第三十五章 満月と聖女①
✼••┈┈┈┈2026/10/01 投稿予定でしたが9/30に配信します┈┈┈┈••✼
【前回までのあらすじ】
乙女ゲームに似た異世界のサンクロニアに転生した川野星流。皇女アンジェとして目覚めたが、破滅ルートから逃れられず、さらわれた山賊一味から助けられたものの、悪役王子のフェルゼンのいるラント国の王宮へとつれていかれる。滞在して二週間。フェルゼンの求愛と黒狼ルゥの執着に戸惑う日々を送っていたが、彼女のチートスキルのピアニストの手による演奏で、周囲の冷ややかな視線は段々と好意的になっていく。一方、アンジェ(川野)の養父であり、アンジェの生存を望まないダンテス・クレイモン伯爵は、彼女の居所を突き止め、刺客を放ち、そうとは知らぬアンジェはフェルゼンと訪れた収穫祭で刺客に襲われてしまう……
アンジェ(川野)は、体に猛烈な痛みを感じた。
腕を見ると、黒い針が深く刺さっている。
「これは……」
針に触れようとした瞬間、意識が急速に遠のいていった。
黒狼の唸り声も、フェルゼンが「アンジェ!」と叫ぶ声も、遠く、小さくなっていく。
次にアンジェ(川野)が目を開けた時、彼女はどこかの教会の中にいた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
高い窓にはめ込まれたステンドグラスから、月の光が差し込んでいる。
祭壇の前には、純白の光をまとい、黒い衣をすっぽりとかぶった一人の女性が佇んでいた。
フードの奥から見える顔を見て、アンジェ(川野)は息を呑んだ。
そこにあったのは、転生する前の自分、川野星流の顔だった。
「目覚めましたね、アンジェ。いいえ、異世界の魂、川野星流」
女性の声が響いた瞬間、教会の背景が一変した。
荘厳な祭壇も、ステンドグラスも消え、代わりに東京の高層ビル群が現れる。
列をなす車のヘッドライト、明るい夜の街。忙しそうに道を行き交う人々が、聖女とアンジェ(川野)の横を次々と通り過ぎていく。
「あなたは……誰なのですか」
アンジェ(川野)が問いかけると、黒衣の女性は静かに答えた。
「私は聖女エトワール・リヴィエール」
「聖女……エトワール・リヴィエール?」
「あなたの名にある『川』と『星』。リヴィエールは川、エトワールは星を意味します。この世界に転生する者は、川と星の名を持つ者。サンクロニアの収穫祭の前に異世界で命を落とした、川と星の名を持つ者こそが転生するにふさわしい。それが、川野星流。あなたでした」
アンジェ(川野)は言葉を失った。
聖女エトワール・リヴィエールは、穏やかな表情のまま続ける。
「あなたは、このサンクロニアの世界における聖女の器となるために選ばれました。あなたの持つ汚れなき魂の波動こそが、この世界を救済し、人々を導いていくのです」
「私が……聖女の器……? ここは、乙女ゲームの世界だと思っていたのに……」
けれど、聖女エトワール・リヴィエールは、静かな声で告げた。
「乙女ゲーム……ですか? 「世界」 それは一つではありません。無限にあるのです。あなたの住んでいた世界も、あなたにとってはただ一つの世界。サンクロニアもまた、その世界の一つ。いつの世も、世界をまたぎ、魂だけが別の世界へやって来て、やがて元の世界へ戻ることがあります。あなたの言う、乙女ゲームという世界を、あなたに見せた人間は、魂だけが偶然サンクロニアへやって来て、この世界で過ごし、再び、あなたの世界へ戻ったのでしょう」
「まさか、サンクロニアが、本当に存在していたなんて」
「川野星流。いいえ、アンジェ。あなたはこの運命から逃れることはできません。それがあなたの使命です。サンクロニアの世界のため、これから教会に一生を捧げ、命尽きるまでこの世界を守りなさい」
聖女エトワール・リヴィエールは穏やかな顔をしていた。
けれど、その言葉は優しい導きではなく、命令そのものだった。
アンジェ(川野)は思わず首を振った。
「できません。私は、サンクロニアの世界のためだけに一生を捧げるなんて。私には、愛する人がいます。せっかくこの世界に転生して、これから人生が始まると思っていたのに……私は、愛する人と一緒に、この世界で生きていきたいんです」
「あなたが愛している者は、本当にあなたを愛し、あなたと共に人生を歩むと本気で思っているのですか? 」
「はい」
