23
その夜、モーガンはグラウンドに向かった。
真っ暗な中、カンテラが一つ光っている。
いつもは素通りしていたその光に近づく。
シンシアは走っていた。
モーガンは無言で自分のカンテラを持って近づいていく。
「モーガン君!?」
シンシアが気づいて驚きの声を上げる。
光で照らされたその顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「やっぱり泣いてた」
モーガンは怒っていた。
「……なんで……」
シンシアは涙を手でごしごしとぬぐう。
モーガンはその手をつかむ。
「そりゃ気づきますよ。こんなに近くにいて気づかないわけない。
……シンシア先輩は楽しいことがあった時、いつもこうやって夜走ってました」
「!? ……見てたの……?」
涙が十分に拭えていない顔でモーガンを見る。
「ええ。……今日も、とっても楽しかった。……だから、泣いてるって思いました」
今日はカナリアや子どもたちと農作業をして、お茶やお菓子を食べて、とても楽しかった。
だから。
「……思い出してしまうんでしょう? ……前世で楽しかったことを。それでやりきれなくなったんだ」
モーガンは言った。
今まではなんでなのか分からなかった。だから、どうしたらよいのかわからなかった。
でも、今はわかる。
「……なんでわかるの……?」
「あなたが僕を『息子』だって言ったんですよ。……だから、わかりました。
ずっと、人前で泣くのを我慢してたんですか?」
「……違うわ」
シンシアは目をそらす。
「違いません。……僕になんでもぶつけてください」
「そんなこと……できない」
「怒ったっていいんですよ」
シンシアは驚いてモーガンを見る。
「……できない……」
そしてうつむいた。
モーガンはため息をついて、
「じゃあ、お手本を見せますから」
と言って、誰もいない暗い森の方を向いた。
そして息を思い切り息を吸い込んで、シンシアの手を握ったまま叫んだ。
「『息子』ってなんだーーーっ!!! 馬鹿にすんな!!! 僕だって男だーーー!!! 好きでしたーーーーーっ!!!!!」
叫び終わって、シンシアを見る。
「独り言ですよ!」
真っ赤になりながら言った。
シンシアはそんなモーガンを見て吹き出して笑って、それから森の方向を向いてモーガンの手を握り返して叫んだ。
「も……もー全部やだーーーーっ!!! なんで私が死ななきゃいけなかったのよ!!! 何だこの世界意味わかんない!!! なんで戻れないの!! しおちゃんに会いたい!! みおちゃんに会いたい!! 和也さんに会いたい!!! 帰りたい!!! 赤ちゃんにだって会いたかったよ!!! 私は! 名前だって決められなかった!!! ……でも!!! この世界だって大好き!!! お父様も! お母様も! アレクシスも! ヘンリー先生も! ローザも! レイモンド様も! モーガン君も! カナちゃんも! リガルド先輩も! みんなみんな大好きだーーーーーっ!!! そんなの! どうすりゃいいのよーーーーーっっ!!!」
はあっはあっと息を切らせる。
モーガンは微笑む。やっと吐き出してくれた。
シンシアも笑う。
「まだあるよ!!! 魔法はっぜんっぜんうまくならないし!!! 古文はむずかしすぎだし!!! 領民のみんなのことは心配だし!!! 変な薬つかうなーっ!!!」
「そうだそうだ!!!」
モーガンが合いの手を入れる。
「赤ちゃんかわいすぎだし!!! 子どもたちはほんっといい子たちだし!!! レイモンド様はいっつも隙あらばいやらしいことばっかりしてくるなーーーーっっ!!! 今はできないんだからーーーーっっ!!!」
「ええ……」
ちょっとモーガンは引いてしまう。そんなことされていたのか。
「ちょっとそこ引かないで! ……ローザはいつもそばにいてくれてありがとうーーーーっっ!!! ヘンリー先生はいつも話をきいてくれてありがとうーーーーーっ!!!」
はあっはあっと息を切らして、そして息を整える。
「へへっ、言ってやったわ……っ」
モーガンに向かってニカッと笑った。
モーガンも笑う。
「大きな独り言でしたね」
「うん、もー、誰も聞いていないね! こんなの!」
楽しくなってぶんぶんとつないだ手を振る。
「誰も聞いていませんよ」
モーガンは優しく肯定する。
「うん……ありがと……」
「ため込みすぎですよ。夜中に一人で泣きながら走るなんて暗すぎです」
言われてシンシアは「う……」と詰まる。
「もっと愚痴ったっていいんです。良い子過ぎですよ」
「……だって、みんないい人なんだもん。カッコつけたくなっちゃう」
シンシアはぷうっと膨れる。
誰にも怒りをぶつけられなかった。ぶつける対象もいなかった。理不尽だって受け入れるしかなかった。だから一人で泣いて走るしかなかった。
「みんなの『お母さん』でいなくてもいいんですよ? シンシア先輩は自分のこと本当は四十六歳とか言ってましたけど、そんなこと思ってる人は誰もいません。
四十六歳は四十六歳なりの経験をするから年相応になるんですよ。先輩はこの世界ではたった十七年しかたってないじゃないですか。
