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前日譚 ヘンリー先生の独白 (ヘンリー視点)

 ウィステリア家を辞めて全国を転々とした生活をしていた私は久しぶりに我が家に帰ってきた。

 人気のない林にある一軒家だ。

 誰も住んでいないので草は生え放題、廃墟寸前だ。

 しかし自分だけの家というのが気に入っていた。

 空き家に目をつけ、屋敷を辞める前に伯爵より下賜かししていただいた。

 もっといい家を用意すると言われたがお断りした。ここが良かった。

 ただ朽ちる前に手入れをしなければなるまい。

 私は早速家の仕事をすることにした。

 家の中の簡単な掃除をするのに一日かかった。

 家の周りの雑草を片付け生え放題の木々を刈るのにさらに一日かかった。

 そこで雨が降り、雨漏りに気が付いた。

 漏っているところが台所で良かった。

 書斎だったら被害甚大だった。

 しかたがない、屋根は全面修繕をしよう。

 近くの大工にお願いしに行く。

「ヘンリーさん、もどってきたのかい?」

「ええ、たまには家にいないと家がだめになりますので」

 顔なじみの大工と会話をする。屋敷に勤めていた時にはいつもお世話になっていた。

 明日来てくれるということで話はまとまり家に帰る。

 本を読み、食事をし、洗濯物をたたみ、体を拭き、ベッドに入る。

 心地よい一人だけの生活だ。心やすらかに眠った。


 次の朝来たのは大工だけではなかった。

「ヘンリー先生!帰ってこられていたんですね、おかえりなさい!」

 シンシア・ウィステリア、前の勤め先の娘だ。

 相談ごとにのってやったらすっかり懐いてしまっている。今でも手紙のやり取りは続き、帰ってくると嬉々として訪問してくる。

「……ああ」

 私は不機嫌に応じる。

……子どもはうるさい生き物だ。

 しかしそういうものなのだから怒ったって仕方がない。鳥が飛び魚が泳ぐように子どもたちはうるさく騒ぐ。それが習性だ。

 しかしこの娘はもう十五歳になるというのにあまり変わらずずっとうるさい。早く落ち着いてほしい。

「ヘンリー様、お久しぶりです」

 シンシアのお付きのメイドのローザもついてきている。

「ああ、久しいな」

 彼女は私がウィステリア家に紹介した。何をしても優秀だがあまり感情を表にだしたり抵抗しないため奉公先でひどい扱いを受けているのを見て引き抜いた。

 元気そうで何よりだ。

「ささ、中に入りましょう」

 シンシアが中に促す。……私の家だ。

 小さな家なので居間と寝室と台所しかない。

 物であふれた居間に通す。

「先生は今回はどこに行っていたんですか?」

「イゴールだ」

 イゴールとはアルヴァ王国の北の端にある古い町だ。鉄道を使ってバスを乗り継ぎさらに歩いた先にある辺境の地だ。

「結構遠くに行きましたね~。何かありました?」

「……景色が見事だった」

 あちらは氷河で陸が削れて入り組んだ地形をしている。天然の洞窟もいくつもあり、そこを舞台とした伝説や伝承も数多くあった。

「いいですね~、私も行ってみたいなあ」

 夢見るようにシンシアが言う。

「行けばいい」

「連れてってくれるんですか?」

 目をキラキラさせて聞いてくる。なぜそうなる。

「ひとりで行け」

「えー」

 なぜ女というものは連れ立ってどこかに行きたがるのか。人数が多くなれば自由に行動できなくなり見たいものも見れなくなる。仕事なら仕方がないがプライベートでは絶対に嫌だ。

「それで、お前からはなにかあるのか?」

 要件を尋ねる。早く帰ってほしい。

「あ、はい。」

 シンシアはノートを取り出して自分の魔法について質問していく。

 私はできるだけ答えてやる。

 私たちはそういう関係だった。


 先生と生徒という関係、それが始まったのは彼女が二才のときからだった。

 突然部屋を飛び出してきた彼女は「助けて」と私に助けを求めた。

 鎮静薬を飲まされたことに怒って逃げ出したのだ。

 私はもちろん捕まえて部屋に戻した。

 しかし、彼女の絶望した顔を見て後味の悪さは残った。

 その後人が変わったように勉強をし出した彼女のことは気になってはいた。

 二才が勉強?それも何時間もだ。

 母親のおなかに赤子がいたから責任感がでてきたという理由以上のものを感じた。

 そんな時、彼女の部屋の窓から書付が落ちてきた。そこには流ちょうなヤポン語が書かれていた。東の端の島国の言語だ。私は友人がいるため知っていたが一般的な言語ではない。それも二才が書けるもので なかった。