アンジェ(川野)の脳裏に、フェルゼンのプロポーズの言葉が蘇った。
彼と交わした言葉。
彼の真剣な瞳。
そして、お揃いの指輪。
アンジェ(川野)の左手には、その指輪が今も静かに輝いていた、それは彼の本気の現れ以外の何物でもない。
「私は、自分の人生を諦めたくありません。この世界での人生を、誰かに決められた運命だけで終わらせたくないんです。私が聖女になって、誰が幸せになるというのですか」
ふっと、聖女エトワール・リヴィエールの口元に笑みが浮かんだ。
「聖女はサンクロニアの母であり、万物の母。あなたが聖女になれば、この世界で病に苦しむ人々は減り、平穏な未来が訪れるでしょう。そして、呪いをかけられた黒い狼たちも、元の姿へと戻ることができるのです」
「魔女の呪いも……解けるというのですか」
「聖女は、この世界で苦しむすべての人々を癒やす力を持つのです」
その瞬間、東京の街並みは消え、アンジェ(川野)の目の前には、ヴァレー国の教会の広場とベンチが現れた。
ベンチには黒髪でマントを着た男と銀色の髪の少女、過去のアンジェ(川野)が話し込んでいる。
「……まあ、皇女アンジェ様としては、寛大な心でルーク王子を許してあげますよ。ねっ、黒狼に変身するルーク王子様」
「……えっ?……俺……変身とか、王子とか、まだって言ってないよね……なんで知ってるの? いつわかった?」
夜空にオレンジ色の大きな花火が上がり、少し遅れてドーンという打ち上げ音が響いた。
その様子を見て、アンジェ(川野)は、霞がかった記憶を、ハッと思い出した。
満月の夜、黒狼から人間に変身したルーク王子との会話。
そして、その翌朝、旅立った直後に山賊に襲われたこと。
失われていた記憶のピースがすべて蘇ってきた。
再び、ヴァレー国の広場が消え、先程の教会へと戻っていた。
アンジェ(川野)は聖女の目を真っすぐに見つめた。
「聖女様、あなたにお願いがあります。私が聖女になることを受け入れる代わりに、私の条件を呑んで頂けないでしょうか」
「あなたの条件……もしや、結婚したいのですか?」
「はい。私はこの世界の人々にとって都合のいい犠牲になるために転生したわけではありません。聖女であっても、一人の女性として愛を誓い合う相手と共に生きていきたい。今度こそ、幸せになりたいのです」
聖女エトワール・リヴィエールは、呆れたよう呟いた。
「世界の理を書き換えようというのですか。……まったく、あなたという人は……たくましい女性ですね」
聖女は、ふっと口元に穏やかそうな笑みを浮かべた。
「わかりました。あなたの、そのワガママを認めましょう。聖女アンジェとして、新しい時代を拓き(ひらき)なさい。その前に、あなたの身体を巡る黒い毒を消し去りましょう」
聖女の指先がアンジェ(川野)の額に触れた。
その瞬間、奔流のような黄金の光が彼女の全身を覆った。
「アンジェ。あなたが目覚めるのは満月を迎える日の朝です。目覚めた、その日。満月が光り輝く時間に、あなたは聖女となるでしょう。あなたの新しい人生の一歩が、これから開かれるのです。さあ、お戻りなさい、サンクロニアの聖女アンジェ……」
----ラント国 アンジェ(川野)がラント国へやって来て30日目----
アンジェ(川野)が王宮の部屋で目を開けた瞬間、明るい朝の光が窓から差し込んでいた。
テラスにいた黒狼ギルバートが何かを察知したように、彼女に向かい、クーンと小さく鳴いた。
アンジェ(川野)はゆっくりと起き上がると、ふらつく足でテラスの前へ進んだ。
耳を後ろへ下げた黒い狼が、戸の向こうでこちらを見つめている。
彼女は、その右前脚に光る銀の腕輪を見つめ、テラスの戸を開けた。
黒狼ギルバートは激しく尻尾を振り、彼女の元へ飛びつこうとした。
その時だった。
「あなたは……誰?」
アンジェ(川野)は、ぽつりと呟いた。
黒狼ギルバートは動きを止め、アンジェ(川野)の顔をじっと見つめた。
「ルゥは……本物のルゥはどこ?」
黒狼ギルバートは目を閉じ、そっと顔を背けた。
その仕草を見た瞬間、アンジェ(川野)の胸に、確信に近いものが落ちてきた。
「思い出したの。ルゥは、あなたより一回り体が小さかった。それに、腕輪は銀じゃない。ルゥの腕輪は、金の腕輪だったわ」
黒狼ギルバートは何も答えない。けれど、その沈黙が答えだった。
「あなたも、魔女の呪いを受けたのね」
アンジェ(川野)は震える声で言った。
