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二月といえばバレンタインデー。アルヴァ王国では、男性から女性にプレゼントをして愛を告白する風習があった。
バレンタインが迫る中、占い部はかつてない盛況を見せていた。
「モーガン! 手相見て! 恋愛運! 恋愛運!」
「プレゼントはバラがいいかな!? チョコかな!?」
クラスで友達の手相を見てアドバイスをしたところ、うまくカップルが成立したということで口コミが広がり、毎日多くの男子生徒が押し寄せていた。
バレンタインだから皆わらにもすがりたいのだ。そしてすがる先としてモーガンは格好の的だった。
ちなみに運が減ると評判のシンシアの占いには誰も近寄ろうとしない。
去年何も知らない男子生徒たちが軽い気持ちで占ってもらい、全敗させたという恐ろしい話が伝わっているという。
それはもう学校中に広がっている。来年度の何も知らない新入生にしかもう相手にしてもらえないだろう。そう、モーガンはまさにその典型例となっていたのだった。
「ぶぅ。……私だって占えるのに……」
シンシアは不機嫌そうに行列の整理をしている。
ローザは事前に相談事をまとめるようにと、問診票を配っている。
完全に占い部はモーガンに乗っ取られた形になっていた。
下校時間が来て今日の部活動は終了する。
片付けをして戸締りをして一緒に下校する。
歩きながらシンシアは話し始めた。
「……あのね、ちょっとびっくりさせちゃうお知らせがあるんだけど、いいかな?」
「? ……はい」
モーガンは改まった口調のシンシアを真剣に見つめる。
「私実は今度婚約することになりまして……」
もじもじと視線を泳がせながら告白する。
「そうなんですか……、おめでとうございます」
モーガンはこの前の髪留めの件を思い出し、揉める原因にならなかったんだなあとホッとした。ずっと気になってはいたのだ。でもチクリと胸も痛んだ。
「ありがとう。……それでね、冬期……三月いっぱいで学校をやめることになりました……」
突然の話にモーガンは驚く。
「そんな……」
「もう私も顔バレしちゃうからあんまり突飛なことするのもなー、みたいな」
王族の婚約は写真付きで新聞に載る。
「まあ、そんなわけで、占い部の未来はモーガン君にまかせたから! ていうかもう実質君の部になっているし!」
あははとシンシアは明るく笑うが、モーガンは戸惑ってしまう。
「……シンシア先輩は……それでいいんですか……?」
「…うん。まあ、ちょっと残念だけど、一年半も学校生活できたんだし良かったと思うよ。特にモーガン君が入ってくれて、ここ四か月は本当に楽しかった。素敵な思い出だよ。ありがとう」
「…………」
何も言えなかった。
言えないまま寮につき、帰った。
その日の夜も、グラウンドを走るシンシアを見た。
次の朝、いつもの時間に起きていつものようにランニングをする。
ローザもいつものとおりに走りに来た。
「おはようございます、モーガン様」
「……おはようございます、ローザさん」
一緒のペースで走る。
「お嬢様が婚約されることになりまして」
「……はい、おめでとうございます」
沈黙。
「まあ、なんというか、イマイチですよね」
ローザが言う。
「イマイチ?」
意味が分からずオウム返しする。
「イマイチです。愛し合っている二人が婚約するのに、こんなお通夜みたいな状態はイマイチですよ」
「お通夜って……、そうなんですか? ……婚約したのに……」
「そうなのです。もうお嬢様は暗い暗い。意気消沈もいいところです。学校を自主退学ですよ?
