スパイの秘密基地?
その日も、若原さんはグラウンドを囲むフェンスのところで、俺を見ていた。優奈は野球に興味が無いとか言って、俺の勇姿を見てはいなかったが、若原さんは見てくれている。そう思うと、はりきってしまうじゃねぇか。やっぱ、俺って、お調子者?
そして、部活を終えて、制服に着替えて部室を出る俺を、今日も待ってくれている。
並んで歩く。話す事は他愛もない話。そんな時、またも、俺のスマホが震えた。俺が若原さんに悪いと思いながらも、ポケットからスマホを取り出して、ディスプレイを見た。やはり、優奈からのメール。またか。そう思ったが、タイトルに目を向けた瞬間、俺の目は見開き、その場で立ち止まってしまった。
「明日、帰るからね」
優奈が帰ってくる。優奈のお兄ちゃんは俺に言っていた。飯田たちをこの街から遠く離れた場所におびき出し、あの力が使えるかどうかを試すのだと。そして、それが終われば、優奈を家に帰すと言っていた。
飯田たちがおびき出された場所。それはこの街から遠く離れた富士山の麓。俺はその結果が知りたい。俺はスマホをポケットにしまい、視線を前に向けた。
若原さんが、不思議そうな顔で立ち止まっている俺の事を見ている。
「ごめん。
ちょっと、急用ができた」
俺はそう言って、若原さんの横を走り抜け、校門を出た。俺は走りながら、再びスマホを取り出すと、長堀さんに電話をかけた。
「はい。
何?
どうしたの?」
長堀さんの声は少し早口だ。気分も焦っていたところに、長堀さんの口調につられて、俺も早口でまくしたてるように言った。
「あの作戦、決行したんでしょ?
結果はどうなったんですか?」
「ちょっと待ちなさい」
長堀さんはそう言って、言葉を止めた。俺はそれで、少し冷静になった。今、長堀さんがどこにいるのか、俺は知らない。鍵山の横かもしれないし、本部の中かも知れなかった。そんな場所で、俺の質問に答えられる訳がない。
長堀さんが話しはじめるまで、俺はスマホを耳に当てたまま早歩きで、駅を目指した。
「情報が早いわね。
想像通りだったみたいで、こっちはちょっとした騒ぎになっているわ」
長堀さんが声を押えながら言った。やっぱ、力が使えなかったんだ。
「あの子のお兄ちゃんに聞けば、もっと詳しく教えてもらえるかもね。
今日は警察の仕事はお休みして、家で本職をしているはずよ」
「ありがとう」
俺はスマホを切って、足を速めた。
目指すのは優奈の家。
あの人は苦手だが、ここのところの付き合いでかなり慣れてきた。それに、あの人と関わるハードルの高さ以上に、俺はこの作戦の結果を詳しく聞きたかった。
「あら、翔君。
どうしたの?
あ、優奈ね。でも、残念。気が早すぎたわね。
優奈が帰って来るのは明日よ」
優奈のお母さんが、玄関のドアを開けながら、俺に言った。すでに外は暗く、玄関の明かりが優奈のお母さんを背後から照らし出していて、その表情をはっきりとは読み取れないが、少し嬉しそうな気がする。娘が帰ってくる事がうれしいんだろう。
「いえ。違うんですけど、優奈ちゃん、戻って来て大丈夫なんですか?」
「もう、あんな力を持つ者もいないし、警察がこのあたりの警備をしてくれるから、安心していいんですって」
俺はそれは警察かどこかの組織が作った嘘だと感じた。あの力の謎を暴くための策の一つにすぎないはずだ。それに優奈は完全に巻き込まれている。いや、利用されている。俺は優奈のお兄ちゃんに言いたい。「あんたは自分の妹を囮にしてまで、あの力を手に入れたいのか!」と。
「そうなんですか。
今日は優奈ちゃんのお兄さんにちょっとお話があるんですけど」
「あら。珍しいのね」
優奈のお母さんはそう言って、俺を家の中にあげてくれた。玄関の隅には優奈のいつもの靴がちょこんと揃えて置かれている。ど真ん中に置いてある大きな靴は優奈のお兄ちゃんのものだろう。俺はその靴から離れて、優奈の靴に少し近い位置に靴を脱いだ。
優奈のお母さんが廊下に面したすぐの部屋のドアをノックした。この前、優奈がいた部屋だ。あそこはあのお兄ちゃんの部屋だったらしい。
「はい」
「翔君があんたに話したいことがあるって、来てるけど」
優奈のお母さんの声に、ドアが開き優奈のお兄ちゃんが顔をのぞかせた。
「何だ?」
「今日の事で、ちょっと」
俺はしっかりと視線を合わせながら、少し頭を下げて、意味深な視線と声音で言った。
「分かった」
そう言って、ドアを開けたまま、優奈のお兄ちゃんは姿を消した。入れ。そう言う事だと受け取った、優奈のお母さんがリビングに向かって歩き始めた。俺はその後を追って、ドアの所まで行くと、その部屋の中に入った。
あの日と同じ、シングルサイズのベッドが一つ置かれた部屋だ。あの時には気付かなかったが、この部屋にはもう一つドアがあった。今、そのドアが開いている。この部屋に優奈のお兄ちゃんがいないと言う事は、そのドアの向こうにある部屋にいる。そう言う事だと思った俺がそのドアに近づく。
「すみません」
そう言いながら、頭をかがめ、低姿勢で近づきながら、部屋の中をのぞいた。そこは驚く空間だった。広さは3畳あるかどうかの狭い空間。部屋に窓は無く、天井からの蛍光灯が部屋の中を照らし出している。
部屋の奥に置かれた机。その上にはモニターと何なのか分からない装置がずらりと並んでいた。左右の壁にも棚が設けられていて、見た事もない装置とファイルに書籍が並んでいる。
どこかの国のスパイの秘密基地?
そんなイメージが頭の中に浮かんだ。




