力の源?!
湿気が俺の体をむしばむ。もう土曜の朝の9時だと言うのに、照明を消した部屋の中は薄暗く、雨の音が窓ガラスを通して聞こえてくる。俺は着布団を蹴り飛ばし、ベッドの上で寝転んで、ぼんやりと時間を過ごしていた。優奈からのメールが来ず、沈黙したままの俺のスマホも枕元で、眠りこけている。
ため息をつきながら、寝返りを打って、スマホに目をやった時、LEDが明滅し、ベッドのクッションの上でかすかに振動を始めた。
優奈からのメール?
俺は素早くスマホに手を伸ばそうとした。メールなら、すぐにバイブも終了するはずなのに、続いている。着信?優奈からの電話はまずありえない。
ディスプレイに目をやると、若原さんからの着信だった。
俺は気を取り直して、明るい声で電話に出た。優奈との関係がこのまま崩れてしまうのなら、若原さんとできてしまおうと言ういやらしい考えが、俺の心の底で芽生えている。
「はい」
「あっ、翔君。
昨日、塩見中央病院で飛び降り自殺があったの知ってる?
その自殺した人の素性が今噂になってるんだけどさ」
天気が悪くて、部活が無いのなら、デートでもしない?
そんな甘い電話かと思っていたのに、全然関係の無い話を若原さんは一気にしゃべっている。
「その人って、CIAの人だったって言うんだけどさぁ」
CIA。飯田が言ったと言う話が、俺の頭の中に浮き上がってきた。
「ちょ、ちょっと、ごめん。
また、後で電話する」
俺はそう言って、電話を切ると長堀に電話をかけた。
俺の耳の中で、呼び出し音が何度も繰り返されている。
早く、早く。
「おはよう。
今ちょっと、忙しいんだよね」
「もしかして、塩見中央病院での自殺の事で、ですか?」
「どうして、それを」
「どう言う事なんですか?
俺、嫌な予感がするんですけど、そこに力の源があるとか言う事ですか?」
「あの力を得た者達はみな、あの病院を訪れていたの。
そして、CIAに先を越されちゃったけど、そこには君たちのクラスメートの女の子が入院しているのよ。もしも、その子が優奈さんを憎んでいるとしたら、全ての話がつながる可能性があるのよ。
そこのところを確かめに、CIAは人を向かわせたらしいわ」
入院しているクラスメートの女子?一人、心当たりがある。確か事故に遭って入院したと聞いている。どちらかと言うと、大人しめで、仲のいい友達もいなかった。いや、入院することになった事故の前にはよく綾菜と一緒にいた?
俺の頭の中で、全てがつながり始めた。ただ、その力が何なのか、それは全く分からないのだが。
「本当にあの子が?」
「そんな事は知らないわよ。CIAは何か掴んだみたいだけど」
「病院の話は優奈ちゃんのお兄さんも知っているんですか?」
「もちろんよ」
俺はそのまま電話を切ると部屋を飛び出した。インナーウェアのままだが、この季節、それほど問題はない。
復讐。俺の推測では、優奈のお兄ちゃんの目的はそれだ。組織とは関係なく、その目的のために、病院に向かっているかも知れない。
薄暗い階段をどたどたと駆け下りる。1階の廊下にたどり着くと、そのまま玄関を目指す。
「ごはんは?
どこに行く気なの?」
キッチンから母親の声が聞こえた。答えている余裕はない。玄関で靴を履くと、そのまま外に飛び出した。傘も持たない俺の髪を雨のしずくが濡らして行く。頬にも雨粒が流れて行く。
優奈の家の前に立って、玄関のドアの取っ手に手をかける。中から鍵がかかっていて、びくとも動かない。ドア横のインターホンを立て続けに押した。
家の中から、繰り返し鳴る呼び出し音が聞こえてきた。きっと、うるさいと優奈の家の人は思っているに違いない。
「はい、はあーい」
家の中から、優奈のお母さんの声がした。
「どなたですか?」
続いて、インターホンから声がした。
「あっ、僕です。翔です」
「翔君、ちょっと待っててね」
すぐにドアが開いて、優奈のお母さんが出てきた。
「優奈に用事?」
「あ、いえ。お兄さんは?」
「さっき、急用ができたと言って、飛び出して行ったけど」
俺は手にしていたスマホで、優奈のお兄さんに電話をかけようとした。画面に表示されているロック画面。鍵マークの部分をタッチして、指をスライドさせればロックが解除されるはず。なのに、全く反応しない。
何度やっても、変化が無い。タッチパネルが動いていないのか?
ひたすらスマホを触っている俺に、優奈のお母さんが怪訝な表情でたずねてきた。
「どうしたの、翔君」
「お兄さんに電話したいんだけど、スマホが動かなくて」
「入って、家の電話でしたら?」
「ありがとうございます」
優奈の家の玄関に入って靴を脱ぎ捨てると、細い廊下をどたどたと走って、リビングに向かった。入ったところには、対面型キッチンがあって、その少し先にダイニングテーブル。一番奥に置かれているテレビにはアニメが映し出されていて、その手前のソファで優奈が座って、それを見ていた。慌ただしくやってくる俺に視線を向け、「何があったの?」と言う表情をしている。
この家の電話は対面キッチンのカウンター部分に置かれている。俺はその受話器を手に取ったところで、手が止まった。
優奈のお兄ちゃんの電話番号は、スマホは覚えていても、俺の脳はおぼえてなんかいない。
「優奈ちゃん。お兄ちゃんの電話番号は?」
「あん?ちょっと、待ってね」
優奈が自分のスマホを操作し始めた。
「いい?080-」
俺は優奈が読み上げる電話番号に合わせて、電話のダイヤルボタンを押していった。
俺の耳に電子的に造られた呼び出し音が鳴り続けている。気付いていないのか、出やしない。
「こんな時に、何やってるんだよ」
俺の苛立ち気味の声に、優奈のお母さんが少し驚いた顔で俺を見た。どう弁解しようかと思っていた矢先、優奈からも声がかかった。
「どうしたのよ?そんな焦って」
「すぐにお兄ちゃんに連絡取りたいんだ。
もし、塩見中央病院に向かっているんなら、止めないと」
「どこにいるか、見てあげようか?」
優奈はそう言って、スマホを触り始めた。




