小さく震える優奈
しばらくすると、優奈のお兄ちゃんのところに、警察の人がやって来た。私服でスーツ姿。刑事。そんな感じだ。
「動機も目的も岩下と同じだ。
北村はお前の妹が、殺したいくらい憎いらしい」
「予想はしていましたが、その理由は一体?」
優奈のお兄ちゃんは固い表情で、そう言った。俺も予想はしていたが、優奈のお兄ちゃんと同じく、理由が分からない。
「どうして、岡本さんが憎まれなければならないんですか?」
俺は一歩前に乗り出して、やって来た刑事さんにたずねた。
「彼らはその理由は答えていない。ただ、憎いとしか言っていない」
刑事さんは顎に右手をあて、しぶそうな目つきでそう言った。
「その理由に、この事件の謎を解くカギがあると思うんだが。
いや、もしかすると、あの力の謎に近づくカギがあるかも」
それはあの力を持つ者が優奈に憎しみを抱くと言う事を意味しているのか?
そこに共通項があって、そこに隠された何かが分かれば、力の秘密に迫れると言う事か?
俺の思考がそこにたどり着いた時、顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。
飯田は、飯田は大丈夫なんですか?
あの力を持った者たちが、岡本さんを憎むとしたら、飯田はどうなんですか?」
「全ては誰かに操られている」
優奈のお兄ちゃんはそう言い終えると走り始めた。きっと、近くに来ていると言われている飯田を目指したんだろう。俺は優奈のお兄ちゃんが残した言葉に、その犯人こそ飯田なんじゃないかと思った。
つまり、綾菜を殺した犯人である飯田が今度はなぜだか優奈を殺そうとしている。ただ、綾菜の時と違うのは、自分は表に出ず。
それは何のために?
俺がそんな思考の迷路にはまり始めた時、刑事さんが優奈のお兄ちゃんの後を追い始めた。
「おい、待て」
俺まで追って行っても何の意味も無い。俺は二人が離れると、迷わず優奈の家のインターホンを押した。
「どなたですか?」
この状況である。警戒と共に、警察関係者と言う事も考えられるので、優奈の家の中から、お母さんの声がした。
「僕です。
高橋です」
「翔君」
そう言って、優奈のお母さんがドアを開けてくれた。狭い玄関の先には廊下が続き、その奥にこの家のリビング・ダイニングが見えている。お母さんは俺の横に立って、開けたばかりの玄関のカギをかけようとしている。
「今日は二回も助けてもらって、ありがとうね」
お母さんが俺の手を取って、そう言った。きつく握るその手に、本気さを感じた。どうせなら、優奈の方がいいのだが。
「いえ。当然のことをしたまでです」
そう言った時、廊下に面した部屋のドアが開き、巨大な猫の着ぐるみが飛び出してきた。
「翔くん」
「優奈ちゃん!」
俺は靴を脱いで、そのまま上り込んでしまった。俺が両手を広げると、優奈は俺の胸に飛び込んできた。それもパジャマ姿の。猫の着ぐるみだけど。
俺がぎゅっと、抱きしめる。
「怖かったよぅ」
そんな優奈の頭を撫でながら、俺は何度も頷く。
「えーっと。
娘を助けてくれたのは感謝してるんだけどねぇ」
優奈のお母さんの声に、俺は親の前だと言う現実に引き戻された。慌てて、優奈の両肩に手をかけて、一歩俺が引き下がる。
「は、はは。すみません」
狭い廊下の中、優奈のお母さんがそう言っている俺たちの横を通って、リビング・ダイニングに向かい始めた。俺がどうしたものかと、戸惑っていると優奈がさっき飛び出してきた部屋のドアを開けた。
優奈に続くようにその部屋の中に入って行く。そこにはシングルサイズのベッドが一つ置かれた部屋だった。天井からの蛍光灯が白い光で満たす空間に、ベッド横のナイトテーブルの上に置かれた白熱球の照明がオレンジ色の光を放っていた。
優奈がベッドに腰掛ける。俺もその横に腰掛けた。
「怖かったよぅ。
なんで、ずっとそばにいてくれなかったのよ!」
「いや、だって、ほらさ。
優奈ちゃんのお兄ちゃんいるし」
「そんなの関係ないじゃない」
俺は優奈の肩に手を置いて、抱き寄せた。やっぱり怖かったんだろう。体が小さく震えているのが、伝わってくる。
「ごめん」
震えている優奈に俺はそれしか言えなかった。
「あの時」
優奈がぽつりと言った。あの時とはどの時の事なのか?そう思っていると、優奈が話を続けた。
「帰って来た時、あの男に襲われて、両手を押さえつけられた時、変なものを感じたの」
「変なもの?」
「信じてくれる?」
優奈の言葉に俺は頷き、真剣な顔つきで優奈を見つめた。




