あいつは異能者だった?!
パトカーのサイレンが近づいてきた。俺の下の男は再び体を激しく揺さぶって、俺の下から逃れようとし始めた。
「悪あがきするな」
俺が一喝する。
「うるさい。
死ね!」
普通、殺してやるだろ。なんで「死ね」なんだ。もっとも、この状態で、俺を殺せる訳なんかない。
「くそっ。
何で、効かないんだ。
死ね、死ね、死ね」
はっきり言って、俺に向けられた死の言葉。そんなもの、効果など無いと分かっていても、いい気はしない。俺はついつい男の髪を持って、男の顔を一度引き揚げた後、思いっきり玄関の床にぶつけた。
「うるせぇ」
そんな時だった。玄関のドアを開けようとする人の気配を感じた。
「警察だ」
中から鍵がかかっていて、ドアを開けられないでいる。優奈が慌ててやって来て、男と俺の横をそろりそろりと壁に沿って移動し、玄関に近づいて行った。
優奈がカギを開けると、警官たちが一斉に優奈の家の中になだれ込んできた。
俺と警官たちの目があった。
「そいつか、この家の女の子を襲ったのは」
「そうです」
警官たちが男を取り囲み、手を押さえつけた。俺は男の上から離れた。警官たちが男を抱え上げた。その時も相変わらず、男は言っていた。
「死ね、死ね、死ね」
そんな男に、警官たちは不審げな視線を向けた。その次の瞬間、警官たちの顔が引きつったのを俺は見た。
「こ、こ、こいつは」
一人の警官が指を差した。それに応えるかのように、もう一人の警官が頷きながら言った。
「ああ。間違いない。
あの力でコンビニを連続して襲っていた犯人」
「はいぃ?」
俺は目が点になった。優奈がそんな事件の事を言っていた。その犯人がこいつだったんだ。だから、こいつは「死ね」とか言っていたんだ。こいつは俺にそう言って、あの力で殺そうとしてたんだろう。
マジにそんな力があったら、俺って危なかったんじゃね?
いや、どう言う事だ?
しかし、その力は効かなかった。やっぱ、そんな力は無かったのか?
俺には分からん。
そう思っていた時、別のパトカーのサイレンが聞こえてきた。ブレーキ音と共に、パトカーのドアが開く音がした。そして、慌ただしく駆け寄ってくる足音。
「優奈」
俺はその声で、ちょっとげんなりした。優奈のお兄ちゃんである。優奈の家の玄関のドアが開くと、俺の予想通り、優奈のお兄ちゃんが姿を現した。優奈はお兄ちゃんを見るなり、走り寄った。
「お兄ちゃん」
そんな優奈を抱きしめて、頭をなでなでする優奈のお兄ちゃん。
優奈、俺の胸に飛び込んできてくれよ!
なでなでだって、何だってしてやるのに。
俺がそう思って、優奈を見ていると、優奈のお兄ちゃんと目があってしまった。
「なんで、お前がここにいる」
「優奈ちゃん、いや、岡本さんが助けを呼んだので」
優奈のお兄ちゃんの表情は厳しいままだったが、状況を飲み込んでくれたようで、軽く二、三度頷いて俺に言った。
「そうか。
とりあえず、礼を言う」
「いえ」
ついつい俺はへこへこしてしまった。
それから、警官たちは男をパトカーに連れて行くと共に、優奈の家の中で、優奈と俺に事情を聞き始めた。
優奈の話では、男は優奈が家のドアを開けて、家の中に入ろうとしたところを後ろから襲ってきたと言う事だった。
そして、やはり「死ね」と言ったらしかった。それでも何も起きなかったため、狼狽しながら、優奈を力で襲ったらしかった。が、廊下に倒れ込んだ優奈に欲情して、別の意味で襲おうとしていたところに、俺がかけつけたと言う事だった。
とにかくだ。優奈はすこし怪我はしたが、他には大きな問題はなくて、何よりだ。
優奈のお兄ちゃんは家の残り、他の警官たちは男を連行するため、パトカーで優奈の家を離れて行った。俺は優奈とお兄ちゃんの間に入り込む隙間を見つけられず、優奈の家を離れて自分の家に戻って行った。
しかし、事はすんなりと運ばなかったようだった。あの男はやっぱり異能者だった。
その後の出来事を、俺は夜のテレビで知った。
パトカーで連行される途中、あの男はパトカーの中の警官たちをあの力で、殺して逃走したらしかった。警察と言うか政府はその男を処分するため、あの飯田を使った。街中で公開処刑と言う形で、男の首を飛ばし、この事件を終わらせた。