ならただの十七歳ですよ。十七歳はもっと愚痴を言ったり馬鹿なことを言ったりするもんです。
もっと自由になってください。じゃないと周りだって苦しくなる」
「そうなの?」
シンシアはきょとんとしてモーガンを見つめる。
「そうですよ。カナリア先輩だって気にしてました。でも言わないのがあの人の優しさなんでしょう。いつか言ってくれるのを待ってますよ。
……僕はこうしてこらえ性がないので言ってしまいましたけど。
だって言わないと気づかないんだから。……この前ちゃんと言ってっていったのに、全然わかってないじゃないですか」
モーガンは口をとがらせて不満を告げる。
「いつでも『独り言』聞きますから。友達でしょう?」
友達だから言えることだってある。恋人や親に言えないことも言えるのが友達だ。
そして友達だから、こうやってつらい時にはそばにいて気持ちを吐き出させてあげたかった。
「……嫌いにならない?」
「なりませんよ。むしろ言わないでため込んでるなって気づいたら今度はひっぱたきに行きますよ。
何度だって、どこにいたって」
「モ……モーガン君がすっかり暴力キャラに……」
「そうさせたのはシンシア先輩です」
ジト目で言って、二人は吹き出してしまう。
そして二人で笑い合った。
モーガンとシンシアはグラウンドの脇の芝生に並んで座る。
もう少し話をしたかった。
「あのね……その、実はレイモンド様にはプロポーズを十一年間待ってもらっているんだ」
「十一年!?」
さすがに驚く。
「そう、十一年……、あれは私が六才のときからだわ……」
それは忍耐力がすごすぎる。
モーガンのレイモンドに対する認識が少し変わった。ただの心の狭い人じゃなかったのか。
「……でもどうして……?」
貴族ならもっと早いうちに婚約をしている人もいると聞く。
「だから……前世のこと覚えていて、こう心の整理がつかなかったのよ……重婚じゃん……みたいな。
それに、一応私には魔法の力があって、修行を積めば前世の世界を見る手段もあるの」
「前世の世界?」
「うん、ここじゃない世界に前世は生きてたんだ」
そう言われてモーガンはカナリアの言葉を思い出す。誰も知らない情報を『知っている』のはそのせいだったのかと合点がいった。
思い起こせばリガルドに教えたという『中華』という料理も異世界の料理ということだったのだろう。あの後、リガルドが寮で中華を作ってくれて、モーガンはそのおいしさに感動していた。
「……本当は魔法の力で行くことだってできるはずなんだけど、全然上手く行かなくて、ヘンリー先生にも匙を投げられたわ。だったら見るだけでも……って妥協になったんだけど、それすら上手く行っていなくて……。
でもやっぱり前世の家族のことが気になるし、見てから先に進みたいなあというのがあって、婚約を待ってもらっているのよ……」
なんだか難儀な話だ。
前世に囚われすぎているという気もする。しかし自分で納得できないうちはどうにもならないのだろう。なまじ魔法の力なんてものをもっているからたちが悪い。
「私の自己満足に付き合って十一年なんだから……すごい方なのよ、レイモンド様は。だから……愚痴なんて言えなかった。……きっと彼は私を甘やかすから」
「なるほど……」
弱音を吐くシンシアを嬉々として甘やかして檻に閉じ込める姿がすぐに想像できた。
(でもそうはなりたくなかったんだ……。強い人だな……)
モーガンはシンシアを眩しく思う。
「一応卒業するまでってことにはなっているからあと一年ちょっとか……それまでにどうにかなればいいんだけど……」
言ってからシンシアは頭を抱える。
「望み薄っていうか……。まあそれならそれで踏ん切りをつけるしかないんだけど」
「それでみんなを実験台にして占いと称して魔法の練習をしてたんですか?」
「そのとおりです……。でも占いは一応成功しているんだよ? 未来視だし……結果が外れたように思われるのは単純にみんなが未来を変えちゃってるからであって私のせいじゃない……」
ブスッと文句を言う。
「未来視はね、相手の向いている未来の方向に魔力を飛ばして反射してきた光景を水晶に映しているの。
でも結局はその未来に進んでいかないことには現実としては確定しないから、当たりはずれはしょうがないんだよ。だって、『今』は誰だって変えられるじゃない」
肩をすくめる。
「それでも私の魔法の練習としては効果的だったんだ。
魔力を『今』ではない空間に飛ばすことは『異世界』に魔力を飛ばすことに通ずるから。
でももう運が減る噂が立っちゃって誰も付き合ってくれないから、地道に自分で練習するしか……」
シンシアはしょんぼりとしぼんでいる。
「なんだ、なら僕協力しますよ」
モーガンが申し出る。
「えっ? いいの……? ……運減るかもよ……?」
「減りませんよ。友達のピンチには助けたくなるもんです」
笑って言う。
それでシンシアの気が済むならそれがいい気がした。
魔法のことはわからない。でもベストは尽くしたい気持ちは分かった。
「ありがとう!」
シンシアは泣きそうな顔で笑った。




