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誰が名前を呼ばれるのか選手権




 時間が経つのは早いもので、水魔法事件から2ヶ月が過ぎた。


 ここ最近は家族が見ていない隙に、魔法の練習をひたすら繰り返す毎日。


 とはいっても、以前のように水をぶちまける、なんて事はしない。


 水魔法を使った後、すぐに気を失って倒れ込んでしまったわけだけど。

 あれは魔法の魔力効率が“最悪の状態”で無理やり行使したことによる、体内魔力量の枯渇が原因らしい。


 めんどくさい言い方をしたがつまり、できない魔法を無理に使っちゃだーめよ、ということだ。


 後々本を読み返したら、体内の魔力が全て無くなると死ぬことがある、なんて書かれていて思わず震えた。

 前世で早死にしたのに、今度は1年も経たずに死んだら目も当てられない。


 だが魔法は使いたいし、死ぬのは嫌だ。


 と言うことで、なんとか魔力を増やす方法を探していたところ、いくつかやり方があるらしい。


 1つ目は、魔法を何度も使うこと。

 

 2つ目は、体内の魔力の流れを知り、自由に操作すること。


 3つ目は——



「——3つ目は、魔族を殺すことでございます」


 マイヤさんがにこやかにそう言っていた。


「他にも方法はございますが、ここに書かれていることはこれだけです。マイヤの説明はわかりましたか?フェル坊っちゃま」


「あい!」


 こんな感じで先日、この本には未だによく分からない単語が出てくるためマイヤさんに聞いていたのだ。


 まあ聞いたといっても本を開いて説明してくれるまで「こぇ! こぇ!!」と言っただけだけども。


 いやーしかし、マイヤさんは本当にいい人だ。こんな俺にいちいち敬語で。

 赤ん坊にもいやな顔一つせず教えてくれるのだ。

 


 なんとなくこの本が言いたいことは分かる。


 魔法を何度も使うことというのは、要するに筋トレと似たような原理だろう。詠唱する魔法を何度も行うことで身体の魔力量が変化する。


 2つ目の体内の魔力を自由に操作するというのは、俺が一番初めに苦戦した体内魔力の把握。及びその魔力を自由に動かしていくことで少しづつ変化するらしい。


 3つ目が最もシンプル、魔族を殺すこと。

 だがこの方法にはいくつか実現不可能な点があった。

 1つはこの大陸で魔族をお目にかかることはまずないから。

 人間界と魔族界には1000年以上前に結ばれた不可侵条約のおかげで魔族と出会うことはない、まあ1000年以上生きてる人間とかなら別だろうけど。流石にいないだろう。


 次に、そもそも人間じゃ魔族は強すぎて殺せない、らしい。

とんでもなく昔の文献によると、150人の王直属の精鋭騎士団ですらたった一人の魔族に瞬殺されたりさなかったり。

 

 次に、そもそもこの話が眉唾なんじゃないか、ということだ。

 だいたいそんな昔の話で、今じゃこの方法すら知ってる人はほとんどいないらしい。

 

 つまり3つ目の選択肢はない。

 時間はまだあるんだ、急がずゆっくり成長していけばいいだろう。



 というわけで、しばらくは魔法も使わずに、体内魔力の操作をやる事にした。


 また水魔法事件の時のように小一時間頭を悩ませる事になるかと思いきや、これが意外あっさり出来てしまった。


 イメージとしては、体内の血液を意識して移動させている感じだ。結構不思議な感覚。

 本当に血液を移動できるわけじゃないから意識も何もないけど。


 この感覚が正解かどうかは分からないが、なんとなく魔力が身体を巡っている気がするし、事実増えているような気もする。


 意外と魔法の才能あるかも、俺。

 なんて浮かれそうになったわけだが。


 本来ならこの工程ももう少し時間が掛かったのではないかと俺は考えている。


 これはあくまで仮定の話だが。

 水魔法の事件の際、訳もわからず体内の全魔力を行使して気絶したために、本来やるべきだった魔力把握から操作、魔力感知などの色々な段階をすっ飛ばして出来るようになったのではないか。と言う仮説。


 例えるなら、本来は何重にも鍵が掛けられた門を一つ一つ丁寧に開けていくものを、全力でぶん殴ったら開いてしまった的な。


 だって魔導教本の最初のページから、いざ魔法を使う所まで10ページ以上飛ばしてるんだもの。

 本来読むべきところ無視してるんだもの。




 そんなこんなで日々魔力の流れを確かめているわけだが、今はそんな魔法よりも面倒くさい問題があった。




「マイヤです坊っちゃま。マ、イ、ヤ」

「あ、あい……」

「違います、マイヤです」


 おしめ交換の後、俺の耳元で囁くようにマイヤさんが自らの名前を繰り返す。


 これだ。


 年上のお姉さんにそんなことされたら……。

 お、俺……っ!


 とかそういう事ではない、父親のリドルも、母親のアリシアも俺にやってくる。


 この中で一番うざいのがやっぱり父親で、俺が寝ている耳元に来て「パパだぞー、パパだぞー」とうるさいのだ。


 そう。

 彼らはこの家の中で、『誰が一番最初にフェルに名前を呼んでもらえるのか選手権』を開催しているらしい。


 第一回テリシア杯ではズブズブの出来レースのようにママンが優勝を勝ち取り、2連覇を掛けて気合が入っている。


 本当に勘弁してほしい。


 大人たちからすれば一大イベントなのだろう。

 それに、赤ん坊も無意識のうちに身近な人の名前を呼ぶだろうし。


 しかし!


