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彼女は試験に臨む

『闇よ退()け。照らし、示せ』


 第一属性:きのと—十一等級《フラッシュ・トーチ》


 主属性を光、副属性を炎。この魔法は炎で発生した光を操作して光源とするものだ。


 レアの頭の横に、球体の光が浮かび上がる。

 その明かりを頼りに、まだ日も昇っていない中ベッドから抜け出す。二人を起こさないように、音を立てないように。


 こんな時間から起き上がる者は少ない。この学園に通う者では、恐らくいないだろう。


 制服である外套(ローブ)は置いていく。これから汚れてしまうし、動きにくい服では本末転倒だ。

 これが貴族であったなら、上質で丈夫な生地で作られたジャージと呼ばれる長袖長ズボンの服を用意するところだが、レアが着るのは庶民服とそう変わらない物だ。

 激しい運動に最適化させるため細部に工夫がされてはいるが、莫大な費用がかかっているわけではない。


 廊下というものは不用意に音を鳴らし過ぎだと、レアは常々不服に思う。毎朝二人を起こしてしまわないかと心配してしまうのも、そのためにわざわざ気を回して足音を鳴らさないようにと注意するのも、煩わしさがぬぐえない。


 目的の場所、などという大それたようなものではないが、レアは校舎の外に出る。別に外出しようというのではなく、そもそもこの場所に来ようとしていたのだ。

 右手首左手首を回し、肘、肩、首と順番にほぐしていく。背中、腰、膝と来て、最後に足首だ。


「ふぅ……」


 と、息を吐き、レアはゆったりと駆け出した。


 全力などではない。体力に充分な余裕を持たせている。

 走り込み。毎朝のレアの日課だ。


 細かく走る距離などを決めているわけではないが、日の出までの時間(一時間ほどだろうか)、学園の外周を周回する。『エレメント・アッパー』を使う上で、ほんの少しの気休めにでもなればと考えた体力作りだ。

 残念ながら、レアの華奢な体躯は恵まれた肉体とは言い難いが、それでも四年も続けていればわずかながら成果というものが現れる。初めは歩いたり止まったりの繰り返しだったのが、今では余裕を持って完走できるのだから。


 『フラッシュ・トーチ』に目をやる。暗がりでなら爛々と輝くその光も、太陽が昇るとともにその明るさに負けていく。

 見えなくなった時が終了の合図だ。体の上下に合わせて光が揺れてしまわないように注意するのも、もはや癖になってしまった。特に意味がある事ではないが、ほんの少しでも魔法の練習をしなければと考えた結果だ。


 こんな訓練だから、魔法の細かい部分ばかりが得意になる。


「…………っ」


 やがて日が照り、レアが作った弱々しい光は見えなくなった。

 あと一時間もせずに他生徒も起き上がってくるだろう。


 レアはそれまでに水浴びと着替えを済ませ、授業が始まるまで本でも読んで時間を潰す。これがいつもの朝だ。

 しかし、いつも通りなのは朝に限った話だ。

 何せ今日はきたる日——課題の最終日なのだから。


 今日という日まで、レアの日常は決して楽ではなかった。

 本来、魔導具を使用した魔法の行使は禁止されているわけではない。メガネをかけての視力が矯正視力として記録されるように、補助有りとして記録されるだけだ。

 しかし、先日のリスリーの態度から察せられるに、それでは納得しないだろう。


 まず間違い無く、自力でなくてはまた絡まれるのがオチだろう。だから、顧問であるマクミランと同室であるライラとリリア以外には隠して課題を受けることにした。


 急に上達したら不自然だろうからと力を調節し、本番でギリギリを演出するための練習も繰り返し行った。「なんなら明日にでも」、そうは言ったものの、想像以上に時間がかかってしまった。


 完璧だと、少なくともレアはそう自負している。


 部屋に戻ると、二人はもう起きていた。

 リリアは教科書を食い入るように見ているが、ライラは髪を整えるのに忙しそうだ。そんなライラを不真面目とは言うまい。

 成績はレアよりも上になるだろうことは間違いないし、貴族であるならば身だしなみに気をつけることなど当然なのだから。


「あぁ、レアさんお帰りなさい」


 鏡越しにライラが挨拶をよこす。その声でようやくリリアはレアの入室に気がついたようである。


「レアさん!」


 本から勢いよく顔を上げたリリアは、不恰好な走り方でレアに近づく。どうやら優等生のリリアだが、運動神経に多少の難ありといったところか、などとレアがどうでもいい思考をしているうちに、二人の距離は限りなくゼロになった。


