猿芝居
「どう言うつもり?」
「あ、あ、すみませんでした」
俺が慌てて立ち上がりながら謝った。
「あなたには言っていない」
鍵山はそう言って、飯田に近づいてきた。
「どうして、勝手な真似するのよ」
「だって、高橋君が知りたいって言うから。
僕は麻代さんの事好きだけど、高橋君の事も何と言うのか、大事って言うか」
俺はこいつが初対面の時に言った「愛おしい」と言う言葉を思い出した。よくは分からないが、俺はこいつに好意を抱かれているらしい。
理由はなんだ?
優奈が憎い理由とも関係があるのか?
そんな事を考えて、立ったままでいる内に部屋には豊島も入って来ていた。
「尊師、こちらに戻って来る途中にも、例の件の返事の督促がありました」
「例の件?」
「富士の裾野にある土地を教団本部用に寄付するって話に決まっているでしょ」
鍵山が相変わらずのきつい口調で言った。どうして、こいつはこの飯田にこんなに偉そうなんだ?そして、どうして飯田はこんな偉そうな態度の奴に従順に従っているんだ?
性格か。だな。飯田は大人しめの抜けた男だ。だから、きつい鍵山にいいように扱われている。俺はそう思い、一人で頷いていた。
「尊師を慕う信者の数は膨れ上がる一方です。
最早、この本部では収容しきれません。それに、力に見合った威厳のある本部が必要ではないでしょうか?
そう考えますと、私はまたと無いいい話だと思うのですが」
豊島が言う。飯田に視線を向けると、煮え切らない表情で首をかしげている。こいつの頭の中はどうなっているんだろうか?まじで、思考しているのか?
俺がそんな思いで視線を向けていると、飯田の視線が俺に向いてきた。
「高橋君はどう思う?」
「お、お、俺ですか」
俺に話を振って来るなんて、全く予定通りの反応じゃねぇか。心を読んだんじゃねぇよな?
俺はちょっと怯え気味に返事をした。俺も首を傾げ、考え事をしているようなふりをして、飯田を見つめながら言った。
「富士山の裾野に本部って、すごいじゃないですか!
何か御利益あり気な場所に、飯田さんの力。すっげー、最高です」
俺は予め長堀に言われていたセリフを感情を込めながら言った。豊島は俺が長堀に近いと思っていたはずだ。それだけに自分を利する発言に、少し驚きの表情で俺を見ている。
「本当にそう思うの?」
少し首をかしげながら、飯田が言った。その言葉に内心、俺はぎくっとした。ここで心を読まれたら、俺の人生、ここで終わるかも知れないじゃねぇか。かと言って、「嘘でぇーす」とか、「言ってみただけぇ」とか、それ以上に「こう言えって、言われてたんだよねぇ」なんて、言える訳ねぇじゃんか。
俺は言葉に出すと、声が震えそうだったので、黙って頷いてみせた。
「だったら、いいんじゃないかな」
飯田はきっぱり言い切った。その時、長堀の声がした。
「待ってください」
飯田も鍵山も、みなが声がした方向に振り向いた。開け放されたドアを通って、長堀がつかつかとこちらに小走り気味にやって来ていた。
「何のつもりですか」
豊島がきつい目線を長堀に向けながら言った。長堀はちらりと豊島に視線を向けた後、すぐに飯田に視線を向けた。
「確かに、霊場富士は魅力かも知れません。ですが、それは早急すぎませんか?」
「もう決まった事なんですが」
豊島が勝ち誇った顔で、長堀に言った。
「しかし、尊師。
この場を離れるのを嫌がっておられたじゃないですか」
その話は初耳だ。飯田はここから離れたくないのか?
この場所を離れるとあの力を使えない?
「いいんだよ。
別にいつもそこにいる訳じゃないし」
「そうですよ。この田舎町に教団本部があるより、富士の裾野に巨大な本部がある方が、この教団の力にふさわしいじゃないですか」
「しかし」
「尊師のご決断ですよ」
長堀の言葉は豊島の言葉で一蹴された。
その日、富士の裾野にある私有地を教団本部のために寄付したいと、豊島を介して申し出ていた男の要望を受け入れる事が決定された。
優奈のお兄ちゃんたちの組織が企てた策謀の一つが始動した。




