第4話 『○○→期限!』
何か動物がうなり声を上げているような、しかしそうではない低音が再び森に響いた。その音を聞いた青年は、苛立ちを隠さずに声を出す。
「くそがっ! 何が大丈夫だっ! 全然大丈夫じゃねーよ! 腹減ったし、喉が渇いたってんだ!」
「キュ~!」
「うるさいぞ先輩! そもそもアンパンとかあれば俺が食ってるわ!?」
当たり前だが、小動物は加藤の言葉を理解してはいないだろう。
しかし、彼の言葉に篭められた感情は理解しているのかもしれない。時に叱るように鋭く、しかし時に慰めるように穏やかに、この動物は鳴くのだ。
「キュ? キュッキュ~……」
「……だよな。無駄な言い争いは止めよう、余計に喉が渇くし……」
(ふむ、なんかアレだな……、寂しい人かもしれないが、寂しくない! 流石は先輩だ!)
「キュ?」
「いや、なんか違うかもしれないけど、こうじゃなきゃなぁって思ってたんだよ。ってか本当いい感じで鳴く……いや話してくれるな! サンクス!」
やはり、言葉の意味は通じずとも意思は通じているのだろう。小動物は嬉しそうに、鳴き声を返す。
「キュ~キュッ!」
「うんうん、ところで先輩……後輩は腹が減ってるんですよ、喉が渇いたんですよ。そこの所、どうにかして貰えません?」
「……?」
「いや、こうおなか……ここね? がへったー。んでのど……ここね? がかわいた~って……」
彼は腹や喉を押さえたり指したり、悲しそうな表情や苦しそうな動きを小動物に見せている。
「…………」
「…………」
少しばかりの沈黙の後、小動物は思い出したように、頬を動かすと何かを咀嚼し始めた。
「……ュ……ュ」
「っておい!なに口モゴモゴさせてんだ!ってか何か食ってる!? おいこら先輩! 俺にもよこせ!って……」
「ンキュ~……」
(こやつめ……なんか満足した顔になってる、気がする。俺はこんなの、そしてこいつはあんなの。なんという事だ……。ここまで彼我の差は大きいのかっ、いや! 俺も食い物を見つければいいだけの話!)
「ふぅ、まぁ先輩が何食ってたのかは分からないけど……。何かしら食い物はあるんだろ、そもそも先輩がいた時点であるって分かってるしな!」
「キュキュ!」
「あれ、怒った? 悪い悪い。あれだジョークだよ、少々ブラックだけども」
「キュク?」
「ジョークってのはだなぁ、ってそれはどうでもいいんだよ! いつまでこれやってるつもりだ俺は……」
(いや凄く楽しいし、有り難いんだけど現実問題としてこの状況を何とかしないと……。そもそも食い物ったって食えるのか食えないのかは分からないんだよなぁ。先輩が食ってたモノは俺でも食えるかもしいけど、多分量が足り無い……、つまり先輩が食うものじゃ俺には合わない、かもしれない。……焦るなっ! なら沸騰させれば大抵大丈夫らしい水をまずは先に探すべき)
彼は後で気づく事となる、どうやって沸騰させるのかと。
「キュ?」
「うん、水を探そう!」
「キュキュ?」
「どーすっかなぁ? やっぱり動かないとダメだよな……。このままココで止まってても、水が湧き出てくるわけでもないし。良し……、行くぞ!」
そう言うと、彼は足を踏み出す。
しかし、すぐにその足を止める事になる、大した理由ではないが、大した訳ではあったのだ。
「キュク~!」
「っと、あれだな? 一緒に歩くってのも魅力的だけど正直、踏みそうだ……。ってか危なかったな。そだ、先輩こっちこっち」
「キュ?」
彼は少しだけ前方にいた小動物を手招きして呼び、小動物も、それに呼ばれて彼の足元までトコトコと近寄る。
「よっと、うん! いいな。これなら踏みつける心配は無いだろ?」
「キュキュ~」
彼は小動物を肩に乗せ、ゆっくりと肩から落ちないかどうかを確かめながら歩き出したが、暫くするとその心配は杞憂と分かりペースを上げた。
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「ふぅ、結構歩いたなぁ。しかしそろそろ本当にやばい……陽も暮れてきたし。かれこれ大体2日も飲まず食わずな訳か……? そりゃきつい、冗談抜きで……、このままいったら俺もしかして」
彼は、こういった表情は時折見せ始めている。
不安で、怖いというものを決して隠さないのだ、そしてソレの意味は通じる。
「キュー」
「ははっ、ありがとう。そうだよな、ドキュメントムービーの漂流した人達の話でも言ってたじゃないか……。極限状態での生死は肉体面よりも精神面で決まるってさ。分かってるよ、諦めちゃダメなんだよな!」
「キュッキュ!」
意味は分からない、しかし言葉に返ってくるものがあるという事。ただそれだけで、なんと恵まれている事だろうか。
「確かにここは異世界かもしれないけど、ある意味漂流というか遭難と言うか……。ともかくそれに近い事は確かなんだ。つまり助かるために必要なのは努力、諦めない事……、なによりも運だよな!」
(そして運は良い……、最初の努力って言うのはなんとか出来ていた。けど、あのまま先輩に会わないでいたら、きっとそう時間が掛からない内に諦めてた……。うん、俺は運がいいっ!)
