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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
10話.JSD運行管理部長、悠木優
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隠し事

 カガとカイナガは、壁際に直立不動の姿勢で立って──いや浮いている。後ろ手に組んだ腕を保持レールに絡め、不謹慎に漂ってしまわないよう必死だ。柄にもなく緊張した面持ちで、上司の言葉を待っている。


 部屋の中央には、ただの作業用ユニフォームを粋に着こなした女。年齢不詳。こちらは、見えないハンモックに寝そべるような姿勢で、自由に漂っている。

 東洋の美魔女。年齢を感じさせない鍛えあげた長身に潔い短髪で、学生時代はバレーボール部の部長だったという。さもありなん。それどころか、次のオリンピックに出ると言われても納得しそうだ。

 そういう女が、わざと聞こえるようにつぶやいた。


「正座させたいところ、なんだがな」


 お怒りでいらっしゃる──。


 ISS-6(シックス)の貨物ふ頭に隣接した無重力区、港湾関係の事務所が集まる一角に、日本宇宙開発(JSD)の第六支社がある。

 6番目の支社ではない。第六国際宇宙ステーション、ISS-6にあるからだ。

 本社は東京・大手町にあるのだが、そこは半官半民のJSDのこと。本社勤めは、天下ってきたヨボヨボの爺さま方と、コネ入社のお嬢さま方ばかりで、宙域で実務を取り仕切るのは第六だ。

 つまり第六のトップが、ラインの頂点であり、実質的な宙域の支配者。それが、運行管理部長、悠木優その人であった。

 名は体を表すというが、看板に偽りあり。優と付いても、優しくはない。ボディはともかく、部下への当たりはダイナマイツ。社員にとっては天の上にいる人物であり、カガたちも直接会うのは久しぶりだった。


「まあ、いい。報告書は読んだよ。要するに、ミラージュに襲われたのは偶然である。その影響で不調があり、ISS-8(エイト)と衝突した。一部破損のまま、こちらに向けて運行していたら、再度ミラージュに襲われた。軌道速度を喪失したが、合衆国の協力を得て、乗員・乗客の脱出は成功。ただし、最終的に軌道レーザーの事故に巻き込まれ、月面に落下した。損害賠償としてレーザーを運用する3S、間接的には政府予算で直してもらった、と」

「その通りであります」


 緊張のあまり、カガが軍人口調になっている。


「この報告書を信じろと? 何か重大なことが抜けていないか?」

「いえ、以上が本件の事実関係であります」


 報告書には密航者モモカのことが一切書かれていない。


「そうか、不思議だな。大月では問題なかったのに、()()()、ISS-8で急に壊れてしまうトパーズ」

「突然の不調でした」

「月面に落下したら、()()()、救急隊が近所にいたそうじゃないか」

「望外の幸運でした」

「ふーん……。まあ、信じてやろう。()()()、あのボロ船が見違えるようだしな」


 改装については隠しようもない。修理に預けた貨客船が、特設巡航艦になって返ってきたのだから、管理職や整備部門をはじめ、少なからずの人間が知っている。

 ただし、これは各省庁が勝手にやったことで、JSDや船乗りの責任ではない。こうなることは、正味カガたちも知らなかったのだ。

 もしかすると、JSD上層部は知っていたのかもしれないが、いずれにしろ手打ちになったという話だった。


「で? 直してもらった処女航海で、早速トラブルか」

「お言葉ですが部長、何もトラブルは起きていません」

「確かにミラージュに遭遇したのは驚きましたが、それだけのことです」

「ほう? 合衆国ブッシュからの遭難信号。トパーズの軍用艦宣言。ミラージュの停止。何か一つ足りないようだが?」

「おっしゃる意味がわかりません」

「軍艦が出たことに驚いてミラージュが止まったとでも?」

「それはミラージュにお聞きください。単なる故障かもしれません」


 部長は、カガとカイナガの目を交互に、時間をかけて見つめた。カイナガが耐えきれなくなって、つい目をそらす。


「主砲を、使ったんだよな?」

「いえ」

「そのつもりがなければ、軍用艦宣言をする意味がない。そして、主砲を使ったからこそミラージュが止まった。それで話の流れが整う」

「防衛省コード『こんごう』を名乗ったのは、ブッシュからの救難要請に対応するためです。共同防衛のため、集団的自衛権を行使できる艦を宣言したまでで、他意はありません。ミラージュ停止の理由については存じ上げません」


