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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
11話.賞金稼ぎ、マーク・ザ・スティンガー
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広い意味でバウンティハンター

 和光桃香が失踪したらしいという情報は水面下で、しかし瞬く間に広まった。

 初めから追っていたのは、脱走された当のマリウス市民病院(およびバックにつく内閣府)、脱走の手引き中にはぐれてしまった防衛省、モモーシュカ大好き連邦大使館の一派などだが、いまや騒ぎに便乗しようとする輩も多数加わっていた。

 とにかく身柄を確保する。どこに売るかは、提示される値段を見てから決めればいい。幸運の女神さえ手に入れば、どうにでもなると考えた、広い意味での賞金稼ぎたちだ。


 そんな連中の一人であるマークは、コリンズ・リニア・カタパルトに単独で潜入していた。古い方のエアロックを難なくこじ開け、待機所へ出る。奇しくも、モモカがトパースに密航したときと同じルートだ。次から次に、易々と侵入を許す甘いセキュリティ。もはやコリンズの勝手口と呼んでも差し支えあるまい。

 ガラスの向こうでは、職員たちが仕事をしている。のんびりした様子だが、もちろん見つかれば厄介だ。

 かつてモモカは同じ場所を、横向きになってゴロゴロ転がった。

 しかしマークは、跳び上がって配管をつかむと、反動をつけて宙を舞う。奥の配管で一回転すると、普通に降りればいいのに、ムーンサルトで華麗な着地を決めた。オリンピック鉄棒の選手も顔負けだ。


 やることなすことスタイリッシュ。そのアジェンダのベースはステイブル。コーヒーは西海岸で飲むいつもの味。それがマーク。よく知る者からは、ザ・スティンガーと呼ばれる男だ。


 着地した姿勢のまま溜めをつくり、よく鍛えた体躯を使って前へ蹴り出す。飛び込んだピットから伺うと、保安検査場で人荷のチェックを終え、加速器に入る順番を待つ船舶が並んでいる。ここまでは上々とほくそ笑んだ。


 うすのろな連中は、いまだにマリウス市内を探しているだろう。バカめ。いつまでも留まるわけがない。そして、一般人が月を出るならコリンズしかありえない。

 ビンゴ──

 側面に赤十字が描かれた、マリウス市籍の救急艇。和光桃香は入院患者だと聞いた。病人が動くなら、こいつを使うに違いない。

 ウェアラブルデバイスの出番だ。


「知る。MC098Aの乗客に和光桃香は存在するか」


 機体番号から名簿をあたる。


「その名前はありまセン。もう一度どうぞ」


 ふん、アジャストが必要だが想定内だ。考えてみれば、当たり前だろう。宝箱の表面に「宝物在中」と書いてあるわけがない。マリウスから来た一般客を装っているに違いない。我ながら冴えた推理だ。バウンティハンターよりプライベート・ディテクティブの方が向いているかもしれんな。


「知る。MC098Aの出港時刻」

「UTCで17時30分、今から10分後デス」

「よくよくツイてる。このタイプなら5分もあれば潜り込め──」


 ガタンっ


 急に動き出した救急艇の振動が伝わって、マークは弾き飛ばされた。隣に停まっていた無人貨物艇にぶつかって跳ね返る。顔をしかめながら、右足一本でレールを蹴り、前進していく救急艇の左舷後方を、何とかつかまえた。


「おいおい、リキッドアーマーじゃなけりゃ死んでるぜ?」


 マークの宇宙服には、ダイラタントが充填されている。ゆっくり動けば動かせるが、強い衝撃が加わると一時的に硬化するタイプの、非ニュートン流体だ。多少の荒事に備え、念のため着込んでいたのが幸いした。


「だが、予定と違う。何があった? 知る。リアルタイム管制無線」


──ピ。


《──ぃや、だから五時半から魔法少女ピーチ☆ピンクなんすよ》

《おい、そんな理由で出発時刻を前倒しするのか》

《やっぱり最終回は、リアルタイムで見なきゃダメでしょう?》

《わかる。いや、そうじゃなくて!》

《大丈夫だいじょーぶ。ちゃんと飛ばしてあげるから》


「なにがリアルタイムだ! バカ野郎!」


 左舷を下に回して、予備加速路の円周に入っていく。マークは右舷に身体を滑らせて、引きずられるのを防いだ。救急艇のハッチをこじ開けようとするが、加速するほど外向きの遠心力がかかる。思うようにならない苛立ちで、さらに焦る。


《緊急コール、MC098Aへ、こちらコリンズ管制。加速が悪いなぁ。()()何か余計なもの積んでなぁい?》

《また? いや、心当たりはないが?》

《そう? まあいいや、急いでるからもう一周、ラスト強めに回しますねー》


「は?」


 タンっと微振動があり──がぜん救急艇は急加速を始めた。言わずとしれたコリンズ管制官、ロディの悪いクセだ。彼はいつも少しやりすぎる。


「おい、ふざけるな! やめろ!」


 直線加速路に入る直前まではしがみついていたが、ガタンっとレールが切り替わるポイントで手が離れた。


「オレ様は、ザ・スティンガああぁぁぁ……」


 賞金稼ぎマーク・ザ・スティンガーは月面で放物線を描いた。最後に聞いたのは《間に合うぞぉ!》というロディの明るい声。


 救急艇は無事に飛んだ。

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