同棲? いえ同居です。
翌日……バイトからの帰り道、僕は得も言われぬ高揚感で家路を急いでいた。
マスコミから雲隠れしたカントリバースのメンバー……それぞれが色んな場所で過ごす中、相模絵美菜こと鮎川桂は僕の住むアパートに転がり込んで来たのだ。
一般人の僕がマスコミに追われるというリスクを発生させ、しかも亡くなった元恋人との「思い出の場所」にずけずけと上がり込んできた桂……本来ならすぐにでも追い出した方が懸命なのだが、何故か僕は桂が家で待っている事に迷惑どころかむしろワクワクした気分になっていた。
それは国民的アイドルが家に居るという優越感? セフレが家に居るという充実感? はたまたマスコミから隠れる緊張感……からの高揚感? いや、そのどれとも違う。
以前も同じ様な気分になっていた記憶がある。それは約三~四年前、渋谷小春さんと同棲していた時だ。教師の仕事を終え帰宅した渋谷さん、そして夜間のバイトを終え遅れて帰宅する僕……家に彼女が居ると考えただけで、スキップして帰りたい気分だった。
これはきっと……安心感なのだろう。僕は渋谷さんがいなくなった後、ずっと独り暮らしを経験していた。ひとり暮らしは自由で楽しいって言う人もいるが、僕にとってこの時間は決して楽しいものではなかった。深夜に帰って部屋の明かりを点ける時、ついテレビ番組に話し掛けてしまった時、コンビニ弁当やカップ麺の空容器で満杯になったゴミ袋を見た時そして……ダブルベッドを広く感じた時、僕は不安に苛まれていた。
渋谷さんは恋人、桂はセフレで友人……という違いはある。なのでこれは同棲ではなく同居だ。でも信頼の置ける人物が家に居るのはとても安心するし、尚且つ高揚感を覚えるのだ。
そういえば……桂が急にやって来たので食料が何も無い。家から一歩も出られない国民的アイドルに買い置きのカップ麺など、もはや侮辱に近い行為だ。東京ドームで知り合った神田君をはじめ、相模絵美菜ファンが知ったら滅茶苦茶怒られそうだ……ま、同居している時点でアウトなのだが。
僕は近くのスーパーに寄って数日先の分までの食材を大量買いした。出来るだけ僕に迷惑を掛けたくない……と、桂は予め現金を準備して僕に「食費」を渡していたのだ。
※※※※※※※
「た……ただいまぁ」
調子に乗って大量買いしたのでスーパーの買い物袋は予想以上に重く、しかも両手が塞がってしまった。床に買い物袋を置きたくなかった僕は、渾身の力を振り絞りインターホンを鳴らした。
アパートなので所謂ご近所付き合いというものはほぼ無い。この時間に僕の部屋の明かりが点いた所で、誰も気に留めないだろう……そもそも渋谷さんが殺されたニュースが流れた時だって、アパートの住人はいつもと変わらず無反応だった。
ただ宅配便などの訪問者は、顔を見られるのでとても厄介な存在だ。僕は予め桂に「居留守」する様伝えておいた。なのでそれが裏目……桂はインターホンに出てくれるのだろうか?
『あ、まっくんお帰りー! すぐ開けるからね』
カメラ付きで良かった。桂は両手に大きなレジ袋を抱えた僕の姿を確認すると、すぐに玄関ドアを開けてくれた。
「ごめんね、食べる物何も無かったでしょ? 色々買って来たから何か作るよ」
買い置きのカップ麺しかない部屋に軟禁状態……さぞかし桂はひもじい思いをしたであろう。僕は買って来た食材で何か料理でも作ろうと準備を始めると、
「あっ大丈夫! ご飯ならそこにあるよ」
と言って桂が指差した先に、高級そうな弁当の箱が置いてあった。
「えっ、どうしたのそれ?」
間違いなくこの部屋に存在していなかった物体を認識した僕は、思わず桂に尋ねてしまった。
「どうしたのって……宅配便だよ」
「いや駄目でしょ!? 顔バレしちゃうよ」
何て事を! 相模絵美菜の存在がバレたらすぐにマスコミが殺到するだろう。そうなると僕自身もここに居られなくなってしまう!
「大丈夫よ! 今は『置き配』っていうのがあるから」
「置き配?」
「応対無しで玄関先に置いてくれるの! 顔を合わせなくていいから一人暮らしの女の人とかには便利なシステムよ」
えっ……確かに便利そうだけど、それはそれで色々と問題がありそうだな。とりあえず桂は僕以外の人間とは接触していないようだ。
「で、この弁当って……」
「あぁこれ? 前にロケ弁で食べてからハマってるのよ! こうやって宅配も出来るから、一度まっくんにも食べさせたいなぁって思ってて……」
よく見るとゴミ箱には別の形をした容器が……そうか! 昼食はこれを食べていたんだな。まぁある意味、心配事がひとつ解決したが……。
「早く食べよ! 賞味期限短いから」
「えっ、あっそうだね……いただきます」
「いただきまーす」
この部屋で「いただきます」何て言葉を発したの……久し振りだな。
……あ、美味しい! 芸能人って良い物食ってるなぁ。
※※※※※※※
「あっはは! やっぱこの二人の漫才面白いわぁ」
食事の後、桂と僕はテレビのバラエティー番組を楽しんでいた。
「あっ、でもね! こっちの……そう右側の奴、実はね……」
だが桂は芸能人……正直聞きたくもない裏情報まで教えてくれる。ちなみにワイドショーが連日カントリバースの話題ばかりで正直ウンザリした桂は、日中ずっとテレビを見ていなかったそうだ。
「ねぇまっくん、お風呂借りるね」
「あぁ、バスタオルとか自由に使っていいよ」
もうこんな時間か……桂と一緒に居たら時間があっという間に過ぎてしまう。
「まっくん、覗かないでね……えっち」
「もう何度もアナタの裸は見てるんですけど」
「それとも一緒に入る?」
「情緒不安定か!?」
ていうか一人しか入れないよ……ラブホじゃないんだから。
桂とは同居であって同棲では無い。だがこうしていると、同棲や新婚生活を飛び越えまるで倦怠期の夫婦みたいな関係になっている気がした。
桂が風呂に入っている間、僕は寝室ではない方の部屋の扉を開けた。ここは美術教師をやっている僕専用のアトリエだ。
僕はかつて、ここで渋谷さんをモデルにして絵を描いていた。そして渋谷さん亡き後、絵を描くのを諦めていたのだが……桂から説得され、今度は桂をモデルにして「渋谷さんの絵」を描いている。
そういや……あと一回、桂をモデルにすれば何とか完成しそうだ。僕はアトリエに置かれている渋谷さんの写真(遺影という言い方はしたくない)に向かって心の声で話し掛けた。
――ごめんね渋谷さん、しばらく騒がしくなるけど……
フォトフレームの中の渋谷さんは、ただ何も言わず微笑んでいた。




