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奮戦


 フィスの目前に、鋭い爪による突きが迫って来る。

 彼女はそれを鼻先を掠める程度の最小限の動きで躱すと、すれ違いざまに化物の左太腿を切断する。その一撃により化物の体勢が崩れ、脚がないために身動きが取れなくなる。そして、上背が低くなったことから、フィスの身長であっても容易にその首元にその斬撃が届く。


「シッ!」


 一閃。

 フィスの繰り出した鋭い剣閃が、化物の首を切断した。断面から赤い血液ではなく、黒い霧が蒸気のように噴き出し、その下の身体は力が抜けたかのようにだらりと両腕を下げて動く気配はない。しかし、宙を舞う頭部からは、未だに狂ったかのような断末魔が耳に届く。


「っるさいんだよ!」


 フィスは怒号を放つと、地面へと落ちる前にその頭部へと剣を走らせ、縦に両断。それにより、断末魔は聞こえなくなり、化物が息絶えたことを知る。頭部が両断されたと同時に、その二つに断たれた頭部も、動かなくなった身体も黒い霧と化して霧散する。


 その光景を見つつ、フィスは相対する存在が、まさに自分の常識外の連中であることを再認識する。そして、周囲にて戦う防人たちと、農具を手に持った農民たちへと指示を飛ばす。


「相手は化物だっ! 決して多対一の態勢を崩すなっ! 弱点は頭部だが、まずは体勢を崩してから、確実に息の根を止めろ! 農民たちは無理をするな! 怪我をした者から教会内へ! 防人はそれをサポートするんだ!」


 どこから慣れぬ雰囲気の指示に、防人たちと農民を「おう!」と声を挙げて応える。そして、フィスの言った通りに、一体の化物に対して三人で囲み、優位な状況を保つことに専念している。その甲斐があってか、現状ではそこまで絶望的ではない。


 フィスは一度身を引いて、現在の戦況を確認する。

 逃げてきた防人の報告を聞き、フィスはすぐさま村人を逃がすことを考えたが、化物たちを村を包囲するかのように展開して現れた。そのため逃走する隙も時間も無く、村で一番強固な建物である教会で立て籠もっているのが現状だ。そして、現れた化け物に対し、防人と有志の農民たちで相対している。

 しかし、幸運だったのは、いち早く彼らの接近に気付けたことだ。カルが囮となって防人たちを逃がしていなかったら、その奇襲に多くの村人たちが犠牲になったことだろう。


「……父上」


 フィスはそう考えつつも、自分と同じように村のために囮となったカルを想う。

 彼が無事であることを祈るが、今は教会内にいる村人たちを護ることに専念しなくてはならない。そのためには、防人長の娘としての役割を果たし、彼らに適切な指示を飛ばす判断力と、状況の的確な把握が必要だ。


「ぐおっ!」

「うぐっ!」

「……っ! いい、下がれ!」


 東西南北に広がる戦況の内、東部の一角が崩れそうになる。それを見たフィスは痛む身体に鞭を打ち、剣を両手に持ち疾駆する。そして、目前の化物に対し、身を低くした低姿勢の状態で突撃し、一気に跳ね上がるようにして左下から右上に掛けて袈裟斬りを放った。彼女の不意打ちは、その化物の一角を綺麗に両断し、その異形な存在は断末魔と供に霧散した。


「やはり! 頭部っていうより、角か!」


 スノアが注意を引くために、化物に対し小石を投げたときの情景が脳裏に浮かぶ。たまたま小石のひとつが化物の一角に当たったとき、奴は過剰な反応を見せていた。それ以外にも、頭部への……いや、角への攻撃を嫌がるような節はあった。


 仮説が実証され、弱点が確立されたことで、フィスはにやりと笑う。

 得意げになったわけではない。ただ単純に、憎いこいつらの弱点がわかったことに愉悦を感じたのだ。そうと決まれば、徹底的に苛めてやる。

 スノアを苛めたこいつらを、許してやるものか。


「ルーケスさん。ボクが東を受け持ちます! その間、しばらく全体の指揮をお願いします!」


 フィスの背後にいた年配の男性に、彼女は指揮を譲る。ルーケスと呼ばれた彼は「わかった」と一言応じ、剣で華麗に化物を両断しつつ一歩後ろへと引く。

 本来であれば、防人の副長である彼が指揮をする役目を担う。しかし、一度化物と相対したその経験と、防人長の娘である判断力を信じ、ルーケスはフィスに指揮権を委ねたのだ。それは、責任を逃れようとする引け腰ではなく、生き残るための最善策だとルーケスは確信していた。その証拠に、フィスの指示により防人たちは優位な状況を保ちつつある。自分の役目は、この戦況を維持することだ、と彼は冷静に判断する。


