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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十一章「葛藤」
82/102

千曲 栄

 

「ただいまー」

「お帰りー! まっくん、今日は肉じゃが作ったよー」


 桂と(形式的に)付き合い始めて数日、商店街がクリスマスムードで盛り上がっている時期だ。僕にとっては思い出したくないシーズンだが、今年は桂が居る事で少しは不安が解消される……と良いのだが。


「肉じゃがって男の人が好きな料理の第一位なんでしょ?」

「あ……それはマスコミやネットが作った浮説だよ」

「えっ!? じゃあ嫌いだった?」

「いや、僕は嫌いじゃないけど……」


 マスコミから隠れるため僕のアパートから一歩も出ない桂は、退屈しのぎに料理のレパートリーを増やしていた。僕から気に入られるためにやっている様にも見える……まぁそこまで心配しなくても桂の事を気に入らなくなる事は無いのだが。


「いただきまーす」


 それよりも、僕には心配になっている事がある……それは桂の「今後」だ。


 桂こと相模絵美菜が所属するカントリバースは、事務所の廃業により現在活動休止中……次の所属先が決まるまでメンバー全員マスコミから姿を消している。これを機に桂は、僕との交際を優先するためカンリバを卒業……芸能界引退も考えているみたいだ。だが……


 かつてカントリバースには荒川夢乃というリーダーで絶対的センターが存在していた。だが彼女が脱退して以降、センターは曲によって残されたメンバーに割り振られた……当然ながら相模絵美菜(びーなす)がセンターを務める曲もある。

 しかも彼女はファン(推し)の数も、メンバーの中で一~二位を争うほどだ。本人の意思が最優先とはいえ、安易に卒業や引退などと口に出せる立場では無い事位わかっているだろう。


 桂がアイドルを辞めたいと言っている理由……それは僕が原因らしい。


 桂は僕と本当の「恋人」になりたいと考えている。だが僕にはかつて「渋谷小春さん」という元恋人が居て、強姦され殺されるという最悪の別れ方をした……渋谷さんを僕の心から完全に消去することは不可能だ。

 その事は同じ性被害を受けた桂も理解している筈。形は違えど「心の殺人」を受けた彼女だからこそ、忌まわしい記憶が心から消えない事を知っている。だから桂も「小春さんの分まで受け入れる」と言ったのだろう……本当なら元カノの記憶なんか完全に忘れ去って欲しいと願っているに違いない。

 こんな僕だから桂も不安なのだろう。だが僕としては、桂にアイドルを続けて欲しいというのが本音だ。それはさっき言ったファンの事もある……が実はもうひとつ、僕は相模絵美菜にアイドルとして輝き続けて欲しい「理由」があるのだ。


 これは……まだ今の状態では言えないな。いざという時のために「切り札」として取って置こう。



 ※※※※※※※



「どう、美味しい?」

「あ、あぁ! 美味しいよ」


 本当は微妙だが……でも桂が一生懸命作った料理に文句を言える立場では無い。桂が作った肉じゃがをおかずに夕飯を食べていると、


 〝ピンポーン〟


 玄関チャイムが鳴った。誰だろうこんな時間に……僕がインターホンのモニター画面を見ると、そこには見慣れない女性が立っていた。


「えっ……誰?」


 もし相模絵美菜を追っているマスコミだったら大変だ! 姿が見つかるだけでも大騒動なのに、同棲していることまで発覚したら日本中がパニックになる。不安のあまり心臓の鼓動が急加速していると、画面を覗き込んだ桂が


「あっ……私の知り合い……だよ! だっ大丈夫! 私が出るから」


 バツが悪そうな顔をして桂は玄関に向かって行った。ところが、


 〝パシッ!〟


「痛っ!」


 桂が玄関ドアを開けるや否や、入ってきた三十代位の女性は唐突に桂の頭を素手で叩いたのだ!

