第六十九話 ツンデレ
急に立ち上がったローミに、私は声をかけた。
「どうしたの?ローミ」
「わたくし、ちょっとゾフィと話してきますわ。このままでは彼女のためにもよくないもの」
破滅の道を歩もうとしているのに、放っておけない。
その思いはローミの方が強いだろう。彼女もまた、転生していなければその道を歩んでいたのだから。
「じゃあ、私も行くわ。私が話した方がいいこともあるし」
私も立ち上がった。
次いで立ち上がろうとするカイ様を止める。
「カイ様、貴方はここで待っていた方がいいです。多分、お兄様の前では彼女も素直になれないから」
私の言葉に、彼は座りなおした。
不安げに私とローミを見る彼の肩を、クルト様がたたく。
「大丈夫だって。ここは女性にまかせよう」
カイ様はクルトの言葉に頷くと、私たちに言った。
「ゾフィを……頼みます」
ゾフィの部屋は、カイ様の隣だった。
ローミが扉をノックする。
しばらく沈黙が続いたが、小さな声が聞こえた。
「……誰?」
「わたくしよ、ローゼマリー。ゾフィ、入るわよ」
返事を待たず、ローミは扉を開けた。
ゾフィはソファに座り、身をうつぶせにしていた。
ゆっくり体を起こし振り返った彼女は、私を見て表情を硬くする。
「……なんであなたがいるのよ。出て行って、顔も見たくない!」
そう言うと、またソファに身を伏せた。
私はそんな彼女に声をかける。
「分かったわ。
でもこれだけは言わせてもらう。貴女、間違ってるわ。このペンダントは私のものよ、貴女のものじゃない。
では失礼」
私が踵を返して帰ろうとすると、ゾフィが叫んだ。
「何よ、それ!?あんた、そんなこと言うために来たの!?最低ね」
私は振り返って言った。
「最低なのは貴女でしょ。
夜会のホストの娘が、招待客を盗人呼ばわり。来年士官学校に上がろうとする年の女の子がすることじゃないでしょ。カイ様にも侯爵家にも泥を塗ったって事が分からないの?」
私の冷静な言葉に、彼女はぐっと言葉を詰まらせる。
しかし、顔をそむけて言う。
「そんなの……お父様もお母様もお兄様も許してくれる」
「そりゃ、今のところは許すでしょうよ。でも許されなくなった時が、追放や幽閉される時なのよ」
ローゼマリーの言葉に、ゾフィは驚いて彼女を見つめた。
「それに、侯爵家が許しても周りが許さない事だってある。
何をやっても許される、そんな事はないの。それは貴女も私も同じことよ。
行動を慎み、態度を改めなさい。貴女は、自分で自分の首を絞めているのよ」
ゾフィは顔を伏せて肩を震わせている。
私は彼女の側に膝を付くと、手を取って顔を見上げた。
涙にぬれた黒い瞳が、私の行動に驚いて見開かれる。
「カイ様は貴女の事が可愛くて仕方がないのよ。
ちょっと困らせて構ってもらおうって気持ちは女の子なら分かるけど、やり過ぎると可愛くないわ。
ここで素直にカイ様に謝るのが、可愛い妹を印象付ける手だと思うわね。
押したら引く。これが愛されるツンデレの極意でしょ」
ゾフィは眼を瞬いた。
「……ちょっと何言ってるか分からないところはあるけど。
貴女がずる賢いってことは分かったわ」
失礼な。要領がいいと言って。
彼女は立ち上がると、ローゼマリーに言った。
「お兄様に謝りに行きます。……お姉様、一緒に来てくれる……?」
ローミは微笑んで頷いた。
ゾフィは振り返って、私を見た。その頬はちょっと赤い。
「べ、別に貴女もついてきてもいいのよ……?」
早速正しいツンデレができているじゃないの。
私は苦笑して彼女の肩に手を添えると、カイ様の部屋へ向かったのだった。




