第七話 宴の後
「昨日は大変楽しゅうございましたわ、マーレ。もうこれでわたくしたち、忌憚なく何でも話せる親友ね」
次の日。
私たちは帰りの馬車の中にいた。席は昨日と同じ配置。
昨日深酒したとは信じられない、すっきりした顔でローゼマリーは現れた。ちなみにマーレはアマーリエの通称です。
「私も楽しかったです……でも侯爵家の姫様と親友なんて恐れ多いです……」
蚊の鳴くような声しか出ない。
私の方はひどいありさまだ。泣き腫らした目はパンパン、お肌も10才は年を取ったようにボロボロ。なにより心がズタズタ……
だめ、昨日のことを思い出すと涙が出そう……生徒会長の事は私の中できれいな思い出だったのに、昨日で一転。ゲイにかなわぬ恋をする間抜けな女子高生だったという事実に、痛恨の記憶と化した。
「あらマーレ?親友なんだからローミと呼んでね」
「はい……ローミ」
うわの空で答えた。隣ではゲルダが何度も私をうかがい、ハラハラしている。
それはそうよね、昨日まで優等生だった「お嬢様」が、酒は飲むは泣き叫ぶわ人が変わったようだものね……事実中身は新たな記憶を得てちょっと変わってるんだけど。
でも、他人を気遣う余裕はなかった。もうベッドで布団をかぶってしまいたい、立ち直るまで。
「って、もうっ!何を腑抜けになっていますの。私たちの社交界デビューの日も近いというのに。行動開始よ、マーレ!」
びしっ、と閉じた扇を鼻先に突き付けられた。
ビクッと体が震え、我に返る。
「え、社交界デビュー?私たちのって……」
ローミが初めて公の舞踏会に出席する。それは聞いていたけど……
「わ、私……も?」
「ええ、一緒にデビューしましょ」
「無理です、お断りします」
かぶせるように言う勢いで断った。
すっ、とローミの目が細くなる。だから美形なだけ怖いって。
「いや、よく考えてみてください。侯爵令嬢の社交界デビューのための舞踏会に、なんで男爵家の娘が「私もついでに社交界デビューです」なんて顔を出せますか。下手すれば男爵家は他の貴族からハブられてしまいます」
パッと扇を開き優雅に口元を覆い、ローミは笑んだ。
「あら、心配いらなくてよ。その辺はわたくしが上手くやりますから」
じとー。
私の今の視線を表現するなら、この擬態語になるだろう。信用できない、全く信用できない……
ちょいちょいっ。
ローミが扇を持っていない手で小さく手招きする。不審に思いつつも身を近づけた。
「早速攻略を手伝ってほしいの。四の五の言わずに付き合いなさい。侯爵家の力をもってすれば男爵家など浮かすも沈めるも思いのままなのですよ」
……どこが、侯爵家の権力を笠に着てのわがまま放題を改めるだ。全く変わってないじゃないか。
「……。家族に相談します」
「あら、じゃあ決まったも同然ね。お父様から男爵に話を通してもらうから」
あああああああああ~っ、この我儘娘めっ!
にっこり微笑んでのたまったローミに私は頭を抱え、ゲルダは心配そうに私の肩を抱いたのでした。