 えっ!? 誰なんだコイツ……その後もその女性は桂の頭を何度も叩いたが、桂は抵抗することなく叩かれ続けていた。だが流石に目の前で起こった暴力行為を見過ごす訳にはいかない。僕はすぐにその女性と桂の間に割り入った。


「ちょっと! 何してるんですかアナタ! いきなり暴力を……」

「あー心配すんな! 商売道具の顔は傷つけねーから」

「そういう問題じゃないです! っていうかアナタは誰なんですか!?」


 すると頭を押さえた桂が


「あー大丈夫! この人、マネージャーだから」


 ――えっ!?


「マネ……ジャー?」

「そっ! カンリバの()()()()()()()()()千曲(ちくま)さん……略してチクマネよ」

「略すなビナ!」

「……チクマネも略してるじゃーん!」



 ※※※※※※※



「どうぞ」

「あぁ、どーも」


 僕は桂に暴力を振った女性を招き入れ、料理を片付けた食卓に座らせると桂がお茶を入れてきた。桂の顔を見た瞬間殴り掛かった目付きの悪い女性はマネージャーだったのか……暴漢かと思った。

 渡された名刺には「千曲 (さかえ)」という名前、そして聞いた事が無い会社名と「社長」という肩書があった……あれ? マネージャーではないのか?


 桂の話では……カントリバースにはかつて十人以上のマネージャーが存在していて、この千曲という人はその全てのマネージャーを統括するチーフマネージャーを務めていたそうだ。

 ちなみにカンリバとは、彼女たちのデビュー当時から関わっている所謂「親代わり」みたいな存在だという事。業界内ではとてもやり手で有名らしく、彼女たちの出演するCMは全てこの人が契約を取り付けたそうだ。


「おいビナ! てめぇ、必ず連絡入れる約束だったじゃねーか」

「えー! だってぇ、彼氏と同棲してるの邪魔されたくなかったんだもーん」


 そうか、桂は誰にも内緒でここに来たって事か……ってマネージャーに恋愛がバレたらまずいでしょ!?


「で……オメーはビナの彼氏なのか?」


 うわぁ、これは絶体絶命! ここは素直に謝るしかないな。


「すすすっ、すみません! お宅の大事なタレントさんに手を……」

「いや、別に付き合うのは勝手だけどさ……避妊さえしてもらえれば」


 えっ? 予想外過ぎる反応だ。


「えっ、でもアイドルは恋愛禁止……」

「ばーか、そんなのは童貞キモオタどもの幻想と独占欲だ」


 うわっ、ファンに対して辛辣だなぁ。


「むしろコイツらは恋愛した方がキレイになれるから歓迎するわ! グリだって松木と同棲してんじゃん」


 ――えっ……グリ?


 この人はメンバーを本来のニックネームよりさらに短く呼ぶみたいだ。相模絵美菜は「びーなす」ではなく「ビナ」と呼んでいる。だとしたら「グリ」は「ぐりんちゃん」……えっ、僕の「推し」渡良瀬碧には彼氏が居るの!?


「あー! (えい)ちゃんそれ言わないでー!」

「え、何でだよ?」

「だってまっくんが……」


 やっぱりそうか!? 桂は僕が「ぐりん推し」なのを知ってて敢えて内緒にしてたのか……マジかよ!?

 どうやら相手の男はマネージャーのひとりらしい。今回の騒動で渡良瀬碧は、その松木というマネージャーの家に身を寄せているそうだ。


「おい! テメーそんな中途半端な気持ちでビナと付き合ってんのか? 殺すぞ」

「そっ、それには色々と理由が……」


 この凶暴なチーフマネージャーに僕がしどろもどろになっていると桂が、


「でもさぁ栄ちゃん、よくここの場所わかったね」

「中川に聞いたんだよ」


 中川? まさか……


「あの、それって週刊ルードの……」

「おーよく知ってんじゃん!」


 何て事だ! この人はかつて僕たちを追い詰めたゴシップ誌「週刊ルード」の中川と知り合いだったのか!? そういえば中川は、このアパートで僕と桂が会っている事を知っている……納得がいった。


「まぁアイツはカンリバを嗅ぎまわっている邪魔な存在だけどな、逆にそれを利用して今回のスクープを調べさせたんだよ」


 えっ、どういう事だ? すると千曲というマネージャーは桂の目を見つめてこう言った。



「ビナ! やっと準備が整った……今すぐ私の所へ来い!」


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