ファースト・キス
初夏の日差しが俺の体を頭上から、照りつけている。キャッチャーの小沢のサインに頷くと、俺の額の汗がたらりと流れ落ちた。ゆっくりと、そして慎重にグローブの中、ボールをカーブに握り替えた。左足を上げて振りかぶると、上半身を後ろにそらして、反動をつけて一気にボールをキャッチャーミットに投げ込んだ。
バッターがバットを振り始めた。
俺は体を守備の体勢に変えつつ、ボールとバットの動きを注視している。
バットがホームベースに近づく。ボールは弧を描いてバットから逃げるかのように遠ざかって行く。
バッターがバットで空を切って、体勢を崩した。
「ストライク!バッターアウト!」
主審の声が俺の耳に届くと、ホッとした安堵感が湧き上がる。俺が左側に目をやる。小高い土手のように造られた芝生が敷き詰められた観客席。ただの練習試合に観客なんて、ほとんどいない。だが優奈がいる。
見たか、俺の勇姿。
そんな目線を優奈に向けた時、優奈は手にしたスマホを一生懸命見ているじゃないか。
この野郎。俺の事、見てねぇじゃねぇか。
「おい。高橋」
横を向いたままの俺にキャッチャーの小沢が、立ち上がって声をかけてきた。俺は左手のグローブを軽く上げて、小沢からの返球を受けた。
優奈の事が気になったとしても、今は試合である。俺は気を取り直して、目の前のバッターに集中した。なんて言ってみても、優奈の事が気になる。打ち取るたびに、優奈に目をやってみた。やはり、スマホに集中していて、俺の事など気にしていない。
まじかよ。
優奈がほとんど見ぬまま、俺の活躍は終了した。
俺は試合が終わり、制服に着替えると優奈の所に背後から近寄って行った。すでに試合が終わり、観客のために造られた土手のあたりには優奈以外の姿はない。俺が優奈の背後から、ゆっくりと芝生の坂を下りて行く。
優奈は左手に持っているスマホの画面に映る映像に熱中していて、俺が近づいてきたことすら気づいていない。いや、もしかすると、こいつは試合が終わった事すら、気付いていない可能性がある。
「優奈ちゃん!」
俺の声に優奈が、何?って感じの顔つきで振り向いた。
待ってたよ!とか、お疲れぇとか言う気持ちは浮かんでないんじゃね?
「見てよ、これ」
そう言って、優奈は俺にスマホを差し出した。そんな話をしたいんじゃねぇよ。そう思っていても、そんな態度をとれずにスマホに目をやってしまう俺。
「この北村って人、この人もあんな不思議な力を使えるんだって。
それだけじゃないみたいだよ。
別の人が不思議な力で、コンビニを襲ってるんだって」
「はい?」
そう簡単に、ほいほいとそんな危ない奴らが現れてたまるかい!
俺がそんな思いで信用していないのを感じ取った優奈が付け加えた。
「さっき、まじで、この北村って人はその力使ってたんだから」
優奈がその時の話を力説し始めた。
こいつは俺を見ずに、それをずっと見てた訳だ。
そんな胡散臭いテレビを。
俺は少し呆れ顔で言った。
「ずっと、それを見てた訳?
お前、今日ここに何しに来たんだ?」
「は?
ずっとなんか見てないよ。
ここには試合見に来たんじゃない」
よくもぬけぬけと言えたもんだ。確かに最初の内は見ていた気もするが、途中からはずっとスマホを見てたんだろうが。
「試合を見に来てたって言うんなら聞くけど。何対何で、どっちが勝ったんだ?」
「えっ?それは」
優奈はすぐに答えられず、スコアボードに視線を向けて、試合の結果を得ようとした。
「それ見ろ。分かってないんだろう。
お前、試合見ずにずっとスマホ見てただろう」
「そ、それは。ずっとって事は無いけど、まあ、かなりね」
優奈は観念したのか、そう白状して、最後にはえへって表情を付け足した。
「俺を見に来た訳じゃなかったんだ」
「そりゃ、翔くんを見たいと思ったわよ。でも、悪いけど、私、野球には興味ないんだもん。見ていてもつまらないから」
「だったら、何で来たんだよ?」
「だって、ある男の子に今日、映画見に行こうって誘われたから、今日は野球の試合見に行くって、とっさに言っちゃったのよね。だから、嘘付きたくなかったから、来たのよ」
「だったら、私には高橋君がいますからって、断れよ。
お前の俺への想いはその程度かよ」
俺はそう言うと、手にしていた鞄を地面に落とし、いきなり優奈を抱き寄せ、キスをした。突然の出来事に優奈は目を開いたまま固まっていた。
俺は優奈をきつく抱きしめ、唇を重ねたまま離そうとしないでいた。




