第六話 泥酔
「で、あんたなんで死んだわけ?」
すっかり酔っぱらったローゼマリーはあぐらをかいて座っている。なんか言葉づかいも変わってるし。可憐なネグリジェ着ているので、似合わないことこの上ない。ちなみに私が着ているのは、かわいらしいパジャマ。
「あー、派遣切りにあったりしてストレスたまってて……。ちょうどこのゲームの新作が発売されて3日3晩ほどやり続けたら、なんかそっから記憶ない」
ローゼマリーはそれを聞いて考え込んだ。
「何?」
「いや、もしかしたらそれが今回の転生のキーなのかもね」
「どういうこと?」
ワインの入ったグラスを傾けるローゼマリー。ちなみに日本酒はすべて飲み干しました。
「つまり私も似たような状況だったってこと。
私は医者でね。かなりの激務だったんだけど、10年ぶりの新作が出たのを機に同人誌を書いてたのよ」
はー、同人誌とは。これまたコアなファンだったんだなぁ。
「で、コミケに出すために締切に間に合わせようと不眠不休で無理したら、胸が苦しくなって……たぶん心室細動を起こしたのだと思う。気が付いたら生まれ変わっていたのよ」
私は遠い目をしてしみじみと言った。
「……二人とも、親が泣くような死に方してるよねー」
「それを言わないで……罪悪感で泣きそうになるから」
ごもっとも。
しかも二人ともいきなり死んだので、見られちゃ困るもの処分できなかったし。私なんて、たぶんゲームつけっぱなしで死んでるし。不審死で警察とか来て、あれやこれや見られて死因が乙女ゲームのやりすぎと知られて……
やめよう、もう考えるのやめよう。痛すぎる、痛すぎる……
「で、本題よ。
あなたは誰を攻略したいの?」
ローゼマリーが赤くなった顔をずいっと近づけて問う。
頬と目のふちがほんのりと赤くなり、とろんとした眼をしたローゼマリーは女の私でもどきりとするほどの色気がある。
「攻略って、ここはゲームの設定どおりだけど現実世界なんだから。……誰とお付き合いしたいかってことでしょう?そんなの会ってみないとわからないわ」
私が恥らいながら言うと、ローゼマリーはどんっとグラスを置いた。繊細なグラスが壊れるっ、カップ酒じゃないんだから……
「何甘っちょろいこと言ってるのよ!皆の人柄もその背景も甘い口説き文句まで、何もかも知り尽くしてるでしょーがっ。
いいわ、はっきり言うわよ。王子様は私のものだからね!あんたあきらめなさい、でないとゲームよりひどい目に合わせてやるんだからっ」
「いいわよ、王子はあきらめる。あんたに譲るわ」
「……」
間髪入れずに返答したら、じっとりとローゼマリーは私を見た。さらに近づいてきて下から覗き込んでくる。私は身を引きつつ尋ねた。
「な、なによ?」
「なんでそんなこと言えるのよ?
王子様よ、王子様。あのゴットハルト・ライムレヴィン様よ?このライムレヴィ王国の正統なる王位継承者、魔族を退けた勇者の末裔、何よりも高貴で眉目秀麗なあの方をなんでこんなに簡単にあきらめるなんて言えるわけ?信じられないっ」
途中で両肩つかんでゆさゆさゆすってきた。頭が前後に振られて平衡感覚がおかしくなる。酔った頭にそれはやめてー。吐く、吐いちゃうよー。
意外に力強い、細い繊手から無理矢理のがれて敷物の上に倒れこんだ。
あれ?なんか今、きんって金属音しなかった?あー、わかんない。地面が回ってるよー。
「……私に王妃なんて地位は荷が重いわ。前世の記憶を取り戻して、さらにそう思う。堅苦しい立場、強いられる立ち居振る舞い、自由にならない我が身。ストレスたまるわー。
王子様は魅力的だけど、現実考えて無理。せっかく生まれ変わったのだもの、私はもっと自由に生きたい」
何とか身を起こすと、カランから水を注ぎ、一息に飲んだ。あー、水おいしー。飲みすぎちゃった……
「あんたって……」
信じられないものを見る目を向けられた。
「夢がないわねー」
「ほっといて……これは現実なのっ」
ローゼマリーは、するめのゲソ部分をかみかみしてワインを飲んだ。合うのか?
「まあ、それなら安心ね。王子様は私のもの、その他の方はお譲りするわ。わたくし、浮気性ではないし。王子様一筋なの」
十把一絡げ。他の攻略対象押しの人が烈火のごとく怒りそうなことを言う。
「そーんなに王子様がいいわけ?さっき言ったように、窮屈な立場になると思うけど?」
ワインのボトルを手に取り自分のグラスに注ぐ。さっきからもう手酌だ。
私の手からワインボトルを奪い取り、彼女も自分のグラスに注ぎいれる。
「わたくしには王子様しか考えられないわ!ずっとずっとずっと恋してきたの」
うっとりと虚空をみつめ、ローゼマリーは熱い吐息を漏らした。
「高校時代、殿方からモテなかった私は理想の相手、ゴットハルト様からの熱い告白に涙したものよ。セーブして何度も何度も何度も繰り返して聞いたわ。
私、高校2、3年の時生徒会長をしていてね。真面目で通っていたので、乙女ゲームをしているなんて言えるわけなかった。本当は他の女子達と、乙女ゲームで盛り上がりたかったのに。
他の女子たちがカイ様押しとかシュテファン様ラブとかワイワイ騒いでいるのを横目に、私は絶対王子様一押しと心の中で宣言していたの。心変わりしたことはないわ」
目を閉じ、祈るように天を仰ぐローゼマリー。
私はオードブルのチーズに手を伸ばすと、かじりながらワインを飲んだ。うん、赤ワインとチーズって合うわー。
「でも、高校時代モテなかったんだー」
「失礼ねっ。モテたわよ。女子達から「鶴舞中央の王子様」とか呼ばれてたんだからね」
えっ…
「……」
「……」
ローゼマリーはしまったという顔で横を向いているが、そんな事どうでもよかった。
えーと、つまり、えーと……
「……つまり、前世のわたくしは体が男性だったのよ。だから殿方にはモテなかったわけ。
もちろん今は身も心も完璧な女性よ?……ちょっと、いつまでもそんな驚いた顔していないでよ、なんか傷つくわ」
えーと、あのー……
「私も、鶴舞中央……」
「は?」
小さな声で呟くのがやっと。ローゼマリーは眉をしかめて耳を寄せてくる。
「だから、私も鶴舞中央高校……。鶴舞中央の王子様って呼び始めたのも私……」
……
「えーっ!あんた、あのじゃがいもかーっ!」
「うわーんっ!初恋だったのにぃー!」
ローゼマリーは笑い上戸だったらしい。ゲラゲラ笑い始め、私は前世の真実に気づき声を上げて泣き出した。
離れにいた人たちまで全員何事かと駆けつけてきたが、中の惨状を見て首を振り振り扉を閉められた。
朝までその扉は開かれる事はなかった……