 転生し、自覚のある俺からしたら、大の大人が鼻息を荒くして自分の名前を呼んでいる男とか。

 私はそんな事興味ありません、みたいな風を装いながら隠れて名前を呼んでもらおうとしているメイドとか。


 そういう大人のコスいなぁみたいな部分が凄すぎる。


 汚い。


 実はもう人の名前を呼ぶくらいのことなら出来るようになってはいるのだ。


 だが、水魔法事件のこともあって赤ちゃんが喋るのはいつぐらいからなんだろう、とか色々悩んでいるうちにとうとうこの選手権が開催されてしまったのだ。


 初めは面倒くさいし適当に呼ぼうかとも考えたんだが。


 やっぱり気を遣う!!


 お母様にはやっぱりお母様ですし。

 マイヤさんにはいつもお世話をしてもらってるし。


 リドルは、まあなんとなく可哀想だろう。

 愛は感じるし。

 やっぱり気を遣うのだ。



「あー!! 今マイヤが名前を呼んでもらおうとしてたわぁ!」


 なんて俺が耳元で囁くマイヤさんに悩んでいると、小さなドアの隙間からアリシアの大きな声が部屋中に響いた。


 どうやら、マイヤさんがこそこそやっている所を隠れ見ていたようだ。

 あーあ、とうとうバレちゃった。


「アリ……、奥様、そんな事は決して」


 ん?


「ダメよぉ、私見ちゃったんだからね」

「どうした!何があった!!」

「パ……、あらあなた仕事は?」



 おい。

 今度はアリシアの叫び声を聞きつけたリドルが忙しなく入ってきたぞ。


 いつの間にかまた全員集合してるじゃないか。


 よく見るとリドルの後ろについてきたテリシアはこの空気を察してか静かに黙りこくっている。


「マイヤがフェルの耳元で名前を呼んでたのよぉ」


 頬を膨らませながら言うアリシア。


 それを聞いたリドルは「何!?」と一瞬驚きを見せるも、チッチッチと言いながらマイヤさんを見た。


「だけどなマイヤさんそれは無駄だ! 今回の戦いは俺に軍配が上がるぜ。なっフェル! パパだぞー」


 いやいや、「なっ」言われましても。

 女性陣の眼光が背中にすごい刺さってますよ、お父さん。


「何言ってるのパ……、あなた。テリーの時だって私だったのよぉ。大体あなたはフェルに剣を振ってる所しか見せてないじゃない。ねっフェル、やっぱりママよねぇ」


 いや「ねっ」と言われましても……。まあ確かにキメ顔で剣を振ってるところしか見た事ないけども。


「お言葉ですが奥様旦那様。勝負において必ずと言うことは往々にして御座いません。ですよねっ、フェル坊っちゃま、マイヤです」


 だから、「ですよねっ」なんて可愛く言われましても。


 ギラギラ輝かせた3人の眼光に耐えられなくなり視線を上から下へ降ろすと、部屋の隅っこに立って、3人を順番に見つめているテリーが目に留まった。


 ほらみろ3人とも、テリシアが完全に怯えているじゃないか。でかい大人が赤ん坊を取り囲む姿がトラウマになってしまうぞ。


 テリー、これが大人というものだ。

 この人たちは、少しでも名前を覚えさせたくないがために、いつもは呼ばない名前で呼び合ってるんだぞ。

 いつもはアリシア様って呼んでるのに奥様とか言ってみたり、いつもはパパって言ってるのにあなたって言ってみたり。


 汚いだろう。


 でもな、時にはこういうことも必要なんだ。多分。

 しっかりと目に焼き付けるんだぞ、これを反面教師にするんだ。


 なんて思いながらもやはり気を遣う。


「フェル! ほら、パパだぞ!」

「ママよぉフェル〜」

「マイヤです。坊っちゃま」


 ああ、3人の名前を求めている瞳が痛いほど眩しい。


 だがここで決めなければ、いつまで経っても枕元がうるさいことになりそうだ。正直しんどい。


 よし。

 

 テリー、よく覚えておくんだ。

 これが大人というやつらだ。


 そして、俺もまたその汚い大人のひとりなのだ。


 スゥ——


「て、ていー! てりぃー!」


 ——部屋の中に突然沈黙が訪れる。

 この大人たち3人は今、たった今、誰が呼ばれたのかとじっくり飲み込んでいる最中なのだろう。


 そうして3人は一斉にハッとして、背後にいたテリシアへと視線が注がれる。


 面倒ごとは極力避けたい。

 これで家庭内の雰囲気が悪くなっても困る。

 そんな様々な面倒ごとを考えた結果——。


 あなた達3人は次に頑張ってくれ、特にパパンとママン。という結論になった。



 俺に呼ばれたテリーはおたおたと順番にこちらを見た。

 ただ大人3人の羨望や若干の嫉妬、諦念の混じった目を見た時、幼いながらも何かを察したのかも知れない。

 戸惑っていた表情がだんだんと笑顔に変わる。


「どうしたの、フェル!」


 どうやらテリーも初めて名前を呼ばれたことを理解しているようで、元気よくこちらへ近寄り俺の頭を撫でてきた。


 やっぱり呼んだのがテリーで正解だったな。


 大きな3人の子供達も、テリシアならしょうがないか……、みたいな顔をしているし。



 ったく、遠慮や忖度をこの歳で覚えているテリーの方がよっぽど大人じゃないか。



 そんな感じで第一回フェル杯の軍配は兄のテリシアに上がった。




 ふう、ようやくこれで魔法の特訓に集中出来る。




「2番目に呼ばれるのはきっと俺だ!」

「いや、私よ!」

「いえいえ、私です奥様旦那様」




え?




次回から少し時が進みまして、フェルも4歳になります。

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