76「怖いのは少し……苦手ですわ!!」
誤算でしたわね……まさかお夜食が、ドラゴンの眼差しから提供されているとは思いませんでしたわ。
いえ、お昼に食べたものより柔らかかったですし、味もしっかりしていましたが……でもワタクシは硬いお肉の方が好きですわね。
こう、獣みたいに……ガブッ! って感じに噛み千切るの、ちょっとお下品ですがすんごく美味しいですし、食べていて楽しいんですの!
「……暇、ですわね」
精霊に頼んで部屋を照らして貰っているのですが、どうもやることがなくていけませんわ。
いえ、本来であればもう眠る時間なのですが、折角の旅行ですので、ここでしか出来ないことをやってみたいですわね。
平民達はこういう特別な日の夜は、友人同士で恋バナ……? というものをすると聞いたのですが……駄目ですわね、婚約破棄されていないのがアリアンローズさんしかいませんわ。
……駄目ですわね。思い出したら死にたくなってきますわ。
いいえ、そういえばまだ残っていましたわ! あの、案内してくださったバルカ様私兵! ちょっと無愛想ですが、かなりのイケメンでしたわね!
ですが多分あれでしたら独身の筈! いける! 行けますわよアリス・アリデレス!!
「……いえ、でも平民ですわよね多分」
……冷静に考えてみたら、バルカ様でしたら平民でも平気で私兵にしてしまいそうですわ。基本王族の兵士は貴族の息子やそれに近しい者で固めるそうですが、バルカ様は明らかに実力主義で平民から引き抜きしてそうですわね。例えば、冒険者ギルドとか……。
ああそういえばまだ冒険者ギルドにも行ってませんわね!
ワタクシは精霊に出させた水を一気に飲み干すと、少し気分を落ち着かせる為に散歩へ出ようと、扉に手を掛けますわ。
するとどういう訳か、扉が独りでに動き出しました!
「ひぃっ!?」
そっ、そっそっそういえば粛正がなんとかとか言ってましたわね! そして、この部屋はその元老院さんたちが使っていた部屋と……。
「いっ、いるんですの……? いるんでしたら、素直に出てきなさい! 卑怯者!!」
嘘ですわ本当は出てきて欲しくありませんわ。
そもそも幽霊に攻撃なんて通じませんもの。そんなの空想の世界だけですわ!
「どうしたの?」
「ぴゃいっ!?」
突然かけられた声の方向に、ワタクシは咄嗟に火球魔法をたたき込みます!!
無詠唱だからいつもより小さい火球ですが、十分致命傷を与えられる威力な筈!
ワタクシが恐怖を感じながらも勝利を確信していると、火球は突然真っ二つに切断され、一瞬幽霊の姿を照らしましたわ。
生気の無い窪んだ瞳、病的なくらい細い腕、黒い髪に黒い服……あら?
「もっ、もしかして……アヘン?」
「びっくりした……どうしたの、アリデレスさん」
幽霊の正体が友人と知り、ワタクシは腰が抜けたのか、床に座り込んでしまいますわ。
しかし……暗闇で見ると本当に幽霊ですわね、アヘンは。普段はちょっとダウナー系なかっこいいお姉さんという感じですのに。
「どうしたのはこっちの台詞ですわ! こんな時間になに歩いていますのよ!?」
「……何か、見覚えがあるような気がするんだ。このお城」
見覚え、ですの? どこのお城も内部はこういう感じでは無いのでしょうか?
……まあ、難しいことはよく分かりませんわ!
「よく分かりませんが、淑女がこんな時間に出歩くのは関心しませんわね!」
「それ、アリデレスさんが言う?」
「うぐっ。わっ、ワタクシはちょっとお花を摘みに行こうと思っただけですわ!! 決して! 決して散歩とか行こうとかなんて思っておりませんでしたわよ!!」
「……ふーん」
ううっ、何故かものすっごく疑ってますわアヘン。妙なところで勘が鋭いんですのね……。
ですがここはゴリゴリ押して押して押しきってやりますわ! 勢いに乗ってやればなんとかなる、というのはワタクシの16年から得た教訓ですわ!!
「で、ワタクシの部屋の前で何をしていましたの? それも、そんな物騒なものを持って」
「部屋から出るときはいつも持ち歩いているから、無いと落ち着かない」
寮内でいる時は持ち歩いていないと思うんですが……そういえば、外でどういう格好をしているかなんて、この旅行で初めて知りましたわね。
それに……その剣が無いと確実にアヘン、死んでましたわね。ワタクシこの歳で殺人者になるのは嫌ですわ……。
「ですが、ワタクシの部屋の扉を開けた理由にはなりませんわよね? 答えて貰ってもよろしくて?」
「開けてないよ?」
「とぼけないでくださいまし!! でしたら一体誰が開けたと言うのですか!?」
なに言ってるんだこいつ的な目で見ないで下さいまし! というか、えっマジですの? マジで開けていませんの?
「そういえば、このお城は精霊が少ない」
「へっ? そっ、そういえばそそそそうですわね」
「多分、あれのせい」
アヘンがワタクシの後ろを指差しますが、ワタクシは決して振り向きません。その方向を見たりなんかしません。
別に幽霊が怖いとか、そういうのじゃあありませんわ。ただなんとなく、そうなんとなくですの。
「ねえアヘン、ワタクシも散歩に付き合ってもいいかしら?」
「別に構わない……で、あのおじいさんは」
「さあ行きますわよアヘン!!」