 別に抱き合ったというわけではない。

 ただ、リリアは執拗にレアのことを触診しているだけだ。頬を摘んだり、腕や足を撫でたり、背や腹をまさぐったりしている。


「どこか不調はありませんか? 魔力の制御に問題は? 今日くらいは休んでも良かったんじゃないですか?」


「……あの」


 例のごとく表情には出ないものの、レアにも恥じらいというものがある。同性だからといって、距離感を間違われると相応の羞恥を覚えてしまうのも無理からぬことだ。


「何一つ問題はありません、万全です」


 リリアを必死に押しのけてベッドに腰掛ける。


 何日も前から何度も繰り返している問答だ。

 リリアは「恩を返す前に退学なんてされたら困ります!」という言葉を一字一句違わずに繰り返し続けているのだ。


「そういう油断が、失敗を生むのです。私がどれほど心配しているのか、レアさんには分からないんですか?」


「油断が、というのは同感ですが、あまり気を張りすぎるのもよくありません。たかだか九等級の魔法が使えるかどうかというだけの課題ですよ?」


 レアは肩をすくめて何でもないという態度をとる。

 それはまさしく本音からくるもので、レアは言葉通りに大したことだと思っていない。しかし、リリアはどうしてもそれに納得がいかない。


「そのたかだか九等級に退学をかけてしまったのは誰だと思っているんですか!」


 それにはレアも返す言葉がなかったらしく、返事もせずにベッドに倒れ込む。そして当然と言えば当然だが、リリアはどうしてもそれに納得がいかない。


「レェアァさぁん〜!」


「揺らさないで下さい疲れてるんです」


「万全だと言ったじゃないですか!」


 レアのことを揺すったりベッドを叩いたりしているリリアの姿はまるで駄々をこねているようだが、それをリリアに言ったのなら間違いなく「こねていないし、レアが悪い」というふうな言葉を返すことだろう。


「もう、そもそもリリアさんは私に何をさせたいんですか? 一体私はどうすれば良いというんです?」


 腕で目元を隠し、今にも眠ってしまいそうなレアの言葉だ。

 レアの義母がその光景を見たら、きっと腰を抜かすことだろう。もともと真面目な性格ではないのは承知しているが、他人を前にして気を抜きすぎている。

 それだけ友人に気を許しているという事実に、感涙してしまうに違いない。


「気を引き締めて、もっとピシッとするべきです!」


「ぴし」


 リリアは顔の横に手を添える。それが何を意味するのかレアは理解できなかったが、ともかくとしてならっておく。


「シャキッと!!」


「しゃき」


 今度は気を付けだ。これもともかくとして、カタチだけ。


「レアさぁぁぁん!」


「何です?」


「全く引き締める気がないじゃないですか!」


 リリアの慌てふためきようは日に日に悪化していき、今では頭をかきむしっていない時の方が珍しいくらいだ。

 しかし、元来レアはあまり真面目な性格ではない。不正を働く相手には不正で対応するし、正攻法と言うものにこだわりもない。それが生真面目なリリアとかみ合わなかったというわけだ。


 二人は(当然ライラも)、入学してからの短い期間で他に代わる者のいないかけがえのない親友となったが、この手の話に関しては何をしようと平行線だ。レアはふざけているわけではないし、リリアはそれでも納得しない。


 だが——それは話し合いが二人だけだった場合のことだ。


「レアさん!」


 怒っている風でもなく、叫んでいる風でもなく、規律というものを重んじる強い意志を感じさせる声が、ピシャリと、レアの名前を呼んだ。

 言うまでもなくライラの声だ。髪のセットは終わったらしい。


「課題、頑張って下さい」


「……はい」


 たったそれだけだ。話したのは。

 リスリーとの一件があったあの日、ライラはひどく取り乱していたが、日が経つに連れ緊張が増して行ったリリアと対照的に、ライラは落ち着きを取り戻して行った。あの日はライラを止めたリリアだが、今ではそれが逆になっている。


 凛としていて、落ち着いていて、やはりライラは教師に向いていると、レアは再確認した。


 しかし——


「さあさ、何をしていますの? あまりゆっくりしていると、遅刻してしまいますわ」


 パンと両手を叩いて二人を急かすライラの姿はとても様になっている。

 その様だけを見るのならやはりと、改めてと、それは間違いないのだが、しかしその姿を直視するレアとリリアは次に互いの顔を見合わせて首をかしげる。

 残念なことにライラにはその動作の意味を理解していない。


「なんですの?」


 と、ようやく二人の様子を理解したライラが尋ねる。その言葉にため息をつきそうになりながらも、まさか無視を決め込んだりしない。


 言うのはレアだ。

 リリアは、眉間にしわを寄せている。


「あなたを待っていたんですよ」


 リリアは準備ができていたからこそ本を読んでいた。その後レアと戯れていたのも時間が余っていたからだ。

 レアの準備は前日の夜に終えている。朝が忙しいため、そういう習慣となっているのだ。


 それを理解せずに見当違いの注意をするライラに対して、二人は呆れずにいられない。何を言っているんだと、ふざけているのかと、それを口に出さないのは二人の優しさに他ならない。

 もし相手がライラでなかったら、間違いなく糾弾していることだろう。


 ベッドの脇にまとめてある二人の荷物を見てそれを理解したライラが、ほんの数秒間固まる。


「今度からはもっと迅速にお願いします」


「……はい」


 翌日から、二人が朝ライラに長く待たされることはなくなった。

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