もっとハッピーな方が私は好きです。どうしたらよいのでしょうか?」
「いや、僕に聞かれても……」
部外者だし。
「本当にモーガン様は部外者ですか?」
ローザがずいっと迫ってきた。
「え?」
「いえ、部外者でもなんでもいいんですよ。でも、あーなんとかなりませんかねー」
ローザはそう言って、ペースを上げて走って行ってしまった。
「……そんなこと言われても……」
モーガンだけがぽつんと残された。
校舎内でシンシアとばったり会って挨拶を交わした。元気な様子だった。……ただいつもより歩速が遅いのが気になった。
放課後、占い部で男子生徒たちの恋の相談に乗った。皆ギンギンに目を充血させて迫ってきて怖かった。
シンシアは変わらず行列の整理をしてくれる。
下校時間が来て、二人は今日はカナリアに用があるから先に帰って、言われてモーガンは一人で下校する。
(心にぽっかり穴があいたみたいだ)
この四か月、楽しいことばかりだったから、いきなりそれが終わると思うと寂しいのだ。
何にでも終わりは来る。楽しいことが終わると寂しくなる。そういうものだ。
なんとなくまっすぐ寮に帰る気がしなくて、別の道を歩く。
(ローザさんはなんであんなこと言ったんだろう?)
愛し合っている二人が婚約したと言っていた。普通のことじゃないか。貴族なら政略結婚もあると聞くのだから、普通よりも良いことのように思える。
まさかシンシアを王子から奪えとでも言うのだろうか。ありえない。
(そもそも僕はシンシア先輩のことをどう思っているんだろう?)
探し物を一緒にしてくれて、部活の先輩で、一緒に遊んで、実家にも行って、でも王子様の婚約者で……
「おお、少年。」
声がかかる。ケンプさんだった。
前に武勇伝を聞かせてくれたおじいさんだった。
気づけば老人ホームのそばまで来ていた。ケンプさんはお散歩中だった。
「なんじゃ、しょげた顔して。わしの武勇伝を聞きに来たわけじゃなさそうじゃな」
「……聞かせてください」
そう言うとぽかりと頭を叩かれた。
「ばかもん、あれはわしの特別な話じゃ。こんな負け犬みたいな顔をした坊主に聞かせられんわ」
「……はは……」
そんなにひどい顔をしているのか。
「何か悩んでいるなら話を聞くぞい。若者は悩むのも特権じゃな。年長者はえらそうなことをいうのが特権じゃ」
ふん、と鼻で笑う。
「……ちょっと、どうすればいいのかわからなくて。何に悩んでいるのかもまだ整理がついていなくて」
聞くに聞けない。
「ふん、じゃあ悩むのはやめて走れ」
「えええ」
ひどい言い草だ。
「トロトロ歩いとるからそうなるんじゃ。走れば血が巡り、頭も冴えわたる。そういうもんじゃ。若者は走れていいのう。じじいはもう走れん。転んで骨が折れてそのまま死ぬ」
がははと笑う。
「ほら!走れ!走らんか!」
背中と尻をばしばし叩かれる。
「痛っ!痛い!」
もー、と文句を言いながらしょうがなく走る。
「元気な時また来い!」
ケンプさんの大声が聞こえた。
「走ればいいってそんな適当な…」
ブツブツ文句を言いながら来た道を走る。
道は下り坂で、走るとかなりスピードが出る。
ここはシンシアと出会って一緒に走った道だった。
今は一人で走っている。
(楽しかったな)
思い出すことは楽しいことばかりだった。
「なんで!」
声を上げる。すると感情があふれてきた。
「なんでもうおわりなんだよ!」
叫ぶ。
「なんでしょうがないんだよ! もっと一緒にいたかった!まだ楽しいことをしたかった! 春休みにカナリア先輩たちと農作業するって言ってたじゃないか! 虫や星を見に行くって約束したじゃないか!
まだ僕は何もしていないよ! 全然だよ!」
叫ぶ。
「あーーーーーーーーーーっっっっ!!! ほんっとムカつくーーーーーーっっっっ!!! 勝手に終わらせるんじゃねーーーーーーーーっっ!!!!」
叫ぶ。
こんな激しい感情初めてだった。
寮まで一気に走った。