第3話 『○○→本音!』
「キュ~?」
(暫くアホな妄想に取り付かれて欝になっていたけど、冷静になってみると何やってたんだ……、俺は)
先ほどの遭遇から10分ばかり、彼はモモンガのような小動物に頭を下げて懺悔の言葉を口にしていた。
(しっかしコイツ、なんでずーっと近くにいるんだ? 普通こういうのって人とか見たりしたら逃げるものなんじゃないの? ハっ、まさか俺に惚れた!?)
「…ってアホなことを俺はまたっ! そうだよっ、飯か水を探していたんだった! そんでもって……こいつ、食えるんじゃね?」
加藤はようやくその考えに至り、そしてそれを言葉として口にする。
それは何気なしに口に出た言葉だ。しかし何かが篭められていたのだろう、モモンガのような小動物は勢い良く加藤に顔を向けた。
「キュッ!?」
「そうかそうか、『私は美味しいよ!』って言ってくれるか…。そうだよな、こういう野生の世界ではお前が先輩、だから弱肉強食の理の覚悟ってのが出来てるんだな……尊敬するよ!」
「キュキュ!?」
いよいよもって、モモンガのような小動物の動きに焦りのような、驚きのようなものが生まれた。加藤と出会った時にすら出さなかったものだろう。
だが、それは恐怖ではなく、思ったものと違うような、何か別のものに対する驚きであり、逃げるような素振りは未だ見せていない。
「そんな照れるなよ、安心しろって、お前の事は忘れない! さぁ、いくぞっ!」
そんな様子のモモンガのような小動物に向けるように手に持った棒を振り上げてから、そのまま止まる。
「…………」
一向にそれは振り下ろされる事は無い。絶対に、絶対に。そこだけは変わらない、変えたくない。
「…………」
「……キュウ?」
実際に自分が人が居ない場所で、そして救助は絶対に来ないという状況において目の前に己の血肉になるだろう獲物がいたとして、普通の人間はどうするだろうか。
果実など植物ならそのまま齧ってみればいい、魚介類ならば一先ず焼けば食べられると思うかもしれない。実に人間らしい考えだが、これらであれば心を痛ませる事はそうは無いはずだろう。
では動物は、どうやって絞めるのか、どうやって血抜きをするか、どうやって毛皮を剥ぐのだろうか。
仮に方法を知っていたとして、それに耐える事が出来るのか。
(っ、こいつ……、なんで逃げないんだよ!? 食うぞって言ってるんだぞ!)
彼は殺気と呼べる立派なものは出せていないかもしれない。
だが先ほどと違い、言葉だけではなく小動物にとっては致命傷を与えるだろう武器を加藤は振り下ろそうとしているのだ。普通であれば逃げても可笑しくはないし、寧ろ当然。
しかし、この小動物は逃げなかった。ただじっと、彼の言葉の続きを待つかのように彼の瞳を見つめ続けている。
「お……俺はっ! お前を殺すって、言っているんだっ!」
言葉にして自分が小動物をどうするのかというのを再認識したからだろうか。
急速に彼に何かが襲い掛かる。それは小動物が現れる前に味わったソレとはまた違うモノ、しかし確かに恐怖と呼べるものだった。
(逃げないのか……? いや、俺はチャンスをあげたはずだ……。さっきまでビビってた俺が言える事じゃないかもしれないけど、逃げるチャンスをあげたはずだ。だったらっ!)
「っ!」
「キュ?」
先ほどまで、何があろうとも動きそうになかった、空高く掲げられていた棒が振り下ろされた。そして、何かを硬いモノで殴ったような音が静かな森に響いた。
「っ~~~……っはぁ」
「…………」
「…………」
「キュキュっ?」
――――彼は殺さなかった。
可哀相だからという理由で。
しかし本当は違う。先ほどまであった恐怖のためでも勿論無い、なぜなら彼は人間だからである。空腹、それが過ぎれば地に倒れ苦しみの中で生涯を終える恐怖が襲うことだろう。それが分からぬ加藤ではない、事実迷った。殺してでも腹を満たす、という本能に従うように棒を振り上げていたのだから。しかし、それよりも今、恐ろしいものがあるのだ。
――――そう、彼はただ。
「いてて……、木の棒を地面に思いっきり突いただけなのに手が痛いや。……そういえばこっちの世界に来てから、こうして痛いって真面目に感じるのは初めてかな?」
「キュウ?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。血は出ていないから」
「キュ~」
「不思議だよなぁ、お前みたいな……、動物って言っていいよな? ……うん、動物はさ。ただの鳴き声なのに、何か言葉を掛けてくれてるみたいに感じるんだ……。それが、嬉しいんだ、どうしようもなく」
彼のいた時代に、一般的にペットという身近な存在はいないし、当然動物園も有り得ない、死んでしまうからだ。それゆえに生きているのはニュースを通してか、母からのプレゼントの膨大なムービーコレクションを通してだけだった。
だから彼等が与えてくれるモノの大きさを知らなかった。しかし彼はこれを機に知っていくこととなる、人間の歴史には度々出てくる存在、人間ではない動物の偉大さを。
「キュキュッ」
「俺もさ? 分かってたんだよ、ずーっと独り言。っていうか思った事とかを意味なく喋ってたってのは……、最初に気付いた時はテンションのせいとか思ってたんだけど、違うよな」
(そうだよな……、なんであんなにテントに愛着を持ってたんだろう? 友人に言われた通り熱中しやすい性質とは言え、同時に飽きやすかったはずだろ……? 長続きしたのは運動くらいだ、それ以外は大抵やり遂げる前に投げ出してた中途半端野朗じゃないか。……、なのになんでアレを大事にしてた?)
