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下:本当の自分を見せるとき

フィオナが16歳になった日。第二王子ラングストンは、多くの馬車を引き連れてクラージア公爵家にやって来た。


「お待ちしておりました、ラングストン様!」


着飾ったフィオナが嬉しそうに駆け寄ると、王子は笑みを浮かべてペコリとお辞儀をする。アルフィは公爵達の真後ろで、その様子をこっそり見ていた。ラングストン王子は、流れる短い茶髪に優しそうな瞳を持つ好青年だ。ふとグレンを思い出してしまい、アルフィは慌てて首をブンブン振る。


応接間に着いた王子は、すぐさま婚姻の誓約書を提示した。彼が何かを言う前に、早速書類を確認する公爵達。その間に王子は手帳を開き、ペンを取り出した。が・・・苦い顔を浮かべている。ふと、お茶を差し出すアルフィに声をかけた。


「すみません、協力いただけませんか。次の外国視察での主要な言葉を記録しているのですが、眼鏡を忘れてしまって。代わりに記していただきたい」


突如ペンを渡されたアルフィは、いきなりで驚いた。王子から話しかけられたのはともかく、先生と似た声だったから。だが困っている時の頼みには、何としてでも応えなければ。幸いグレンが教えてくれた範囲だったため、王子の話す単語は理解できた。すらすらと、綺麗に単語を記していく。


その途中で「出来ましたわ!」と、フィオナが書類を提出してきた。最後には読めるは読めるが、随分クセのあるフィオナの署名。おそらくグレンがこの場にいたら、あまりの文字の崩れ具合に頭を痛めるだろう。


「あとはラングストン様が署名するだけですな」


「えぇ・・・少々お待ちを」


ラングストンはすっと懐から、忘れたはずの眼鏡を取り出した。眼鏡をかけたその顔はどこか、アルフィが片思いする教師に似ている。


「・・・なるほど。これが、フィオナ様の文字なのですね」


え?と周囲が呆気にとられている間に、王子は何枚もの紙を取り出した。文通として、フィオナが何枚も送っていた手紙の一部だ。


「まぁ、残していてくださったのですか。ありがとうございます」


「えぇ、フィオナ様からいただいたモノですからね。この4年間、あなた様から渡されたモノは()()保管させていただきました」


そしてラングストンは、大きな鞄から大量の紙を取り出す。それは・・・王妃教育で出された、今までの小テスト全て。思わぬモノが彼の手元から出てきて、周囲は「なっ!?」と目を丸くしている。


「見て分かりますね?手紙も小テストも全て、フィオナ・クラージア公爵令嬢から受け取ったもののはず。ですが明らかに、文字の形が異なります。手紙を書いていたのは、目の前にいるフィオナ様でしょうが・・・今まで王妃教育を受けていたのは、別人ですね?」


「な、な、何をおっしゃいますか!突然なんです!?」


「クラージア公爵。自らの娘フィオナ・クラージアを確実に王妃にすべく、王妃教育に替え玉を出しましたね」


応接間の空気が固まり、次の瞬間には使用人のざわめきに包まれた。公爵夫妻にフィオナ、そしてアルフィは固まったままだが。


「今回迎えに来たのは“王妃教育にて優秀な成績を修めた者”です。ですが別人が関わっている疑いがある以上、貴女をそそくさ迎えるわけにはいかない」


「な、ななな、何をおっしゃいますか!我らは断じて不正などっ!」


硬直をすぐに解除して、慌てて公爵が反論する。しかし異常な慌てように、周囲も戸惑いを隠せない。


「そ、それに、その小テストは元来教師が保管するモノでしょう!いくら王族とはいえ、無断でそういったモノを確認するとは!」



「変ですか?私こそ【王妃教育を担当した教師】ですが」



ビシッと、公爵達の動きが止まる。王子と教師が・・・同一人物?アルフィもまさかフィオナの婚約者、もとい第二王子に片思いをしていたことに、全身から血の気が引いていく。なんて場違いな思いを抱えてしまったんだ、と。


そんな彼らに追撃するかのように、ラングストンはバチン!と、手帳を彼らの目の前に叩きつけた。ささっと、同じ単語を使った小テストを並べる。双方には、よく似た形の文字が並んでいるようだ。アルフィもバクンバクンと、心臓の鼓動が痛いくらいに激しくなった。


「最初に見た時は驚きましたよ。手紙と小テストでの文字、さらには茶会と王妃教育での振る舞いの、あまりの違いように。不審に思い、密かに身辺調査を行いました。そして使用人に同い年で似た容姿を持つ者がいると知った時、替え玉の疑惑が浮上しました。異国でも似たような事件があったんですよ、当然処罰されましたけど。


ただいまをもって、確実な証拠を取らせていただきました。疑いようがありませんね、王妃教育を受けていたのは彼だと。つまりフィオナ様、王妃教育を受けていない貴女は、王妃になる資格はありません」


