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黒パンとひよこ豆のスープに機関銃を添えて  作者: 名瀬口にぼし


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番外編 親友を失った日(旧プロローグ)

「どこにいるのですか⁉ ナハール!」


 幼いシャラーレフは、昨日まで友達として側にいてくれた少女の名を呼びながら、真っ白な雪に覆われた丘を駆けていた。


 冷たく吹きつける風に、粉雪が舞う。


 足は膝まで雪に埋まり、なかなか前に進まなかった。

 よろけてバランスを崩し、手をついて転ぶ。

 茫然と雪原を見つめるが、人影はない。ただ自分の吐いた白い息が、消えてゆくだけである。


 ナハールは、シャラーレフにとって数少ない友達であった。

 身分上はシャラーレフが領主の娘でナハールがその使用人であったが、それでも親友という言葉は彼女のような存在に使うためにあるのだと思えるほどに大切に思っていた。


 だがしかし、彼女は突然失われた。


 ナハールがいなくては、刺繍も編み物も読書も一人である。それらはすべて相手を必要としない遊びであるが、それでも一人では意味を一つ失う。


 くちびるを噛み、シャラーレフは降り積もる雪を手で握りしめた。


(ナハールは『強制移住』させられたのだと、姉上が言っていました)


 年の離れた姉が、シャラーレフに言い聞かせてきた言葉を思い出す。


(戦争に勝ったゲルメズは、負けた私たちの国セフィードから土地や民を奪っていきます。だからナハールも、ゲルメズに連れて行かれてしまいました。弱い国は強い国には逆らえないそうです。姉上だけじゃなくて父上も母上も、それは仕方のないことだと言っていました。でも……)


 シャラーレフはゆっくりと、身体を起こした。


(そんなこと、私は許せません)


 灰色の雲が立ち込める空を見上げてにらむ。

 顔に触れて溶ける粉雪に冷たさを感じた。


 両親や姉が何を言っても、ナハールが消えたことを受け入れることはできなかった。シャラーレフから唯一の存在を奪った世界が憎かった。憎むべき世界に疑問を持つなという親も世間も、嫌いになった。


 空を映すシャラーレフの緑色の瞳に、力がこもる。


 シャラーレフは黙って泣く子供ではなかった。

 普段は隠されているものの、理不尽には行動で立ち向かう気性の激しさをその心に持っていた。


(奪われたなら、奪い返します。弱いから奪われるなら、私がこの国を強くします)


 怒りに使命感、喪失感やその他の激しい感情が、幼いシャラーレフの心に死ぬまで消えない炎を灯しだす。冷たい空気を深く吸うと肺が凍りそうな感覚がしたが、気にならないほどに芯が熱くなっていた。


(そのために、私は何があっても負けません)


 そしてシャラーレフは、その決意の意味を理解しないまま覚悟を決めた。


 風はただ、色彩のない世界の中をうるさく音をたてて吹いていた。

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