 だからなぜこんなものを書けるのか尋ねた。

 すると、彼女は「前世」の記憶があると語り出した。それはこの世界ではなくもっと文明も科学も発達している異世界で、そこの常識では飲まされた薬は毒だったそうだ。

 にわかには信じられない話だったが、合点のいくところも多かった。

 さらに彼女は生まれつきの魔力持ちでもあったので、そういうこともあるのかと思うことにした。

 彼女は無事に両親に自分の前世のことを告白をすることができた。

 そして私は主人からの言いつけ通りに彼女の話を聞きその情報を検討した。

 もちろん現代の科学ではわからない問題も多かった。彼女自身だって専門家ではないのだ。しかし彼女はこうだと言えば絶対に引かなかったので私は結局付き合うしかなかった。

 私が投げ出せば彼女は製薬会社でも一般家庭でもどこでも突撃する構えだった。……実際「ちょっと行ってきます」と言ったことを何度止めたことか……。

 仕方がなく間に入るのが私の役目だった。

 一度、彼女になぜ主張を曲げないのかと尋ねたことがある。

 すると彼女はこう答えた。

「『知っている』のに見て見ぬふりはできないんです」

 彼女だけが『知って』いて、運よく伯爵家の令嬢に生まれて言い分を聞いてもらえる環境まで整っているのだから、この責任だけは絶対に放棄できないそうだ。

 そして、見て見ぬふりをした結果がどうなるかも彼女は『知って』いた。

 なかなか含蓄のある言葉に私は衝撃を受けた。彼女は使命感の塊か。

 結局、領内の怪しげな薬たちは一掃され、野菜の生産・消費量は上がり、衛生状態は良くなった。

 その他珍妙な屋外での体操を推進したりもした。

 領民に赤子が生まれれば視察にも連れていかれた。

 とにかく異例づくしだった。

 あちこちのことを知りたがり調べたがり、気になったところにはおせっかいを焼きだす彼女の尻ぬぐいを私はいつもしていた。

 そうしているうちに、もうそういう習慣が私に身についてしまったというところがある。

 もともとこんなことをしたくて執事になったわけではない。

 ましな職業、ましな職場がウィステリア家での執事だったはずだった。

 事実主人のことは尊敬すべき人間だと思う。

 ウィステリア伯爵は下に優しく上にへつらわない孤高の王のような人だ。ただし身内には甘い。

 伯爵は彼女が何事か言うたびによく話を聞き自身の領地経営に反映させていた。

 伯爵夫人も前よりも元気にあちこちに動き回るようになった。

 もともと公爵家からの嫁入りで完全な箱入り娘だったのだが、彼女が生まれてから彼女に振り回されて庭を領民に開放しあちこちに話をしにいったり支援したりと忙しくしている。完全に娘の影響を受けま くっている。

 生まれてきた弟アレクシスは健やかに育ち父親似のしっかりした青年になっている。姉に似なければいいと思う。



 私はシンシア・ウィステリアの言葉が全ての真実だとは思っていない。

 嘘はついていないとは思う。しかし、本人のみの証言による情報など確実性がまるでない。

 前世の記憶というが、そんなの本人しか知りえない問題だ。一晩寝て忘れていてもそういうものかと思うだけのことだ。

 それでも、彼女の言葉をとりあえずは聞いてやりたかった。そのくらいの情が湧いた。

 ……一時期何かに取りつかれたとか薬の影響で精神病となったとか色々な可能性が頭をよぎったが、そんなことを気にしだすと彼女に限らず誰もかれも疑わしくなるので悩むのは止めた。