「今夜、私は聖女になるわ……そう、聖女から告げられたの。私が聖女になったら、その時に、あなたの呪いも解いてあげる。だからお願い。ルゥの居場所を教えてちょうだい」
閉じていた黒狼ギルバートの目が、ゆっくりと開き、彼は静かにこくりと頷いた。
アンジェ(川野)は、これまでこの黒狼をルゥだと思っていた時間に、わずかな悔しさを覚えた。
けれど同時に黒狼ルゥだと思って接してきた自分に寄り添い、守ってくれていたのもまた、この黒狼ルゥだった。
そう思うと、この獣だけを責めることはできなかった。
(目覚めたことを、フェルゼンにも知らせなくては……)
その時、侍女が部屋へ入ってきた。
「アンジェ様、お目覚めですか」
侍女は目を潤ませながら、ほっと息をついた。
「十日間もお眠りになっていたのですよ。皆さま、とりわけフェルゼン様は、毎日何度もお部屋へいらして……どれほど心配されたことか……」
「ええ。これからフェルゼン様のところへ行きます」
「お待ちください、アンジェ様。しばしお待ちを。ただいま、グレイシア王妃様とお話をされています」
「大丈夫よ。挨拶だけだから。グレイシア王妃様にもご挨拶をしたいから」
アンジェ(川野)はすでに着替えを終えていた。
フェルゼンの執務室の前に着くと、彼女は扉をノックした。フェルゼン付きの侍女が扉を開ける。
「しばらくお待ちください」
そう告げられた直後、扉の奥からフェルゼンが身を乗り出して、彼の声が響いた。
「アンジェ!」
執務室の中には、グレイシア王妃と、見慣れない若い女性がいた。
振り返ったその女性は、明らかに妊娠していた。
椅子から立ち上がろうとしたフェルゼンにグレイシア王妃が冷ややかに告げる。
「座りなさい、フェルゼン。まだ話の最中ですよ」
「しかし、母上。アンジェが目覚めたのです」
「だから何だと言うのです。他国の女性よりも、ラントの未来を考えなさい」
グレイシア王妃はアンジェ(川野)の方へ視線を向けた。
「アンジェ、無事に目が覚めて何よりです。こちらはフェルゼンの妃となるエミリーです」
アンジェ(川野)は息を呑んだ。
振り返った金髪の少女はアンジェ(川野)より二、三歳年上に見えた。
「えっ? 妃……?」
「今、妊娠六か月です。お腹が大きくなって初めてフェルゼンと関係していたことを打ち明けたそうです」
「母上、待ってください。いきなりエミリーを妃と決めつけるのは早計です」
「今さら何を言うのですか、フェルゼン。男性なら責任を取るのが筋でしょう。それにエミリーはシャローネ伯爵の次女。家格も王家に嫁ぐには相応です」
「ですが、母上。エミリーとは一時の……いえ、一夜だけ共にしただけです。愛してはいません。純潔かどうかなんて知らなかった。男に誘われたのを承知で、彼女は俺に身体を預けたんだ。それに、本当に俺の子どもかどうか、わからないではないですか。いきなり妊娠した、責任を取れと言われても迷惑だ」
その言葉に、エミリーは大粒の涙をこぼした。
「ひどい……そんな……私はフェルゼン様に憧れていたのに。だから純潔を捧げたのに……私に愛しているって言った言葉はウソだったんですか……他の男性と関わったことなんてないのに……ひどいわ」
彼女は両手で顔を覆い、その場に泣き崩れた。
今回、10月と11月の二回に分けようと思いましたが、アンジェ(川野)に試練が待ち受ける話のため、
長めですが、一話として掲載することにしました。
次回は11/1に投稿させて頂きますので、よろしくお願いいたしますm(*_ _)m
この小説のテーマ曲「My Destiny」 by JILL
https://youtu.be/wz0PNOiByuM
【日本語歌詞】
私は自分の運命を知ってるの
この世界、私にハッピーエンドはやって来ない
私が選ぶのは厳しい道
そこで運命の人と結ばれるための試練が待ち受ける
それが私の正解のはず
なぜって私はアンハッピーを回避したいんだから
それなのに、私はいつから、あなたに恋したのかしら
あなたを愛する相手に選んではいけない
そう決めていたのに
運命の人を愛するって決めていたのに
私を見つめる、あなたの青い瞳
私に告げる、あなたのアイラブユーの言葉
私を抱きしめてくれる、あなたの腕の中
私は自分の運命を知っているわ
だから、あなたを愛していても
決して、あなたを選んではいけないの
それなのに私は・・・
あなたを愛さずにはいられない