「そ、そんな!文字の形だけで!」


「それに・・・本当にラングストン様が、王妃教育の教師を!?」


彼らの動揺ぶりにも動じず、ラングストンは説明する。


「現国王の側室に選ばれた私の母は、貴族学院の院長を務めています。それ故に、教育から王国を支えたいという願いがありました。我が国は他国より教育が遅れている、もっと進めなければ。その意志を継ぐ私は試験的に、自ら作成したカリキュラムを、自ら指導して王妃教育を行いたいと申し出ました。


そこで『教育現場では、ラングストンという偉大な名は捨てよ』と国王と宰相から伝達を受けましてね。グレンという幼名と、アンドレという母方の実家を借りながら、教師として出ていたのですよ」


「な、何ですかそれは!そちらも騙していたのですか!?」


「そのようなつもりは毛頭ありません、自ら名乗らないようにしていただけです。それに茶会ではそちらが好き勝手に話して、王妃教育について話そうとすれば、そちらから遮ったではありませんか。お伝えする機会を、そちらが奪っていたのですよ。


・・・()()()()、ということは、替え玉をしていたと認めるのですね」


ハッとクラージア公爵が口を塞いだが、全てが遅かった。強い口調でラングストンは、彼らを終わらせにかかる。


「馬鹿にしないでいただきたい。婚約者になる方の違和感に気付かないほど、私は他人に無頓着ではありません。


茶会では私の話を遮って、自分の都合の良いお喋りばかり。なのに王妃教育では対等、むしろ下手に回って話をする。


茶会ではろくに好みを覚えず、高価な物ばかり贈る。なのに王妃教育では1度だけ話した、好きな花を贈ってくれる。


茶会では健康体で、嫌いなドライフルーツを持ってきた侍女を酷く糾弾した。なのに王妃教育では倒れるまでの貧血に陥り、嫌いなはずのドライプルーンを召し上がっていた。


国が用意した王妃教育を別人に押しつけ、何もしていない者を王妃にさせるなど、詐欺に値します。そんな不正を隠せると思われたとは、我が王族も舐められたモノですね。あなた方には、相応の罰を受けて頂きます」


青ざめて微動だにしない公爵。一方で公爵夫人とフィオナはわなわなと震えて、最後の悪あがきを始めた。


「お、お待ちください!私は関係ありません、全部お父様が勝手に!」


「そうですわ!私たちは全く・・・」


「知らない訳がありませんよ。それに彼が私の王妃教育を受けている間、揃って観劇や買い物へ出ていたそうですね。その資金は、元々は教育のため国が支給したモノ。私欲に使い込んでいたのは、見過ごせません。


クラージア公爵夫妻にフィオナ嬢、あなた達は国から金と栄誉を不正に得た詐欺師だ。衛兵、彼らを直ちに拘束しろ!!」


バン!と部屋に飛び込んできた兵士達は、一気に取り押さえた。クラージア公爵に公爵夫人、そしてフィオナを。


「ま、待ちなさいよ!だったら、コイツも・・・アルフィも同罪よ!私の替え玉をしたんなら、コイツだって犯罪者じゃないの!?」


叫び狂うフィオナは、まだ足掻く。いくら押さえつけられようとも、最後に猿ぐつわをされるまで、アルフィを糾弾し続けたのだ。やがて騒ぐ公爵達がいなくなり、部屋は静寂に包まれた。ふぅと息をついたラングストンは、俯くアルフィに声をかける。


「遅くなりました。使用人、貴方の名前は」


アルフィは全てを覚悟して、王子に跪いた。涙が溜まる目を合わせられない。散々な自分の人生も、身勝手な片想いも終わる。これからは犯罪者として、どこかに幽閉されるのだろう。だからもう、これ以上・・・初恋の人の前にいたくない。早く彼らのように、連れて行ってほしかった。