 彼女は第二王子と恋仲になっている。

 前世の家族がどうたらとぐちゃぐちゃ言っているが、まあそのうちまとまるのだろう。勝手にしてくれ。

 だが、彼が屋敷に来るたびに私を敵視するのは正直肝が冷えた。

 彼女に関わる全ての男に威嚇をするのはやめていただきたい。権力者に嫌われるといつ本当に消されるか分かったものではない。まだ私は死にたくない。


 そして、魔法についてだ。

 あれは私も本当に哀れだと思う。

 生まれついての力だ。生まれた時から自身を浮遊させていた。

 他の人に持ちえない力を持つということは大変なことだ。

 しかも魔力は血筋ではない。全くの偶然で生まれついて発現する。

 普通の赤子を生んだつもりがぷかぷか浮き出す。それを育てる方も大変だ。

 コントロールできない力は使うべきではない、私は彼女に魔法の使用を禁止した。

 それでおしまいでも良かったのだが、つい少し助けたくなった。

 彼女が二才の時の件の罪悪感も手伝っているとは思う。

 魔法について調べた。調べれば調べるほど胡散臭い業界だ。

 交霊・降霊・悪魔・呪い・魔術……、生贄をささげたり血なまぐさい儀式もあった。

 これは暗い世界だ。うかつに首を突っ込むと明るい世界にはもどってこれない。

 ましてや彼女は貴族の箱入り娘であり性格も素直・悪く言えば馬鹿だ。簡単に染められたり嵌められたりするのが目に見えた。なまじ魔法を使えるのもよくない。財力があるのも悪い。利用されて骨の髄までしゃぶられるに決まっていた。

 私にだって長年付き合えば情は生まれる。そんなところに足を踏み入れるのを見過ごすわけには行かなかった。

 だが放っておけば飛び込んでいく気もする。自分の周りの色々なことに気を取られている隙になんとか釘を刺して止めておかなくてはならなかった。

 だから魔法のことを調べた。ツテも使った。怪しげな人間関係も増えた。

 明らかな偽物から本物までに会った。謎の組織も数多くあった。

 本当にげんなりすることばかりだった。わけのわからない知識も増えた。

 そして『時空旅行』とかいうまたわけのわからない魔法を知った。

 ……私はそれをある魔法使いにやってもらった。

 知らずに勧めるわけにはいかなかった。

 不思議な体験だった。

 世界は重なり合い、隣り合い、幾重にも数千・数万存在していた。

 過去も未来もあった。

 彼女の言っていた前世の世界がそこにあるのかは私にはわからない。

 しかし魔法使いは私に『ある』と言った。

 魂は世界を行き来しているらしい。

 これがペテンでないとは言えない。

 でも、彼女の問題に直結した解決法であり、目標たりえるものであり、励みになるものだと感じた。

 魔法のコントロールを練習させる。今後の人生のために。

 体力・集中力を備えさせる。

 そして学校に通うことを勧めた。

 知識と経験とそこで出会う人々との出会いが彼女の人生の糧となり、人生が彼女自身を困難から救ってくれるだろう。

 だれしも人は一人だ。人生の一時一緒にいることがあったとしても、自分を救えるのは自分だけだ。他人が救ってくれてもそれは依存になる。自分で超えなければ同じ壁に何度もあたるだけだ。

 そして私は屋敷を辞めた。いつまでもいると依存になるだろう。

 そして私は人間をやめた。魔法使いに支払う代償だ。私は彼の使い魔になった。


 言っておくが、彼女に対して愛も恋もない。あるのはまあまあの情だ。

 飼っていてなついてくれた犬猫程度の認識だ。

 これは彼女のために自分を犠牲にしたという美談ではない。私が私の心のままに進んだ結果だ。家族もいなく、何も守るものもない。

 だから身軽に動き、興味のおもむくままに、なりゆきで使い魔に落ちぶれた。

 全く悪くない結果だ。

 悪くない人生だ。


「ヘンリー先生、一緒にお菓子を食べましょう」

 シンシアがうれしそうに持参したお菓子を広げだす。

 ローザがお茶の用意をする。

 私は「ああ」と言ってその様子を眺める。

 それだけの話だ。


 ――――これからも何が起こるかわからない、それが人生だ。






完結です。

シンシア視点の前日譚を別話で載せます。

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