 部長はフッと微笑した。


「それでいい。よそでも同じように答えておけ。トパースの主砲は粒子ビームだ。宇宙空間では射線を目視できない。こちらから発表しない限りグレーだから、何食わぬ顔をしておけばいい。だがな、万が一バレたらどうするつもりだった。海賊対処法でいけると思ったか?」

「その通りでありま……あ」


 あっさり釣られてしまった。

 部長がプッと吹き出し、やがてアハハハハと高笑いしている間、カイナガは天を仰ぎ続けた。


「バカめ、語るに落ちたな。よくもまあ、そんな古い法律を引っ張り出してきたもんだ」

「……」


 カガは言うべき言葉もなくうつむいている。

 部長は笑いが収まらない表情で続けた。


「同乗していた防衛省にしろ内閣府にしろ、自分から告白することはないだろう。わざわざ問題化するメリットはないからな。だが、一歩間違えば大事件だ。国家を巻き込むつもりか、バカどもが」

「申し訳ありません」


 カガは素直に謝った。マムに隠し事は通用しないのだ。

 部長は軽くうなずいて受け入れた。ちゃんと謝れる子には寛容だ。


「巻き込まれたのはウチだけじゃない。文科省の『たくみ』も待ち伏せされていた。予定航路は共和国に筒抜けだったらしい。今回の実験情報も漏れていたかもしれん。合衆国はともかく、ミラージュつまり連邦にも、な」


 カイナガが肩をすくめる。


「それで、お咎めはなしですか?」


 運行停止か、それとも左遷かと、何かしらの処分を覚悟していたのだ。


「お前たちのせいじゃないさ。いろいろ災難だったな。帰っていいぞ」


 カガたちはビシッと敬礼をし、回れ右でドアに向かう。カイナガは後ろを向いた途端に「ふぅ……」っと息をついた。緊張の限界だったのだろう。露骨にホッとした表情を見せている。開いたドアから出ていこうとすると──。


「あ、そうそう一つ忘れてた」


 軽い口調で部長が呼び止めた。満面の笑顔で、こっちこっちと手招きする。いぶかしげに二人が寄っていくと、手元の端末を操作した。


「ところで、この娘知ってるよな?」

「どの娘ですか?」


 部長は視線を下げたまま、二人の背後にあるディスプレイを指差した。

 二人そろって振り返る。


「モモ……」


 騙し討ち。大きく映し出されたのは、にっこり微笑むモモカの個人写真。安心して気が抜けていたため、振り返った瞬間に口をついてしまった。あわてて口を押さえたところで後の祭り。


「おや? 在マリウス総領事館の会議に、和光担当官は参加しているはずだ。お前らも出ただろ。見知っていて当然だが、何かやましいことでもあるのか?」


 カイナガが口をパクパクさせる。


「そうか、そうか。モモカと呼び捨てにする仲か」


 マムに隠し事は通用しないのだ!


「コリンズのロディが吐いた。質量オーバーの原因はこいつだな?」


 畳み掛けられて、カガは唇を噛んだ。


 しばらく部長がいなかったのは、裏取りのためか。

 あの野郎、何を知ってる、何を言った。どうせ「ボク思うんスけど」とか、見てきたように脚色したんだろう。

 部長がどこまで知っているか見えない以上、口を開くほど墓穴を掘る可能性が高い。ひたすら黙る。


「その沈黙は肯定だな。さて、お前ら何を知っている」

「……」

「こ・ろ・す・ぞ・?」


 笑顔。怖い。無理。カガは諦めた。できるだけ事実関係のみに絞って自白する。


「密航、されました。コリンズで潜り込んだようです。下船方法を検討しましたが、ミラージュに襲撃され機会を失いました。仕方なく大月を経由して、ISS-8まで届けた。それだけです。その後は、会議の前に一度マリウスで会いました」

