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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
13話.海に映る、その流れ星は
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まじょワ号

「さあ、どうするんだワ号? 幸いなことに(・・・・・・)、救急艇にはウイルスの増殖を止める薬を積んであるぞ! いま素直に戻ってくれば、発病を止められるが、どうするね!」


 一方的に叫び続けるところへ、カイナガが割り込んだ。


「このキチガイが! だいたい、さっきからワ号ってなんだ!」


 その声に反応し、ショウハラはピクッと停止した。

 天井を仰いだまま、目玉だけが動き、カイナガを見る。血走った白目に宿っているのは、小馬鹿ではなく、すでに軽蔑。無知者を見下す蔑みだ。


「おやぁ? そんなことも知らないのかね?」

「そんなことだと! なに言ってやがる!」


 面倒くさそうにカイナガに向き合うと


「ワ号というのは、お前たちが和光桃香と呼ぶモノの正式コードだよ」


 両手を広げ、あきれてみせた。


「せいしき……コード? はぁ?」

「──なるほど、なるほど。そういう反応ということは、なにも知らないわけか。道理で話が通じない──。しかし、驚いたな。逃亡にまで関わっているのに、気付かなかったのかね? アレの能力に。関わった人間が従ってしまうことに、違和感を持っていないのかね?

なるほど、なるほど。無知ゆえに善意の第三者というわけだ。それならば説明してあげよう。理解できれば、すぐにでも返したくなるはずだ──」


 たっぷり間をとる。真面目くさった顔を作ってから、わざわざ小声で言った。


「アレは……人造の魔女だよ」


 想定外の言葉に、カガの思考が吹っ飛んだ。オウム返しするのが精一杯だ。


「ま……じょ?」

「はぁ? なんだ……それ、バカにしてんのか!」


 反応が予想通りだったのだろう。戸惑いを隠せない二人を指さして、うれしそうに笑った。


「アハハハハ! なんて間抜けな顔をしてるんだ! なあに、火の玉や氷の槍は出さんよ。魔女といっても、心を操る方さ。はまった連中には、どうやらアイドルと呼ばれてるらしいがね」


 ショウハラは明らかに楽しんでいる。言葉を失っている二人に目をすがめた。


「もう少し、わかりやすくしてやろう。たとえば、天然の魔女の話さ。ハイスクール時代でも職場でも構わん。存在しているだけで、場の雰囲気が変わる女がいるだろう?

悪い意味でも、良い方の意味でも見たことがあるはずだ。なにもしていないのに嫌な気持ちにさせる。なにもしていないのに楽しくさせる。そして彼女の思うまま周囲が動かされる。なぜだと思う?」

「見た目が美人なんじゃねぇのか?」


 つい口ごたえしたが、そういうケースと違うことはカイナガにもわかっている。輪郭の見えない不気味さを感じ、嫌な汗が背中を伝った。


「能動的なものならわかるかね? 音楽を、演奏を聞くことはあるだろう。映画のテーマ曲でも、クラシックでも構わんよ。聞くだけで行進したくなる曲もあれば、聞くだけで悲しくなる曲もある。単なる音波の羅列なのに、心が操られる。なぜだと思う?」


 疑問形だが質問しているわけではない。答えを自分で語るための前振りだ。


「その通り! 心を操る定式(アルゴリズム)があるのさ!」

「それと、モモカさんとなんの関係があるんで……」

「そこだよ、キミ! アルゴリズムがわかれば再現が可能だ。だからね──」再び天井を仰ぎ、おぞましく身もだえた。「──アレは、遺伝子をチューニングして生産したんだ。まあ、発現させるために多少は痛めつけたがね」

「て、てめえ……人体実験か……!」


 右手を突き出し、チッチッチッと指をふる。


「人じゃなく遺伝子にアルゴリズムを刻んだ人造魔女、心を操る魔女の共振(レゾナンス)さ。不用意に接触すると共振する。心に傷を負う者ほど侵入されやすい。心あたりがあるんじゃないか?」


 もはや、カガやカイナガの返事など期待していない。スポットライトの下で一人舞台を演じるように振る舞う。


「すごいだろう? 試しに『上』へ出してみたらこれだ。この戦闘艦もアレが作らせたんだろ? どうだい、フィクサーを気取る人間や政治家は欲しがるんじゃないかね? アハハハ、そうだ──気付いたぞ。なによりお前たち自身を見てみればいい! ワ号のために戦ったじゃないか!」


 舞い踊りながら、うっとりと自説に酔い、ゆっくり二人を指さした。


「それは希望通り(・・・・)かね、それとも希望と逆(・・・・)かね? いずれにしろ、心を操られてるんだよ、ヒヒヒヒヒ。だーかーらー」


 ピタッと動きを止めたかと思うと、カガの顔に超接近し、上目遣いで言った。


「返したまえ。君らが持つべきモノではない」


 吐き気を催したカガのヘッドセットに、トパーズからの報告が入った。


《貨物室の右舷ゲートが開放されまシタ》


 モモカだ。カガは直感した。

 与圧貨物室にあったランドセル──船外服を着て、外部へ出たに違いない。左舷には救急艇が接舷しているから、右舷側へ。船内がウイルスで汚染された以上、緊急避難としては正解だ。だが、どうやって汚染された船内に戻す──いや、今はいい。まずは目の前の敵だ。


