第四十九話 結局ローミは怒る
魔族に侵攻の意思なし。
魔王との再会の後、すぐに王都に早馬を走らせた。
朝を待って馬車で私たちも王都へと急ぐ。
「本当にもう……肝が冷えたよ」
クルト様は腕を組み、憮然と窓の外を見ながら言った。
「いえ。手は差し出されたから、取らないと無礼かと思い取っただけで。別に魔族の世界へ行こうなどと思ったわけではありませんよ?」
私は下手な言い訳をする。
危なかった……。『アマーリエ、魔山脈に消える』ルートを選ぶところだった。
私は内心冷や汗ものだ。
なんか、魔王の優しい目を見ていたらついふらふらと。危ない危ない……。
愛想笑いする私を、不審げに見ていたクルト様だが、最後に苦笑する。
「ならいいけれど。
とにかく、魔族に侵攻の意思はないとわかった。しかも魔王のお墨付きだ。これでまたしばらくは安寧が約束されたわけだ」
私は頷いた。
「いつか……魔族も人間も共に暮らせる世界になったらいいですね」
クルト様は目を丸くして私を見た。
「……アマーリエは面白い事を言うね。
そんな事、不可能だ。……でも、そんな魔族も人間も共に平和に暮らせる世界になったなら、これ以上いいことはないと思うね」
彼はそういうと、楽しげに微笑んだ。
「二人とも、よく無事で戻った」
王の御前にて。
クルト様は片膝をつく騎士の礼、私はスカートをつまんで一礼する淑女の礼をした。
主だった貴族たちも王の両脇に控えている。皆表情が明るい。
「特にアマーリエ、魔王から「侵略せず」との言質を取ったこと、誠に天晴である。
褒美を取らせよう。望みのものを言うがいい」
私は驚いて顔を上げた。
褒美なんて……考えてなかったなぁ。
「もとはと言えば私の蒔いた種。それを刈り取っただけの事です。
褒美などいただけません」
私は慎んで辞退した。
王も貴族達も驚いて顔を見合わせている。
「魔族に会うという危険を冒して、褒美を受け取らぬと……?
それはならぬ。国のために尽くした者に正統なる報酬を与えるのは、王の責務である。
望みがないならばこちらで決めよう。
事を公にしたうえで、その功績により男爵を辺境伯にするのはどうであろうか」
私は仰天した。
辺境伯って……伯爵よりも上じゃないか!
慌てて首を横に振る。
「そのような!そのような過分な褒美はいただけません!
お願いです、王様。どうかこの事は公にせず内密にしてください。民に余計な不安を与えます」
騎士の礼を取っていた隣のクルト様が、驚いて顔をこちらへ向ける。
王様はそのひげを震わせた。
「なんと……。そなたは民の事を思うておるのか。
ローゼマリーと言う婚約者がいなければ、王子の妃に望んでいたところだ」
王様が感極まっていうけど、やめて。ローミに殺されるから、やめて!
あ、そうだ。
「王様、エーレンフリート侯爵令嬢ローゼマリー様の謹慎は、どうぞお解き下さい」
ゴメン、ローミ。忘れてたよ。
私は心の中でローゼマリーに謝った。
「あーあ、もったいない。男爵から辺境伯なんて大出世なのに。男爵は小躍りして喜んだんじゃないの?」
御前を辞して控室に戻った私に、肩をすくめてクルト様が言う。
クルト様は騎士の正装をしている。前が短く、後ろがスワローテイルになった白の上着、ぴったりしたパンツに長靴。羽飾りのついた帽子を脇に抱え、とても絵になるお姿だ。
癖の強い茶色の髪をかき上げると、空色の明るい目が私を見ている。
「そんな、辺境伯だなんて……。過分です。お父様も喜ばないでしょう」
私は苦笑して言った。
それは本音だった。お父様は今のままで十分幸せそうだ。
辺境伯なんて賜ったら、王国に対する責任も段違いに重くなる。
お父様が自分で望んでそれを得るのならばいいが、私のせいで重圧が増えるのは嫌だった。
「でも、こうして無事に帰ってきたことで、公爵家の父も母もアマーリエと結婚する事認めてくれるって」
「えっ!?」
公爵夫妻も認めるって……、なんでそんな話になっているのー!?
私は驚きのあまり、目を丸くしたまま硬直する。
それを見て、クルト様は苦笑した。
「……返事は今でなくていいよ。でも前向きに考えてほしいな。
オレは本気だから」
彼は椅子に座る私の前に膝をつくと、そっと私の手を取り口づけた。……魔王の手を取った、その手を。
「ローミ!」
私は王宮からの帰り、侯爵家に寄った。
王命により謹慎が解かれたことを告げる。
「ああ、マーレ。どうだった?『甦りの聖女』ティアナには会えたの?」
ローゼマリーの部屋に入り、ハンナに紅茶を入れてもらった後。彼女が一礼して退出したのを待って、ローミは聞いた。
「ええ、会ったわ」
「ど、どうだった?彼女……やっぱり転生者、なの?」
ローミの問いに私は首を横に振る。
「違うと思う。少なくとも今現在、彼女にその記憶はない」
「確かなんでしょうね?」
彼女は目を細め、私を見た。なによ、疑うのー?
私はむくれて言った。
「彼女は私を見ても、クルト様を見ても何の反応もしなかったし。
別の場所の記憶もないって。
これ以上確かめようがないわよ」
「嘘ついているかもしれないじゃない、かま掛けてみるとかしなかったわけ?
もうっ、頼りないっ。やっぱりわたくしも行けばよかった……」
王命により謹慎を申し渡されてたローミが何を言うのよ。無理に決まっているじゃない。
「そもそも彼女は私たちより一つ年下。士官学校に入って来るとしても、来年なんだから。
その間にがっちり王子様のハートを射止めておけばいいんじゃないの?」
ぷりぷり怒っている彼女に、疲れている私はため息まじりに言った。
ローミのお小言は止まらない……。




