船乗りの矜恃
L1に浮かぶ農業衛星ノヴォコサキスクには、表側の貨物港と別に、連邦パイレーツの拠点がある。その、海賊ふ頭とも呼ぶべき秘密の港には、ただならぬ喧騒が満ちていた。
ゴォォン……ゴォォン……
見ため不揃いの3隻が並んで、出港前のエンジンテストをしている。周りで働く整備員はてんてこ舞いで、見るからに人手が足りていない。それぞれが一匹狼であるパイレーツ船が、舵を揃えて一斉に動くなど想定外だからだ。
港に集められた筋骨隆々の農民たちは、突如実現した“ノヴォコサキスク艦隊”の噂で持ちきりだった。
「マリウスの大使に泣きつかれたらしいべ」
「言われなくどもトパーズに仕返しじゃろがい」
「いんにゃ実はミラージュが密かに名前を変えてでな……」
虚実混交。しかし一般には出回らないはずの情報も散見される。それもそのはず、ここにいるのは農民といっても農閑期は船に乗る兼業パイレーツだ。人の口に戸は立てられない以上、情報管制などあってないようなものだった。
「総員注目!」
号令がかかり、赤ヒゲの司令官が、即席の演台に登壇した。
ちなみに司令官も即席だ。本来はパイレーツに司令官などいない。今回は各船まとめて運用することになったので、船長同士のテトリス対決で決めた。それだけのことなのに、周りに自分を提督と呼ばせて悦に入っている。そんな男だ。
人心掌握術など知る由もない。
「なぜミラージュは沈んだのか! ビグドゥが甘かったからだ!」
前振りもなしに、いきなりの否定。無神経な物言いに、不穏な空気が流れた。露骨な敵意の目を向けた者もいる。かろうじて沈黙が守られたのは、背後から督戦隊が銃で狙っていたからだ。
猛りかえる静寂──のなか、赤ヒゲは言葉を続けることなく、演台にウォッカの瓶を置いた。ラベルを信じるなら秘蔵のウォッカに違いない。
そして、封を切るなり、いきなりラッパ飲みした。天を仰いで一気に干し、空き瓶をダンっと叩きつける。
うつむいたまま数秒。
次に顔を上げたとき、彼は轟々と涙を流していた。
「だが、ワシはビグドゥを愛しておった!」
それだけ咆哮すると──仰向けになって演台から崩れ落ちた。
彼は人心掌握術など知らない。そんな教育は受けたこともない。聴衆に叩きつけたのは、ただの純朴な想いである。
しかし、それで掌握は十分だった。たった数言で人心に着火した。パイレーツどもの姿に重なって、燃え上がる炎が見える。
代わって即席副官が登壇した。他のパイレーツと同様に肩を震わせ、流れる涙を拭おうともしない。
「おめえだち! ビグドゥの敵を討ちでえか!」
ウラー!
「トパーズをぶち殺してやりでえか!」
ウラー! ウラー!
「勝利のウォッカが欲しいだべか!」
ウラー! ウラー! ウラー!
*
フィリピン省ダバオ宇宙センターに集まった共和国の党幹部が見つめる先で、その船は極軌道に遷移しつつあった。
パイレーツと見せかけた開放軍の正規艦「白虎」である。
各省の地方政府が運用するパイレーツ船ではなく、党の指導のもとに中央政府が建造した。基本設計は怪しい国産などではなく、先進国のサーバー経由で入手したコピー品。これなら間違いがない。
「東北部の黒龍は沈められた」
「とんだ面汚しよ」
「呵呵呵、あれは各省パイレーツの中でも最弱」
「これから順次完成する四神艦なら合衆国にも負けることはない」
その第1号として進宙していくパイフーは、最新鋭の無人机母艦だ。搭載している「飛蝗」と名付けられたドローンは、人海戦術でしつこく敵性艦にまとわりつき、電気系統を混乱させる。さらに、いったん船体に取りつけば、直接ハッキングして骨の髄まで指揮情報を抜き取る。こうなれば、宇宙に浮かぶ棺桶と同じだ。
満を持してとどめを刺す主武装「蛇矛」は、古今無双の電磁砲で、どんなものでも貫く矛だ。そのうえ正面装甲は三重のレアメタル製で、どんな攻撃にも耐える盾なのだ。
「パイフーの力を見れば、小うるさい外国連中も黙るだろうて」
「なにより月の裏は我が国の核心的利益よ」
伝統的な管理区域と主張した線は、ことごとく無視され、基地の上には事実上の監視衛星が浮いている。まったく目障りだが、それを教育用の博物館と称する合衆国に、正面戦闘を挑むのは時期尚早という点で一致していた。
明確な勝利を内外に示威し、国威発揚するには、別のいけにえが必要だった。
「予定通り『たくみ』を載せた船でいいのじゃな」
「無論あんな小国ひとひねりよ」
「ヘイロンの省政府に恩を売れば、奴らも喜ぶ、わしらも潤う、哈哈哈」
*
上海連絡員からの情報通り、パイフーは極軌道に入った。
A・リンカーンに与えられた表向きの作戦はパイフーの監視活動だから、こちらの進路も地球を周回する極軌道に向いている。
しかし、実際にモニターしているのは、前を行くトパーズだ。あのままでは地球周回軌道に入れるはずがない。明らかに怪しい動きだった。
僚艦のジョージ・H・W・ブッシュから寄せられた、手元の報告書は「あの船は民間船としてオーバースペックだ」という一言にまとめられる。
ミラージュが活動を停止する寸前に、ブッシュのセンサーが捉えていたのは、一種の電気的ビームが発射された形跡だという。ただし「おそらく主要部品が溶融したと思われる」という下りは想像に過ぎない。ブッシュの不手際で、ミラージュの船体を確保できなかったのは痛恨の極みだった。
しかし、これが本当なら、ウォーターカッターである「たくみ」とは、違うシステムを積んでいるということか──。
ロバート・キクチ大佐の思案顔に向かい、副長はいつもの笑顔を見せた。
「ブッシュの連中は、自分たちの不手際を、盛った話でごまかしたいんですよ。ブロッコリーを垂れ流しながら助けてもらったくせに」
魅力的な唇から出た言葉は、笑っていない。トゲトゲだ。
副長はトパーズに肩入れしている。だが、気持ちは理解できる。彼女は、「監視を続け、必要かつ可能なら、撃沈を許可する」という裏指令に不服なのだ。危険を冒して助けた船を、今度は沈めても構わないと言われているのだから。
ただ、相手は月面に墜落するはずだった、あのトパーズ。不気味な不沈船と見るか、尊敬と畏怖の対象と見るか──。
「また何か哲学してないでしょうね? 気をつけてくださいよ。艦長は肝心なところで甘いんですから」
副長は自分のことを棚に上げる主義らしい。