「あの時は正体を聞くという話だったけど、けっきょく月のアイドルとか何とかいう話だけで……えー」


 緊張の糸が切れたカイナガは、普段の口調に戻りつつある。だらしないので、続きを遮ってカガがまとめた。


「つまり、個人的なことを詳しく知っているわけではありません」

「ふん、通信も受けただろ?」

「あー」

「月面へ落下中に、音声通信を受けました。いまになって思えば、空間宇宙軍や軌道レーザーを動かしたのは政府の方策だった気がします。彼女は代理で指示をしていたのかもしれません」


 部長は目を細めた。疑っている。


「それで? こいつと、裏で何か示し合わせているか?」

「いえ……。ただ、トパーズに乗り続けろと言われています」


 プロジェクトへの参加云々という話は伏せた。話を途中で切り上げたから、説明できる自信がない。それに、まんまと武装船に乗っている時点で、条件を満たしている気がした。


「それは想像がつくな。初めから、こういう改装をするつもりだったんだろ。日本が特設巡航艦を作る。そんな機密を知る人間は、少ないほうがいい。だから、お前らが乗っておけという話だろう」

「いえ、操縦が上手いからだと言ってました」

「お前ごときが? 笑わせるな」

「ぐ……」

「そもそもだ。密航を知って、なぜこっちに連絡しなかった」

「それは、先ほど申し上げた通り、ミラージュに襲撃され……」

「ロディを巻き込んで芝居をうち、大月で遊んでる余裕もあったじゃないか。どうせ個人的な思い入れでもあるんだろ?」

「……っ」


 途中経過までバレバレで二の句が継げないだけだが、沈黙は肯定。そう捉えられても仕方がない。


「まあ、相手は月のアイドルだしな。マリウスの連中なんて、国籍を問わず骨抜きらしいじゃないか。お前らも独身だし、恋愛感情まで否定するつもりは──」

「違います!」

「違う!」

「──ほうほう。ムキになってカワイイもんだ。いや、そうそうカイナガにはモリ大尉というステディがいたな」

「か、関係ありません! 単なる幼なじみです!」


 部長は、しばらく無言で眺めてニマニマと楽しんでから、話を変えるぞという意味で、一つ手を叩いた。


「さて、今後の方針だ。巻き込まれるな、と言っても無理だろう。政府はともかく、合衆国も共和国も連邦も遠慮なし。こちらの都合など、お構いなしで向こうからやって来る。とりあえず、目先は貨物の方を手伝え。実際サファイアだけじゃ回らないし、そういう名目で政府から距離を取る。その間、こちらも調べるが、何か思い出したことがあれば報告しろ。手遅れになる前に、な」

「手遅れ、とは?」

「忘れていたのか、隠していたのかは問わん。いずれにしろ、詰問されてから認めても、自白とはみなさない。そういうことだ」


 今回のようにバレてから謝っても、許さないと警告している。では自白とみなさない場合に「どう処置するのか」が抜けているが、想像はつく。淡々とした物言いだけに、かえって本気を感じさせた。


「肝に銘じます!」

「よし、今度こそ帰っていいぞ」


 カガは手早く敬礼を済ませると、気が変わらないうちにとばかり、ドアに逃げ出す。カイナガも、部長をチラチラ見ながら急いで追っていく。

 部長は吹き出しそうになるのをこらえて、二人が外に出るのを見送ると、「送話のみ」になっていた室内通信を「双方向」に切り替えた。


「と、いう感じですが?」


 話を聞いていた本社会議室に呼びかけた。


《悠木部長、ごくろうさん》

《何を話し、何を隠したかで重要度が読めるわな》

《なぁに、船も人員もウチのものだ。そこは有利》

《モリ大尉は美人じゃ。カイナガにはもったいない》

《色ボケジジイめ。さて、次のカードをどう切る》

《キャスティングボードを握りたいねぇ》


 天下り爺さま方の悪だくみに(ふぅ……)とため息をつく。貨物ふ頭の手前に、何やら話しながら飛んでいくカガとカイナガが見える。どうにも危なっかしい二人を心配し、心のなかで願った。


 死ぬんじゃないよ、バカども……。

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