「全員、無理はするな! 戦線を維持しろ! 絶対に化物たちを教会へと近づかせるな!」


 ルーケスの指示を背中で聞きつつ、フィスは一人の剣士となる。そして、それは村人たちを護るという責務から解放され、彼女の本来の実力が発揮される状況でもあった。

 多対一の状況を崩すなと命じていたフィスであるが、自分自身はその命を守ることはない。むしろ、周囲に囲まれている状況に自ら身を投じていた。四方より繰り出される爪、腕、脚、牙。それらをすべて完全に回避することはできない。しかし、爪による一撃が掠りつつも、それと同時に自分を囲む四体の内、三体の首を切断する。


「首が、がら空きなんだよ!」


 攻撃するときこそ、最も隙が多い瞬間だ。

 フィスはそれを狙い、カウンターで三体の化物を屠ったのだ。そして、残る一体も足を切断し、体勢を崩したところで迅速に角を折る。その一連の動きに迷いはなく、フィスは意識を途絶えさせることなく次の獲物へと目線を向けた。


 フィスは、自分から混戦へと身を投じていく。一見して無謀な真似ではあるが、合理的な理由もあった。それは、彼らには群れ特有の連携した動きが見えなかったのだ。各自が獲物を定めて好きなように暴れるだけであり、数の力の恐ろしさは半減されている。それがわかれば、混戦を招くことで彼らの注意を逸らし、少しずつではあるが確実に数は減らしていける。

 この作戦が可能なのは、村随一の剣士であるカルだけだろう。まだカルの領域に及ばないフィスが自分の無茶を可能としたのは、ベッドに伏していた際に何度もあの敗戦のことを考えていたからだ。化物の動き、習性、思考、それらをすべて思い出し、そして自分にとっての最善の動きを考える。寝ていながらも、脳内ではこの化物と何百、何千回も戦いを挑んでいたのだ。故に、その動きは洗練されており、化物を次々と屠ることに成功している。


 しかし、それだけではない。


「っらあっ!」


 フィスは自らを鼓舞する大声を発しつつ、化物の攻撃を回避すると同時に首を断つ。それが絶命したことを確認すると、近くにいた化け物を背後から襲い掛かる。次も、その次も、彼女は休む暇もなく、化物たちを蹂躙していく。


 しかし、まだ足りない。

 足りないのだ。

 彼女の内に宿った感情は、この程度では満足しない。


 嫌悪。

 憎悪。

 憤怒。


 それらの感情が、フィスの感覚を鋭敏化させ、身体能力を飛躍させている。その殺意に満ちた表情と、冷酷ともいえる剣閃は、まるで狂戦士(ベルセルク)だ。ただ、この感情を、空虚な心を満たすだけだめに、命を刈り取っていく。


「はあっ! はあっ! まだ、まだああああ!」


 フィスはそう叫ぶと、また化物たちの群れへと己の身を投じて行く。

 しかし、熱い感情に支配されつつ、脳裏では「危ない」と冷静に判断する自分がいた。

 

 現状では、まだ戦える。まだ、戦線は維持できる。

 まだ剣は振れる。まだ、奴らを屠れる。


 しかし、それはいつまで保てる?


 人間の体力は無尽蔵ではない。それに対し、化物たちは次々と姿を現す。

 明確な終わりが見えない状況での防衛線ほど、心を蝕むものはない。体力が尽き果てる前に心が折れ、そして純然たる数の力によって負けるのは容易に想像できる。


 なにか、きっかけが……! この戦いを終わらせるきっかけがあれば!


 フィスはそんな奇跡を祈りつつ、また一体の化物を屠った。

 すると、そんな彼女の目の前に、一体の化物が躍り出る。


 それは明らかに他とは異なる個体だった。

 まず、身体の大きさが違う。それは周りの化物たちよりも一回りも、二回りも大きく、筋肉量も桁違いであることは見ただけで判断できる。浅黒い肌は、完全な黒へと変わり、白い瞳が爛々と光る。頭部に生える白い角も太く、そして鋭い。しかし、最も異なるのが、その腕の数だ。


「四本……!?」


 通常の腕に加えて、背中の肩甲骨の辺りから二本の剛腕が生えていた。

 一体関節がどのようになっているかなど想像できないが、あれが動かないただの飾りということはあり得ないだろう。少なくとも、腕の数が増えれば手数が増えるということであり、単純な戦闘力は飛躍的に向上する。


「……関係ない。ただ、殺すだけだっ!」


 フィスは鋭い剣閃を走らせ、その四ツ腕に対し袈裟斬りを仕掛ける。

 対する化物は、その剣の軌閃を目で追いつつ、余裕の笑みを見せたのだった。





 村へと続く道を駆け抜ける白い影があった。

 その右肩にはまるで大砲のような筒を担いでいるが、彼のスピードが止まることはない。風吹きの丘から吹き抜ける追い風に背中を押され、その細い身体は疾走する。


 すると、村の喧騒が聞こえてきた。静かな森の中だからこそ、その声はやけに大きく聞こえてくる。雄たけびを挙げる男の声。苦痛が籠った叫び声。得体の知れない存在の咆哮。


「……やはり、か」


 レインはそう呟くと、肩に担ぐ竜の咆炎(ドラゴンブレス)のトリガに指を添える。

 そして、村の入り口へと辿り着いた瞬間に、空に向けて火を噴いた。


 熱とともに、その爆音が村に響く。

 すると、村の中心部へと向かっていた複数の化物たちが、音に反応し、そしてレインの存在に気付いた。彼の細い体躯を視認すると同時に、化物たちは狂ったかのような唸り声を挙げつつ、その凶暴な肉体を武器に突撃する。


