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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十章「崩壊」
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ダブルベッド

 

「うわぁ、ダブルベッドがあるじゃん」


 ダイニングに寝袋を使って寝ようとしていた桂……いくら前の彼女・渋谷小春さんとの思い出を残したいとはいえ、流石にそれは気の毒だと思った僕は桂を寝室へ案内した。

 扉を開け四畳半の広さがある部屋の奥にダブルベッドが置かれている。正直この部屋のスペースには不釣り合いな家具だ。隣には渋谷さんが使っていたドレッサーもある。タンスなどを置くスペースは無いが、幸いにも部屋の広さに含まれないクローゼットがあるので彼女の服(と少しだけ僕の服)はここに収まっている。ただし、ドレッサーのせいでクローゼットの扉は全開に出来ない。


「えっ、ベッド(これ)使っていいの? 隣の床で寝ようか?」


 桂はダブルベッドが置かれているとは想定していなかったらしく、困惑した顔をしていた。ボクの元カノである渋谷さんとの思い出を壊さない様に……と、桂なりに気を遣っているみたいだ。


「床で寝たら(ダイニングと)一緒じゃん」

「でも他の女のニオイ染み付いちゃったら嫌じゃない?」

「ニオイって……もう二年以上僕が独りで使ってるから気にする必要無いよ」


 そう、確かにこのベッドは渋谷さんも使っていた……だが現在(いま)となっては彼女が使っていた時間よりも、僕が独りで使っている時間の方が遥かに上回っている。


 渋谷さんと同棲を始めた頃、この部屋は寝るときだけ布団を二組敷いて利用していた。だが時が経つにつれ、寝るときだけ布団を敷く……という作業が段々面倒くさく感じる様になってきた。しかも布団を二組も敷くと意外とスペースが取られてしまう。そこである日……渋谷さんから「ベッドにしようよ」と提案され、家具の量販店で収納付きのダブルベッドを購入した。



 ……渋谷さんが亡くなる、およそ二ヵ月前の話だ。



 それ以来、このベッドで僕は毎日寝起きをしている。もうこんな生活が二年以上続いている……桂の言う「ニオイ」なんて残っている訳が無い。こうして……彼女と過ごした日々よりも居なくなってからの日々が長くなってくると、色々な事が記憶から消えていくのだろうか? 僕はこのベッドで寝ていると、時々その様な不安に苛まれてしまう。なのでこのベッドは嫌いだ……だが処分する事は出来ない。


 桂にはその事を包み隠さず話した。何故なら「亡くなった前の彼女と使っていた思い出のベッド」、流石の桂もこれはハードルが高かったらしく、何時までもベッドに入るのを遠慮していたからだ。


「でも……(ここでセックス)したよね?」


 桂はボソッと直球の質問をして来た。そりゃ……したよ、同棲していた恋人同士だったし。でもいくら相手がセフレとはいえ、桂のこの質問に対して正直に答えるのはデリカシーに欠ける。僕は聞こえなかった振りをして答えなかった。


「気にしないで! 寒い中、床で寝かせたら逆に渋谷さんから怒られそうだ」


 とはいえ渋谷さんの手前……桂をベッドに入れ一緒に寝る事までは出来るが、このベッドで桂とセックスする事だけは絶対に出来ない。


「じゃあ遠慮なく……お邪魔しまーす!」


 僕が先に寝ているベッドへ桂が入って来た。もう何度も体を重ねた仲だが、この日の僕は桂に背中を向けた……「ここで君とは出来ない」という意思表示だ。もちろん桂もその辺の事情は理解している事だろう。


 それにしても……桂は変わった女性だ。


 前の彼女が使っていた物、前の彼女との思い出の品なんて……他の女性からしてみれば邪魔な物、真っ先に排除すべき物であろう。確か昔のヒット曲にも、元カノからもらった目覚まし時計を大事にしていたら今カノがブチ切れた……みたいな歌詞があった筈だ。

 なのに桂は……前の彼女である渋谷さんが使っていた物や彼女との思い出の品に対し、排除するどころか遠慮したり「いいセンスしてるよね」と褒め称えたりしている。何なら会った事の無い渋谷さんに対しリスペクトしている様にも見える……何故? 渋谷さんが故人だから?

 まぁそもそも僕と桂は恋人ではなくセフレ……最近は普通に友人関係となっているが、その様な関係だと前の彼女の私物など興味無いって事なのだろうか?


「ううっ、やっぱ暖房切ると寒いねぇ」


 寝る前にエアコンの電源をオフにした。電気代も馬鹿にならないので、夜の冷えは布団の暖かさだけで凌いでいる。なので床に寝袋なんて言語道断! 実はベッドにした理由の一つに、床から冷たさを感じた……というのもある。


「だろ? この状態で床に寝られる?」

「ホントそれ! ねぇまっくん、もっと寄って……いい?」


 桂が遠慮がちに聞いてきた……断る事は出来ないだろう。桂は僕の背中に密着してきた。久々に感じた桂の温もり……だがそれはラブホで感じたそれとは明らかに違っていた。

 僕はこの部屋へ他の女性を連れて来る事に対し、渋谷さんを悲しませる行為だという罪悪感を勝手に想像していた。だがこうして同じベッドで桂の温もりを感じた時、本当は次のステップに進めない恐怖心を渋谷さんのせいにしている……つまり自分自身の背徳感だと気付いた。

 そう、僕には恐怖心があるのだ。恐怖心と言えば……以前ラブホに泊まった時、桂がうなされていたのを思い出した。桂は中学生の時に受けた性暴力がトラウマになり、その体験が歪みに歪んでセックス依存症になってしまったらしいが……。


 ――!?


 今も背中で震え出して……もしかしてまた、うなされている?


「……んっ、あっ……ううんっ……」


 あれ? 様子が変だぞ! 桂は僕の背中で押し殺した様な声を上げていた。いやちょっと待て! この声って……

 まさかこの人、僕のすぐ隣で自慰行為(オナニー)している!? だがこの状況では声を掛け辛い……僕はしばらく無視を決め込んだ。


「んんっ……あっ!」


 すると突然、背中にビクッと痙攣した様な振動が伝わったかと思うとすぐ静かになった……終わっ(イッ)たな。僕は余韻に浸っているであろう桂に声を掛けた。


「……したの?」

「あっゴメン! これ日課だから」

「日課?」

「うん、毎日イッてからじゃないとぐっすり眠れないのよねー」


 さっきまでニオイを気にしていたのはどこのどいつだ? とんでもねぇ性欲モンスターだな。同居生活……大丈夫かなぁ?

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