「アルフィ・パボットです。ラングストン様のおっしゃる通り、僕が王妃教育の替え玉をしていました。僕も拘束してください、どんな処分も受ける覚悟です」


「ではアルフィ、私と王宮に行きましょう」


思わぬ提案に、アルフィは思わずえっ?と顔を見上げた。微笑むラングストンはアルフィを立ち上がらせ、そっと優しく手を取った。


「既に話しましたよ。私は“王妃教育にて優秀な成績を修めた者”を迎えに来た、と。誰が受けていたかハッキリした以上、貴方は迎えて良い存在です」


「ダメです、僕は犯罪者です!貴方を、いえ、国を騙したんですよ!?そもそも女では無いですし、王妃に選ばれる資格すらありません」


「大方、公爵家に脅されたのでしょう?不当な利益を貪っていたのは、全て公爵家の者。酷使されていた貴方は、むしろ被害者ですよ」


そんな同情で、王子に迎えられる資格など無いのに。アルフィは泣きながらブンブンと首を横に振り続けるが、彼は話し続ける。


「それに貴方の力は、この王国をより発展させていくのに必要です。あの厳しいカリキュラムを乗り越えたのですから。王妃でなくて構わない、私は貴方を迎え入れたい」


「でも、でも・・・!」


「それに私は、貴方に救われていました」


え?と涙でボロボロな顔を、アルフィはおそるおそる上げた。そこには今まで見たことないほど、紅潮した頬のラングストンの姿が。



「私はこのように、誰にでも敬語で生真面目すぎましてね。厳しいやら感情が無いやら言われ距離を取られて、さらに人に心を開けませんでした。おそらく誰にも好かれず生きるんだと、多少覚悟していたくらいにね。


ですが貴方は、そんな私を受け入れてくれた。下手な笑顔にも笑い返してくれて、下手な会話も続けてくれて、私という人間を受け入れてくれました。王妃教育の替え玉は正直ショックでしたが、貴方と会うために、ずっと行っていたようなものです。


出来ることなら、フィオナ嬢ではなく貴方と結ばれたい。そのためには、公爵家の不正を突きつけるしかない。彼らが油断しきったところを狙いましたが、成功して良かったです。


アルフィ、私は本気ですよ。貴方と共にいたいのです」



鋭くまっすぐな瞳は、アルフィを射抜いていた。本気で、彼は自分を好いてくれていたんだ。同じくらい悩んで、考えて、ようやく告げてくれた。だったらそれに応えるのが、1番の喜びではないのか?既に答えは決まっていた。


「ぼ、僕も・・・グレン先せ、じゃなくて・・・」


「グレンで良いですよ。ようやく名前を呼べて嬉しいです、アルフィ」


微笑むラングストン王子・・・いや、グレンの手を、泣きじゃくりながら握り返すアルフィだった。





今回の王妃教育での替え玉事件により、不正をしたクラージア公爵家は責任を取って僻地に隠居した。かつての繁栄はすっかり廃れ、肩身の狭い生活をしているという。そしてパボット伯爵家の分を含めた元々の領地や権限は、全て国に返された。つまり、パボット伯爵家は自然消滅したのだ。


だがアルフィは特例により、文官を務める優秀な候爵家の養子になった。勿論「犯罪者を貴族身分のままにさせて良いのか」という意見も出たが、多くの監視下で更生を受け、様々な手続きを経た。あれから数年経った現在、彼は郊外に新設された図書館で働いている。


「良いのか?今のアルフィなら、国の教育分野での新事業を任せられると、候爵もラングストン殿下もおっしゃっていたのに」


「経験が浅い身なので、まだまだ精進しないと。この図書館を支えるのも、大切な役目です。それに・・・まだグレン様のおそばにいるのは、恐れ多いですよ。今の僕のままじゃ、沢山失敗して迷惑を掛けそうですし」


「別に失敗は誰もがしますよ。それで避けられるのは、少々心外ですね」


いつの間にか彼らの間にいたのは、執務を終えたラングストン第二王子だ。アルフィに用があると察した同僚は、そそくさと距離を取っていく。


「えっ、グレン様!?何故ここに・・・」


「なに、丁度外回りをしていまして。偶然立ち寄ったのですよ」


そう淡々と話すラングストンだが・・・遠巻きから「しっかり予定に入れてたのでは」「プレゼントも用意してきたのに」「落ち着いて、頑張って!」と囁き声があるのを、アルフィはうっかり耳に入れてしまった。ラングストンにも聞こえていたようで、鋭い視線が遠巻き達に向けられる。


「小声になってませんね。・・・まぁ、ここまで来たら隠さないで良いでしょう」


バサッと渡されたのは、かすみ草のブーケ。真白で綺麗な花々が、綿のようにフワフワと優しく咲き誇っていた。


「わぁ、綺麗・・・。あぁ、今日でこの図書館で働いて1年だからですね!本当にありがとうございます、グレン様」


「求婚の意もある・・・と言えば?」


ふぇ?とアルフィは呆気にとられる。



「いつしか貴方の能力だけでは無く、貴方自身に惹かれていました。アルフィ、これ以上離れないために、本気で伴侶になっていただきたい。そうすれば、今よりずっと近い距離でいられますよ」



ふぁい!?と、情けない悲鳴が図書館の庭に響く。わぁー!とそれなりの歓声を上げる、数人の取り巻きと同僚。返事はいつでも良いと微笑む、ラングストン王子ことグレン。理解が追いつかないアルフィだが、ようやく自分を見てくれる人がいてくれるのだと、心が満たされていた。


とある真白な花畑の中心に建つ、小さな図書館。そこには長い間、本好きな王子と唯一の伴侶である司書、2人の仲睦まじい姿が合ったという。


fin.

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。

次回作は相変わらず未定です。12月に何か出せたら、って感じ。

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