「さあ、来い。魔物ども」


 レインは躊躇なく、その引き金を引く。

 瞬間、発射口から炎の弾丸が放たれ、竜の息吹のごとく向かってきた魔物を焼き尽くす。いや、焼き尽くすのではなく、焼き滅ぼすといった方が正しいだろう。火炎弾と真正面からぶつかった異形の生物は、その接触面から一瞬で炭化し、浅黒い肌が黒く燃え崩れたのだ。


 レインの火炎弾の前に、角が弱点だとかそのような事実は些細なことでしかない。自らの兵器で、単純に、魔物の全身を完全に焼き尽くすだけ。その戦法は、愚直といえるまでにシンプル。しかし、それを可能にするのが、彼の竜の咆炎(ドラゴンブレス)の圧倒的な火力なのだ。


 灰となった仲間の姿を見て、周りの魔物たちは一瞬委縮する様子を見せる。しかし、次の瞬間には、唸り声を挙げつつ、再びレインに向かって突進するのだ。周りから一斉に、それぞれが目の前の人間を殺そうと、その剛腕を振るう。


 それに対し、レインは火炎弾を連射する。

 一発の威力は全力に劣るものの、頭部へと的確に直撃すれば容易に首から上は消え去る。それを繰り返し、レインは周囲に集まり始めた魔物たちを葬り去っていく。耳を劈く発射音がけたたましく村に響き渡り、その音に気付いた魔物たちが徐々に集まり始める。


「それでいい……」


 レインの額に汗が見える。

 それが火炎弾による熱が引き起こした身体の反応なのか、それとも今後の戦いの苛烈さを前にした冷や汗なのかはわからない。しかし、表情は変えず、ただただ単純に引き金を引いて近づく魔物たちを撃ち抜くのみ。


「お前たちをあちらには行かせない……ここで、すべて排除する」


 レインは視界に溢れかえる魔物たちの影を見て、静かな闘志を瞳に見せる。

 どうやら、氷のような彼の身体が、ようやく温まってきたようだった。





「この音っ!」


 村の方向へと走るスノアの耳に、レインの兵器の発射音が届く。

 あの日、テントの中で聞こえた音。あんな衝撃的な音を間違えるはずがない。


「レインさん、速い!」


 レインの出発から遅れたものの、スノアは彼が通らなかった獣道、つまりは近道を走って来たのだ。というのに、スノアを先回りして村へと辿り着くとは。あの細い容姿からは想像できない健脚だ。


「私も、急がないとね!」


 あの武器の音が村の方向から聞こえたということは、すでに魔物は村へと侵入し、戦いが始まっている可能性が高い。つまりは、カルが言った通り、現在村では必死の防衛がなされているのだろう。防人たちの強さを知らないスノアにとって、それは絶望的な状況と思われた。しかし、自分が知っているあの聖水の力があれば、その絶望を覆すことが可能になるはずだ。


 スノアが走るルートは、このまま行けば村の東から進入することとなる。そこには村の入り口はなく、村と森の境に柵があるだけで、スノアでも容易に飛び越えることができる。問題があるとすれば、それは魔物たちと遭遇したらスノアに太刀打ちできる術がないということだ。


「でも、やるしかない!」


 スノアの視界の先には、村の柵が見えている。

 彼女は意を決して、それを飛び越えた。着地の瞬間に、右脚に鈍い痛みが襲い掛かるが、それで彼女の意思が折れることはない。そして、再び走り始め、広場の先にある村の教会を目指す。


 育った村に久しぶりに帰ってきたというのに、状況のせいで懐かしさは全く感じられない。感傷に浸るのは、すべてを終わらせた後だ。スノアは慣れ親しんだ村の道を走り、その間にも魔物との遭遇を回避するために目と耳に感覚を集中させる。


 村の入り口からは、レインの武器から発せられる轟音が絶え間なく聞こえる。

 その連射音からして、かなりの大群を相手に戦っていることが伺える。それがわかると、レインも心配となるが、彼を助けるにしてもまずは聖水が必要である。


 レインが魔物たちの注意を集めているせいか、スノアは魔物と遭遇することなく広場へと辿り着いた。第一の目標を達成したことに安堵し、やや身体の力が抜ける。ここまでは問題なく進めていることに、少しの達成感を感じたのだ。しかし、まだ気を緩めては駄目だと気を取り直し、視線を広場の先にある教会に向ければ……。

 

 一転、スノアの表情が絶望に染まる。


「……嘘っ……! そんな……フィス!?」


 そこには、石畳に倒れているフィスの姿があった。

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