「オラアァァァア!」


 突如、カガの背後から船外服が乱入し、ショウハラに体当たりした。CAたちだ。モモカを脱出させたあと、ユーティリティから船外服を持ち出したのだろう。イクミがカイナガ用の空色、ミサキが予備の赤色を着用している。


「船長たち、後ろに退いておきな! あたしたちがやるよ!」

「ウイルスなんて吸い込まなきゃいいんでしょ!」


 体当りした勢いのまま、二人がかりでエアロックに押し込もうとする。


「なんだ、お前らは!」


 ショウハラはイクミを乱暴に振りほどくと、外部ポケットから注射器を取り出した。見せびらかすように正面で構える。


「ふん! 空っぽじゃない! そんなものでどうするつもりよ!」

「こうするのさ!」


 逆手で針を向け、突く仕草を繰り返す。

 しかし、無重力状態での身体さばきは、CAたちの方が慣れている。軽々と避けながら怒鳴り返した。


「だから、なんのつもりよ!」

「静脈でも動脈でも、血管に刺さりさえすれば充分だよ。たっぷり空気を入れてやる! フフフ、空気塞栓を起こして苦しめばいい!」

「そんなデタラメに!」

「言っておくが、死んでしまうこともあるぞ?」

「……う」


 嫌らしい脅しに屈して、ジリジリと後ずさる。ショウハラが振り回す注射器を避けていくうちに、ミサキが客室へのステップ、イクミがユーティリティへの通路と、二手に分断された──ように見せかけた。

 ウインクで合図を送ってから、イクミが叫ぶ。


「ミサキ、客室へ行かすんじゃないよ!」

「そっちかぁ!」


 ショウハラが客室側のミサキに飛びつこうとした瞬間、隙を見せた背後からイクミが注射器を奪った。


「へへん、ざまあ!」

「くそ女が!」


 イクミに向き直ったショウハラに、間髪入れずミサキが上から蹴りを入れる。


「えいっ!」


 エアロックの直前まで飛んでいった。体勢を立て直そうと宙をつかむ。

 それをめがけて、イクミはミサキの身体を投げ飛ばした。


「いっけー! 体重(ピー)キロ爆弾!」

「あんた、なにバラしてんのよ! ぶっ殺すわよぉぉぉ……!」


 叫びながら飛んでいき、ショウハラに衝突する。もつれたままハッチを通過し、接続筒に入った。さらにイクミが後ろから飛びかかる。


「おぉぉ! いけ行け、押せおせ! 次は年齢爆弾が炸裂するぞ!」

「イクミ! あんた本気で殺すわよ! どぉりゃああああ!」


 年齢を暴露されたくないミサキの底力で、接続筒の中を押し戻していく。ショウハラは踏ん張ろうとするが、引っかかりがなく滑るばかりだ。


「船長あとは任せたわよ!」


 イクミは振り返らずに親指を立てると、おりゃっと最後のひと押しをして、救急艇側のエアロックまで押し込んだ。

 カガが叫ぶ。


「トパーズ! エアロック閉鎖、緊急パージ!」


 バンっとハッチが閉じ、接続筒ごと救急艇を切り離す。炸薬による衝撃がガンっと船体を揺らした。

 力の抜けたカガが、ふわりと漂う。


「ふぅ……」

「……なんだってんだキチガイめ!」

「とりあえず追い払えて良かったです。イクミさんたちは心配ですが、乗り込んだ救急艇でも上手くやってくれると信じましょう」

「──だがよ船長、いまのモモカの話って……」


 トパーズの船内放送がさえぎった。


「アラート。パージの衝撃で船体からモモカさんが離れまシタ」

「……ちっ!」


 右舷側のエアロックに飛びつくが何も見えない。

 あわててコクピットに戻り、全周ディスプレイを見ると──宇宙に放り出され、地球に落ちていくモモカが映っていた。


「モモカっ!」

「トパーズ! なぜ救出運用しない!」

「できまセン。軌道計算の結果は、救出不能を示していマス」


 言い放ったきり沈黙する。

 クルー二人は、報告の意味を理解するのに時間がかかった。

 トパーズは軌道船だ。着陸船でもシャトルでもない。そのうえ、ほぼ推進剤を使い果たしている。地球の重力井戸に落ちていくモモカを救って、再浮上するのは困難だろう。出来もしないことに挑んで船ごと墜ちては意味がない。だから──見捨てましょう。理屈では、そうなる。

 しかし──頭ではわかっていても、ヒトは叫ばずにいられない。


「なんとかしろ! 助けるんだ!」


 しかし──AIは非情に判断する。現に船内で生存している二人と、船外に放り出され地球に落ちていく一人。どちらを救うべきか、計算で答えを求め、結果に従い作動する。そういうプログラムに過ぎない。


「残念ですが、できまセン」


 さらにカイナガの人間的な(・・・・)行動を予測し、手動操縦の受け付けをクローズした。コンソールに灯った赤ランプは、拒否を示している。


「トパーァァズ!」


 カイナガは怒りの叫びを上げ、コンソールを叩きつけた。

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