「ただ、寂しかったんだと思う……。いや、寂しかったんだよ……、怖かったんだ……」
それを理解したわけでは無いだろう。しかし逃げずにそこにいる小動物が目の前にいたために、加藤はポツポツと内心を吐露し始める。
それを始めたからだろうか、様々なものを、そして忘れていたものを、気付かなかったもの思い出す。
(そうだ、アレは、テントは……。小さい頃に一回だけ行った屋内キャンプ場っていう、料金が馬鹿高いアミューズメントパークで家族と泊まった思い出の……)
「あの実験の時もある意味一人だったけど、家族のためとか親しい人のためとか色々理由を他人に押し付けて……。自分は偉いんだ! 強いんだ! 優しいんだ! 格好良いんだ! ……って思うので無理してたから。でも最低な形で迷惑を、余計な心配を掛けてたって思う……、だってあの時」
(実際、今だってそうだった……、こいつを殺さなかったのはこいつのためって理由を押し付けてた)
「あそこに行く時、父さん達は言ってくれた。『少しの……辛抱だ、父さんに任せておけ』って、『待っててね、きっとなんとかするから!』って。あの時の父さんの瞳はどうだった? 母さんの声は! あれが強さだ! あれが大人だ! だって父さんの声は震えてた! でも瞳に涙は無かった! 母さんの瞳には涙があった! けど声は力強かった! そんな事言った所でどうにかなる訳が無いのに! それは父さん達も分かってた! 言った所でって! それでも言ってくれたんだ! 言えたんだっ! それなのに今の今まで俺は……っ」
息継ぐ間も惜しむように、矢継ぎ早に語る加藤。しかしそれは大切なものを再び掴む代わりに、自身を傷つける行為に等しいもので。この状況でそれは正しく命取りになりかねないもの。
「ッキュー!」
だからだろうか、顔は悲しさが浮かび、それは苦痛へと変わろうとしていた。それを何も言わずに見ていた小動物は、怒るように、いや叱るように鋭い鳴き声を発し、それを止めさせる事に成功する。
(っ! ……くっはは! まーた考え過ぎか……、ドツボに嵌りかけて変な方向にいってたな。しかし良いタイミングで鳴いてくれるもんだ。本当は俺の言葉分かってるんじゃないか? 最初から止めないでくれたお陰で、大事な事を思い出せたし……)
それを止められた加藤は、しかし嬉しそうに声を上げる。それは先ほどと同じようで、少しばかり違うもの。
思い出したものに惜しむのではなく、悔やむのではなく、それを大事に胸に抱く言葉だ。
「いや……、だから俺は強くなりたい! けどまだ俺はやっぱりまだ強くなれそうにない! なにせ親に泣き付いてないし、もう出来ないからな! だから俺は我侭を言うぞ! 思いっきり情けない! 格好悪い! そんな我侭をお前に……、お願いするっ!」
(悪いな…親に言えなかった事をお前に言わせてもらうぞ? 冷静に考えなくてもかなり格好悪いって俺は思うけど、今の俺にはソレは必要な事だって分かるから……)
「俺は今なんだかとても怖いんだ! とても寂しいんだ! ……だから俺と来てくれ! 俺の友達になってくれ! 動物さん!」
加藤が言ったものは彼の情けなくも、口に出す事はかなりの勇気を必要とする本心だろう。それを受けた小動物は何も鳴かず、微動だにしない。
「…………」
「…………」
沈黙は続く、それでも小動物はやはり彼の瞳をじっと見つめたまま動かない、そして何も鳴かない。
「…………」
「何か言ってくれ……」
「…………」
「えっと……、聞いてます? 先輩」
とうとう加藤は、小動物と同じ目線になるくらいまでしゃがみ込みながら声を掛ける。それは実に滑稽な姿であったが、彼にしてみれば必死なのだろう。
「…………」
「…………」
「キュウ!」
「悩んでた!? 呼ばれ方で悩んでた!? おい! 俺の真面目を返せっ!」
加藤が言うものが事実なのかは分からない。しかしこれでいいのだろう。彼も、小動物も同様に楽しそうであるのだから。
「キュッキュー!!」
「くっ! 俺はこいつの後輩か!? 仕方無い…先輩っ! アンパンと茶ぁ買ってきます!」
(それにしてもどうなるもんか分からないんだなぁ、食料を探してたら友達を見つけるなんて……)
「……父さん、……母さん。確かに少し時間が掛かったけど、ちょっと辛かったけど。きっと、なんとかなりそうだよ……。だから……ありがとう!」
彼は異世界に来てしまったために色々なモノを失ったのかもしれない。
しかし異世界へ来たからこそ、本来であれば、もっと成長してからでないと伝わらない想いが伝わる事も、得られなかった友人も、有ったという事もまた一つの事実。




