げたクエッテに、ミアは首を横にふる。

「クエッテ様、ご存知ですか?」

「何だ」

「相手の表情は自分の鏡です」

 クエッテが首をふった。

「クエッテ様がニコリとも笑わないのであれば、相手もニコリともしなくなります」

 クエッテの目が泳いだ。もしかしたら、心当たりのあることがあるのかもしれなかった。


「……私が笑わなければ結婚したくないのであれば、それでいい」

 それでもクエッテの気持ちには訴えるものはなかったらしい。

「クエッテ様は、敵と結婚されるのですか?」

 ミアが告げる。クエッテが呆れた顔をしてミアを見た。

「敵とみなす相手を、自分の懐に入れたりはしない」

「なのに、笑いもしないのですか?」

「だから、私だって笑いはすると言っているだろう」


 ミアは大げさにため息をついてみせた。

「……ですが、付き合った相手の笑顔は消えて行った。それは、クエッテ様の笑顔が少なすぎるということではありませんか? 違いますか?」

「……知らん」

 ふい、と顔を背けた態度が、正解だと告げているようだった。

「クエッテ様。勿論、クエッテ様にそれでも心底惚れている相手であれば、それでいいと言うかもしれません」

「そうだろうな」


「ですが、今のところ、そういう方がいらっしゃらないわけです」

「……不快だな」

 クエッテがミアをぎろりと睨む。レインはひやひやする。そして、キャロラインはニヤリと笑った。当のミアは、平然とした顔をしている。

「ですが、事実です」

「……笑えばいいのだろう?」

 クエッテが大きなため息をついた。


「ええ、笑ってください。ご自宅でも、笑顔の練習をしてくださいね。それと」

「それと?」

 クエッテが怪訝な表情になる。

「相手に求めすぎてはいけません」

「相手に求めすぎてはいけない?」

 クエッテはますます怪訝な表情になる。

「ええ。自分の求めるものを相手が全部持っているとは思ってはいけません」


 真面目な顔で告げるミアに、クエッテが首を横にふった。

「どういうことか、わからん」

「要求ばかりするな、ということだろう」

 キャロラインが告げた。

「要求? そんなもの、私はしない」

 クエッテが首を振る。

「そうでしょうか? クエッテ様。今までお付き合いした相手のことを思い出してください」

 クエッテが胡乱な目でミアを見る。


「関係ないだろう?」

 クエッテは答えるつもりがないらしい。

「ここは結婚相談所だ。私に結婚相手を紹介してくれるだけでいい。こんなレクチャーは不要だ」

 取りつくしまのなさそうなクエッテに、ミアは小さくため息をついた。先が思いやられる。


「わかりました。確かに私たちは結婚相手を紹介するのが仕事です。ですが、紹介するに当たり、約束はあります」

 クエッテが目を細める。

「約束?」

「お相手を紹介しますので、3回、必ず会ってください。1回目はこの屋敷になります。2回目、3回目については、私たちもご同行いたしますが、基本的には、お二人にお任せいたします」

