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優奈が感じた視線

 固まったままだった優奈が、自分を取り戻した。


 「な、な、何すんのよ!」


 優奈がそう言って、俺を両手で押しのけた。


 「ちょ、ちょ、ちょっと、そんな事、いきなり女の子にして、いいと思ってんの?

 だいたい翔くんはね」


 優奈が顔を真っ赤にして、まくし立てている。俺は黙って聞いていたが、何を言いたいのか、よく分からない。優奈の頭の中はパニックなのかも知れない。

 俺はそんな優奈をしばらくじっと見つめてから、謝る事にした。


 「俺が悪かった」


 確かに自分が悪かった。そう言った俺の言葉に優奈は喋るのを止め、俺を見つめた。

 俺は照れくさくて、確かに優奈に言っていなかった。大事な言葉を。


 「分かってくれていると思ってたから、今まで言わなかったけど、口に出さなければ伝わらない事もあるんだ」


 俺は優奈にそう言った。そして、今が言う時だ。その大事な言葉を。

 俺はそう思い、大きく息を吸い込んだ。

 優奈は意味が分からないと言う表情で、俺を見つめている。


 「俺はお前が好きだ。以上!」


 俺は優奈を見つめながら、力強く言った。

 こういうのも何だが、ちょっと男らしかったんじゃね?

 と、自分でそう思いながら、優奈が嬉しそうな顔を、あるいはうれし涙を見せる姿、いや「何言ってんのよ。ばか」とか言って照れる姿を俺は想像した。

 しかしだ。優奈の反応は俺の想像のどれでもなかった。

 一瞬驚いたような表情をしたかと思うと、いきなり自分の背後を振り返り、優奈は俺の事なんかいないかのように、グラウンドに目線を向けている。

 無視かよ?

 優奈の態度に、さすがの俺もちょっとムッとした。


 「お前なぁ。何だ、その態度は?」


 俺の言葉に優奈が慌てた表情で、思いっきり自分の顔の前で右手を振りながら、弁解を始めた。


 「ち、違うの。

 グランドから、私たち見られているの」

 「誰に?」


 俺は優奈の嘘に付き合ってられるかよ、と言わんばかりの不機嫌そうな声でそう言って、グランドに視線を向けた。

 

 「ほら。

 あれ?」


 俺にはそんな人は見えなかった。小さな優奈の体が邪魔して見えていないのか?

 そんな訳はないと思ったが、優奈の肩に手をかけて、優奈をどかせて、グラウンドに目をやった。

 外野には緑に輝く芝生があって、そこに人はいない。

 内野も俺たちの試合の跡を物語る多くの足跡と、砂にまみれたベースがあるだけだった。


 「どこにいるんだよ?」

 「それがさっきまでいたんだよ。本当だよ。

 背筋が寒くなって、誰かに見られているって、感じて」

 「誰もいないじゃないか。

 俺に告られたくなくて、そんな事言ってるのか?」

 「う、ううん。そんな事ない」


 優奈が必死で首を横に振っている。長くない優奈の髪も左右に振れ、花のようなシャンプーの香りを振りまいている。


 「ありがとう。私みたいな子にそんな事を言ってくれて」

 「まじなんだろうな?」


 さっきの優奈の態度にまだ納得できていない俺の口調はついついきつくなってしまった。


 「当り前じゃない」


 優奈はそう言って俺に手を差し出した。俺はその手をとって、つないだ。


 「ずっと前から、手をつないでたじゃない。

 好きでもない人に、私が身体を許すとでも思ってたの?」


 優奈が真剣な表情の中に、少し照れ気味で俺に言った。


 「は?手をつなぐ事が身体を許すことなのか?」


 俺は思わず、笑い出した。さっきの事も、もう俺の心の中から消え去った。

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