彼の考えはこういった事態に対しての知識の曖昧さ、そして疲労によってお世辞にも纏まりがあるとは言えない。
しかし曖昧だからこそ、肉体、精神状態の差異があるからこそ、出鱈目な根拠で希望を強く持てる事もあるし、精神面での安定を得られるものでもある。
「ふぅ……はぁ……っ。なんだか、さっきから思ってたんだけど、なんでまだ日が落ちてないんだ? さっき落ちそうだったから夕方辺り、つまり18時くらいと思ってたんだけど、んで休みながらとは言えかなり歩いたろ? そろそろ21時かそこら、落ちても全然、不思議じゃないんだけど……」
彼の疑問は当たっていた。この世界での時間表記は分からないが、地球でいうならば夜に相当する時間帯なのだ。
だというのに陽の光が途切れてはいないように辺りは明るい。
「ふむ……もしかしてここ、南極? 北極? みたいな位置にあるのかな? だとしたら日が落ちない事がある事も頷ける……、けど。寒くないし、そもそもこんなに緑があるものなのか? 地球のそこも、昔はほとんど氷だけじゃなくて……、緑があったのかな?」
彼は知らないが、白夜という現象が見られる場所は彼のイメージする場所でなくとも見れる事がある。
それ故にこれらの森があるところでも不思議とは言えない。しかしそれであろうとも加藤にとっては不思議であると言えよう。
「いやま、ここは地球じゃないんだったな……。研究者のおっさんも言っていたじゃないか、どんなのか分からないモノがいっぱいあるんだってさ? 俺があれこれ考えたところでわかるものでもないし……」
(そうだよ、それは今どうだっていいんだよ。日が落ちないのは不思議だ。けどそれは俺にとって有り難い事だろ? 今考える問題は、そこじゃなくて、水とかを探す事だ……)
「けど、考える……か。さっきまでは、ちょっと方向がおかしくなりそうだったから考える前に行動! って感じだったけど、ちょっとまた整理してみよう……」
(大丈夫、先輩がいるから脱線はしないさっ、しても止めてくれるって何故か信じられる)
「キュキュ?」
「うん、ちょっと考えようかなってね? 水を探してる……。これがまず第一。理由は水と食料では、水分補給の方が優先順位が高いから、って感じだったと思う」
(確か水さえあって、じっとしてれば一週間だっけ? って俺動いてないか?)
「……そして水の確保できるだろう環境。こういう場所なら湖? 池? とかかな? それと雨ってのを忘れてたな……」
雨、その可能性に気がついた加藤は、無意識に上を見上げる。そこに見えるのは木々の葉に隠れているものの、チラチラと見えるもの。夜だというのに明るい夜空だった。そこには雲を目にする事は出来なかった。
(雨が降れば、少なくとも多少はマシになりそう……。だけど、服がビショ濡れになるってのは頂けないな? 今は疲れている、腹が減ってる、これだけでもキツいのに風邪でもひこうものなら確実にアウトだ)
「キュ~?」
「うん、幸か不幸か……、雨が降りそうじゃない」
今まで上を向いていた加藤。小動物の鳴き声のためかは知らないが、次は下を向いて更に思考の海に沈む。
(これで体を壊す可能性が一つ減った。だけど水の可能性の中で一番確実なモノも消えた)
「このままいければ俺の限界は後1か2日あれば上出来ってところか? 少なくともこうやって動き回るのはきつくなりそうだけど……うーん」
加藤の前向きなはずの言葉には、しかし弱気のようなものが浮かんでいた。意識せずともそれが出てきてしまうのだろう。それを言葉ではなく雰囲気で感じ取ったのか、小動物がやはり強く鳴き声を上げた。
「キュキュ~!」
「別にスグ死ぬってわけじゃないんだぞ? ただどんな事でもそういった事を考えておかないと最後の最後でダメになるんだよ。俺は例え過ちだったとは言え、あの時それを実感しているんだ」
(そうだ、何も悪い方向に行くだけがそういう考えじゃない。逆にそれだけの間なら何かを出来るって事でもある)
「それに……その2日で俺は先輩に会えたろ? つまりまた水とも会えるって事……になるといいな? いや! するんだ!」
前向きな考え、それを願いではなく目標とする。それに必要なものは様々あるのだろう。しかし加藤が出来る事は限られてくる、それは諦めぬ事。そして行動する事だ。
「キュッキュ~!」
「そうと決まれば俺のするべき事は唯1つ! ……寝る!」
その出来る事、行動するために必要なものもまたあるのだ。そのために加藤は地面を足で蹴るような行動に出た。落ちている小石や枝などを除けているのだろう。
「キュ?」
「多分昨日もこのくらいに俺は寝てたんだよ、だからそろそろ寝るべきだと思う。日がまだあるとは言え、やっぱり暗くはなってるしな? 安全第一なんだよ、足でも挫いたら大変だからなぁ……」
(そう考えると、先輩に会う前まで駆けてたのは失敗だったな。あぶないあぶない)
「よし、んじゃ寝るかね? 先輩……、朝になったら起こしてな!」
「キュウ?」
「ははっ、いやまぁ。寝るよ……、おやすみなさい」
「キュッキュ」
そう言うと、彼は小動物を肩から下ろし、地面に横になった。
そして小動物は横になっている彼の腹部あたりに登り、そこで丸くなった。
(んー……、あったかい……)
運が良い事に風も無い、テントのように多少なりとも保温機能があった昨日とは違うが、今日は様々な意味で暖かさを与えてくれる友人がいた。