 クエッテが首を横にふる。


「それでは、嫌だと思った相手とも3回会わないといけないと言うことになるのか?」

「ええ」

 ミアとレインが頷いた。

「そんなことも耐えられぬのか」

 ハッ、と馬鹿にした様子のキャロラインをクエッテが睨む。ミアは頭が痛くなっておでこをおさえた。レインはため息をついて遠い目をした。


「私を誰だと思っている」

 クエッテの声は怒っていたが、その怒りは低い声に抑えられていた。ミアとレインは、とりあえずホッとする。

「騎士だとは聞いたがな。そんなに怒りっぽくて騎士が務まるのか?」

 キャロラインの言葉に、ムッとしたクエッテが大きな息を吐く。

「仕事中に感情を乱すことなどない」

「どうだか」


 バカにした様子のキャロラインに、ミアは何を言えばいいかと、考える。

「では、クエッテ殿。仕事だと思って見合いを受けてはどうでしょう?」

 レインが告げた。

「仕事?」

 クエッテが眉を寄せる。あまり芳しい反応ではなかった。

「そうです。仕事です。仕事であれば、感情の起伏は見せないんですよね?」

「ああ」

 レインの問いかけに、クエッテが頷いた。


「とりあえず、仕事だと思って、3回会いましょう」

 レインのナイスパスに、ミアも頷く。

「……なぜ結婚相手を探すのに仕事だと思わなければならないんだ」

 クエッテの疑問は、当然の疑問だった。ミアはニコリと笑う。

「仕事だと思っていただけないと、クエッテ様が途中で帰ってしまわれるのではないかと思えるからです」

 ミアがきっぱりと告げた。レインは焦る。だが、ミアはニコリとしたままクエッテを見つめていた。


「……帰らない」

「そう約束していただけるのであれば、どのように感情を出していただいても構いません。ただし」

「ただし?」

「女性を泣かさないこと。それだけはお約束ください。女性を泣かすなど、騎士の風上にも置けません」

「泣かさぬ。……勝手に相手が泣き出すだけだ」

 ふい、とクエッテが顔を背けた。


「それでも、結果的には泣かしたことになりますので、くれぐれも、お気を付けください」

 黙り込んだクエッテに、キャロラインが視線を向ける。

「本当に騎士の風上にも置けぬ奴だな」

「約束しよう」

 憮然と頷いたクエッテに、ミアは頷いた。

 キャロラインは肩をすくめて、レインだけが天井を仰いだ。


 *


「ミア、あれで、本当に良かったのか?」

 クエッテが見えなくなると、レインはミアに尋ねた。

「あれって?」

「クエッテ殿を脅すように……したことだ」

「脅してなんかいないわ。約束してもらっただけよ。だって、逃げられても、泣かされても、困るもの」

「……こんな風に見合いを組んで……いいのか?」

 レインの目は不安そうだ。


「流石に、私だって無理強いしたいわけじゃないわ。でも、あの二人は、それぞれどこかで自分の価値観を崩す体験をしないといけないと思うの。そのためには、1回だけじゃきっと足りないわ」

 ミアが首を振る。

「そう、かな」


「……私の価値観を押し付けているのかもしれないわ。でも、貴族主義な人同士で組み合わせる気は、私にはないもの。そうすると、一旦は壊すことをチャレンジしてみなきゃ」

「上手くいくかな……」

 レインが首を振る。

「やってみなきゃわからないわ」

 ミアの言葉に、レインは頷いた。


 *


 4日後、サムフォード家の応接間は、不穏な空気に包まれていた。

 マーガレットとクエッテの二人は、向かい合ったまま、ムスっと黙り込んでいる。

 レインはおでこに手を当て、固まったまま。

 キャロラインは、飄々とした様子で、ひたすらカルロを撫でまくっている。

 ミアは顎に手を当てたまま、何かを考え込んでいたが、ポン、と手を打った。


 マーガレットとクエッテの二人が視線をミアに向けた。その二つの視線は、非常に冷たい。レインがすがるような目でミアを見た。

 だが、ミアはにっこりと笑った。

「せっかくなので、お互いのいいと思うところを一つずつ言っていきましょう!」


 マーガレットは信じられないものを見る目でミアを見ていた。

 そして、クエッテは無表情で、首をゆっくりと横にふった。

「ミア嬢、大変申し訳ないが、不可能なものは不可能だ」

 クエッテが断言した。

 ミアの隣に座るマーガレットの手が、ぶるぶると小刻みに震え出す。


 それを目に入れたレインが、遠い目をした。

「私の方こそ、野蛮な庶民のいいところを探し出すなんて困難よ」

 マーガレットとクエッテの二人は明らかに不穏な視線を交わすと、お互いに、ふい、と顔を背けた。

 ミアは、小さくため息をつく。


 クエッテが仕事のせいで遅れてくるまでは、マーガレットは緊張した様子でそわそわしていたものの、普通にそのあたりにいる令嬢だった。

 だが、遅れてやって来たクエッテを見た途端、表情がなくなった。

 そして、言った。

「私が庶民ごときに待たされるなど、ありえないわ」


 当然、遅れて申し訳なさそうな表情を見せていたクエッテの表情も一変した。

「嫌味を言う令嬢を、私は令嬢とは扱えない」

 そして、この部屋のピリピリとした空気は完成した。

 この見合いが成功することはないだろうと、誰もが確信した瞬間だった。

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